初学者のためのロケット開発史入門

宇宙軌道に到達するためには

 

一方、ロケットが宇宙軌道に到達するには、半端な増速力では届きません。地球周回速度の約7,800m/sec(時速28,000km)まで正味増速するには、重力損失、制御損失、大気抵抗分を補う必要もあるため、およそ9,500~10,000m/secもの増速能力が必要です。

 

航空機で高空まで飛行した後に空中発射するエアロンチも、現状、大型航空機の巡航速度はせいぜい音速以下(300m/sec程度)ですから、速度を稼ぐ目的としては、地球自転速度程度(465m/sec@赤道)の稼ぎにもなりません。より高速の母機が欲しいところです。

 

ところで、月面から月周回軌道へは、およそ1,700m/sec、火星では同3,400m/secの増速が必要です。地球半径が約6,400km、月半径が約1,740km、火星半径が約3,500kmで、それぞれ軌道速度と似通った数字になっていますが、実は、天体の比重がおよそ3.6の時、原理的に天体の半径と周回軌道速度が同じ値になるのも興味深いところです。

 

さて、地球に話を戻すと、地表から、燃料満載した自重を持ち上げ、かつ搭載した燃料だけで周回軌道まで自身を増速できるロケット(SSTO:単段式軌道到達機)は、今のところ実現していません。

 

無重量・真空空間で、燃料満載した静止状態(初期質量=M0)から、燃料枯渇(質量=Mf)までフル増速して到達できる最終速度:Vfは、やはりツィオルコフスキが定式化しており、以下で示されます。

 

 

ツィオルコフスキの式  Vf=c×ln(M0/Mf)  ln:自然対数

 

 

驚くべきことに、初期質量M0を一定と考えると、エンジン噴射速度cをいかに向上するか、枯渇最終質量Mfをいかに軽量化するかだけで、増速性能は決まってしまうのです。燃料に水素を用い、また極限までエンジンやタンクを軽く仕上げて、燃料搭載割合を向上することが、必然となる理由です。そこまでしても、このロケットにいざ衛星を搭載すると、Mfは一挙に増大し、増速能力は劣化します。

 

水素をもってしても、単段で稼げる増速分では、実用上、軌道には到達できません。大型ロケットの貨物として、小型ロケットと衛星を積み重ねる2段式ロケット、さらに段数を重ねる多段構成に組み上げた上、推進薬が枯渇した大型下段から順次切り捨て、増速すべき質量を都度最小化することによって初めて、最終貨物(payload)である衛星をようやく軌道速度まで増速できる現状です。

 

 

水素エンジンの実現

 

ツィオルコフスキによって水素を燃料としたロケット推進が予言されたものの、実は水素ロケットが実現するには、いくつかの課題を突破できず、長い時間を要しました。そのため、アルコール燃料のV-2ミサイル、またケロシン(燈油)燃料の大陸間弾道ミサイル(ICBM)の実用が先行します。

 

最高燃費とは言いながら、常温常圧水素ガスの密度は空気のわずか1/14に過ぎません。有意な質量の水素をロケットに積載するためには、巨大な容器、あるいは、そのまま圧縮しても、とんでもない質量の圧力容器が必要でした。

 

ご存知の通り、気体は液体となることで体積を小さくすることができます。水素の液化は、ツィオルコフスキ論文の5-6年前には実現していました。しかし零下253℃(20K)まで冷却して、ようやく前述した水素ガスの1/800近くまで体積を縮小できる程度です。これは常温の水に較べると、密度で1/14に過ぎず、巨大タンクは水素ロケットの大きなハンディとなりました。

 

実用に至るもうひとつの難関は、「冷却問題」でした。燃焼室内の燃焼温度は、3,200℃にも達し、さらに流速が高いことも災いして、壁への熱負荷が高く、どんな金属もそのままでは内圧、温度に耐えることはできません。熱ガス側にはできるだけ熱遮蔽を図り、その背面全体を厳重に冷却することが必須でした。

 

その上、ロケットエンジン特有の条件として、地上で燃料を浪費するわけにはいきません(持ち上げられる推進薬は、せいぜい400秒分に過ぎない)。これが航空機用エンジンの場合、起動から数十分もかけて、暖気(warm_up)を図り、急激な熱応力を回避できるのですが、ロケットでは、エンジン点火の5秒後には、フルパワーで離昇(lift_off)することが求められます。極端には、液体水素温度零下253℃から、いきなり3,200℃近くまで温度変化する場所もあり、想像を超える熱応力・熱衝撃が発生したのです。

 

そのため燃焼室を二重構造にして冷媒を流す、あるいは冷却管を張り巡らせて壁を構成する、また多孔質金属面(非常に小さな穴がたくさんある金属)から冷却燃料を浸み出させるなど、あらゆる冷却手段を駆使して、ようやく実用水素エンジンの完成を見たのです。それでも、燃焼室の最大熱応力は、材料の降伏応力を上回り、運転ごとに歪を蓄積するため、厳重な寿命管理が不可欠です。

 

ツィオルコフスキがロケット推進のための燃料として水素を使うことを提案してから60年を経た1963年、世界初の水素エンジン、米国RL10が、セントールロケットに搭載されて、初飛行を果たしました。以来米国では、有人月探査Apollo計画に向けて、推力1MN級のJ2エンジン、またspace shuttle主エンジンとして、2MN級SSMEが完成し、後者が最近まで活躍したことはご承知のとおりです。

 

 

 

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