関東大震災における朝鮮人虐殺――なぜ流言は広まり、虐殺に繋がっていったのか

震災当時のメディアの麻痺

 

荻上 9月1日から数日は、関東ではそもそも新聞が刷れない状態が続きました。

 

山田 そうです。震災で印刷機が壊れて発行停止になってしまった。一方で、地方の新聞では、朝鮮人が爆弾を持っているなどの流言が毎日のように流れたんです。

 

荻上 東京から伝言ゲームで伝わってきた流言をそのまま報じて、それを読んだ人がまた信じてということになっていった。裏付けがないままの記事が多く書かれてしまったというので、メディア史に残すべき事件だと思います。

 

加藤 結局、当時の震災直後の新聞は、東京で取材ができなかったわけです。あるいはできたとしても、裏を取るようなまともな取材はできない。

 

多くの場合避難民から聞いて、それをそのまま書いているだけなんです。ですので、震災直後の新聞が流したデマ記事には、朝鮮人暴動だけではなく、伊豆諸島がすべて沈没したとか、富士山が爆発したとか、当時の首相の山本権兵衛が暗殺されたとか、本当にむちゃくちゃなものがあります。朝鮮人暴動の記事も、そうした誤報、虚報のひとつだったわけですね。

 

荻上 東京で取材することができるメディアが機能しない中で、地方紙が伝聞情報で記事にしていった。その時に、今おっしゃったような怪しい情報もたくさん入っていた。しかし、今朝鮮人虐殺を論じる人の中には、でも当時報じていたメディアがあったじゃないか、ほれ見たことかというような人もいますよね。

 

加藤 「震災当時の新聞が朝鮮人暴動を伝えているじゃないか」と言って、震災直後の新聞を「証拠」だと言うのはあまりにもおかしな話です。たとえて言えば、1994年の松本サリン事件直後の頃、誰もオウム真理教の犯行だとは思わず、ある会社員が怪しいといって週刊誌や新聞があることないこと書き立てたことがありましたよね。あの頃の新聞や週刊誌を持ち出して来て、これを見ろ、オウムの犯行だとは誰も言ってない、会社員が怪しいということをみんな書いているじゃないか、こいつが真犯人だ、と言っているのと一緒です。

 

山田 もともと、朝鮮人に対する潜在的な偏見があったから、新しくデマがきたというような感じですね。ただ、避難民にも中には冷静な人がいる。例えば、「私は地震と火災で逃げるだけが手いっぱいで、朝鮮人だって同じで暴動なんて起こしている暇はない」ということを言っている人もいました。

 

 

阻止できたケースもあった

 

荻上 流言が飛び交い、そこから虐殺に繋がってしまったケースがたくさんある一方で、虐殺されそうな方も守ったケースがあるということですよね。先ほどの山田さんのお話ですと、もともと付き合いがあった人が守ったとのことでしたが。

 

加藤 その通りだと思いますね。僕もかなりいろんな証言を読みましたけれど、やっぱり殺した人たちの多くは、朝鮮人という存在を空想的に見ているわけですね。なんかこう、人間じゃないような、抽象的な恐怖のイメージを膨らませて怯えている。

 

荻上 当時のメディアでは「不逞鮮人」という、4文字の言葉で表現されたりしていますよね。

 

加藤 ええ、そうですね。一方で朝鮮人を守った人たちは、やっぱり普段から付き合いがある人なんですね。

 

例えば、先ほど山田先生がふれていた千葉の丸山集落。これは今の船橋市丸山ですけれど、ここの人たちは、前から住んでいた朝鮮人を、集落で一致団結してよその自警団から守ったんですね。

 

あるいは、埼玉のある地域。小さな町工場の経営者がいまして、朝鮮人の職人を使っていました。そこに朝鮮人がいる事を、町の人はみんな知っているわけですから、大勢で押し寄せてきたんです。「あんたのところは朝鮮人を使っているだろう。殺すから差し出せ」と言われた時に、その工場の経営者は日本刀を持ってきて、「あの職人たちは出て行った。もういない。疑うのなら俺の家に入って探せ。その代わり見つからなかったら、俺の日本刀がものをいうことになる」と答えたんです。

 

その人は剣術の指南だったので、みんなすごすごと帰っていったという話が残っていますね。実際は物置にかくまっていたのですが。ですから、本当に身近に接していて、人間として付き合いがあったかなかったかというのは本当に大きいと思いますね。

