危険な「幹細胞ビジネス」には厳しい視線を

高度で先進的な医療を受けるための機会が失われる

 

筆者は決して先進的な医療行為に否定的なのではなく、むしろ幹細胞を用いたさまざまな医療が一般の患者に大きな利益をもたらすことを期待しているし、現在の日本では再生医療研究へ厳しい規制が課せられていることには憂慮している。

 

たとえば、日本のバイオベンチャー企業であるセルシード社は、「角膜再生上皮シート」を用いた治験を日本ではなくフランスで行ったという。また、再生医療関連製品として日本ではじめて保険適用をうけた「ジェイス」(重篤なやけどなどに対して移植される自己細胞由来の培養皮膚)は、実際の患者を治療する場合には保険適用分だけでは十分な量が移植できず、混合診療(保健診療と自由診療の併用)を禁ずる日本の制度下では、企業の厚意によって無料で製品が提供されているという現状もある。再生医療を取り巻く日本の環境の厳しさを物語っていよう。

 

 

過剰な規制は医療の進歩にとって、そして疾患の治療を待ちわびる患者にとって、幸せなこととはいい難い。科学的なエビデンスがあったとしても、先端性がゆえに「医師の裁量権」の範疇で治療を行わざるをえない場合もままあり、その行為を完全に否定することはできない。

 

だが、ヒト幹細胞を用いた医療は、社会から大きな期待を担う一方で、安全性など、これから解決されねばならない課題も残されている。これは基礎から臨床に携わる研究者コミュニティ、そして法律や倫理にかかわる専門家も交え、問題点を一つひとつ丹念に解決していく必要があり、「医師の裁量権」を根拠に臨床応用を行うのは、早計といわざるをえない。

 

日本がもつ先進的な医療技術を評価された上での医療ツーリズムであれば歓迎すべきことであるが、前述のような日本の慣習を悪用し、脱法的行為のための温床として簒奪されてしまえば、結果として法制度を厳しくせざるをえなくなり、日本国民が高度で先進的な医療を受けるための機会を喪失してしまう。そのことは避けなければならない。

 

 

日本再生医療学会の声明

 

日本の幹細胞研究者が多く所属する日本再生医療学会も、科学的根拠や安全性の配慮など、患者保護のルールに基づかないまま幹細胞を患者に投与する行為に対してはきわめて強い憂慮をいだいており、近く何らかの対応を行うことになるだろう。

 

また、厚生労働省などの行政当局もこうした行為には重大な関心をもっているといい、再生医療学会などと連携し、新たなルールづくりを進めていくと考えられる。もちろんそれは重要かつ意味のあることであるが、法的な規制をただ強化するというのではなく、研究者自身が既存の各種法令や通知、告示、ガイドライン等を遵守し、研究モラルにもとづいた自覚的な行動をしていくことを徹底させ、健全に再生医療研究が推進される環境整備を行うべきである。

 

同時に研究者コミュニティはマスメディアやネット媒体などを通じ、国民へさまざまな判断材料の提示を行って理解の増進につとめ、国民のコンセンサスを得ながら日本の再生医療研究を発展させることを期さなければならない。

 

日本はiPS細胞を世に送り出した国として、再生医療研究やその周辺の法運用について、世界からの注目が依然として高い。医師や研究者、行政当局、そしてマスメディアは連帯し、自国民を「幹細胞ビジネス」には乗せられないように守る責任を範として示さなければならない。日本が世界の中で果たすべき役割は、決して小さくないのである。

 

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.279 

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