深宇宙探査入門

2010年6月13日、小惑星探査機「はやぶさ」が地球へ帰還しました。そのドラマティックな展開からメディアに大きく取り上げられ、日本中が注目していたことは皆さまの記憶に残っていることと思います。しかし残念なことに、そのドラマティックな面のみが強調され、深宇宙探査がどのようにおこなわれているのか、という基本の部分があまり国民へ伝わっていないということも事実です。

 

そこで本稿ではまず、日本の宇宙開発の現状と、宇宙機に関する基礎事項の整理をおこないます。その後、日本の深宇宙探査プロジェクトの1例として「ソーラー電力セイル」を取り上げながら、深宇宙探査機の特徴について説明させていただきます。

 

 

宇宙工学について

 

宇宙空間は、大気・温度・周辺環境といったすべての点で、地球上とはまったく異なる極限環境です。宇宙工学とは、このような極限環境下で、「ロケットを用いて宇宙機を打ち上げ、宇宙機を正しく動作させ、地球観測や、他天体の探査をおこなう」ために必要な技術すべてを内包するものです。

 

近年では、宇宙機に用いられる技術が高度化してきたこともあり、1人の人間がすべての技術を網羅することは難しくなってきています。そのため、個々の技術に特化したスペシャリストたちが集まり、それを統合して1つの宇宙機を作り上げています。

 

宇宙機は、一般に「衛星」と呼ばれることが多いですが、大きく(1)人工衛星、(2)深宇宙探査機の2つに分類されます。人工衛星とは、地球のまわりを周回する宇宙機であり、気象衛星「ひまわり」などの地球観測・通信衛星や、望遠鏡を搭載する天文衛星が対応します。深宇宙探査機とは、地球以外の天体に向かう宇宙機であり、小惑星探査機「はやぶさ」などが対応します。

 

これらの宇宙機の設計開発は、おもに宇宙研究開発機構(JAXA)や大学によって行われています。

 

日本全体の宇宙事業はJAXAによって支えられています。JAXAは (a)筑波宇宙センター(旧宇宙開発事業団)、(b)宇宙科学研究所(ISAS)、(c)航空宇宙技術研究所(NAL、主に航空分野を担当)の3機関から構成されています。先に述べた宇宙機の分類のうち、地球観測・通信衛星は筑波宇宙センターが、深宇宙探査機や天文衛星はISASが、それぞれ担当しています

 

一方、大学によるプロジェクトでは、「大学衛星」とよばれる超小型の人工衛星の設計開発がおもに大学院生から構成されるチームによっておこなわれています。しかしながら、大学という場の特性上、これらのプロジェクトの主目的は教育におかれています。

 

 

日本の深宇宙探査計画について

 

ここからは日本の深宇宙探査計画についてご紹介したいと思います。現在、深宇宙探査機の設計開発はISASでのみおこなわれています。

 

ISASが近年打ち上げた、もしくはこれから打ち上げが予定されている深宇宙探査機は以下の通りとなります。

 

 

●打ち上げ済

(1)はやぶさ(2003-2010): 小惑星サンプルリターン機(世界初)

(2)あかつき(2010-): 金星探査機

(3)IKAROS(2010-): 小型ソーラー電力セイル実証機(世界初)

 

●打ち上げ予定

(4)はやぶさ2(2014打ち上げ予定): 小惑星サンプルリターン機

(5)次期ソーラー電力セイル(2021打ち上げ目標): 外惑星領域探査 / サンプルリターン機

 

 

はやぶさとIKAROSのところに「世界初」とあるように、日本は現在、サンプルリターン機とソーラー電力セイルという2つの分野で世界トップの技術力を持っています。

 

サンプルリターンとは、地球以外の天体や惑星間空間から試料を地球に持ち帰ることを指します。2010年6月13日に地球へ帰還した小惑星探査機はやぶさが、道中のトラブルを乗り越え、無事、小惑星「イトカワ」からサンプルを持ち帰ったことは大きく報道されました。

 

もう一方のソーラー電力セイルについては次節で詳しくご説明したいと思います。

 

 

ソーラー電力セイルとは

 

深宇宙探査をおこなうすべての宇宙機は、(1)燃料の節約、(2)電力の確保という2つの課題をクリアしなければなりません。

 

