「学術政策」のあり方を問い直す契機に  

「廃止か大幅な削減」ありきの再仕分け

 

「再仕分け」から一夜が明けた。昨年行政刷新会議が主導して実施された「事業仕分け」のうち、十分にその議論を反映されていないとするものが対象となった。高等教育や学術研究に関わるさまざまな予算について、昨年に引きつづき非常に厳しい評価を受けることとなった。

 

前稿で、筆者は「新しい学術研究のあり方を生むかもしれない、という期待を感じさせた昨年の仕分けに比して、明るさを感じることができない」と書いたが、やはりその通りの議論だったといえるだろう。

 

今回も仕分けの様子がインターネット中継され(その事自体は隔世の感があるが)、筆者も前回取り上げたグローバルCOE(GCOE)などに関する議論などを中心に中継をみていたが、仕分け側は「廃止か大幅な削減」ありきなのではないか、と疑わせる様子で、文部科学省に対し稚拙な論理をもって挑発を繰り返していた。

 

例はいくつかあるが、そのひとつが大学ランキングを用いた討論である。

 

仕分け側はTimes社(Times higher education:THE)の集計による大学ランキングを持ち出し、日本として最高の26位に入った東京大(昨年22位)も、昨年まで維持したアジアトップの座を21位の香港大(同24位)に譲ったことなどをあげ、現在の施策が有用性に欠けると訴えていた。

 

だがこのランキングは大学の教員数や学生数など、さまざまな要件を総合的に判断するものであって、博士課程の学生やポストドクター以上の研究者を対象とするGCOEプログラムがランキングに与える要素は限定的だ。

 

そのため、文科省側は論文の被引用数などを中心とする研究の質を対象にしたトムソン・ロイター社の研究ランキングを引用し、拠点化された研究機関を抱える大学は質の維持・あるいは向上を果たしていることを示し、仕分け側の論点に巻き込まれないよう注意を払っていた。筆者には文科省側の方が理性的に思われた。

 

 

ほんの数年で研究・教育の成果は出せない

 

指摘しておくならば仕分け人側が引用したTHEのランキングでは、日本の地位低下の理由についても分析を行っており、その要因のひとつとして「高等教育に対する財政削減」をあげていたことは、じつに皮肉な話である。

 

そもそも、プログラムを走らせはじめてほんの数年で、研究・教育の成果は出せない、ということを仕分け側がまったく理解していないことに、この仕分けの悲喜劇がある。

 

仮に新規にiPS細胞を用いて研究を開始しようとすれば、iPS細胞の樹立という基本的な段階にさえ数カ月単位の日数が消費される。いくら研究が日進月歩、スピード勝負の世界とはいえ、生命科学の研究を行って論文を出すまでには、少なくとも2年程度は見積もらなければならない。

 

そうした観点からは、博士課程に入りたての学生に、現在のような「論文重視型」の採用基準をもつ学術振興会研究員制度はそぐわないことが理解されるだろう。それと同時に、GCOEという予算は基盤整備のためのスタートアップ資金であり、ある程度の期間を経なくては評価が出せない、ということも理解されるはずなのだ。

 

結局、取りまとめにあたった民主党・枝野幸男議員は、GCOEを「仕分け違反」と認定し、前回の決定である2009年度比1/3程度の予算削減の遵守のため、2010年度予算から1割以上の予算削減を求めるものと判定した。

 

もちろん仕分け側に予断があったわけではないだろうが、仕分け人たちの討論中の舌鋒の鋭さと文科省側の(比較的)冷静な答弁を比較するに、仕分け側としては不本意ながらも他に落とし所がなかった、というところかもしれない。

 

 

 

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