「出自を知る権利」をいかに保障するか――発展する生殖補助医療による新たな「家族の問題」

生殖補助医療技術の発展とともに、生殖補助医療の利用が増加している。海外では1980年代より、生殖補助医療の法制度化が進み、とくに、第三者の配偶子(精子・卵子)・胚を用いる生殖補助医療によって生まれる子の「出自を知る権利」を認める国(州)が増加している。

 

一方、日本には生殖補助医療にかかわる法律がないため、日本産科婦人科学会の会告等に準拠した医師の自主規制のもとに生殖補助医療が行われている。近年、日本でも生殖補助医療の法制度化を求める意見が報道されるようになり、2013年10月には自民党内に「生殖補助医療に関するプロジェクトチーム(PT)」が設置されるなど、法制度化に向けた気運が高まっている。PTは卵子提供や、代理出産など生殖補助医療に関する法案を国会に議員立法で提出することを目指すとしている[*1]。

 

[*1] 朝日新聞, 2013.11.3,「自民、検討チーム立ち上げ」

 

本稿では、生殖補助医療に関する議論のなかでも、とくに、第三者の配偶子・胚を利用する生殖補助医療によって生まれる子の「出自を知る権利」の保障に焦点を当てて考察する。

 

 

生殖補助医療における問題の所在

 

そもそも生殖補助医療とは、「生殖を補助することを目的として行われる医療をいい、具体的には、人工授精、体外受精、顕微授精、代理懐胎等をいう」[*2]。生殖補助医療は、夫婦の精子・卵子・胚のみを用いるものと、提供された精子・卵子・胚を用いるものとに区別される。

 

[*2] 法務省民事局, 2003,「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療により出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する要綱中間試案の補足説明」

 

生殖補助医療のなかでも、とくに、法的、倫理的、社会的に問題とされるものは、第三者(ドナー)の配偶子・胚を利用する生殖補助医療や、妻以外の女性に「妊娠・出産」してもらう代理懐胎に関するものである。

 

第三者の配偶子・胚を利用する生殖補助医療には、血縁関係のない親子関係を人為的に作り出すこと、さらに、ドナーの匿名性のもとに提供が行われ、出自の事実が「家族の秘密」として子に知らされないことから派生する「家族の問題」がある。それらは子の出自を知る権利の法的保障の問題につながっている。

 

また代理懐胎においては、他の女性の身体によって「妊娠・出産」が行われることに伴う倫理的問題があり、法律による規制が正当化されるという議論がある[*3]。

 

[*3] 「代理懐胎には、母体を妊娠・出産の道具として提供する代理懐胎者という、現実的な被害を受ける他者が存在するのであり、これは、法律による規制を正当化するものである」 日本学術会議 生殖補助医療の在り方検討委員会, 2008, 対外報告「代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題―社会的合意に向けて―」

 

このように、生殖補助医療技術の利用は、複数の法的・倫理的・社会的な課題を抱えており、生殖補助医療技術が発展するいま、これらに対処するための法制度の導入が急がれている。

 

 

日本における法制度化の流れとその背景

 

すでに述べたように海外では1980年代から、生殖補助医療に関する法制度化が進んでいる。例えばスウェーデンでは、1984年に人工授精法Lag (1984:1140) om inseminationが制定され、人工授精によって生まれる子の出自を知る権利を認めている。他にもオーストラリア・ビクトリア州では、1984年に生殖補助医療技術を包括的に規制する法律Infertility (Medical Procedures) Act 1984を制定し、子の出自を知る権利を認めている。

 

日本では、1949年に慶應義塾大学病院において提供精子による人工授精によって最初の子が誕生して以来、ドナーの匿名性のもとに1万人以上の子が生まれていると言われている[*4]。一方、体外受精は、日本産科婦人科学会の1983年の会告「『体外受精・胚移植』に関する見解」で「被実施者は婚姻しており、挙児を希望する夫婦で、心身ともに妊娠・分娩・育児に耐え得る状態にあり、成熟卵の採取、着床および妊娠維持が可能なものとする」と定められ、以後実質的に第三者の卵子提供による体外受精を認めていない(日本では、1983年に東北大学医学部付属病院で初の体外受精児が誕生している)。

