計算する知性といかにつきあうか――将棋電王戦からみる人間とコンピュータの近未来

第一局: ソフトの「間違い」を決めるもの

 

新鋭・阿部光瑠四段(19)に、前年のコンピュータ将棋選手権五位の「習甦」が対した第一局、結果的にソフトはいくつかの「間違い」を犯した。まず陣形整備の段階で端歩の突きこしを許し(=相手の左端の歩を五段目まで進められてしまい)、阿部に余裕のある陣形を組まれてしまう。さらに単独で桂馬を跳ねだす強気な攻めに出たが(下図)、駒損を重ねて劣勢に陥り、終盤では歩の成り捨てなど無意味な手を繰り返しながら習甦は敗れた。

 

 

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*34手目、後手習甦△6五桂(▲は先手、△は後手。算用数字は横軸、漢数字は縦軸)

 

 

コンピュータは計算を間違えない。ハードウェアが完全に壊れていない限り、それは確かだ。しかし、複雑な作業を担うソフトでは、与えられた作業をいかにうまく計算に置き換えているかが重要になる。例えば先に述べた翻訳校正ソフトは、原語と訳語が一対一で対応しているかどうかによって訳語の適切さを判定する。その判定を下すための計算過程が間違っていなくても、このソフトは適切な訳し分けと明らかな訳語選択ミスを一緒くたにエラーと判定してしまう。

 

ただ、それがソフトの間違い(バグ)となるかどうかは状況による。例えば法律文書など語彙が厳密に定められている場合にはソフトのエラー判定は適切であり、クライアントが訳し分けを望まない場合はソフトに従うしかないこともある。

 

将棋ソフトにも同じことが言える。対局が終わった後から見ると、いくつかの習甦の指し手は誤った形勢判断に基づいたミス(「悪手」)に思われる。だが、それはあくまでも阿部がそれらの指し手に対応して優勢を築くことができた(うまく「咎めた」)からだ。敗因とされた△6五桂の局面にしても、阿部ではなくアマチュアが指していれば習甦の攻めが決まっていた可能性が高い。阿部自身、もし自分がこの局面で習甦側を持っていれば「アマチュア五段程度の方にならまず勝つ自信がある」と述べている[*1]。

 

また、阿部以外の棋士が指せば異なるタイプの「悪手」が生まれた可能性もある。開発者にとって、電王戦はソフトの弱点を様々に異なる棋風をもつプロ棋士にあぶりだしてもらう絶好の機会でもあった。△6五桂のような無理攻めをいかに抑えるかは今後の重要な課題となっていくだろう。

 

コンピュータは計算を間違えなくても計算のしかたを間違える。そして何が「間違い」であるかは人間とソフトの相互作用を通してその度ごとに決定されるしかない。さらに、どのような挙動が有効とされ、あるいは間違い(バグ)として排除されるかによってソフトのふるまいはバージョンごとに変わっていく。つまり、私たちと知能機械の相互作用を通して、「彼ら」は新たな行為のあり方を獲得していくのである。

 

 

第二局: 線の大局観vs点の大局観

 

阿部の快勝に終わった第一局の結果は、「大局観に優れた棋士にソフトは勝てない」という見方を支持するものに見えた。だが、コンピュータ将棋選手権四位のPonanzaと佐藤慎一四段(30)が対戦した第二局、「大局観」の優位性は次第に疑わしいものとなっていく。

 

序盤から形勢が微妙に揺れ動きながら進行した本局、終盤の入り口でわずかに優位にたった後手佐藤が勝負を決めにいくがPonanzaは粘り強い守備で対抗する。残り時間の切迫と激しい疲労のなかで佐藤は細かなミスを繰り返し、Ponanzaの着実な反攻によって次第に追い込まれ、141手で敗れた。

 

終盤で佐藤を襲った激しい疲労の背景には、現役棋士としてソフトに負けられないという強いプレッシャーだけでなく、ソフトの指し手が棋士のそれとは異なる特徴を持っていることがある。両者の違いについて、阿久津主税八段は次のように述べている。

 

 

人間は前からの手を継承する「線」で考えます。だから「線」が繋がらない時は、何か勘違いがあったと考えるし、予定変更を余儀なくされたのかなと考えて、次の一手を選びます。コンピュータは、一手指すと、その局面で考えた新たな手を加えてくることがあるので、二手先、三手先とで最善手が変わるというか、人間ならこの流れにならないという手が出てきます。その意味では「点」で考えているといえます。人間は、一手前とは違う人が指したような手に対応しなければならないので、読みの量は増えるし、疲労もたまるわけです[*2]。

 

 

現局面から数十手先の様々な分岐の中で最善と思われる進行を選びだす棋士の大局観は、阿久津の言う「線」の思考に支えられている。だが、こうした「線の大局観」は、指し手の一貫性を無視して局面ごとに最善手を探るソフトの「点の大局観」の前に意外な弱点をさらけ出した。流れによって局面を把握するために流れを無視した指し手に対応しきれず、思考は混乱し疲労もたまってしまうのだ。さらに、流れを考慮しないソフトのほうが広い局面を捉えて結果的により良い手を探り当てることもある。そう考えれば、棋士側の最大の強みであったはずの「大局観」は、彼らの思考を特定の枠にはめ込んでしまう「先入観」と区別できなくなってしまう。佐藤もまた終局後に次のように述べている。

 

 

ソフトが意外な手を指してきて、自分の将棋が広がった感覚がありました。[……]「それはない」と思う筋が、考えると有力とわかってくる。将棋には無限の可能性があると教えられました。将棋を20年以上やってきて、いつのまにかこびりついていた先入観という垢を落とせた気がする[*3]。

 

 

佐藤がソフトとの対局を通して「いつのまにかこびりついていた先入観」を自覚していったように、知能機械と人間の相互作用は、これまで自明とされてきた思考のあり方を捉え直していく契機となりうる。機械がバグの特定と修正を通じてそのふるまいを変えていくのと同時に、人間もまた自らの行為を暗黙のうちに限定してきた枠組みを認識しそれを組み替えていく。ただし、自明性が崩れていくプロセスは必ずしも愉快なものではない。そこには自分たちが大事にしてきたものが意味を失うことに伴う激しい痛みがある。残り3戦においても、コンピュータの計算力とアルゴリズムの論理は既存の将棋観を支えてきた様々な要素を疑いに付し、棋士や見守る人々の思考と感情を激しく揺さぶっていった。

 

[*1] 日本将棋連盟 2013 『第二回電王戦のすべて』マイナビ、P29。

 

[*2] 『ドキュメント電王戦 その時、人は何を考えたのか』2013、徳間書店、P71。

 

[*3] 『将棋世界(2013年7月号)』、日本将棋連盟、p56。

 

 

 

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