宇宙機は、他の天体へ向かう際に燃料を噴いて加速をするだけでなく、宇宙機の姿勢を保つためにもこまめな燃料の噴射を必要としています。しかしながら、惑星間空間にはガソリンスタンドのような燃料の補給所がないため、もともと用意された燃料がなくなった時点で、それ以降ミッションを続けることができなくなってしまいます。そのため、ミッションに必要な燃料をできる限り削減し、かつミッション中も燃料を節約しながら使っていくことが、深宇宙探査機には必要とされているわけです。

 

また、通常宇宙機は電力を太陽電池による発電でまかなっています。宇宙機が地球周辺の太陽光が十分に当たる範囲にいるときにはこの方法で問題ありません。しかし、宇宙機が木星や、土星といった外惑星領域へ向かう場合には、太陽光が弱くなるために十分な発電ができなくなります。そのため、巨大な太陽電池を搭載するか、あるいは原子力電池を搭載するといった、十分な電力を確保するための工夫をおこなわなければなりません。

 

 

図1 ソーラーセイルの概念図 [1]

図1 ソーラーセイルの概念図 [1]

 

 

これらの2つの課題をクリアするための1つの方策として、これからご紹介する「ソーラー電力セイル」があります。

 

まず、「ソーラーセイル」は、海に浮かぶヨットのように巨大なセイル(帆)を持ち、光の力により推進する特殊な宇宙機です(図1)。

 

ボールが板に当たると、板は衝撃を感じて押されるように、光にも物を押す力があります。この力を「光圧」と呼びます。前者は日常生活で体験できますが、後者の「光に押される」ということを日常生活で感じることはできません。なぜならば、光圧は非常に小さい力であり、大気がある地球上では人間には感知できないからです。しかし、場所を宇宙に移すと話が変わってきます。宇宙には大気がないため、微小な光圧によって宇宙機は押されていくのです。

 

通常、この光圧は、宇宙機の姿勢を乱し、悪影響を与えるものとして捉えられています。しかし、この「ソーラーセイル」では、光圧を積極的に使うことで、燃料を消費することなく宇宙機が加速できるように設計されています。「ソーラーセイル」では、巨大なセイルを広げることによって、太陽光を十分に浴びることができ、より大きな光圧をより受けられるようになっています。

 

「ソーラーセイル」によって燃料節約が可能になるので、つぎに電力確保の問題を考えなければいけません。そこで、日本では、独自の「ソーラー電力セイル」とよばれるコンセプトを提唱しています。これは、巨大なセイルに非常に薄く、軽量な「薄膜太陽電池」を貼り付けることで、発電も同時におこなうというものです。巨大なセイル全面に薄膜太陽電池を搭載すれば、太陽から離れた場所でも十分な電力が確保できるというわけです。

 

 

 

シノドスのサポーターになっていただけませんか?

98_main_pc (1)

 

 セミナー参加者募集中!「スノーデンと監視社会の現在」塚越健司

 

 

無題

 

vol.230 日常の語りに耳を澄ます 

・荒井浩道氏インタビュー「隠された物語を紡ぎだす――『支援しない支援』としてのナラティヴ・アプローチ」

・【アメリカ白人至上主義 Q&A】浜本隆三(解説)「白人至上主義と秘密結社――K.K.K.の盛衰にみるトランプ現象」

・【今月のポジ出し!】吉川浩満「フィルターバブルを破る一番簡単な方法」

 

vol.229 平和への道を再考する 

・伊藤剛氏インタビュー「戦争を身近に捉えるために」

・【国際連合 Q&A】清水奈名子(解説)「21世紀、国連の展望を再考する」

・【あの事件・あの出来事を振り返る】桃井治郎「テロリズムに抗する思想――アルジェリア人質事件に学ぶ」

・末近 浩太「学び直しの5冊<中東>」

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.230 特集:日常の語りに耳を澄ます

・荒井浩道氏インタビュー「隠された物語を紡ぎだす――『支援しない支援』としてのナラティヴ・アプローチ」

・【アメリカ白人至上主義 Q&A】浜本隆三(解説)「白人至上主義と秘密結社――K.K.K.の盛衰にみるトランプ現象」

・【今月のポジ出し!】吉川浩満「フィルターバブルを破る一番簡単な方法」