放射能不安の変遷と食品汚染の実際~野菜・米編――原発事故のデマや誤解を考える

「ふくしま新発売」のサイトで提供されている、農林水産物の放射性物質検査データを元にした野菜の推移グラフを見てみましょう。

 

※食品中の放射性物質の基準値として、放射性セシウムは100Bq/kgとなっていますが、1年間に食品を通じて受ける被ばく量が1mSvを超えないという目安があり、それから換算して食品の基準値が設定されています。すなわち、私たちの口に入る食品の半分がこの基準(100Bq/kg)の放射性物質を含んでいるとの前提に立って設定されたものです。東電の原発事故で放出された放射性物質のうち、量的に人への影響が心配されるのは放射性ヨウ素と放射性セシウム(Cs)ですが、放射性ヨウ素は半減期が8日と短く、短期間で消えています。放射性Csは134(半減期約2年)と137(半減期約30年)が同量放出されましたが、半減期が長く比較的安定なCs137の推移を見ていきます。

 

 

・ふくしま新発売:農林水産物モニタリング情報

http://www.new-fukushima.jp/monitoring/ 

各野菜の生産量は政府の「平成25年産野菜生産出荷統計」を参考にしました。

http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001128458 

 

 

グラフは、上海IIさん(ツイッターアカウント @shanghai_ii)に提供して頂きました。ここでは、各年の1月から12月までを各年度としています。

 

はじめに、福島県産野菜全体のセシウム137(Cs137)の検出値の推移です。

 

 

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低い値の分布が分かり易いように、縦軸を対数目盛にしたグラフも載せます。

 

 

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「検出せず」の分布が異なるのは、2011年秋から検出下限が表示されるようになり、さらに2012年春からは新基準に伴って検出下限が下げられたことが理由です。(目安として検出下限は基準値の1/10に設定されています)さらに、各年度のCs137検出値の度数分布を見てみましょう。

 

 

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2011年から検出された数値と件数が減少していますが、2015年は2014年よりも数値が高いものが若干増えています。これは、出荷制限や自粛のために作付や出荷を中断していた地域が作付を再開した影響が大きく、母集団が毎年同じではない事に留意する必要があります。例えば、県北地域では葉ワサビや花ワサビは、出荷意志を示さなかったために検査も中断していましたが、2014年から再開しています。

 

 

ワサビ

 

 

福島県産野菜で量的に圧倒的に多いのはキュウリ(約4万t/年)とトマト(約2万t/年)です。他はどの野菜も1万t/年未満です。

 

 

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キュウリは、2011年から低い数値です。トマトも同様な傾向で、2011年には50Bq/kg以上のものがありましたが、2012年度以降は検出されても10Bq/kg未満です。

 

 

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野菜には1年草(トマト、キュウリ、ホウレンソウなど)と多年草(ミョウガなど)があり、植物体への放射性Csの蓄積に違いが出ます。1年草は葉からの吸収が圧倒的に多かったので、これは事故後数か月で影響はほぼなくなりました。

 

ハウス栽培と露地栽培した野菜では放射性物質の検出量に大きな差が出ました。根からの間接的な吸収は栽培地の汚染の程度により、汚染度の高い避難区域では、高めの数値が出やすくなっています。これについては、土壌にカリウムを多くすることで、根からの放射性Csの吸収を抑えることができます。多年草は根茎などに蓄積した放射性Csが茎や葉に移行するので影響が長めに残りますが、新たに植え直すことで解消できます。

 

その他、汚染されたビニールシートなど、農業資材の不適切な使用による再汚染もありました。注意しておきたいのは、これまで栽培を控えていたけれども栽培を再開する地域が増えるに従って、NDではない農産物が増えると予想されることです。これを新たな放射性物質の拡散などによるものと勘違いしない様にしないといけません。

 

葉物野菜の例として、ホウレンソウとコマツナのデータを示します。これらは放射性Csの葉面吸収による影響で2011年には高い値を出したものが多くあります。

 

 

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福島県のホウレンソウ生産量は約2千t/年ぐらいです。2012年に基準値(100Bq/kg)超えが出たのは、原発事故時に放射性物質に汚染された資材(ビニール)を再利用したのが原因だと判明しています。コマツナでも同様で、2013年1月の基準値超過がありましたが、ホウレンソウと同じ汚染された農業用資材の使用が原因でした。http://www.pref.fukushima.lg.jp/download/1/BETAGAKE2.PDF

 

 

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2015年に放射性Csが検出されたコマツナは、いずれも出荷制限区域で生産されたものでした。(出荷制限区域なので出荷はされていません)(コマツナの生産量は約6百t/年) 

 

つぎは多年草の例として、ミョウガのデータです。(ミョウガの生産量は約10t/年)

 

 

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多年草であるミョウガは、放射性Csの下がり方がゆっくりであることが分かります。原発事故時に植物体に取り込まれた放射性Csが残っている影響だと推定されます。(基準値越えは、2012年以降は出ていません)

 

野菜の最後として、根菜のデータです。これは、根菜全般の検査データをまとめました。(ダイコンは約1万t/年、ジャガイモは約3千t/年、その他は約千t/年)

 

 

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根菜は主に根からの吸収の影響を受けますが、こちらも年々数値が下がっています。

 

ここまで見てきたように、野菜に関しては、主力産品(キュウリやトマトなど)は、早い段階で放射性物質移行の抑制に成功しており、今はワサビなど非主力産品の再開や抑制に取り組んでいるところです。また、地域で見ると、継続的に作付を行ってきた地域は順調に数値を下げており、こちらも再開地域に検査の重点が移っています。

