再エネが入らないのは誰のせい?――接続保留問題の重層的構造(その3)

もうひとつ、日本で出力抑制がしづらい訳

 

もう一つ、日本で出力抑制が今すぐになかなか実現できない事情があります。出力抑制の指令を出すのは送電会社(現在の日本では電力会社)ですが、現在のFIT法および省令では給電指令所と各発電所との間の双方向通信機能の具備が義務づけられていません。それゆえ、コスト削減のために通信機能を省略する発電事業者(特に小規模事業者)も少なからずいるようです。オンラインで双方向の通信設備さえ整っていれば、給電司令所はマウスクリックで複数の再エネ発電所に信号を送ることができますが、その設備がない発電所には前日に電話連絡という古風な手段を用いるしかありません。電話を受けた発電所も多くは現場で手動操作です。これは送電会社にとって系統運用上大きなリスクを伴います。これはさすがに電力会社のせいすることはできません。通信設備をつけないのは発電事業者側の問題であり、さらには法律で義務づけない規制者側の問題だからです。

 

これに対し諸外国を見ると、例えばスペインやポルトガルではこのような双方向通信設備が義務づけられています。例えばスペインでは、10 MW以上の再エネ発電所は全て、スペイン全土28カ所に分散配置された地方再エネ制御センターを介して送電会社の中央給電司令所と12秒ごとのリアルタイム通信が可能となっています。送電会社は各再エネ発電所から上がってきたリアルタイム情報から再エネの出力を予測し(日本では再エネは「風任せ」「お天気任せ」と言われていますが、実は再エネ予測技術は世界中でかなりの精度で実用化されているのです)、その情報を元に電力系統が停電を起こさずに安定供給できるかどうかを20分ごとにコンピュータで計算して、スペイン全土の電力系統の運用を行っています。このような情報はなぜか今までほとんど日本語で紹介されていません。

 

また、デンマークではコジェネレーション(熱電併給、コジェネ)発電所もFITの対象となっていますが、FIT認定を受ける条件として通信設備の具備が要件化されています。なぜコジェネに通信設備が必要なのでしょうか? コジェネは発電プラントの排熱を利用して熱供給を行うためエネルギー総合効率が大きいという利点を持ちますが、熱供給は長距離を輸送することができないため、住宅地などに隣接して設置される小規模分散型電源となるのが特徴です。かつては、分散型電源は予測もできず制御もできず電力の安定供給に支障を来す「厄介なお荷物」と見なされてきましたが、デンマークのFIT認定コジェネは給電指令所との双方向通信が確立されており、送電会社から遠隔監視や緊急時の制御が可能となっています。このことにより、送電会社も分散型電源を安心してたくさん受け入れることができ、そればかりかかつて厄介者だった分散型電源が今度は電力の安定供給の維持に積極的に貢献でき、再エネの大量導入を助ける有力なツールと変わったのです。ここでは、発電事業者にとっても送電会社にとってもウィン=ウィンの関係が構築できています。このように、欧州諸国では、再エネを大量導入するために、先手先手を打って制度設計を考えてきています。

 

注目すべき点は、スペインやデンマークなどでこのような制度が始まったのは2005年からであり、今から約10年も前の話であるということです。そして日本ではそれから10年近く経っても未だに実現に至っていないことも、事実として重く受け止めなければなりません。日本では、再エネの大量導入はあたかも「10年以上先の夢物語」のように捉えられている風潮が政策決定者にもマスコミにも国民全体にもありますが、現実には世界では「10年も前から着実に進んでいること」なのです。まさに前々回述べた通り、我々日本人が本当に学ぶべき教訓は、「再エネがたくさん入ると大変なことになりますよ!」ではなく、「再エネがたくさん入るとわかっているのに、早いうちから受け入れ準備をしないと大変なことになりますよ!」なのです。

 

幸い、通信設備の義務化は経産省系統WGでも現在議論され、よい方向に進んでいるようですが、やはり「遅きに失した」という感は否めません。通信要件だけでなく、再エネ導入にあたって技術的には十分解決可能なはずなのに制度的なバリアで実現できないことは山ほどあります。国も電力会社も(そしてマスコミも)再生可能エネルギーの実力をあまりに過小評価して、この10年間海外情報をきちんとウォッチしていなかったツケが回ってきたと言われても仕方ない状況だと言えます。

 

このようなことを指摘すると「彼らは知ってるのに隠してたのか!」とか「知らなかったとしたら勉強不足だ!」などという意見もすぐ出てくるかと思いますが、事態はそう単純ではありません。このようなことを地道に調査したり研究したりする人はどの組織でもどの分野でも少なからず存在します。しかし問題は、そのような情報や意見が意思決定者層に届きやすいかどうかという構造的な問題です。それゆえ情報収集・意思決定の段階でも多くの人に広く開かれた透明性が重要となるわけです。これは特定の会社や組織だけの問題ではなく、日本全体の問題です。なぜなら、「透明性」とは単に情報開示だけでなく、エネルギー問題のような重要な問題を議論する際に、国民にどれだけ多くの判断材料が公開され意思決定のプロセスが見えるか、ということまで含まれるからです。

 

 

透明性の確保には強力な規制機関が必要

 

