2016.04.27

放射能不安の変遷と食品汚染の実際~野菜・米編――原発事故のデマや誤解を考える

片瀬久美子 サイエンスライター

科学 #食品汚染#放射能不安

東京電力の福島第一原発事故から5年が経過しました。この間に人々の放射線による健康不安はどう変わっていったのでしょうか。

最近は、ツイッターなどのネット上では、ほぼ固定化したメンバーによる不安視と安全視の二極化した意見が飛び交っており、サイレントマジョリティーの姿が見えにくくなっている印象を受けます。そこで、人々の関心の動向を掴むために、国民生活センターに寄せられた震災関連の相談の中で、放射能に関する相談件数とその内容について各年度別に調べてみました。

さらに消費者庁による消費者の意識調査結果から、社会の関心が薄れてきて、放射性物質や放射線に関する知識の普及が低下してきている状況も明らかとなってきています。新しい情報の更新も兼ねて、食品の放射性物質検査についてのおさらいと、野菜と米を代表例に、食品の放射性物質検査データの推移を見ていきます。さらに今後の検査体制について提案をしていきます。

[用語解説] 放射能とは、放射性物質が放射線を出す能力です。食品検査で使われるBq/kgという単位は、その食品1kg中に含まれる放射性物質の原子が1秒間に崩壊する個数を表します。「放射性物質」と「放射能」の意味の混同もあり「放射能汚染」という言葉が普及していますが、正しくは「放射性物質汚染」です。しかしながら、本稿では一般的に普及している用語として「放射能汚染」を用います。

国民生活センターの相談件数と内容の移り変わり

国民生活センターの集計の各年度は4月から翌年3月までとなっています。東日本大震災があったのは2011年3月11日であり、2011年度では震災後20日(3月11~31日)は除かれています。

国民生活センターに寄せられた相談の中、震災関連&放射能のキーワードで検索して、その件数の推移を2011年度からグラフにすると、次のようになります。(2015年度の集計は今年4月7日現在のものです) 

国民生活センターへの相談件数

01国民生活センター相談内容

このグラフから分かるように、震災による放射能関連の相談件数はどんどん減り続けており、2015年度の相談件数は2011年度の2.5%になっています。食品関係の相談が約6割を占めており、カテゴリーとしてもっとも多くなっていました。

インターネット上の声を見ていると、現在でも強い放射能不安を持っている人たちはあまり減っていないようにも思えますが、不安が強く声の大きい人たちの数が減っていないだけなのかもしれません。一方で、食品安全や放射性物質に関して諸機関に問い合わせるなど、積極的に信頼できる情報を求めていった人たちは放射能不安を解消していき、そうではない人たちとの間に差ができているのかもしれません。

国民生活センターの担当者によると、食品に関する相談では、東電の原発事故後しばらくは、「お店で売っている食品の放射能汚染は大丈夫か」「産地表示について偽装されていないか」という相談が多く、2013年頃からは「自分や家族が作っている作物の放射能汚染は大丈夫か」という内容に変わってきており、食品に対する漠然とした不安は減って、より身近で具体的なものに関心が絞られてきた傾向がみられるとのことでした。

食品の他に相談が多かったのは行政サービスに関するもので、2011年度は「行政が必要な情報を出してくれない」などの苦情が多く、これは様々な情報の混乱などが背景としてありました。自治体で放射線測定器の貸し出しや放射線測定サービスなどが開始されると、それに関する問い合わせが増えていき、さらにそうした行政サービスを別の地域でも始めて欲しいという要望が寄せられるようになったそうです。これについても、行政への漠然とした不満から、行政が対応していったことでより具体的な要求内容に変わっていった様子が伺えます。

こうした相談内容の変化からも、積極的に信頼できる情報を求めていった人たちは、漠然とした不安や不満を1~2年内に解消していったのではないかと考えられます。

消費者庁が実施した消費者意識調査による実際の行動の変化

国民生活センターへの相談件数が減った一方で、消費者庁が実施した「風評被害に関する消費者意識の実態調査(第7回)」の結果(2016年3月10日)を見ると、たとえば食品中の放射性物質に関する知識は、年々低下してきていることが分かります。母集団は家族の年齢構成などが2013年2月に行われた第1回からほぼ同じであることから、少しずつ若い世代が入るかたちで全体として入れ替わってきていると考えられます。

