なぜ、校長は手を出したのか――体罰事件から見えてくる、学校教育の多様な問題

根底にあるさまざまな問題

 

荻上 なるほど、この一連の事件には誤解されやすいポイントが多いなと思います。

 

まず、もともとあったトラブルの中で、当事者となった1人の少年が、ナイフを持ちこんでいた。但しこの行為も、トータルの関係で見ないといけない。それから、当事者といじめなどに加担していたグループのメンバー、みんなを1回ずつ殴っていたこと。特定の誰かを特別に叱るわけではなく、全員を叱っている。ただし、これは緊急介入的ではないので、文科省の定義上の体罰には該当する。

 

とはいえご本人も体罰を肯定している方ではなくて、今回は、一連の流れの中で、たまたまそうしたアクションをとってしまう。だけど、その後の保護者とのコミュニケーションの過程の中で、業を煮やした方が教育委員会に持っていき、初めて体罰問題として認知された。「ナイフ」や「戒告」という言葉に引っ張られると、具体的イメージから遠のきますね。

 

藤井 そうですね。一連の出来事の中で川本先生を快く思わなかった保護者の方が通報したことで発覚するんですが、川本さんは、体罰事件が起きた後も、コミュニケーションが困難な生徒のことを理解しようとする勉強会を開いたり、それを他の保護者と共有しようとか、いろいろ取り組みをやっているんですね。確かに、なかなか機能しなかった面もあったんですけど、でもこれは、この学校だけの問題じゃないじゃないですか。今どこの学校も必ずそういった問題はあって、先生たちがたくさん苦労されていると思うし……。

 

荻上 ただでさえ忙しいですからね、先生は。

 

藤井 そうですよね。コミュニケーションに少し難のあるような、子どもたちとどういう風に付き合っていくか。その子たちのことを、どのように保護者たちに伝えていくかってことですごく苦労されている方も多いんですよね。

 

荻上 ここ10数年間で、ようやくそういったことを教育現場でちゃんと議論しようとなってきました。これからノウハウを貯めていこうという時期ですからね。

 

藤井 まだまだ親の方もタブー視といいますか、そういった問題を表に出しにくい。偏見の目で見られてしまうんじゃないかという不安の中で、覆い隠したいと思ってしまう。その気持ちはもちろんわかるんですけれど、でもやっぱりチキさんが言われたように、こうした問題を全体で考えようという流れにいまは少しずつながってきていますし、それをカミングアウトすることで、子どもたちの多様性や、一人ひとりの違いを理解しようという動きも始まってきています。

 

今回の事件は、そういった中で、いろんな摩擦とかボタンの掛け違いによって起きてしまったんだと理解をしないとだめだと、そういう風に思いましたね。

 

荻上 そうですね。そもそも藤井さんは体罰問題に関しては厳しい目を向けていて、教育現場の改善が必要だってことをずっと繰り返しています。一方で、今回の体罰の背景には、多層的なものがある。体罰そのものは肯定できないが、体罰を振るったその一人を締めあげれば済む問題ではないんだよ、ということが分かります。

 

そもそも教師間の連携が不足していて、校長先生が一人でこの問題に対処しなくちゃいけないといった状況の改善がなかなか実らなかったことについて、どこまで理解が進んでいたのか。そうしたことを抜きにしないと、問題解決は進まないんですね。

 

藤井 おっしゃる通りです。今回教育委員会に取材の協力をしてもらえたので、いろいろな話を聞いたんですけど、桜宮高校を契機にして、大阪市や大阪府が、そういった問題に全力で対応していこうという気運が高まっているんですね。こうした問題は案件が多すぎるんですけど、一つひとつ調査をしていくと、それぞれ事情がぜんぜん違うんですよね。様態も、背景も違う。例えば、すべての事件が桜宮高校のような、暴力依存者に近い先生によるものだというわけではない。

 

ですからぼくは、「ひとつずつちゃんと調査をした方がいいのでは」と教育委員会に話したんですけど、いかんせん数が多すぎるという……。

 

荻上 数千件の実態を調べるには、数千人の藤井さんが必要になる訳ですよね。

 