余談ですが、最近ドイツのビアホールでわいわい飲んでいたときのこと、一緒にいたアメリカ人の研究者から「ところで、日本の電力市場の設計に責任を負っているのは誰かね? METI(経産省)か? ミスター・シンゾー・アベか?」と真顔で質問されてしまいました。楽しく本場のドイツビールを飲んでる時に突然「Who has responsibility?」とか、アメリカ人はときどきこういう瞬殺性の核心を突く質問をするから困ります。この問題、しがない研究者が酒の席で外国人につっこまれる問題ではなく、本来、日本全体で真剣に議論しなければならない問題です。

 

欧州や北米では、過去10〜20年に亘って電力自由化の問題に取り組み、発送電分離を進めてきました。その間、いくつかの紆余曲折や試行錯誤があったものの、ドイツの連邦規制庁 (B Netz A)、英国の電力ガス規制庁 (Ofgem)、EUの欧州エネルギー規制協力庁 (ACER) や北米の連邦エネルギー規制委員会 (FERC) のような現在の強力な規制機関の形が出来上がり、送電部門を監督しています。これらの規制機関はいずれも高い独立性を保っており、日本で言うところの三条委員会レベルの独立機関です。先の「Who has responsibility?」に回答するとしたら、本来このような機関を挙げたいところです。翻って我が国の電力自由化・発送電分離の議論に、このような規制機関設立の話題はのぼっているでしょうか?

 

このように、強力で高い独立性を持った規制機関の設立を後回しにしたまま形ばかりの発送電分離を進めたとしても、健全な制度設計が進むとはあまり期待できません。逆に、独立性の高い規制機関を作ることにより、制度設計のグランドデザインを描くことが可能になるとも言えます。そして市場設計・制度設計は、透明性の問題と強く密接に関連します。例えば公正取引委員会を引き合いに出すまでもなく、公正で透明性高い市場環境を構築し維持するのは、強い規制機関があってこそなのです。そしてその強い規制機関は国民の声によって初めて成り立つものなのです(ゆえに規制機関の人事は国民の代表たる立法府が握っているのが理想的です)。

 

 

おわりに(建設的な議論のために)

 

今回のコラムでは、一連の「回答保留」問題の本質的な要因の分析のために「透明性 (トランスペアレンシー) の問題」について取り上げました。多くのプレーヤーから不平や不満が出るのは透明性の欠如の表れであり、その透明性なくして適切な制度設計ができないことなどを見てきました。また、透明性が必要な事例として、最も技術的に簡単にできるはずの出力抑制がなぜ現状の日本ではうまく行かないのか、というところまで追いかけてきました。問題は、技術的な障壁ではなく、制度設計の不備や強力な規制機関の不在にあることが明らかになりました。透明性の問題は、単に努力目標で情報を開示したりきちんと説明するというレベルではなく、情報収集の段階から意思決定まで国民の間でどれだけ透明性高く議論が行われ、透明で公平公正なルールがあるか、というところにまで行きつきます。

 

今回のシリーズは3回に亘り、「接続保留」問題を取り上げ、(1) 接続料金問題、(2) 接続可能量問題、(3) 透明性の問題、に切り分けて議論を行ってきました。この問題は複数の問題が重層的に絡み合っており、電力系統全体の設計や社会コストの問題に本質があることを押さえておく必要があることがわかります。この本質を捉えずに特定のセクターの意見ばかりを代弁し、別のセクターを悪者にしたり不備や不作為をあげつらってもあまり解決にはなりません。また、法規制の不備を指摘するにしても、傍観者の立場で糾弾するのではなく具体性・実効性のある全体システム設計を提言しなければなりません。この問題を根本的に解決するために必要なのは、疑心暗鬼にならずに全てのステークホルダーがお互い協力して知恵を出し合って冷静に議論すること、そしてそのようなフェアな議論をするために国民が声を上げて独立性の高い規制機関の設立を求めることだと、筆者は考えています。

 

今回の「接続保留」問題は、FITや再生可能エネルギー導入に関わるさまざまなねじれ現象や誤解が一挙に顕在化した形となっているようです。しかし、今回の問題が新聞やテレビで大きく報道され、国民の耳目を集めたこと自体は「よいこと」と受け止めたいと思います。そして、日本の再生可能エネルギー導入にブレーキがかかってしまう瀬戸際にあるという危機感も認識しながら、まずは世界の情報を偏りなく公正にキャッチし、どのような再エネ導入のかたちが日本に取ってベストか、よりポジティブで透明性の高い冷静な議論を行っていくきっかけになればと筆者は考えています。

 

本稿は、「環境ビジネスオンライン」2014年10月6日号10月13日号10月20日号11月3日号に掲載されたコラム『「接続拒否」という新たな誤解と神話』を加筆修正し構成に変更を加えたものです。原稿転載をご快諾頂いた環境ビジネスオンライン編集部に篤く御礼申し上げます。

 

オリジナル掲載:Energy Democracy, 再エネが入らないのは誰のせい?:接続保留問題の重層的構造(その3)(2014年12月14日掲載)

  

サムネイル「Coberta/Cubierta solar fotovoltaica Riudarenes (Girona)」Som Energia Cooperativa

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