対話と当事者性の罠――ネットワーク型サイエンスコミュニケーションへ

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6. 二項対立型の対話からネットワーク型コミュニケーションへ

 

このように、サイエンスコミュニケーションが抱える問題やミッションというものは、科学特有のものではないはずなのです。確かに、科学にはさまざまな特殊性があります。しかし、特殊性を抱えた分野、もしくは、課題を抱えている分野というのは、科学だけではないはずです。コミュニケーションの必要性や伝えたい「欲求」を持っている人たち、もしくは、既存の分野の閉塞感を打破したいと思っている人たちが、科学やサイエンスコミュニケーションの分野以外にもいるはずです。

 

ここ数年の社会活動やソーシャル・ベンチャーが隆盛を極めているのには、そうした理由があるのではないかと、僕は感じています。そしてそれらが成功するには、我田引水的なものではいけないと思うのです。つまり、科学がある種の説明責任としてしか「市民一般」と対話が出来ないのであれば、さまざまなパイ(例えば予算)が限られる中で、自分たちだけが生き残ろうとする様にしか映らず、そのような気持ちが決してなかったとしても、自分の領土を守るために、他の牙城(予算)を崩す行為に、結果としてはなりかねません。

 

先ほど、理解するということは、個々人の情報ネットワークの中に新たな情報を位置づけ、ネットワークを再構築することだと述べました。これを、社会における科学の受容として考えてみると、科学が社会に理解されるということは、科学者や科学コミュニティが、他の分野の人やコミュニティの人的ネットワークに位置づけられ、関係性が構築されるということになるのではないでしょうか。

 

僕は、その過程で、かならず、異分野と協力することでお互いのパイをシェアするということが必要なのではないかと考えています。奪い合わなくても、お互いのシェアが広がるということ。それが、コミュニケーション、もしくは分かり合えたということの、一つのカタチなのではないかと。そうすることで、例えば、われわれ科学の中にいる人間でなくとも、別の分野の人が自分たちの周りで、さらには隣接するまた違う分野へと科学を伝えてくれる。ネットワークとして、拡散していくのではないかと思うのです。

 

これは、メディア論でいう「したたり理論」や「二段階理論」とも呼ばれる考え方です。例えば、並河さんがさまざまな分野をお手伝いしているように、サイエンスのコミュニケーターやインタープリターが元々科学とは違う出自の人達から出てきてくれるのではないかと。うれしいことに、われわれのイベントに出演して下さった異分野の方々が、その後、そのとき共演した科学者と独自の企画を立ち上げて下さるなど、少しずつ、そのネットワークは広がっているようにも感じます(次回は、それらイベントの中から、最近開催したものの文字起こしをイベントレポートとしてお届けしたいと思います)。

 

この様な活動の広がり方を、社会活動やソーシャル・ベンチャーの世界では「共感型ビジネス」と言うのだと思いますが、それに関して、われわれのイベントにもゲストで出演して下さった小倉ヒラクさんが面白いことを書かれています。

 

 

「共感型ビジネスの鍵はアーカイブかもしれない」

 

 

サイエンスコミュニケーションに”課された”使命の或る側面については上述しました。説明責任や、トランスサイエンスに関する熟議など、重い問題はたくさんあります。しかし、SYNAPSEでは、大学や学問を一つのコンテンツとして捉え、それを編集することで、広めていこうとしています。強い当事者性を必ずしも前提とせず、純粋に科学の楽しさや魅力を「感じる」過程で、そもそも「科学とは何か」ということも、自ずと知ってもらえる、知りたいと思ってもらえるのではないかと。

 

次のステップとしては、さらに多くの人がその情報にアクセスし、もしくは利用・使用可能に出来るかどうか、そこが鍵ではないかなと思っています。つまり、伝えるための原理としては、ネットワーク型のコミュニケーションなのですが、更にそれを進めるために必要なのは、さまざまなことが繋がっていることを可視化でき、可視化されたものから欲しいものを探し出せるアーキテクチャなのではなないかと思うのです。さまざまなコミュニティで、同じように伝える活動が行われている現代にも関わらず、それらの文脈が交差することは、未だ少ないのです。この点に関しては、次の課題としていったん筆を置きたいと思います。

 

・SYNPASE LAB. http://synapse-academicgroove.com/

 

※ 筆者は、科学技術社会論やサイエンスコミュニケーションの専門家・研究者ではないため、本稿の学術的背景については総合研究大学院大学助教の標葉隆馬さんにご意見を頂きました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

 

編集:福島淳(Synapse Lab.)、金子昂(synodos)

 

[*1]養育研究における学術和文としては、おかべの総説などをご参照ください。

岡部祥太、菊水健史「母仔間コミュニケーションによる生物学的絆形成」ベビーサイエンス 2012. Vol. 12 http://www.crn.or.jp/LABO/BABY/LEARNED/12.HTM

SYNAPSE Lab.  http://synapse-academicgroove.com/2014/07/18/pre_kosodate/

 

[*2] Charney, P., & Morgan, C. (1996).「Do treatment recommendations reported in the research literature consider differences between women and men?. Journal of Women’s Health, 5(6), 579-584.」

Vidaver, R. M., Lafleur, B., Tong, C., Bradshaw, R., & Marts, S. A. (2000).「Women subjects in NIH-funded clinical research literature: lack of progress in both representation and analysis by sex. Journal of Women’s Health, 9(5), 495-504.」

もしくはnatureでの以下の特集など http://www.nature.com/nature/journal/v465/n7299/standfirst/465665a_ja.html?lang=ja

 

[*3] 藤垣裕子、廣野喜幸 編『科学コミュニケーション論』東京大学出版会(2008)

 

[*4] 日本におけるサイエンスカフェの状況については以下2件などを参照していただければと思います。

中村征樹「サイエンスカフェ 現状と課題」 科学技術社会論研究 第五号(2008)

標葉隆馬、川上雅弘、加藤和人、日比野愛子「生命科学分野研究者の科学技術コミュニケーションに対する意識 : 動機,障壁,参加促進のための方策について」科学技術コミュニケーション(2009)

 

[*5]この点に関しては、標葉隆馬さんがブログで解説をなさっています。「欠如モデル」と「欠如モデル批判」についての覚え書き http://d.hatena.ne.jp/r_shineha/20111121/1321856897

 

[*6]西條美紀「科学技術リテラシーの実態調査と社会的活動傾向別教育プログラムの開発 報告書(2009)」

https://www.ristex.jp/result/science/literacy/

http://www.jst.go.jp/csc/investigation/study/16jul13.html

 

[*7]並河進「広告は、社会のために何ができるか 『Communication Shift―「モノを売る」から「社会をよくする」コミュニケーションへ』羽鳥書店(2014)」http://dentsu-ho.com/articles/933

 

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

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