2014.10.15

楽しく食べよう昆虫食――昆虫を美味しく安全に食べるために

内山昭一 食用昆虫科学研究会

社会 #昆虫食#食料危機

このところ昆虫食がマスコミに取り上げられることが多く、関心をもつ人たちが増えてきている。とはいえまだまだ普通の食材として認知されておらず、昆虫を食べることに不安を感じている人は多数にのぼる。そこで本稿では一般の日本人が昆虫食をどう思っているかを概観し、それを受けてどうしたら美味しく安心して食べることができるかを考えてみたい。

あなたは昆虫を食べたい?食べたくない?

日本ではかつて広範に食べられていた昆虫だが、戦後の農薬防除により個体数が激減したことや、食の「工業化」による流通システムの変化によって、一般には昆虫を食べる習慣はほとんど失われたように思われている。だがよく見てみると中部地方など一部地域ではあるが昆虫食は今でも根強く存在し、地域のコミュニケーションの手段としても活用され、年中行事として定着している。そこで具体的に今の日本人が昆虫を食べるということについてどう思っているかアンケートを実施し355人より回答を得た。(図版A)

図版A

この結果をどう読み取るべきだろうか。食べたことがない人が70%と高く食材との認識が低いことは明らかであろう。その一方で食べたいと思っている人が40%いるのも事実である。昆虫を食べることに関心のある人たちが一定数存在しており、昆虫食を啓発するうえで試食の場の提供が有効であることを示唆している。ちなみに本調査が2013年5月の昆虫食を推奨する国際連合食糧農業機関(FAO)による報告書『食用昆虫―食料と飼料の安全保障にむけた将来の展望―』が出される以前だったことを考慮すれば、その後関心のある人たちがさらに増えていることは十分予想できる。

昆虫を食べる理由、食べない理由

昆虫食について具体的にどういったイメージを持っているかを聞いた調査がある。ここでは二つのグループに分けて意見を聞いた。Aグループは筆者が代表を務める昆虫料理研究会に参加したことのある昆虫食経験者38名で、Bグループは未経験の一般学生216名だった。まずAグループでBグループとポイント差の大きかった理由を順に挙げる(図版B)

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次にBグループでAグループとポイント差の大きかった理由を順に挙げる。(図版C)

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図版Bを見ると、昆虫食参加者には「昆虫自体に興味がある」人たちが多い。彼らは昆虫に対して偏見や先入観がなく、「食材」としても受け入れやすいことが分かる。また日本で現在も昆虫食文化が存続していることを知っている人たちも、昆虫を食べることへの抵抗感は少ないだろう。

「自然は巨大なレストラン」(映画『ウッディ・アレンの愛と死』)なのだが、そこから何を注文するかは人によって異なる。雑食動物である人間には「食物新奇性嗜好」と「食物新奇性恐怖」という相反する心理が働く。好奇心が強くいつも食べたことのない新しい料理を注文する人もいれば、馴染んだ料理のほうが安心という人もいる。図版Bと図版Cを見比べるとそのことがよく分かる。図版Cの「理屈抜きで拒否」とか「餓死しても食べない」とかは未知の食べ物に対する恐怖が色濃い。こうした両者の違いはどこからくるのだろうか。人類が自然の変化に対応して編み出した生き残り戦術ではないかと筆者は考えている。既知の食べ物がなくなった場合に好奇心のある人が生き残り、未知の食べ物に毒があった場合は慎重な人が生き残る。両者の比較は図らずも人類の悠久の進化史を垣間見ることができて興味深い。

昆虫は「嫌悪食物」ではない

食物を拒否する心理学的な動機は次の三つがあげられる。

(a)不味食物:美味しくない、不味いといった「味」に対する不快感情

(b)危険食物:危険である、健康を害する、太るといった結果の予期によるもの

(c)不適切食物:食べるものではないといった知識、信念など認知判断に基づくもの

以上の三つの要素が合わさると嫌悪食物とみなされる(図版D)。

図版D

現代の食の常識では昆虫は「嫌悪食物」と見られがちである。果たしてそうだろうか。

昆虫は「不味食物」か

昆虫を美味しく食べる秘訣がある。第一に不味い虫を食べないことである。その代表格がカブトムシ幼虫で、腐葉土を食べているので外見に似ず臭くてすごく不味い。

第二に美味しい虫を食べることである。昆虫料理研究会では46種類の味評価をおこなっている(図版E)。それをみると同じコオロギ類でも外皮の「硬い・柔らかい」といった食感の違いがあり、素材によっては調理の工夫が必要になる。また美味しい虫ベストテン(図版F)を参考にすることで安心して美味しく食べることができる。

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栄えある第1位はカミキリムシ幼虫である。幼虫は生木に入って芯を食べる。燃料として薪炭が使われていた頃は、里山から切り出した薪を庭で割るとき採集できた。囲炉裏で蒸し焼きするなどして子供の美味しいおやつになった。特に大型のシロスジカミキリなどはいまでは採集が難しいため希少な食材である。

第2位のオオスズメバチは例年刺傷事故が報告される有毒昆虫として恐れられている。ただ有毒成分は加熱することで分解して無毒化される。特に前蛹(繭を作って蛹になる直前の段階)は「マグロのトロ」と形容されるほど脂肪分が多く旨味が凝縮している。土の中や木の洞に営巣するので雨の多い年は成長が抑制される。不猟の年は、多少味や食べ応えに劣るが、人家やその周辺に営巣するため収量が安定しているキイロスズメバチやコガタスズメバチが代用される。

