2015.02.06

相次ぐ犬の大量遺棄事件――なぜ捨てられるのか? ペット流通の闇に迫る

太田匡彦×荻上チキ

社会 #荻上チキ Session-22#犬の大量破棄#ペット流通

2014年、相次ぐ犬の大量遺棄事件が問題になった。事件の裏側にある、ペット流通の姿とは。TBSラジオ・Session-22「各地で相次ぐ犬の大量遺棄事件。なぜ捨てられるのか?ペット流通の闇に迫る」より抄録。(構成/伊藤一仁)

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大量生産

荻上 今夜のゲストをご紹介します。『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』(朝日文庫)の著者で朝日新聞社メディアラボ主査の太田匡彦(おおたまさひこ)さんをお迎えしました。宜しくお願い致します。

太田 太田ですよろしくお願いします。

荻上 今回の事件を考える前に、ペットの流通について伺いたいと思います。そもそも、ペットがお客さんに買われるまでの、流通システムはどのようなものなのでしょうか。

太田 今の日本のペットの流通システムは生きている犬、生体を小売業という業態で販売するビジネスモデルを頂点に成り立っています。

小売店、つまり食品スーパーとかホームセンターなどと同じ業態で生き物を売るわけですから、その先には大量消費という世界が広がっています。そして大量消費の裏側には、大量生産がある。その大量生産・大量消費をもとに成り立つ生体小売業を中心としたビジネスモデルが、日本にはあります。そのために生まれたのが「パピーミル」と呼ばれるような子犬繁殖工場です。ここで大量生産を行っています

荻上 大量生産・大量消費があるという事は、賞味期限があるお弁当等のように大量廃棄もあるわけですよね。ペットは赤ちゃんの頃は売れるけれども年を取ると売れなくなってしまう。だから、そこには「処分」が発生してしまうと。

太田 仰る通りです。そもそも生産された商品を100%売り切ることができる小売業は、常識的に考えてありえません。どうしても不良在庫、売れ残りが出てきますよね。そうやって売れなかった子犬を、この業界ではずっと捨て続けてきたのです。

加えて申し上げると、大量生産している現場である工場には当然、生産するための「設備」が必要です。この場合の「設備」は、繁殖するための雄犬と雌犬なんですね。どんな商品を製造する工場だって、設備が古くなれば新しいものに取り換えます。犬という商品の工場の場合は、雌犬も雄犬も繁殖のために使えなくなったら捨てられてしまう。そうした構造が、生体小売業を中心としたビジネスモデルの背景にはあると言えます。

荻上 そもそもペットショップに来る前、繁殖の段階から遺棄は存在しているというわけですね。その手段が不法であるかないかの違いがある。

太田 昨年施行された改正動物愛護法において、犬の引き取り業務を行っている都道府県や政令指定都市などの全国の自治体は、犬猫などを販売している業者が犬猫を捨てに来た場合、引き取りを拒否できるようになりました。実はそれ以前は、自治体には業者からであろうとも引き取る義務がありましたので、業者は最寄りの自治体に捨てに行けば良かったんですね。

ただ、動物愛護法は改正されたのですが、ビジネスモデル自体はまったく変わっていません。設備の更新は相変わらず必要だし不良在庫の処分も必要なまま。でも自治体は引き取ってくれなくなった。じゃあ、じゃあどこに行くか、というわけで今回いくつもの「事件」として顕在化したと言えます。

荻上 つまり受け取れなかった「在庫」を、そこらへんに不法投棄したという格好になりますね。

太田 改正動愛法では業者に終生飼養も義務付けていますから本来はやってはいけない事ですけれども、どうしてもやってしまう業者が出てくるんです。

「処分」とはなにか

荻上 ここでリスナーの方からの質問を読みたいと思います。

『一般的にペットショップで売れ残ってしまった犬はどうなるんでしょうか。ショップの店頭にいる子犬が全部売れているとは思えません。成長するにつれて値段を下げて売りに出しているようですが、それでも売れない場合はその犬はどうなるんでしょうか。』

荻上 「処分」という単語が先ほどから出ていますよね。「処分」とは具体的にどのようなことを指すのでしょうか。

太田 ご質問にある通り、生体を小売りしているいわゆるペットショップのほとんどが、絶対に売り切ることはできません。ですから、従業員さんが引き取って育てているというようなペットショップチェーンもあります。