 

荻上 警察がかくまったというケースもあるんですか。

 

加藤 ありますね。有名なのが横浜の鶴見署の署長の大川常吉さんです。彼は、約300人の朝鮮人を一週間ほどかくまっていました。近所の工事現場で、朝鮮人の労働者が働いていたのですが、有力者を筆頭に町の人たちが、「彼らを差し出せと」言ってきました。それに対して、大川署長が非常にギリギリの交渉をして、守り続けたという話があります。

 

先日、横浜の郷土史家の方からお話を聞いたのですが、大川署長は工事の責任者である日本人の親方たちや、日本人の下にいる朝鮮人の親方との付き合いがあったようです。そうした関係を通して、朝鮮人に対するより親密な感覚を持てたのではないでしょうか。

 

 

根底にある「歴史」を読み解く

 

荻上 なるほど、今風に言えば、メディアから流れるヘイトスピーチで「朝鮮人観」を作りあげた人と、身近な存在として接していた人とで、行動が分かれたということだと思うんです。

 

自警団や警察の話が出てきましたが、自警団だけが暴走したというは言えないのですね。

 

加藤 そうですね。これこそ研究者の方々が長年にわたって発掘してきた事実なのですが、当時の行政が、流言を拡散してしまい、虐殺に加担しているんです。内務省警保局が通達を出して、不逞鮮人が放火をして暴れているというアナウンスを全国に向けて行うんです。警視庁も管内各署に、不逞の徒が暴れているという趣旨の通達を出しています。これが問題を拡散させてしまったのがひとつ。

 

警察では、流言を真に受けた巡査がメガホンを持って「朝鮮人が暴れている」とか言って回ったりする。後に読売新聞の社主となる正力松太郎さんは、当時、警視庁の幹部でしたが、一時、朝鮮人暴動の流言を信じてしまったと回想しています。結局、行政のこうした対応が、流言を拡大させることになってしまったわけです。

 

そのことは、震災翌月の10月20日に朝鮮人問題の報道が解禁されて以降、メディアで非常に問題になります。自警団だけが裁判にかけられているけど、本当は警察があおったんじゃないかと、当時の新聞でいろんな人が書いています。

 

軍の場合はもっと深刻です。自ら虐殺しているからです。先ほどの内閣府の防災庁会議の報告にも出てきますが、80年代に発見された軍の文書「戒厳司令部詳報」の中の「震災警備ノ為兵器ヲ使用セル事件調査表」にですね、朝鮮人、あるいは朝鮮人と誤って日本人を殺したケース、そして中国人を殺したケースが合わせて20件、記録されているんです。

 

つまり、関東大震災の朝鮮人虐殺という問題を、噂に踊らされやすい人々が暴走したという話で片付けてしまうのは、問題の矮小化だと言えます。

 

荻上 人々が虐殺を行ってしまったのは、そもそも国や報道機関が、国がそうした情報を常に流していたからだと。

 

加藤 そうです。災害の混乱の中で、行政がレイシズム的な判断をしてしまった。そして人々に、情報として拡散してしまったことが最大の問題だと思います。

 

荻上 行政の差別意識に関しては、山田さんはどうお考えですか。

 

山田 お役人なんてみんなそんなものですよ。自警団の問題は、かなり長期的に見ないと理解ができません。自警団は、青年団とか在郷軍人会が母体になっていることが多いのですが、これが国家のために動くようになったのは、日露戦争直後くらいからです。

 

その時期、社会主義団体なんかが出るでしょ。国家がそういった存在を気にして、その対策の一環として、こうした団体の設立があったんですよ。

 

荻上 もともとお国のためにという形で作られた組織が、自警団のルーツにあったと。

 

山田 ええ。日露戦争が、更に日本が帝国主義国家として成長するためには、社会主義などを排除して、国民も国家の統制下に置かなければならなかったんです。

 

荻上 東京のメディアは一時期機能を停止していましたけど、地方のメディアは、後で訂正報道とか、報道が間違っていましたということを伝えていたんですか。

 

山田 そんなことしてないでしょうね、聞いたこともありませんし。

 