・消費者庁: 風評被害に関する消費者意識の実態調査(第7回)結果

http://www.caa.go.jp/earthquake/understanding_food_and_radiation/pdf/160310kouhyou_1.pdf

食品中の放射性物質の基準に関する知識の変化(消費者庁調査結果P7)

02食品中の放射性物質の基準に関する知識の変化(消費者庁調査結果P7)

食品中の放射性物質の検査に関する知識の変化(消費者庁調査結果P8)

03食品中の放射性物質の検査に関する知識の変化(消費者庁調査結果P8)

国民生活センターの相談件数が減る一方で、食品中の放射性物質に関する知識が低下してきている理由として、原発事故から時間が経つにつれて世間の関心が薄れてきて報道頻度が減り、情報が行き渡り難くなってきていることが考えられます。そこで、「放射性物質」「放射能汚染」という言葉をそれぞれ含む新聞・雑誌の記事数の推移を調べてみました。@niftyビジネス ビジネスデータの新聞・雑誌記事横断検索(http://business.nifty.com/gsh/RXCN/)を利用し、検索対象紙誌をすべて調べた結果をグラフにしました。やはり報道頻度が年々減少していることが確認できました。

04

消費者庁の調査で、「基準値内であってもできるだけ放射性物質の含有量が低いものが食べたい」と答えた人の割合が減ってきているのは、放射能汚染に対する強い不安も社会全体として薄れてきているものと考えられます。実際の消費行動はどうなっているのでしょうか。

食品を購入する際に産地を気にするかどうか(消費者庁調査結果P10)

産地

食品の放射能汚染についての社会の関心が薄まっていく中で、消費行動はさほど大きく変わっていないことが分かります。この背景として、「実際のところは良く分からない」という状態の人が増えてきており、その結果、以前と同じ消費行動をとり続ける人たちが多いのではないかと考えられます。諸機関に問い合わせるなど、積極的に情報を求めて行く人たちは全体の一部であり、大半は情報に受け身であり、提供される情報量が減るとそれに応じて「良く分からない」ままとなってしまうのではないでしょうか。

また、新しい情報を得る機会が減ってきていることにより、原発事故当初に放射能汚染の強いインパクトを受けた人たちの一部は、情報が更新されずに強い不安を維持したままになっている可能性もあります。

不安や不満を解消していった人と、漠然とした不安や不満を残したまま情報が更新されない人とに分かれている様子があり、こうした状況の中で、新聞などの報道機関から提供される情報量は減っています。何か新たな情報が出された場合に、前者はその情報をどう位置づけたら良いのか判断可能ですが、後者はその情報の位置づけがまだ定まっていないと言えるかも知れません。また後者は、情報が更新されないまま行動に反映しないのみならず、誤解やデマと言った過剰な反応を生む可能性を秘めていると言っても良いでしょう。

新たな情報が出たときに、それをどう位置づければ良いかという判断材料になるようなかたちで、更新されていないままになっている情報が検索でき、一覧できること(可視化されていること)が望ましいと考えます。全貌に迫ることは難しいですが、ささやかながら、ここで改めて食品検査の仕組みについておさらいをして、検査データを可視化してみます。

食品検査によって分かってきたこと

1)検査体制について――サンプリング方式(例: 野菜類)と全量検査方式(例: 米)

まず、検査の体制について解説します。以下に時系列で現在までの流れをまとめました。

2011/3/17 食品衛生法に基づいて暫定規制値を設定

2011/3/19 緊急モニタリング開始(最初の数値公表は3/20原乳)

2011/3/20 原乳および露地野菜の出荷自粛

2011/3/21 ホウレンソウ、カキナ、原乳の出荷制限

2011/3/22 非結球性葉菜類、結球性葉菜類、アブラナ科花蕾類、カブの出荷制限

2011/4/4 「検査計画、出荷制限等の品目・区域の設定・解除の考え方」公表

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000017tmu-att/2r98520000017ts1.pdf 

