Bad Science 「デタラメ健康科学 代替療法・製薬産業・メディアのウソ」に寄せて

でも、よく考えてみると、これって、日本の学校で「テレビゲームをすると脳が壊れるから、やめましょう」と教えられるのと、あんまり違わないのかもしれない。脳にいいか悪いかという違いはあっても、どちらも脳にまつわる怪しげな話を学校の先生や教育委員会が信じ込んじゃっている例だ。笑ってる場合じゃないかもしれない。

 

そんなわけで、そのものずばりは聞いたことがなくても、似たような問題は身近に転がっているから、日本では何にあたるかなあと考えながら読めばいいと思う。だいじなのは、個別の問題どうこうよりも、考えかただ。科学的に考えるにはどうしたらいいのか、本書にはそのヒントが書かれている。

 

さて、薬や治療法の効果を科学的に確認したいのなら、その方法ははっきりしている。きちんと無作為化したプラセボ対照実験をすればいい。聞き慣れない言葉かもしれないけど、これが標準的なやりかたなのだ。

 

もちろん、実験によって効果が出たり出なかったりと結論が割れることもあるかもしれない。被検者が少なければ偏った結果も出るだろうし、実験方法に思いもよらない欠陥があるかもしれない。あるいは、残念なことだけど、意図的なデータのごまかしもないとは限らない。そんなときは(そんなときでなくても)、メタ分析というこれまた聞き慣れない解析をする。これも広く使われている方法だ。実験によって結論が違うときには、自分の気に入る結論を勝手に選んだのではしかたない。メタ分析では、たくさんの実験結果を総合して結論を出す。そういう手法があることを知っておくのはとてもだいじだ。

 

無作為化したプラセボ対照実験がなぜ重要なのか、具体的にどうするのか、メタ分析で何がわかるのか、なぜそういうやりかたをするのか。本書ではそういう「効果を調べる方法」が詳しく議論されている。ホメオパシーのニュースでは「ホメオパシーはプラセボ効果しかない」と言っていた。では、そもそもプラセボ効果って本当はどういうものなのだろう。そういう疑問へのいちおうの答も見つけられるだろう。

 

繰り返しになるけれど、だいじなのは考え方だ。個々の問題はあくまでも例に過ぎない。真偽の怪しい健康法はこれからも次々と発明されていくはずだし、それをメディアが大々的に宣伝することもあるだろう。明日、どんなとっぴな新健康法が話題になるかなんて、予想がつかない。でも、考え方がわかっていれば、そんな新発明の前でうろたえることもないはずだ。プラセボ対照実験の結果なの? と尋ねればいい。

 

法律で取り締まればいいって? もちろん、薬事法や医師法というものがあって、勝手に効能を謳ったり、素人が医者のまねごとをしてはいけないことになっている。そうは言っても、法に触れない範囲でなら、でたらめを言うのは自由だ。それは民主主義の根幹をなす表現や言論の自由というやつだからしかたない。だからこそ、考えなくてはならない。怪しい話には疑問を、それを宣伝するメディアには「ノー」を。そのためには、まず考えかただ。

 

もちろん本書にも欠点はある。ひとつ挙げると、メディアの無責任には腹に据えかねているようで、「メディアにいる文系が悪い」みたいな書き方が何度か出てくるのだけど、それはちょっと言い過ぎだと思う。理系か文系かなんていうのはただただ不毛な話で、どちらであれ、ダメな人はダメということじゃないかな。ちゃんと考えられる人なら大丈夫。

 

ところで、本書に先立って、サイモン・シンとイツァート・エルンストの「代替医療のトリック」という本が邦訳されて、話題になった。本書と重なる話題もあるので、読み比べてみることをお勧めする。

 

(この文章について)

この文章はBad Science日本語訳の解説として昨年秋に書いたものだ。昨年シノドスのニコニコ生放送でホメオパシーを取り上げた際、僕はこの本を紹介して、もうすぐ日本語版が出ると言った。あの時点で翻訳は完成していたし(僕がやったわけではない)、解説も送ってあったから、遅くとも年末には出版されると思っていたのだが、結局半年ほど遅れて出たことになる。僕もほとんど忘れかけていた。もっとも、僕が解説を頼まれたのは河出書房新社ではない。だから、河出版には僕の解説はついていないはずだ。幻の解説にするのももったいないし、これはこれで書評として成立していると思うので、公開することにした。事情はさておき、日本語訳が出たことは喜ばしい。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.273 

・山本貴光「語学は裏切らない――言語を学び直す5冊」
・片岡栄美「趣味の社会学――文化・階層・ジェンダー」
・栗田佳泰「リベラリズムと憲法の現在(いま)と未来」
・渡邉琢「介助者の当事者研究のきざし」
・松田太希「あらためて、暴力の社会哲学へ――暴力性への自覚から生まれる希望」
・穂鷹知美「スイスの職業教育――中卒ではじまる職業訓練と高等教育の役割」