在日韓国・朝鮮人の戦後史――「特別永住資格」の歴史的経緯とは

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「帰化」を巡って

 

荻上 次は、帰化についてお話を伺いたいと思います。「嫌なら、帰化すればいいじゃん」という意見もよく聞かれます。どう思われますか。

 

 他のマイノリティと比べた場合、在日朝鮮人の特徴は2つあると思います。一つは、朝鮮半島に母国があること。もう一つは、日本という旧宗主国に住んでいることです。

 

確かに日本の場合、制度的に血統主義で日本国籍が出生によって取得出来ないという背景も勿論あります。ですが、同時に朝鮮人側の主体的な意見として、解放後長らく、自分たちは新しい国の国籍を取りたい、それを認めて欲しいと願う人が多かったのです。ただ、同時に植民地期に無理矢理拡大された日本と朝鮮をまたぐ生活圏があって、その中で自分たちの在留権はしっかり保障したいという要求があった。在日朝鮮人運動の基本的な主張はこうしたものでした。なので、自国の国籍をちゃんと守っていきたい、同時に在留権を保証したいという動きが存在したと言えます。

 

荻上 なるほど。ここでメールを紹介します。

 

『外国人が帰化するのはすごいハードルの高い事なんでしょうか。また例えば総連や民団などその在日社会のコミュニティがそれを許さないんでしょうか』

 

 統計的に見ると、ここ十何年の帰化許可者数は増えています。また、「総連や民団が帰化した人を許さない」というのは誤解があります。両者とも日本国籍を持っている人をメンバーとして認めています。むしろ日本国籍でありながら、自らが朝鮮民族であることを示そうとすることへの日本社会の無理解や抑圧こそが問題ではないでしょうか。

 

これは日本国籍者に限ったことではありませんが、自分が朝鮮人であること、あるいはルーツが朝鮮民族にもあることを公然と示すことは、いまの日本社会では相当な覚悟がいると思います。

 

田中 帰化については、色んなことが秘密になっている点もが問題だと思っています。

 

例えば帰化要件の中に「素行が善良であること」って法律に書いてあるんですよ。ですが、素行が善良かどうかって、どう決めるんでしょう(笑)。この明確な定義は秘密にされているんです。例えば、交通違反で切符切られたらのも「素行が悪い」ってことになってしまうのか。

 

帰化申請書類を見ると、記入例ひな形に、交通違反で切符を切られた回数も書いてあるんです。ぼくは、車に乗らないからよく知りませんが、申請するときに細かい回数まで覚えていない人も多いでしょう。「この野郎5回もやってるのに、1回としか申請してない」となる可能性もある。

 

荻上 5回なら覚えてそうですが(笑)。透明性が担保されていないから、「素行が善良」が何を指すのか分かっていないということですね。

 

田中 それから、「独立の生計を営む」ことも要条件に入っています。だったら、年収どれくらいとか、もっと明らかにすべきだと私は思うんです。だけれども、帰化については全く議論がなされていません。

 

荻上 制度として透明性があるとは言えないんですね。その中で帰化が個人の選択だと言われても、実情とはかけ離れている。

 

 いまの日本では在日朝鮮人の「母国の国籍への権利」が充分に保障されていません。日本は「韓国併合」、朝鮮植民地化によって、とりわけ朝鮮の民族自決権を蹂躙してきました。なので、戦後において、在日朝鮮人が母国の国籍を取得して朝鮮民族の一員として生きる権利、そして安定的に日本に在留する権利を「特別」に配慮して尊重する歴史的責任が日本政府にはあると私は思います。

 

それにも関わらず、戦後日本がやってきた事は正に真逆だったわけです。いきなり日本の法律上は「外国人」だということにしましたが、他方で母国の国籍は認めない。しかも在留権は極めて不安定な状態にすると、文句を言うなら帰化しろと。

 

在日朝鮮人自身がどういった生活実態にあってどういう在留を求めているのか、どういう母国との関係を求めているのか一切無関係です。国籍問題を語る時に、こうした歴史的責任が議論される事が少ないので、強調しておきたいと思います。

 

田中 帰化すれば、全部解決するというのは基本的に間違っていると思うんです。例えば、ある時期まで日本では、外国人は公営住宅に入れない、児童手当はもらえない、国民年金も入れない。全部国籍で差別していたんですよ。

 

朝鮮人は、1952年に一方的に「今日からあなた外国人」と言われてしまった。そうして今度は「あんたいつまで外国人やってるの? 早く帰化したらいいのに」となる。日本側には何の問題もない、帰化しないほうに問題がある。それはないだろうというのが率直な感想ですね。

 

 

共に生きる

 

田中 外国人として生きていくと決めたとしても、日本は外国人として育つためには厳しい環境です。2014年の8月末に出た国連の人種差別撤廃委員会の勧告の中にも朝鮮学校差別の問題が出てきます。

 

朝鮮学校は自分の民族の言葉や文化を継承する教育をやっている機関です。「少数民族の権利を保護する」とのは国際条約にありますが、朝鮮学校差別は、日本がはその権利れを認めないことを意味し動きがあります。

 

たとえば、高校無償化から朝鮮学校だけを外している。自治体によっては朝鮮学校への補助金を止めている所も出ている。そこに関しても国連から指摘されています。外国人にしておいて外国人として生きる事は認めない、というこの矛盾は、意外と指摘されていないんですよ

荻上 ルーツを重要視しながら、国籍とはまた別の仕方で、しかし住人として共に暮らしていく在り方を探っていく必要があるんですね。

 

田中 OECD加盟国で地方参政権を全く認めないのは日本だけですしね。非常に閉ざされていると思います。

 

 今回、橋下さんは「特別扱いすることは、かえって差別を生む」という趣旨の発言をしていました。驚くべき発言です。こういう議論が成り立つならば排外主義団体は騒げば騒ぐほど得をするわけですよ。取り上げてもらえるわけですから。

 

荻上 自分たちが騒ぐ理由に注目してくれる。行政のトップが、「会談(?)」によって、ヘイト活動に「成果」を与えた形になりました。

 

 不正義や加害行為そのものを批判し、無くすのではなく、彼らが問題視する在日朝鮮人の権利そのものを消滅させてしまえば文句も言わなくなるだろう、じゃあ言う事聞こうと。こう主張しているわけです。全く倒錯した議論で、非常に問題だと思います。

 

荻上 そうした社会状況の中で、帰化して「日本人」になるのか、「外国人」でいるのか、と一方的に選択させるような議論になっているのですね。その背景の歴史的経緯も知られていない。そもそも、様々なルーツを持つ人の権利を認めていくという発想が、日本ではリアリティを持って受け取られていない。

 

だから、ヘイトスピーチも含めた発言が、わりと違和感なく浸透していく土壌があるのでしょう。恐らくこれから国政レベルでも、「帰化するの、しないの?」と選択を迫るような提案が出される可能性もあります。その時にはまた、番組でも取り扱っていきたいと思いました。

 

スタジオには一橋大学名誉教授の田中宏さん、そして在日朝鮮人の歴史がご専門、明治学院大学教養教育センター准教授の鄭栄桓さんとお送りしました、ありがとうございました。

 

 

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