なにものかへの別れのあいさつ――鳥公園「空白の色はなにいろか?」劇評

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男性社会への生々しい異議申し立て

 

こうして、作品の底流に男女の関係に対する問題意識が流れていることが、徐々に露わになっていくが、それが爆発するのが、公演終了近くに楽屋で行われる、3人の俳優による会話だ。

 

そこではまさに楽屋話ででもあるかのように、性の問題が観客に突き付けられる。浅井が西山に「今日はお前を抱こうと思って、寝ないで待っていたよ」といきなり話しかけ、この言葉を巡って西山と武井の女性2人が「わあ……。やだ」「耐えられない」「頼むから寝てくれよ」などとぶちまける。その会話の中で西山は浅井のことを「みみず」と呼び始める。実はこれ以前にも、西山演じる祖母が浅井演じる祖父について「みみずのくせに」と言う場面がある。楽屋での女優2人の会話は、祖父と祖母の関係を二重写しにしながら、女性がパートナーの男性に対してしばしば持つ生理的な嫌悪感を赤裸々に語っていく。

 

浅井はそれをさびしそうに背中を丸めて聞いているが、すると武井が浅井に近づいていき、「ヨシヨシ」と言いながら浅井の身体をさすり始める。実はこれはセックスを象徴している。この情景を見ながら西山は、「みみず」の内に広がる、西山にはどうにもできなかった大きな空虚を武井が引き継いでやろうとしている、と解説を加える。西山が去った後、武井と浅井は会話を続けるが、それは娼婦と客との会話である。性産業が、男性が内側に抱える空虚を受け取る役割を果たしていることが示唆されている。

 

武井は浅井に「男の人が顔にかけたいとか口に出したいとか言うのって何なのかな」と問い、「いつも、すごく自分が『土地』って気分になる」「どっかで色々一生懸命学習してきた男の子たちがワー!ってやって来て、井戸を掘る!とか、おれは耕す!とかそれぞれ色々やってんなーと思うわけ。で、男どもの領有したさに付き合って、私もその時は『土地』みたいな」と言う。ここでは性が土地の領有というメタファーを使って表現され、それを介して歴史や政治の問題へと接続されている。

 

 

公演中の一場面。写真:中才知弥(Studio Cheer)

公演中の一場面。写真:中才知弥(Studio Cheer)

公演中の一場面。写真:中才知弥(Studio Cheer)

公演中の一場面。写真:中才知弥(Studio Cheer)

 

 

「鳥公園」の作品には、主宰西尾の問題意識を反映し、男性の身勝手さへの異議申し立てが含まれている。それは今回のように生々しい形を取ることも多く、私はしばしば、いたたまれないものを感じる。そこには男性に対する復讐心も垣間見える。たとえば、西尾は「男は全員ばか」というセリフを時々使う(今回も使われていた)。それを聞くたびに私は腹を立ててきた。

 

男は有史以来これまで、何千何万何億回「女は全員ばか」という趣旨の発言をしてきたか分からない、さらには発言するだけでなく、様々な差別を設けることで、「女性は男性より劣っている」という認識を制度化すらしてきた、ので、西尾が何回「男は全員ばか」と言おうが、バランスなど全然取れない。それは分かっていても、やはり、このセリフを聞くたびに、男性である私は穏やかな気持ちではいられない。「ばかと言うやつがばかなんじゃないか」とか小学生みたいな反論も頭に浮かぶわけである。

 

しかし、西尾の過激さの中に、挑発を通じて、この男性社会をどうにかしたいという強い意思も、表現としての新しさも含まれている。だから、「鳥公園」を見ることは、男性の私にとって、とても腹が立つことであり、それも含めて、刺激的なことなのである。

 

さて、楽屋での一連の会話は、それまで祖父を巡るセピア色の思い出話集のようにも見えていたそれまでのパフォーマンスに、生温かく赤い血を通わせる。そこで示されるのは、一緒に暮らす人々の間にほとんど必然的に生じる権力の関係(政治)であり、性というもののいかんともしがたい収まりの悪さであり、形骸化していく愛であり、そこに広がる空虚なのである。権力が空虚を生む。そして、観客がそれまで見ていた祖父は、自らの内なる空虚に吸い込まれるように自己崩壊していった姿であったことが、明らかになる。そう、エリートとして社会の中核にあった祖父の崩壊=解放こそは、近代=男性社会の終わりを象徴する姿なのである。

 

公演の最後に、もう一度「ふみちゃん」に戻った武井が建物の4階に上がる。そこは広い、がらんとしたスペースだ。梁がむき出しになり、天井には長い蛍光灯が何列にも走っている。開けられた窓から見下ろすと、サーチライトに照らされた小さな建物の屋上から祖父が手を振っている。「ふみちゃん」は祖父を見ながら、「小さな空」(作詞・作曲 武満徹)を歌い始める。

 

祖父は屋上を降り、ドックの向こうへとゆっくりと歩いていく。かつて男たちが巨大な船を造り上げていた広大な敷地は、今はその役割を終えて、宵闇の中に沈んでいる。懐かしい歌声に送られて、背中を曲げた姿が、どんどん小さくなり、やがて闇に溶け込んで、見えなくなった。

 

 

公演中の一場面。写真:中才知弥(Studio Cheer)

公演中の一場面。写真:中才知弥(Studio Cheer)

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シノドス国際社会動向研究所

vol.267 

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