メールにもあるように、確かに値段を下げればもしかしたら売れるかもしれません。実際に、店頭で展示しながらどんどん値下げしているペットショップもあります。ですが、2万円でしか売れない犬と20万円で売れる犬が占めるスペースって一緒ですよね。2万円になってしまった犬は成長しているということだから、もしかしたらより大きなスペースが必要かもしれません。2万円の犬を置いておくよりも20万円の犬を置いておく方がビジネスとしては儲かる。

そうなると、売れなくなったらやっぱり捨てられると。動物愛護法が改正される以前は、業者は、売れなくなった犬を各自治体が運営する保健所や動物愛護センターなどに捨てていました。私が取材した大手ペットショップチェーンの中では、例えば生後6ヶ月のビーグルを殺して捨てていましたし、ほかにも売れなかった子犬をまとめて保健所に持っていく事例もありました。

荻上 棚を占有する分、ビジネスチャンスを失うことになると判断されるわけですね。改正される前は、保健所や愛護センターに持っていくということですが、行った先でその犬たちはどういう道を辿るのでしょうか。

太田 基本的には殺処分、殺されてしまう。もちろん動物愛護団体さんなどが努力されて譲渡、里親さん探しされるケースもありますし、自治体そのものが里親を見つける事もあります。ですが、私が取材を始めた7、8年前ごろは自治体が引き取った7割以上は殺処分してました。この1、2年は改善されてきましたが、それでも5割以上が殺処分されています。

荻上 逆に言えば2、3頭に1頭は誰かに飼われていると。

太田 動物愛護団体さんによる譲渡活動が一般化するに従って、新たな飼い主を見つけて命が救われるという事も徐々にですが増えてきてはいます。

荻上 『犬を飼いたいと思ったらペットショップではなく保健所や保護団体からもらうという選択肢がある事も多くの人に知ってほしいです』とあるのですが、殺処分の件数は把握されているんでしょうか。

太田 自治体で殺処分の件数は把握しています。2012年度ですと犬は、負傷犬も含めて39359頭でした。私が取材を始めた頃は、8万頭くらいでしたし、もっと遡れば10万、さらに遡れば20~30万、100万という時代もあった事を考えれば、減っていると言えるでしょう。

ただ問題は、行政で殺処分されている数がこのくらいだ、という事です。先ほど申し上げたように業者が闇で葬っている数については把握されていません。不幸な犬が減ったとは言えないんです。

荻上 実際はどうなんでしょうか。動物愛護法が変わった事によって、業者が自治体に渡さず自分たちで処分するというインセンティブが高まるというのは分かるんですけれども、この間減り続けてきたというのは努力が実ったという面もあるんですか。

太田 動物愛護団体さんへの譲渡を各自治体がどんどん取り入れるようになりました。それ以前は動物愛護団体のような組織に対しての譲渡をほとんど行っていなかったんです。

「団体譲渡」と言うのですが、こういう形態が普及すると、団体は組織的に里親探しをされるわけですから、その分飛躍的に譲渡率が上がっていくんです。

その結果として殺処分される数も減っています。ただ皆さんすごく頑張っていらっしゃって、中にはお一人で2匹、3匹と大きな犬を飼われている方もいます。ですから、そこだけに頼っていくのはそろそろ限界ではないかと私は思っています。

ペットオークション

荻上 ペットショップに来る動物は、どういった形で生まれ、どのような過程を経てペットショップまで来るのでしょうか。

太田 ペットショップはまず大量に仕入れる必要があります。大きいチェーンだと50店舗、なかには100店舗近くを全国に展開していて、年間何万頭という子犬が必要になってくる。

そういったペットショップの仕入先が、「ペットオークション」と言われる犬猫の競り市です。全国に約20ほどあります。

そこで競りをしながら子犬を仕入れてきます。大体一つのオークションで一日に300~1000匹の子犬が競られますので、私の推定で年間35万匹くらいはオークション経由で流通していると思われます。

そんなボリュームの競り市を開くことができる背景にあるのが子犬繁殖工場で、そこでは雌犬は一生ケージから出られないような状況で繁殖をさせられています。ケージの下部はだいたい金網になっています。うんちおしっこでケージないが汚れないようにするためです。金網の更にその下にトレイを敷いておいて、すぐに引き出せるようにしているんですね。つまりパピーミルで繁殖に使われる雌犬は一生金網の中、金網の上で暮らす事になっています。