加藤 震災翌年の日本新聞年鑑に、そういう文章が載っていないか、探してみたことがあります。震災の翌年だから当然その問題にも触れているだろうと思って見たんですけど、ほとんど触れてないですね。各新聞社がですね、自分の新聞はあの震災の時期をこう乗り切ったというような報告を書いているんですけど、大体その、きれいごとで終わっているんですよね。通信社の誤報について他人事として触れた中でだけ、誤報の例として「八王子を朝鮮人が襲撃」というものが取り上げられていましたが。

 

 

国家によるメディアの操作

 

荻上 では、ここで一旦、メールのご紹介をできればと思います。体験談を聞いたという方から。

 

「昨年97歳で亡くなった祖母からそれに関する話をちらっと聞いた事があります。祖母の話では、地震のあと朝鮮人が襲ってくると聞いて、鍬や鎌を持って見張りをした。祖母は怖くて押し入れの中で震えていたと、それだけの話だったんですが、埼玉の田舎で本当にそんなことがあったのかと思い、戦争の時の話じゃないのと聞いたら、地震の時だと言うので、ますます意味が分からなかった記憶があります」と。

 

また、「生きていれば100歳を超える曾祖母は、江東区北砂で震災に遭いました。その曾祖母が、朝鮮人虐殺についてこんなことを話していました。地震の後、朝鮮人たちが暴れるのを防ぐために、土手、恐らくは荒川のことだと思います、に集めて焼き殺した。この話を聞いた時私は小学生だったのでとても怖い気持ち半分、もう半分はただの噂話だろうと思いました。恥ずかしながら今の今まであの話はがせだとばかり思っていました。曾祖母のあの話は本当だったのでしょうか」という、2通のメールをいただきました。

 

山田さん、全国各地のメディアを追っていって、資料を集めたということなんですけど、メディアは本当に一枚岩でこういう流言を流してしまったのか、そうではないメディアもあったのか、そのあたりについてはいかがでしょう。

 

山田 全体的にはだめだけど、部分的にはしっかりした、新聞とか週刊誌はありましたね。例えば、新潟のいくつかの新聞は、この報道は本当だろうか、高崎発とか、宇都宮発で朝鮮人暴動なんか起こしたなんて載せているけど、情報の信憑性に欠けるのではないだろうかと、そういった疑いの姿勢を見せています。

 

それから、新潟県の柏崎で発行された『越後タイムス』という週刊誌で小川未明やその他の人々が、ちゃんと事件の批判を書いていました。数は少ないけど、そういうものもあるにはあったんですよ。

 

また、新聞の投書の中で注目すべきものがあります。例えば、踏みにじられた人間の立場で考えて、亡国の民というのはどんなに心細いだろうと書かれた投書もありました。

 

荻上 なるほど。これまでは「流言」という認識に基づいてお話を聞いてきました。一方で、「朝鮮人にむごい仕打ちがあったのはよくわかったが、朝鮮人が放火や強盗をしたのは事実でないと果たして言いきれるのか」という意見も聞かれますよね。

 

加藤 朝鮮人について言いますと、まず組織的な暴動、テロリストが政治的な意図を持って何かしたということはなかったということは、司法省の報告の中ではっきりと書かれています。「一定の計画の下に脈絡ある非行をなしたる事跡を認め難し」。組織的な計画はなかった、その形跡はなかったと認めているわけです。

 

ただ、その一方で、政府にとっては、悪い朝鮮人もいたというキャンペーンを行う必要がありました。というのは、これほどの虐殺が行われたということが、日本の朝鮮支配を動揺させる可能性があったからです。朝鮮人の怒りが湧き上がるおそれがあった。

 

そこで、司法省は、いろんな流言を集めて、朝鮮人の一般的な刑事犯罪を40数件くらい並べたリストを、10月20日の朝鮮人問題の報道解禁にあわせて発表しているんですね。その中には強盗とか放火といった恐ろしいものも入っているけれど、その多くは、被疑者不祥で、場合によっては被害者まで氏名不詳といういい加減なものです。

 

たとえば「氏名不詳の朝鮮人が氏名不詳の居酒屋女風の婦人を強姦す」とかね。こうなっちゃうと、何のことやらです。ただの流言をまとめたものにすぎないわけです。

 

実際には、朝鮮人で犯罪によって起訴された人は12人しかいません。そのうちのほとんどは窃盗で、あとは工事現場のトロッコで寝ていたところを自警団に捕まって、そこにダイナマイトが転がっていたなどのケースです。

 