(「検査計画、出荷制限等の品目・区域の設定・解除の考え方」はその後何度も更新されている。2016/3/25最新

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11135000-Shokuhinanzenbu-Kanshianzenka/0000117421.pdf)

2011/10/3 数値公表書式を変更。NDに検出限界を記載

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001q51k-att/2r9852000001qjsv.pdf 

2012/4/1 新たな基準値

http://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/dl/leaflet_120329.pdf 

野菜を例にみてみましょう。野菜類の検査は、規制値超えの産品だけを除外するのではなく、サンプル採取した当該地域をまるごと出荷制限する仕組みになっています。この仕組みは、チェルノブイリ原発事故で実施されたベラルーシなどでの規制値超えの産品だけを除外する体制とは大きく異なっています。

例として、キャベツのデータを示します。(縦軸は対数目盛になっています)

出荷制限の例-キャベツ (1)

2012/4/1より前の基準値は500Bq/kg(赤い点線)で示した。

基準値超えをした作物があれば、出荷制限はその作物が生産された地域全体に適用されますので、その地域で採れたものは実際には基準値越えをしていなくても出荷が制限されました。また、サンプリングの対象は、チェック漏れを防ぐために放射能汚染が高いと見込まれる地域を重点的に行われました。この「サンプリングと出荷制限の仕組み」が十分に周知されていないかったことによって、出荷産品の「平均的な姿」が分かりにくいものとなっています。

主食である米の場合も最初はサンプリング方式でしたが、サンプリング対象の設定が不適切で、早々に安全宣言が出された後に出荷制限されなかった地域での基準値超えが出てしまうという大失態がありました。当初は土壌汚染が高ければ米の汚染も高くなると予想されており、それに基づいて土壌汚染が高い地区を重点的にサンプリングされていました。しかし、実際には土壌汚染がさほど高くなくても米に高い数値が出たことで、調査漏れが生じてしまったのです。

米の放射性セシウム汚染に影響する要因として、土壌の交換性カリウム含量が少ないと米に放射性セシウムが土壌から移行し易くなります。また、土壌に含まれる雲母由来の粘土質は放射性セシウムを吸着固定して米に移行するのを防ぎます。土壌中の雲母由来粘土含量の低い土地では、土壌の汚染度よりも、交換性カリウム含量の方が米の汚染に予想外に大きく影響していたのが原因でした。

・農林水産省: 放射性セシウム濃度の高い米が発生する要因とその対策について

http://www.maff.go.jp/j/kanbo/joho/saigai/pdf/youin_kome2.pdf

こうした失敗を踏まえて、米の安全性を保証するためにより網羅的な検査体制が求められたことから、2012年8月から玄米の「全袋全量検査」が実施されるようになりました。全量検査なので、検査する玄米の量は途方もなく膨大になります。

以下に、玄米の検査体制に関する現在までの流れを時系列で示します。

2011年

・福島県: 23年産米の放射性物質調査

https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/36035b/daishinsai-23komehoushaseibusshitsuchosa.html

・福島県水田畑作課(平成23年8月5日): 福島県における米の放射性物質調査の仕組み

https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/43721.pdf 

〇予備調査

 特徴:収穫前に行う

 目的:本調査でどこに重点を置けば良いのかを決める

 結果:重点調査区域(200Bq/kg超過)として1区域を選定

・福島県: 23年産米の放射性物質調査の予備調査結果

https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/36035b/23yobichousa-kekka.html 

〇本調査

 特徴:収穫後に行う

 目的:出荷の可否を決める

 結果:基準値(500Bq/kg)超過無し

・福島県: 23年産米の放射性物質調査の本調査結果と出荷の可否

https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/36035b/23honchousa-kekka.html 

 

2011/10/12 本調査の結果、調査地域全域で出荷可能となる。安全宣言。

http://www.asahi.com/special/10005/TKY201110120767.html 

2011/11/16 「福島市大波地区の玄米から規制値越えの放射性セシウムを検出」の報道

http://togetter.com/li/215314 

2011/11/22 米の放射性物質の緊急調査開始

https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/36035b/daishinsai-23komehoushaseibusshitsu-kinkyuuchosa-kekka-syukkaseigen.html 