これが約30年前から成立してきたビジネスモデルの全体像です。つまりペットショップで大量に売るようになった結果、効率よく仕入れるための競り市が出来、その先に子犬繁殖工場ができたんです。

荻上 雌犬たちは、「子犬を生み続ける機械」のような扱いをされるのですね。生めなくなった犬は処分されてしまうのでしょうか。

太田 そうですね。犬の引取申請書というのがあります。犬を自治体に捨てる時、その犬の所有者は自治体宛てに何匹どういう犬を、どういう理由で捨てるのか書かないといけないんです。その書類を以前情報公開請求で取った事があるのですが、7~8歳くらいの純血種の雌犬をまとめて捨てている業者さんはたくさんいました。例えば7、8歳の柴犬の雌ばかりを5~6匹……のように書いてあるんですね。繁殖出来なくなった子たちをそうやって処分するのは、もう延々行われてきた事です。

荻上 しかも今まではその殺処分を自治体の保健所などに任せていたと。

太田 敢えて言えば税金を使って業者の尻拭いをしていたという状況ですね。

荻上 先ほど競りの場があるとお聞きしたんですけど、その競りの場でも競り落とされないような種類や犬もいるわけですよね。

太田 そうですね。繁殖業者は、繁殖が終わった犬の処分と売れ残った犬の処分の両方をやっています。もちろんまともな、優良な業者さんもいるんですよ、たくさん。僕は「ブリーダー」という単語と「繁殖屋」という単語は使い分けた方がいいと思ってるんです。

ブリーダーさんというのはその種を愛してその種の血統を残していこうという、その種の専門家なわけですよね。そういうブリーダーさんは繁殖が終わった子も大事に自分の手元で育てたりしています。

売れ残った子犬についてもきちんと自分の所で面倒を見ています。そういう優良なブリーダーさんはたくさんいます。ただ、そういうブリーダーさんたちは今まで申し上げてきたような生体小売業を頂点として形作られたビジネスモデルの外側にいます。

荻上 ペットショップがリーダーの方から買う事はあるんですか。

太田 ブリーダーさんと取引するのは非常に大変です。ブリーダーさんは全国に散らばっているのと、大量生産をしているわけじゃないので月に数匹生まれるかどうか……みたいな話なわけですよ。

そういうブリーダーさんたちと個別に取引しながら何万頭とばらばらの犬種を店頭にラインナップするのは、すごい大変なんですね。だからブリーダーさんと直接取引だけでやっている大手のペットショップは、私が知っている限り1、2社だけです。他は皆さん競り市で仕入れています。

競り市を取材していると、本当にそういう大手ペットショップチェーンのバイヤーさんがたくさん来ていることがわかります。大手のバイヤーが、どんどんと子犬を競り落とし、次々と自分たちの目の前に積んでいくんです。生き物というより、まさに段ボール詰めされたモノを積んでいくように。基本的には、そういう形で仕入れています。

荻上 そのブリーダーさんから買う大手の会社は、どういった理由でそうした買い付けをしているのでしょうか。

太田 そのチェーンの経営陣にしてみれば、やっぱり業界を正常化したいというのがあり、さらには彼らからは、オークションで競られた犬を消費者に売る事の申し訳無さも感じます。やっぱり自分たちが見定めたブリーダーから直接仕入れた子犬たちを販売したいと、そういう思いですよね。

この業界も悪い人たちばかりではないので、真面目に取り組んでいる業者さんももちろんいるわけです。

運命を感じちゃう!?

荻上 太田さんから見て他にペット流通全体でどのような問題点があると感じられますか。

太田 生体小売業を営んでいると、子犬の「賞味期限」のようなものがどうしても生じてきます。だから業者はとにかく「早く売りたい」「在庫の回転率を良くしたい」と考えます。そのために結果として、消費者に衝動買いをさせます。

ペットショップに行かれた方だったらご経験あると思うんですけれども、ショーウィンドウの中を覗いていると「だっこしませんか」って店員さんが声を掛けてきますよね。「だっこさせたら勝ち」というのがペットショップ業界の格言みたいなものなんです。要するに、消費者がペットショップに行くと、ちっちゃくて、もこもこした子犬を手の上、膝の上にだっこさせてもらえる。すると、子犬は温もりがあってぷるぷる震えてたりする。冷静な判断力は、それで奪われる。そんな時に子犬と目が合ったりしたら、もう運命を感じちゃったりするわけですね。

