初学者のためのロケット開発史入門

主噴射器マニホルド溶接部熱クラック→構造破壊

 

二段燃焼サイクルエンジンの場合、主噴射器に供給される燃料は、タービン駆動後の水素過多燃焼ガスであり、初期設計値はおよそ17MPa、900Kでした。

 

タービン翼同様、熱衝撃は予想を凌駕し、INCO718溶接盛り上がり端部を起点にクラックを多発しました。内面クラックを検出できず、構造破断に至り、数度にわたり、エンジン全損を経験しました。工場内検査時に、エンジンが破裂し、人命が失われる原因にもなりました。試験設備にも少なからぬ被害が及んでいます。根本原因は、以下と分析されています。

 

 

1)析出硬化材料の溶接強度に対する知見不足

2)厚肉INCO718材溶接工程の不完全

3)タービン後流の予想外熱衝撃

 

 

溶接盛り上がり部を磨いて応力集中を緩和し、また溶接後熱処理の改善を図ったほか、最終的に目標性能を切り下げて対策しました。

 

主燃焼室製造方法、材料選定、再生冷却部寿命、高圧酸素適合材料、水素脆性など、当初危惧した技術課題については、相応の対策がなされていた点、関連した問題を起こすことなく、2年遅れの1994年には、推力F=1,100kN、燃焼圧力Pc=13.5MPaのブースタエンジンとして開発を完了し、H-II初号機打ち上げに成功しました。

 

 

打ち上げ失敗事例、その原因、対策、改良

 

10~15基の試作エンジンを用い、限界性試験→設計改良を繰り返して設計確定、開発完了に至ります。しかしながら、一定規模の地上燃焼試験で、実飛行で遭遇するすべての作動環境を実証することは至難であり、またエンジン個別の想定外ばらつきなどによって、一般に実飛行における失敗が3~5%程度の確率で発生する現状です。

 

1998年のH-IIロケット5号機では、2段エンジンLE-5Aの作動中に、燃焼室壁から燃焼ガスが漏洩し、エンジン制御用のワイヤハーネスを焼き切って、エンジン不時停止に至りました。

 

 

シノドス0009

 

 

初回300秒の動作は正常で、再着火燃焼中の故障でしたが、通信放送実験衛星COMETSは計画軌道に到達できませんでした。原因は、燃焼室を形成する再生冷却チューブのロー接不全、あるいは地上試験中の過熱劣化と判定されました。対策としては、燃焼室のチューブロー接工程を廃し、LE-7同様、銅製溝構造燃焼室を用いた新設計のLE-5Bエンジンを、次号機以降に搭載しています。

 

翌年の次号機打ち上げは、7号機を後送り、H-II8号機が先行しました。そのH-II8号機は、固体ロケットを分離し、1段エンジン作動中の239秒に突然、燃焼停止しました。運輸多目的衛星を搭載した2段機体は、その後自動タイマーで分離、縦回転が止まらないまま奇跡的に着火に成功しましたが、軌道を回復できるはずもなく、レーダ可視範囲から外れる見込みとなったため、地上から指令送信し爆破しました。

 

故障現象は唐突でテレメータによる間引きデータでは、原因解明は覚束なかったのですが、その後、海洋科学技術センター(当時)のご支援により、深海から当該エンジンを回収することができました。

 

奇跡的に、一次破面が温存されていることがわかり、何人も予測できなかった原因は、水素インデューサの疲労破壊と特定されました。多方向から故障再現のシミュレーションがなされましたが、そもそも低密度の液体水素の流体力は僅少で、結局、以下を複合して原因と解釈しました。

 

 

1)  疲労クラック起点の加工痕

2)  旋回キャビテーションによるインデューサ翼加振

3)  インデューサ上流の整流ベーンとの流体的共振

 

 

まず対策として、開発中であった改良型H-IIAロケットへの移行を前倒しました。しかしLE-7A水素インデューサにも類似の問題があることがわかり、1号機暫定打ち上げの後、同様に流量係数を低減する抜本的改良を行いました。

 

数種類を試作した上、吸い込み性能試験によって、低迎え角インデューサを選定し、必要揚程を満たすため斜流化を図っています。その後、酸素インデューサに対しても旋回キャビテーション対策を完了し、以来現在に至るまで類似の故障は再発していません。

 

その間、2011年には、米国Space Shuttleが退役しています。その結果、我がLE-7Aエンジンは、世界最高性能(燃費)のブースタエンジンとなったことも特記しておきます。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.275 

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