2011/12/27 100 Bq/kgを超える23年産米に対する特別隔離対策を発表

http://www.maff.go.jp/j/press/seisan/kikaku/pdf/111227_1-02.pdf

後に、隔離米対象を100Bq/kg超過米生産農家から地域に拡大された。

http://www.maff.go.jp/j/kanbo/joho/saigai/pdf/240329_taisaku.pdf

2012/1/4 福島県、全袋検査実施を発表

2012/2/3 緊急調査終了

https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/43728.pdf

2012/2/28 「24年産稲の作付に関する方針」

23年度米で100Bq/kg超過地域での作付は、全袋検査などが条件に。

http://www.maff.go.jp/j/press/seisan/kokumotu/120228.html

2012/4/1 新基準値(米への適用は10月からだが、隔離米政策により実質上前倒しされた)

http://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/dl/leaflet_120329_d.pdf

2012/5/2 ふくしまの恵み安全対策協議会設立

https://fukumegu.org/ok/contents/

〇福島県における米の全量全袋検査の取組みについて 福島県水田畑作課

http://www.a.u-tokyo.ac.jp/rpjt/event/20131214slide1.pdf

2)放射能汚染の検査データ-: 野菜と米について

放射性物質の野菜類への影響は、大きく分けて3つあります。

(1)葉面から直接吸収(事故直後は当然これが大きかった)

(2)植物体内での移動(果実などは樹皮などに一旦取り込まれたものが果実などに移動する。年々影響は少なくなるが種によっては影響がかなり続く)

(3)根からの間接吸収(これは一般に考えられているよりは小さい。種によって、また土壌の性質によって、また栽培方法によってかなり違う)

「ふくしま新発売」のサイトで提供されている、農林水産物の放射性物質検査データを元にした野菜の推移グラフを見てみましょう。

※食品中の放射性物質の基準値として、放射性セシウムは100Bq/kgとなっていますが、1年間に食品を通じて受ける被ばく量が1mSvを超えないという目安があり、それから換算して食品の基準値が設定されています。すなわち、私たちの口に入る食品の半分がこの基準(100Bq/kg)の放射性物質を含んでいるとの前提に立って設定されたものです。東電の原発事故で放出された放射性物質のうち、量的に人への影響が心配されるのは放射性ヨウ素と放射性セシウム(Cs)ですが、放射性ヨウ素は半減期が8日と短く、短期間で消えています。放射性Csは134(半減期約2年)と137(半減期約30年)が同量放出されましたが、半減期が長く比較的安定なCs137の推移を見ていきます。

・ふくしま新発売:農林水産物モニタリング情報

http://www.new-fukushima.jp/monitoring/ 

各野菜の生産量は政府の「平成25年産野菜生産出荷統計」を参考にしました。

http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001128458 

グラフは、上海IIさん(ツイッターアカウント @shanghai_ii)に提供して頂きました。ここでは、各年の1月から12月までを各年度としています。

はじめに、福島県産野菜全体のセシウム137(Cs137)の検出値の推移です。

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低い値の分布が分かり易いように、縦軸を対数目盛にしたグラフも載せます。

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「検出せず」の分布が異なるのは、2011年秋から検出下限が表示されるようになり、さらに2012年春からは新基準に伴って検出下限が下げられたことが理由です。(目安として検出下限は基準値の1/10に設定されています)さらに、各年度のCs137検出値の度数分布を見てみましょう。

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2011年から検出された数値と件数が減少していますが、2015年は2014年よりも数値が高いものが若干増えています。これは、出荷制限や自粛のために作付や出荷を中断していた地域が作付を再開した影響が大きく、母集団が毎年同じではない事に留意する必要があります。例えば、県北地域では葉ワサビや花ワサビは、出荷意志を示さなかったために検査も中断していましたが、2014年から再開しています。

ワサビ

福島県産野菜で量的に圧倒的に多いのはキュウリ(約4万t/年)とトマト(約2万t/年)です。他はどの野菜も1万t/年未満です。

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キュウリは、2011年から低い数値です。トマトも同様な傾向で、2011年には50Bq/kg以上のものがありましたが、2012年度以降は検出されても10Bq/kg未満です。