荻上 この子だ、と。

太田 店員さんも「一緒にお家に帰りたがってるみたい」とか言っちゃうわけですよ。つまり、よく考える前に衝動買いさせようとするんです。その結果が、安易な遺棄に繋がります。年を取って動けなくなったからとか怪我をしたからとか吠えてうるさいとか噛むとか、犬だから当然じゃないですか、あらゆる事が。ペットショップが消費者に衝動買いをさせることで、そんな理由で安易に捨ててしまう飼い主さんを生み出しているんです。

荻上 つまり飼う側のハードルを下げる事によって、そもそも飼わなかったような人たちも当然大量に飼い主になる。そうすると無責任な飼い主も割合的には増えてしまうという事ですよね。こんなメールも来ています。

『キャバ嬢やってます。以前同僚が「お客さんから子猫をプレゼントされたんだけど面倒見切れないから捨てちゃった」と笑顔で話しているのを見ました。あれ以来、繁華街で営業しているペットショップを見ると、あのペットたちはどうなっちゃうんだろうと心配になります。』

荻上 以前の法改正の時には、深夜販売をどうするのか、販売する店舗の光の話が議論になっていましたよね。

太田 20時以降の展示販売は禁止されました。だから繁華街で煌々とやっていらっしゃる業者さんは基本的に、深夜の展示販売が出来なくなりました。

ところが取材をしていると店頭では、ケージに取り付けたのカーテンを閉めるだけでお客さんがちらっと開けちゃえば見える、というようなギリギリの事をやっている所があったりもします。そういうのを監視、指導するのは各自治体なわけですけれども、そういう業者についてはきちんと抜き打ちチェックをすべきだと思います。

荻上 夜のビジネスが盛んな所ではそういった店舗が良く露出していて、やっぱり同伴の客狙いでビジネスをしていたりもしますね。また、寂しいからという事で飼いたがる人も一定の割合でいる。その時間じゃないと買いに行けない方がいたりもする。そんななか、先ほど頂いたのは、プレゼントという形で、本人が欲しいのか分からないような状況の下あげてしまうというような、花束と同じ或いはそれ以下の扱いをされるようなケースもあるというメールでした。

太田 犬や猫を飼う場合には、これから10~20年の間ずっと責任を持たないといけないわけですよね。犬だったら毎日朝晩散歩しなければいけない、必ず餌をあげなければ死んでしまう存在です。そもそも酔って行くようなお店ではない。やっぱり異性へのプレゼントとしてあげるものではなく、自分の家族になるんだという意識の下で買うべきものであると思います。

荻上 例えば親が子に買い与えるというのと、カップルや恋人の段階であげるのと、人によるのかもしれませんけど随分ニュアンスは変わりそうですね。

太田 アメリカなどだと子供が生まれると一緒に犬を飼い始めるご両親が多かったりしますよね。動物と一緒に子供が育つ事によって情操教育上いい、といような考え方をする所もあります。

荻上 家族として迎えるという親側の目線ですもんね。【次ページに続く】

犬を飼う資格

荻上 メールを紹介します。

『動物を買い付けたりする時に登録などは必要ないんですか。例えばペットショップなどでは売れる見込みがあればどれだけ買い付けても問題ないのでしょうか。』

太田 動物取扱業の登録をしていれば誰でも出来る商売です。何頭以上買ってはいけないという制限はないです。

荻上 僕は、ペットを飼った事がないんです。亀とかはあるんですけど、犬猫はない。基本的な質問なんですが、ペットを飼う時は届け出が必要なんですか。

太田 犬の場合は「狂犬病予防法」に基いて、畜犬登録をし、毎年狂犬病予防注射をする義務があります。ですが、登録自体はそもそも5~6割くらいしかされていないと言われています。

日本では大体1100万頭くらいの犬が飼われていると推計されているんですが、畜犬登録されているのは670万ほどです。つまり約400万は未登録のまま。飼い主の資格云々なんてなく、ただ登録するだけなのに。