当時の工事現場にはおおかたダイナマイトがありましたし、爆発物不法所持の罪で起訴されただけです。裁判の判決も、誰かに害を与える意図はなかったという結果になっています。

 

また、このリストの中には「朝鮮人が放火した」というものもあります。しかし、その火自体も広がらず、すぐ消し止められたとあります。ほとんどは氏名不詳。もちろん捕まっていません。それと別に、警視庁の記録には、東京で25件の放火があったけど、朝鮮人が放火の疑いで捕まったのは2件で、いずれも軽微な未遂であったとあります。

 

戦後まもなく、吉河光貞という検事がまとめた『関東大震災の治安回顧』には、「震災直後司法警察官の捜査が一時この種鮮人犯罪の検挙に傾注された観あるにかかわらず、被疑事件として同検事局に送致された放火、殺人などの重大犯罪すら、その大部分が犯罪の嫌疑なきものとして不起訴処分に付されるがごとき状態であったことは注目に値する」という遠まわしな言い方で、この司法省のリストに疑問を示しています。

 

震災時、相当な数の朝鮮人が警察で取り調べられたのに、実際に犯罪を行なっている朝鮮人はほとんど見つからなかったじゃないかというわけです。

 

荻上 これだけ流言が広まって虐殺があったということで、9月7日からメディアに対して報道規制がかかりますよね。10月20日までそれが続く。それが解かれた後に、メディアが「やっぱりあった」みたいな形で報じましたよね。

 

加藤 10月20日、朝鮮人問題の報道が解禁された時に、自警団事件のことが一気に前面に出たんですよね。悪いことをした朝鮮人もいた、というリストを発表したのは、そのショックを和らげるためでもあるでしょう。

 

荻上 起訴段階のもので載せていたりもするので、それが裁判でどうなるかは司法手続きにならないと分からないものもありますよね。でも、国民への悪影響を防ぐために、「実際に野蛮な人たちがいたから正当防衛だ」というような論陣を張っていたというわけですか。こうした否定論が、今になって出てくることについては、山田さんはどう思われますか。

 

山田 教科書では、自警団が殺したことは最低限認めているけど、軍隊や警察が殺したことは隠される傾向があります。

 

「軍隊や警察が朝鮮人を殺した」という事実を隠してしまいたいのか、と疑ってしまいます。横浜市教育委員会が発行する「わかるヨコハマ」という中学生向けの副読本があります。

 

2012年版では、自警団や軍隊、警察が朝鮮人を殺したことが書いてあるのですが、それを2013年5月に改悪し、朝鮮人を殺したのは自警団だけということにしているんですよ。

 

荻上 加藤さんは、この動きについてどう思われますか。

 

加藤 関東大震災時の朝鮮人虐殺を否定する論というのは、要するに震災直後の新聞記事だけを「根拠」としていると言っていいと思います。そうした記事の内容は、常識で考えても荒唐無稽だったり、1ヵ月後には完全に否定されてしまったような内容ばかりです。

 

ところが、そうした新聞記事を持ち出してきて、ここに書いてあるからこれは事実だと言う。本当にお話にならないような論法です。でも、それでも十分に、さっき先生がおっしゃられたように、地方議会などで騒いで、副教材の記述を改めろというような、そうした動きが出てきてしまっていると。非常にまずいことだと思っています。

 

荻上 最初に、「朝鮮人虐殺は虚言」ということを信じたい人が存在して、少しずつそういった言説が流通するということですよね。

 

最近出された、「朝鮮人虐殺はなかった」ことを主張する本の帯には、「従軍慰安婦だけではない」と書いていたりもするので、そうした動きはそれぞれ連動しているのだなと感じています。このような状況の中で、加藤さん、これから何が必要だと思われますか。

 

加藤 関東大震災の時に朝鮮人を殺した人と殺さなかった人の違いは、やはり人間として接していたかどうかだったという話が先ほど出ましたけど、中国人とか韓国人とか、外国人に対して人間的な共感を持たせないように仕向ける動きが今、強くなっていると思うんですね。

 

それをはねのけて、「同じ日本人同士」といった内向きなものではない、普遍的な共感や結びつきを強めていくしかないと思います。

 

(TBSラジオ 荻上チキSession-22 「加藤直樹×山田昭次『関東大震災』もうひとつの記録」より抄録。)

 

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vol.2019.4.15 

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