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野菜には1年草(トマト、キュウリ、ホウレンソウなど)と多年草(ミョウガなど)があり、植物体への放射性Csの蓄積に違いが出ます。1年草は葉からの吸収が圧倒的に多かったので、これは事故後数か月で影響はほぼなくなりました。

ハウス栽培と露地栽培した野菜では放射性物質の検出量に大きな差が出ました。根からの間接的な吸収は栽培地の汚染の程度により、汚染度の高い避難区域では、高めの数値が出やすくなっています。これについては、土壌にカリウムを多くすることで、根からの放射性Csの吸収を抑えることができます。多年草は根茎などに蓄積した放射性Csが茎や葉に移行するので影響が長めに残りますが、新たに植え直すことで解消できます。

その他、汚染されたビニールシートなど、農業資材の不適切な使用による再汚染もありました。注意しておきたいのは、これまで栽培を控えていたけれども栽培を再開する地域が増えるに従って、NDではない農産物が増えると予想されることです。これを新たな放射性物質の拡散などによるものと勘違いしない様にしないといけません。

葉物野菜の例として、ホウレンソウとコマツナのデータを示します。これらは放射性Csの葉面吸収による影響で2011年には高い値を出したものが多くあります。

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福島県のホウレンソウ生産量は約2千t/年ぐらいです。2012年に基準値(100Bq/kg)超えが出たのは、原発事故時に放射性物質に汚染された資材(ビニール)を再利用したのが原因だと判明しています。コマツナでも同様で、2013年1月の基準値超過がありましたが、ホウレンソウと同じ汚染された農業用資材の使用が原因でした。http://www.pref.fukushima.lg.jp/download/1/BETAGAKE2.PDF

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2015年に放射性Csが検出されたコマツナは、いずれも出荷制限区域で生産されたものでした。(出荷制限区域なので出荷はされていません)(コマツナの生産量は約6百t/年) 

つぎは多年草の例として、ミョウガのデータです。(ミョウガの生産量は約10t/年)

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多年草であるミョウガは、放射性Csの下がり方がゆっくりであることが分かります。原発事故時に植物体に取り込まれた放射性Csが残っている影響だと推定されます。(基準値越えは、2012年以降は出ていません)

野菜の最後として、根菜のデータです。これは、根菜全般の検査データをまとめました。(ダイコンは約1万t/年、ジャガイモは約3千t/年、その他は約千t/年)

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根菜は主に根からの吸収の影響を受けますが、こちらも年々数値が下がっています。

ここまで見てきたように、野菜に関しては、主力産品(キュウリやトマトなど)は、早い段階で放射性物質移行の抑制に成功しており、今はワサビなど非主力産品の再開や抑制に取り組んでいるところです。また、地域で見ると、継続的に作付を行ってきた地域は順調に数値を下げており、こちらも再開地域に検査の重点が移っています。

次に、玄米です。参考までに、玄米を精米することでさらに放射性Csは下がります。食卓に上がる炊飯米の段階では、放射性Csは玄米の1割くらいに下がります。

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福島県総合センター 作物園芸部稲作科: 玄米、白米、炊飯米の放射性セシウム濃度の解析より

http://www4.pref.fukushima.jp/nougyou-centre/kenkyuseika/h23_radiologic_seika/h23_radiologic_20.pdf

2012年8月から、福島県から出荷されるすべての玄米の放射性Csの検査がされており(全量全袋検査)、Cs134とCs137の合計の値が出されていますので、ここではその数値を使います。検査をした数が膨大なのでデータをドットのグラフで示すと重なりが多すぎて全体像が分かり難いので、玄米についてはグラフ形式を変えます。また、25Bq/kg未満のものが多くてそれよりも高い値を示した玄米の推移が見え難いので、グラフの縦軸を対数グラフにしてみます。(2015年産玄米のデータは2016年3月15日までに公表された分です)

全袋検査-対数目盛ではない

縦軸を対数目盛に変更

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玄米に含まれる放射性Cs量は、全体として順調に下がっている様子が分かります。2015年は基準値を超えるものはありませんでした。

さらに放射性Csの下がり方に地域差がないかどうか、大きく「会津地区」「中通り地区」「浜通り地区」の3つの地区に分けて調べてみました。

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玄米は、2013年の「浜通り地区」の他は2011年から順調に下がっています。「浜通り地区」に含まれる地域をさらに細かく分けて調べてみると、2013年に高い値を出したのは、南相馬市で栽培されたものだと判明しました。