荻上 制度面でも考えなければいけない部分があるという事ですね。海外の場合はどうなんですか。

太田 例えばドイツですと、犬を飼うにあたっては犬の大きさの何倍以上のスペースがなければいけないだとか、必ず屋外で十分な散歩をしなければいけないとか、屋外で飼う場合は小屋に床断熱材を入れなければいけないとかそんな事まで決まっています。ですから日本でも、自動車の運転免許のように犬を飼うことを免許制にする必要があるのでは、という議論も確かに存在します。

荻上 ただ、まだそれを実現しようという段階にはなっていないわけですか。

太田 そうですね。それ以前に、そもそも犬を飼う事は大変であるという事をペットショップの店員さんやブリーダーさんなど「動物のプロ」が飼い始める時に説明をすべきですよね。実際、動物愛護法の第8条ではきちんと説明することを促す条文もあります。だから飼い主さんを啓発する事も必要なんですが、まずはビジネスの仕組みを改めないといけません。

自治体でできること

荻上 行政がペットの流通に関わっているとのことですが、監督省庁はどちらになるんですか。

太田 動物愛護法を所管しているのは環境省です。

荻上 その役割としては、どういう位置づけになっているのでしょうか。

太田 動物愛護行政全般について、法律を所管していますし、ガイドラインなども決めています。一方で実際の業務を行うのは都道府県、政令指定都市、中核市です。

荻上 法律では殺処分の方法も具体的に定められているのでしょうか。

太田 動物愛護法第40条では「できる限りその動物に苦痛を与えない方法によって」殺しなさいと書いてあります。日本で多く行われているのは、二酸化炭素ガスを狭いボックスの中に注入する方法です。これを安楽死だと言う人もいますが、犬が意識を失うほどボックス内の二酸化炭素濃度が高まるまでは一定の時間がかかり、その間、犬たちには呼吸困難や頭痛、吐き気などの苦痛や恐怖を味わいます。

アメリカなどではこのような殺処分の方法は批判されています。ただ、一部自治体では麻酔注射による安楽死を獣医師が行ったり、吸入麻酔剤を使った本当の意味での「安楽死」を行っている自治体もあります。

荻上 自治体によって動物愛護への取り組みに積極的な所もあるという事ですか。

太田 あります。熱心な自治体とそうでない自治体とで全く違っています。以前、週刊誌AERAの編集部にいた時、全国の自治体における動物愛護行政について19項目のアンケート調査を行ったことがあります。その結果から各自治体にA~Eの5段階のランクを付けました。特に中国地方が暗黒地帯みたいになっていました。一帯にEランクの自治体がずらりと並んでいたんです。

返還・譲渡率が極めて低い、そもそも殺処分数が多い、殺処分方法も今申し上げたような二酸化炭素ガスによるもの、という有り様でした。変な話ですけど、私が犬だったとしたら中国地方では捨てられたくないなと思いました。

荻上 地域によって対応の濃淡があるのですね。譲渡率や、殺処分数などの言葉が挙がってきましたが、具体的に、どういう取り組みを「悪い」とお感じになりましたか。

太田 まず返還・譲渡率が極めて低い自治体ですね。引き取ったら、殺してしまうのが楽といえば楽なわけです。それに対して譲渡活動は骨が折れる仕事です。団体譲渡をするにしても団体さんとのお付き合いが生じます。そういう意味で、返還・譲渡率には熱心にやっているのかどうかが端的に表れるのかもしれません。

そして、定時定点収集をやっているかどうかです。これは犬捨場みたいなのがあって、曜日を決めて犬を捨てさせる制度。そのゴミ捨て場を回収トラックがぐるぐる回って捨てられた犬たちを集めていく行政サービスがあるんです。いわゆるゴミ収集車と同じ発想ですよね。

荻上 捨ててもいいよとゴーサインを出すようなものですよね。

太田 定時定点収集について茨城県を取材したことがあります。結局、その後茨城県は提示定点収集をやめたんですが、実際引き取り数も殺処分数もそれでかなり減りました。

良い例としては、安易に捨てに来た飼い主さんと戦って「ちゃんと飼いなさい」と説得する、殺処分ゼロを目指すために自分たちは「嫌われる行政」になろうと宣言してやってきた、熊本市の事例があります。

荻上 規制やルールを作るだけじゃなくて、継続的に対話や周知徹底をしていく意欲があるという事ですね。

太田 あと、殺処分数はまだまだ多いですけども愛媛県。とにかく自分たちが何をしているのか、殺処分の現場を実際飼い主さんに見てもらおう、と。私も取材で何回も見ましたけど、見たら「こんな事しちゃいけない」と強く思います。そういう事実をきちんと広報していく事で普及啓発を図っている自治体もあるんです。