第3位は昔から長野、岐阜、山梨など中部地方一円で食べられてきたクロスズメバチの幼虫・蛹である。本種を甘辛く甘露煮にしたものが「ハチの子」として土産物店などで販売されている。ウナギに味が酷似しており、味覚センサーでウナギとハチの子の「コク」「うま味」「しょっぱさ」「苦味の先味」「苦味の後味」の5項目を比べた結果、計測担当者も驚くほど両者の値がぴったり重なった。

第4位のセミは夏を演出するもっとも身近な昆虫で、子供のころ虫カゴをセミでいっぱいにして帰って母親に怒られた記憶を持つ人も多いだろう。そのセミが美味しいのである。成虫は揚げるとサクサクした食感と胸肉の旨味が楽しめ、幼虫は燻製にするとしこしこした歯ごたえとナッツに似た香りが鼻腔をくすぐる。

第5位はモンクロシャチホコの幼虫。サクラの葉を食べて育つのでサクラケムシという呼び名がついている。外見はケムシなので最初は食べるのに躊躇するが、一度口にするとほのかなサクラの香りが鼻にぬけて病みつきになる人が多い。

以下第6位から第10位まで、図版Fに見られる独特な味、香り、食感がある。

昆虫は「危険食物」「不適切食物」か

有毒昆虫を食べないことである。マメハンミョウ、マルクビツチハンミョウ、キイロゲンセイなどツチハンミョウ科の昆虫は、加熱しても分解しないカンタリジンという有毒物質を持つので食用に向かない(図版G)。ただ昆虫類はきのこや山菜などに比べて有毒種が少ない。たとえば刺されると命の危険があるスズメバチ毒だが、熱を通すと無毒化される。かならず加熱し、生食を避けることは安全に食べる基本といえる。エビ・カニアレルギーの人も注意が必要である。

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雑食動物である人間は国や地域によってさまざまな食文化がある。世界に目を向ければ20億人が1900種以上の昆虫を食べている。振り返ってわが国でも1919年の調査で55種類が食用とされ、いまでもイナゴやハチの子などは日本人の多くが口にしたことのある伝統食である。さらに加えて2013年5月に発表されたFAO報告書がある。昆虫は地球環境への負荷が少なく持続可能性の高い食材との認識が急速に広がりつつある。

おわりに

昨年5月、昆虫食を推奨する国連FAOレポートが出た翌日、NHKテレビ夜9時の「ニュースウオッチ9」トップで昆虫食の話題が放映された。以来メディア各社はこぞってニュースや報道番組で昆虫食特番を組み、新聞記事に「食料危機の救世主」といった大きな見出しが躍った。筆者は昆虫食普及のためにそうした動きを歓迎しながらも、「昆虫=悪」から「昆虫=善」へという西欧的な二元論に幾分の違和感を覚えた。

昆虫は食料であると同時に、いやそれ以上に失われた人間と自然の良好な関係を修復してくれる重要な機能を有している。昆虫はもっとも身近で自然の多様性を認め合うことの大切さを教えてくれる大先輩である。人類の誕生が500万年前とすれば昆虫は2億5000万年前に遡る。昆虫は50倍人類より長生きし、さまざまな自然環境に適応し、100万種という多様な種分化をとげ、地球は「虫の惑星」といわれるほどだ。これまで人類は自然と敵対し、他の多くの生き物を排除することで文明を築いてきた。「昆虫=悪」の構図も定着した。だが視点を変えれば昆虫は花粉媒介者としての役割は絶大で、「昆虫=善」ということができる。また食物連鎖の中で重要な役割を果たし、多くの生き物の生きる糧となっている。自然のサイクルは善悪を決められない多様な価値観で成り立っている。自然との関係で持続可能性の高い昆虫の生き方は示唆するものが多い。

アジアに位置する日本は昆虫が豊富で、付き合いも長く、スズムシなどの鳴く虫を愛でる文化は平安時代からある。稲作と同時にイナゴ食文化も始まり、いまでも多くの日本人が一度は口にしたことのある国民食である。食のグローバル化の負債が顕現している現在、食の原点に立ち返る意味からも、昆虫を食べる行為を経験することの意義は日増しに高まっている。本稿がその端緒となることができたら望外の幸せである。

プロフィール

内山昭一食用昆虫科学研究会

1950年長野県生まれ。昆虫料理研究家、昆虫料理研究会代表、食用昆虫科学研究会会員。幼少より昆虫食に親しみ、99年より本格的に研究活動に入る。どうすれば昆虫はよりおいしく食べられるのか、味や食感、栄養をはじめ、あらゆる角度から食材としての可能性を追究。著書に、その成果をまとめた『楽しい昆虫料理』(ビジネス社)、『昆虫食入門』(平凡社新書)、『食べられる虫ハンドブック』[監修](自由国民社)、『人生が変わる!特選昆虫料理50』[共著](山と渓谷社)があるほか、テレビ、ラジオ、雑誌、新聞、インターネットなどあらゆるメディアで昆虫食の普及・啓蒙に努めている。東京都日野市在住。昆虫食彩館(昆虫料理研究会ホームページ)http://insectcuisine.jp/

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