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この南相馬市で2013年に高い値を出したのは、どういう理由でしょうか。南相馬市には、作付け制限区域が含まれています。この制限区域で2013年に作付け再開準備として栽培されて検査された玄米のデータがありました。(表中の赤枠は、筆者が描き入れました)

262015年作付け再開準備区域

農林水産省 福島県 (独)農業・食品産業技術総合研究機構 (独)農業環境技術研究所:

放射性セシウム濃度の高い米が発生する要因とその対策について~要因解析調査と試験栽培等の結果の取りまとめ~( 概要第2版 )より

南相馬市のデータを見ると、高い値を示したのは作付け再開準備で栽培されて検査されたものでした。南相馬市全体のデータから、2013年の作付け再開準備区域のものを除くと次のようになり、他の地域と同様の傾向を示しています。

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この結果から、2013年に南相馬市の作付け再開準備区域で栽培されたものがとくに高かったことが分かります。2014年は南相馬市で栽培されて検査された玄米の数が約10倍に増えていますが、目立って高い値を出したものはありませんでした。2013年の再開準備区域で高く出た理由としては様々な説があり、その1つとして東電の第一原発での瓦礫撤去作業による放射性物質の再飛散も疑われましたが、良く分かっていません。

・農林水産省: 福島県南相馬市の25年産米の基準値超過の発生要因調査について

http://www.maff.go.jp/j/kanbo/joho/saigai/fukusima/index.html 

しかしながら、問題があったのは2013年のみで、栽培量が増えて検査数が10倍以上になった2014年以降は基準値超えが出ておらず、99.99%が25Bq/kg未満となっています。全量全袋検査の開始前の玄米の検査データも並べてみると、25Bq/kg未満は2011年の予備調査では89.09%、2011年の本調査では92.59%となっており、5年間でかなり減ったことが分かります。

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3)食品の放射能汚染の状況と今後の検査体制について

検査データの推移を見ていくと、市場に流通している福島県産の野菜と米の放射能汚染は2015年には基準値超えをしたものはなく、検査結果のほとんどが検出限界未満(ND)になっています。2016年はさらに下がると予想されます。

(1)野菜はサンプリング検査のままで地域制限ですが、米は全量検査で実質上は地域制限ではありません。ただし、米の検査で全農家に数値をフィードバックできたことが大きく、これが急速な低減に繋がったのではないかと考えられます。

(2)野菜やコメは明瞭に低下傾向にあり、検査がすでに不要と思える産品があります(とくに主力産品ほどその傾向が強い)。しかしながら、汚染された農業資材の再使用による突発的な基準値超過などもありました。予想外の出来事を察知できる程度の検査数は当分確保しておく必要はあると考えます。

(3)検査下限値の中に入っている(キュウリのグラフを参照)産品は、検査を科学的なサンプリングに移行して、検査数は少なくとも検出下限値を下げて、経過を追った方が良いかも知れません。

(4)一方で、緊急モニタリングは再開地域やこれまで自粛していた産品などに広がっており、検査の主体をこうした地域や産品に移した方が良いと考えます。また、厚労省の発表では、出荷制限中の産地産品の検査なのか、すでに出荷開始している産地産品の検査なのかが分かりません。誤解を生じないためにも、出荷制限中の農産物の検査結果には、そうであることを付記することが望ましいと思います。

野菜と米を農産物の代表例として先に取り上げましたが、続編の記事として果物類、牛乳などについても、同様に食品の放射能汚染の状況がどうなっているのか解説をしていく予定です。

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プロフィール

片瀬久美子サイエンスライター

1964年生まれ。京都大学大学院理学研究科修了。博士(理学)。専門は細胞分子生物学。企業の研究員として、バイオ系の技術開発、機器分析による構造解析の仕事も経験。著書に『放射性物質をめぐるあやしい情報と不安に付け込む人たち』(光文社新書:もうダマされないための「科学」講義 収録)、『あなたの隣のニセ科学』(JOURNAL of the JAPAN SKEPTICS Vol.21)など。

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