荻上 メールを2通紹介します。

『我が家ではちょうど一週間前に保護活動の方に保護された犬を迎え入れました。ペットショップで子犬を買う選択肢もあるけれど、あえて保護犬を里親として迎え入れました。ペットショップ以外にも犬を家族に迎え入れる方法がある事がどれほど世間に知られているのか疑問です。ちなみに迎えた犬は繁殖犬として子犬を生まされ続けてきた犬です。』

『ペットショップが増えた事が人が気軽にペットを消費する構造を作り出しているように思う。ペットショップはもっと行政機関からの監査が入ってもいいのでは。』

太田 こういう生体小売業、つまりペットショップという場で犬が買えるようになった事自体が、問題であるのは確かです。行政もそれなりにやってはいるんですが、先ほど申し上げた通り自治体によって意識や取り組み状況にかなりの濃淡があります。

あえて言うならば、自治体は業者の監視や指導に入ったりするんですが、どうしてもアポを入れてからなんですよね。つまり抜き打ちじゃないんですよ。行った時に責任者がいなかったら困るから、と言うんですけど。抜き打ちでどんどん指導監視に入っていけば事態は全く変わるんだろうとは思ってます。

荻上 抜き打ちがあった時の内部の動きとか聞きたいですよね。どの業界でも来るよとなったら準備しますよね、違法な事をしている所であっても。抜き打ちチェックをするのは、そんなに難しいことなのでしょうか。

太田 やろうと思えば出来るんじゃないかと思うんですが、なぜしないのか不思議です(笑)。

行政しかできないこと

荻上 このようなメールも来ています。

『私は2012年の動物愛護法の改正作業に携わった者の一人です。繁殖業者による遺棄や虐待などの問題は法改正の前からメディアなどで盛んに指摘されていたもので、そうした事態を防ぐために様々な規制強化が盛り込まれたという事情があります。具体的にはこれまで業法として設けられていなかったこと事態がおかしかったとも言える帳簿の作成・保存義務や、犬猫など健康安全計画の作成義務、繁殖できなくなった犬猫の終生飼養義務。そもそも改正動物愛護法は全ての党派による全会一致で成立していて、正に立法者の意志として、国会から業者に対して規制を厳格に守るよう求めているのです。それなのに改正動物愛護法の規制が厳しいから業者が遺棄せざるを得ないというような指摘は何故法律が改正されたのかという背景や法律の主旨を全く理解していないものと言わざるを得ません。』

太田 確かにこの方のご指摘通り、「動物愛護法の改正そのものが今回の事件の原因である」という意見は違うと私も思っています。

大量生産・大量消費の中で、もともと業者は犬を捨ててきました。たまたまそれが顕在化して現れたのが今回の事件です。今回の法改正では、業者に対して犬猫の健康安全計画の策定や帳簿の作成・保存などを義務づける条文が盛り込まれましたけども、これらの「規制」はよく考えてみると、今のままのビジネスを続けながらちょっと細かくきちんと事務作業をしましょう、という事でしかないんです。

2010年6月に環境省中央環境審議会の動物愛護部会で動物愛護法見直しの議論を始めた段階では、今のビジネスモデルのあり方がおかしいんじゃないか、それを規制しようという考え方があったはずなんですけどね。

荻上 構造改革が念頭にあったと。

太田 たとえば、幼すぎる子犬を売ってはいけないという8週齢規制、またはドイツのような飼養施設の大きさ制限。さらに雌犬は年に2回繁殖出来るようになるわけですけども、毎回繁殖させるとどんどん母犬の健康が衰えていきますから、そういったことを防止するための繁殖制限。そういったものを導入しようと、本気で議論が重ねられていたんです。本来は、生体小売業を頂点とした犬ビジネスの在り方を見直さなきゃいけないからです。それなのに、犬ビジネスが極めて不健全な形のまま、今回の法改正では温存されてしまったという所が私は問題だと思います。