藤井 教育委員会では調査の担当者も増やしたらしいんですよ。だけど数が足りない。今回の件も、川本さん一人からしか聞き取りをしてないんですね。情報公開制度を利用して顛末書を手に入れて読んだんですけれど、基本的に川本さんの言ったことだけが書いてあるんですよ。保護者とか他の先生とか、当事者であるはずの方からは全然聞いてない。川本さんはもちろん嘘はついてなくて、きちんとした事実経過をお話しになっているんですけど、やっぱり教育委員会の調査能力はそこが限界なんですよね。

 

荻上 この比喩が正しいかどうかわからないんですけど、事故報告書を書くときに、本人が反省文だけ書いて済ませたみたいな形ですよね。そのとき機械整備はどうだったとか、労働時間の管理はどうだったおかとか、普通は調べるじゃないですか。それと同じで、担任はどう考えていたのかとか、周りの生徒はどう見ていたのかとか、複合的な調査をしなければ、再発防止ということは議論できないはずです。

 

藤井 そうそう。詳細な調査をしないと教訓が導き出せないんですよね。やっぱり桜宮高校みたいに、先生を懲戒免職にすればいいって話だけじゃないわけですよ。

 

今回かなり広範に取材をして、全体像を書いたんですけれど、一つの事例をきちんと複眼で見ることでもたいへんなのに、教育委員会が全部のケースを教育委員会がやるのは無理なんですね。さっきチキさんがおっしゃったように、千個の事例があれば、千人のライターが必要みたいな、そういったことはあると思いますね。

 

荻上 twitterからもすでにたくさんの方から反応をいただいています。例えば「いい先生なんだとは思うし、悪質な話じゃないのは分かるけど、体罰は体罰だから」というご意見があります。これはいかがですか。

 

藤井 戒告処分というのは、ぼくも間違っているとは思いません。

 

荻上 妥当な対応ではあると。ただし、「体罰事件」という四文字だけにしてしまうと、取りこぼされてしまう議論がある。そして「体罰事件」と問題化をしている時点で、「体罰を生まないようにすればゴールだ」という方向で結論が出てしまう。けれども、問題はそれだけじゃない。例えば、抱え過ぎた人が体罰を振るう場合だってあるし、体罰を正義だと思って常態化している人もいる。それらを同じ「体罰対策」といって一緒の解決策というものが出されるわけではないですよね。

 

藤井 大阪市の教育委員会の判断はいいと思います。行為として、厳密な判断をするべきだと思うんですね。だけれど、その構造は一個一個違うんだということを把握すべきだと思います。

 

荻上 「元教育関係者として、この問題はとても辛い話です。教師はカリキュラムが過密だし、生徒指導もしなければならないし、また保護者や地域からの、多種多様な要求に応えなくてはならないので、追い詰められている現状があります。とにかく、心身ともにゆとりが欲しいです」というお便りも来ています。

 

藤井 その通りだと思います。先生たちは、とにかく事務的な作業とか雑事が多いんですよ。夜遅くまで学校に残って書類作りに追われたりとか。

 

荻上 先日、OECDの国際比較データが出て、日本が抜群に教師の労働時間が長いことがわかりました。しかもそれは、授業時間の長さが原因ではなく、部活動や事務作業に多くの時間が割かれるために残業せざるをえないというものでした。授業時間はむしろ、他の国に比べたら短いんですよね。

 

藤井 そうなんですよね、例えば、いじめで自殺したという問題になると、必ず問題になるのは先生の過密労働です。いじめに気づいていたけど、日々の仕事に追われて対応できなかったといった話がいっぱい出てきます。

 

科学的に考えれば、単純に睡眠時間が短くてイライラしている先生って、そういうナーバスな問題に対応ができにくいのは当然なんですね。子どもとじっくり話し合うとか、または心をなかなか開かない子どもに対応するためにはそれなりの時間が必要だし、体力も必要ですよね。いつも雑事に追われて、寝不足でいるようではそれはできない。今回の体罰事件のケースでは、そう言った問題も浮き彫りになっています。

 

荻上 そうですね。では、今回その体罰の件で自ら辞職をされた、元校長の川本隆史さんのインタビューをお聞きいただきたいと思います。さきほど、お電話でお話をお聞きしましたので、その模様をお聞きください。

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.2019.4.15 

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