 

[*4] 厚生科学審議会生殖補助医療部会, 2003,「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」

 

こうした状況を受けて、旧厚生省の厚生科学審議会先端医療技術評価部会のもとに「生殖補助医療技術に関する専門委員会」が設置され、2000年12月28日に「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療のあり方についての報告書」が取りまとめられた。この報告書に基づき、関係する法制度を3年以内に整備するよう求められた厚生労働省並びに法務省は、翌年にそれぞれ審議会を立ち上げた。

 

厚生労働省の厚生科学審議会生殖補助医療部会は2003年4月28日に「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」(以下、生殖補助医療部会報告書)を、法務省の法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会も同年7月15日に「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療により出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する要綱中間試案」を取りまとめた(以下、親子法制部会中間試案)。

 

生殖補助医療部会報告書では、第三者の配偶子・胚の利用を「法律上の夫婦」に限って認め、生まれる子の出自を知る権利も認めたが、「代理懐胎は禁止する」とした。また親子法制部会中間試案では、母子関係については、「女性が自己以外の女性の卵子(その卵子に由来する胚を含む。)を用いた生殖補助医療により子を懐胎し、出産したときは、その出産した女性を子の母とするものとする」とし、父子関係については、「妻が、夫の同意を得て、夫以外の男性の精子(その精子に由来する胚を含む。)を用いた生殖補助医療により子を懐胎したときは、その夫を子の父とするものとする」とした。しかし、それらをもとにした法案の国会への提出は見送られた。

 

その後、法務省及び厚生労働省は、日本学術会議に対して、代理懐胎を中心に生殖補助医療をめぐる諸問題について審議するよう依頼した。日本学術会議は2006年12月21日に「生殖補助医療の在り方検討委員会」を設置し、1年3カ月にわたり検討を行った。その結果は対外報告「代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題―社会的合意に向けて―」(以下、日本学術会議対外報告)にまとめられ公表された。

 

日本学術会議対外報告では、「代理懐胎については、法律(例えば、生殖補助医療法(仮称))による規制が必要であり、それに基づき原則禁止とすることが望ましい」とされたが、「先天的に子宮をもたない女性及び治療として子宮の摘出を受けた女性に対象を限定した、厳重な管理の下での代理懐胎の試行的実施(臨床試験)は考慮されてよい」とされた。

 

このように政府や日本学術会議等で、生殖補助医療の法制度化をめぐる検討がなされてきたものの、依然として生殖補助医療に関する法制度は整備されないままである。

 

この間、海外で行った代理懐胎[*5]や性同一性障害者の人工授精による法的親子関係[*6]をめぐる裁判事例、卵子提供を求めて海外で体外受精をする多くの日本人女性[*7]、未婚女性による自己授精(医療機関を介さず、私的に行う人工授精)[*8]、提供精子による人工授精によって生まれた子の出自を知る権利を求める活動[*9][*10]などが報道され、生殖補助医療の早期の法制度化が求められている現状が浮き彫りにされた。

 

[*5] 読売新聞, 2007.3.24,「代理出産 母子と認めず」

 

[*6] 朝日新聞, 2013.12.12,「血縁なし 父子と初認定 最高裁 性同一性障害の夫と長男 提供の精子で誕生」

 

[*7] 朝日新聞, 2011.7.27,「卵子提供 海渡る日本女性」

 

[*8] NHK, 2014.2.27, クローズアップ現代「徹底追跡 精子提供サイト」

 

[*9] 毎日新聞(東京夕刊), 2014.3.25,「精子提供者開示請求:開示されず 慶応大病院、横浜の医師に回答」

 

[*10] 毎日新聞(東京朝刊), 2014.3.26,「人工授精:遺伝上の父、捜し続ける 40歳の医師、情報開示のルール化訴え」

 

 

 

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