荻上 となると今後改正をするとすれば構造自体を見直すべきだと。営業時間を短くしたり、試験を年に何回か課したり……。そうした事だけでは不十分ということですね。

太田 パピーミルに行くと100頭200頭の単位で雌犬がいます。そして繁殖のための雄犬もいます。それだけの犬を終生飼養するなんて本当に大変な事ですよね。しかも取材をすると、だいたい一人か二人しか責任者がいなくて、後はアルバイトの女性がたまに来るみたいな状況なんですよ。

それで200~300頭、それに加えて生まれたばかりの子犬……、なんて面倒見切れないんですよね。であれば、やっぱり大量生産・大量消費のビジネスモデルを見直す、考え方を改める方向性の法規制を考えていくことが重要です。そうしないと根本的な解決には絶対に至らないと思います。

荻上 今後の改正の議論はいつ頃に盛り上がってくるものなのでしょうか。

太田 五年に一度の見直しなので、順調に行くと多分2017年の夏から始まるのでしょうけれども、別に五年に一度しか見直しちゃいけないわけではないですよね。

荻上 そうなんですよね。よく勘違いされがちというか関係者も忘れがちなんですけど、「じゃあ五年後に備えるか」って、つい関係者は思ってしまいますからね。

太田 望月環境大臣が、今回の一連の大量遺棄事件を受けて「状況の把握を踏まえて速やかに検討し」などとと仰っているようなのですが、最近の環境省からの発信はどっちかというと個人への普及啓発が中心になっちゃっていて、2010年に見直し議論を始めた時の動物取扱業の規制強化という観点が何故かすっぽり抜け落ちている感があります。

飼い主さんへの普及啓発は環境省以外でも出来ます。各自治体や、動物愛護団体さんも可能です。ただ法改正はやっぱり環境省がやらないと出来ません。だから環境省が2017年まで待つことなく、これだけ問題が顕在化したのであればもう一回2010年の見直し議論を始めたころに立ち戻って、早急にビジネスモデルの在り方そのものを再検討出来るよう、待ったなしで規制強化への取り組みを始めてほしいと思います。

荻上 規制、ルールを決めるのは行政でしか出来ない事ですからね。

マスメディアが出来ること

荻上 一方で啓蒙の役割をメディアも担えますよね。取材してそれを記事にされているのはやはりその啓発をお仕事として位置づけられているのだと思います。ツイッターで

『動物番組が率先してこういう問題を扱わないのもなあ。可愛いばっかり優先して情報を流されても悲惨な動物がいなくなる事はないのに。』

という声がありました。動物の可愛いさを強調する番組ってたくさんありますよね。「動物は数字が取れる」って業界ワードもあります。

いま、自殺の問題をニュースで取り扱う時には、悩んでいる方が連絡できるような連絡先を同時にアナウンスしうよといった動きがありますよね。動物番組でも、そうした問題を意識的に取り上げる事によって変わるような所もあると思うんです。どうお感じになりますか。

太田 おっしゃる通りだと思います。一部テレビ番組では本当に興味本位、可愛いさ優先で取り上げているものがあります。こういった在り方はやめなきゃいけません。いまや15歳未満の子供の数より犬と猫の数の方が多いわけです。僕は、朝日新聞社の社員ですが、朝日新聞ではペットをめぐる様々な問題についての情報発信を強化していこうと、今ちょうどプロジェクトとして取り組んでいる所です。

アメリカではメディアの自主規制組織があります。映画のエンドロールの最後のあたりに「AHA」というクレジットが入っているのを見たことがある方もいるかもしれません。動物を少しでも扱う映画やテレビ番組等はその自主規制組織のガイドラインに沿って監視や格付けが行われます。最近は、日本でも「撮影にあたり動物には一切危害を加えていません」といった趣旨の文言がエンドロールに入っている映画が出てきています。そういう動きは是非、広がっていってほしいなと思いますね。

荻上 注意発信もしっかりしていく。そういった役割もメディアにはあるでしょうからね。

今夜はスタジオに『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇(朝日文庫)』の著者、太田匡彦さんをお迎えしてお送りしました。太田さん本当にありがとうございました。

太田 ありがとうございました。

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サムネイル「won’t you please let me into the coffee shop? i think i see a crumb over there…」Christopher Michel

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プロフィール

太田匡彦メディアラボ主査

1976年東京都生まれ。同業他社を経て2001年、朝日新聞社入社。経済部記者として流通業界などの取材を担当。AERA編集部記者を経て14年からメディアラボ主査。著作に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』(朝日新聞出版)がある。

この執筆者の記事

荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

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