 

次に、玄米です。参考までに、玄米を精米することでさらに放射性Csは下がります。食卓に上がる炊飯米の段階では、放射性Csは玄米の1割くらいに下がります。

 

 

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福島県総合センター 作物園芸部稲作科: 玄米、白米、炊飯米の放射性セシウム濃度の解析より

http://www4.pref.fukushima.jp/nougyou-centre/kenkyuseika/h23_radiologic_seika/h23_radiologic_20.pdf

 

 

2012年8月から、福島県から出荷されるすべての玄米の放射性Csの検査がされており(全量全袋検査)、Cs134とCs137の合計の値が出されていますので、ここではその数値を使います。検査をした数が膨大なのでデータをドットのグラフで示すと重なりが多すぎて全体像が分かり難いので、玄米についてはグラフ形式を変えます。また、25Bq/kg未満のものが多くてそれよりも高い値を示した玄米の推移が見え難いので、グラフの縦軸を対数グラフにしてみます。(2015年産玄米のデータは2016年3月15日までに公表された分です)

 

 

全袋検査-対数目盛ではない

 

 

縦軸を対数目盛に変更

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玄米に含まれる放射性Cs量は、全体として順調に下がっている様子が分かります。2015年は基準値を超えるものはありませんでした。

 

さらに放射性Csの下がり方に地域差がないかどうか、大きく「会津地区」「中通り地区」「浜通り地区」の3つの地区に分けて調べてみました。

 

 

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玄米は、2013年の「浜通り地区」の他は2011年から順調に下がっています。「浜通り地区」に含まれる地域をさらに細かく分けて調べてみると、2013年に高い値を出したのは、南相馬市で栽培されたものだと判明しました。

 

 

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この南相馬市で2013年に高い値を出したのは、どういう理由でしょうか。南相馬市には、作付け制限区域が含まれています。この制限区域で2013年に作付け再開準備として栽培されて検査された玄米のデータがありました。(表中の赤枠は、筆者が描き入れました)

 

 

262015年作付け再開準備区域

農林水産省 福島県 (独)農業・食品産業技術総合研究機構 (独)農業環境技術研究所:

放射性セシウム濃度の高い米が発生する要因とその対策について~要因解析調査と試験栽培等の結果の取りまとめ~( 概要第2版 )より

 

 

南相馬市のデータを見ると、高い値を示したのは作付け再開準備で栽培されて検査されたものでした。南相馬市全体のデータから、2013年の作付け再開準備区域のものを除くと次のようになり、他の地域と同様の傾向を示しています。

 

 

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この結果から、2013年に南相馬市の作付け再開準備区域で栽培されたものがとくに高かったことが分かります。2014年は南相馬市で栽培されて検査された玄米の数が約10倍に増えていますが、目立って高い値を出したものはありませんでした。2013年の再開準備区域で高く出た理由としては様々な説があり、その1つとして東電の第一原発での瓦礫撤去作業による放射性物質の再飛散も疑われましたが、良く分かっていません。

 

・農林水産省: 福島県南相馬市の25年産米の基準値超過の発生要因調査について

http://www.maff.go.jp/j/kanbo/joho/saigai/fukusima/index.html 

 

しかしながら、問題があったのは2013年のみで、栽培量が増えて検査数が10倍以上になった2014年以降は基準値超えが出ておらず、99.99%が25Bq/kg未満となっています。全量全袋検査の開始前の玄米の検査データも並べてみると、25Bq/kg未満は2011年の予備調査では89.09%、2011年の本調査では92.59%となっており、5年間でかなり減ったことが分かります。

 

 

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3)食品の放射能汚染の状況と今後の検査体制について

 

検査データの推移を見ていくと、市場に流通している福島県産の野菜と米の放射能汚染は2015年には基準値超えをしたものはなく、検査結果のほとんどが検出限界未満(ND)になっています。2016年はさらに下がると予想されます。

 

(1)野菜はサンプリング検査のままで地域制限ですが、米は全量検査で実質上は地域制限ではありません。ただし、米の検査で全農家に数値をフィードバックできたことが大きく、これが急速な低減に繋がったのではないかと考えられます。

 

(2)野菜やコメは明瞭に低下傾向にあり、検査がすでに不要と思える産品があります(とくに主力産品ほどその傾向が強い)。しかしながら、汚染された農業資材の再使用による突発的な基準値超過などもありました。予想外の出来事を察知できる程度の検査数は当分確保しておく必要はあると考えます。

 

(3)検査下限値の中に入っている(キュウリのグラフを参照)産品は、検査を科学的なサンプリングに移行して、検査数は少なくとも検出下限値を下げて、経過を追った方が良いかも知れません。

 

(4)一方で、緊急モニタリングは再開地域やこれまで自粛していた産品などに広がっており、検査の主体をこうした地域や産品に移した方が良いと考えます。また、厚労省の発表では、出荷制限中の産地産品の検査なのか、すでに出荷開始している産地産品の検査なのかが分かりません。誤解を生じないためにも、出荷制限中の農産物の検査結果には、そうであることを付記することが望ましいと思います。

 

野菜と米を農産物の代表例として先に取り上げましたが、続編の記事として果物類、牛乳などについても、同様に食品の放射能汚染の状況がどうなっているのか解説をしていく予定です。

 

 

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