「良い作品を作ろう!」主義がもたらす弊害――日本のアニメはブラック業界

新人育成計画「アニメミライ」の顛末

 

「アニメミライ」をご存知だろうか。毎年、文化庁の予算で新人アニメーター中心のスタッフを編成して短編アニメを作らせることで新人育成の背中を押す企画だ。各スタジオが企画案と新人スタッフを提案して四社が選ばれ、完成した作品は「アニメミライ」という催しへの出品作として世に送り出される。

 

この企画はセンター構想破綻後にジャニカ(の監事に就任した弁護士)の手で文化庁に提案され、回りだしたものだ。

 

その作品企画募集要項がネットで今でも読めるので拝見すると、「新人育成計画」を謳ってはいるが、本当の狙いは「賃金体系の確立」であることがわかる。

 

2009年に公表されたアニメ労働者労働実態調査(先々月公表の報告書はこれの第二段だ)を踏まえて、都内で新人が暮らしていくには最低限必要な月収を算定し、それをもとに賃金を文化庁が保証して短編アニメを作らせる。

 

「ほんの少し賃金を増やしてあげるだけで、この高品質で面白いアニメが作れるし、しかも見違えるように新人たちの腕が磨かれるのですよ」と毎年アピールしていけば、スタジオ経営陣(の団体)も現実的な枠内でアニメ労働者に支払う額を増やす気になってくれるのではないか、というわけだ。

 

だがそうはならなかった。結局は、先に論じた「良い作品を作ろう!」主義に昇華されてしまって、今までより改善された賃金体系の模索と確立という動きにはおよそ至らなかった[※3]。

 

[※3]アニメ制作のデジタル化によって、色塗り等の作業効率が格段に良くなったためこの職種の者の収入が増えた一方、デジタル対応の作画を要求されるアニメーターは作業能率が下がって収入が減るという事態を是正するためにも賃金(というか報酬)体系の再編が急務とされた。一枚いくら一カットいくらの報酬制度なので、作業能率の変化はアニメ労働者にとって死活問題だった。

 

アニメライターたちが「アニメミライ」の宣伝にも駆りだされたが、労働環境問題にもともと関心がない人種だったこともあって、やはり「良い作品を作ろう!」に収れんしてしまうのだった。

 

そして昨年(2014年)、「アニメミライ」はジャニカではなく日本動画協会にさらわれてしまった。もともと文化庁の事業であり、新人の育成が狙いだというのならアニメスタジオの連合的団体で、大掛かりなアニメイヴェントを毎年手がけている日本動画協会に委ねた方が自然という文化庁側の判断であった。

 

この協会はアニメスタジオ経営者の団体である以上、賃金の改善というテーマは後回しにされてしまう。事実、同協会の手に移ってからの「アニメミライ」実施要項からは賃金体系改善の話題は見事に消されてしまっているのである。[※4]

 

[※4]賃金の問題にくわえ、中堅~ベテランが新人によるできのよろしくない仕事の補正作業で時間を取られてしまうという問題がある。同情はするが「ならばそれなりに教育された人間でないと入れないような仕組みをなぜ業界全体で作ろうとしなかったのか?」と問われたとき、きちんと答えられる者が業界内にどれだけいるだろう。私が日本のアニメをブラック業界と断ずるのは、こうした外部からの素朴な疑問に答える努力を怠ったまま何十年もまわっている現実についてでもある。

 

 

自衛隊が「軍」ではないように

 

ジャニカは結局、自衛隊なのだ。日本は敗戦の衝撃から、戦争そのものを絶対悪とすることで自分たちの「戦争責任」をとりあえず免罪する(先に触れた東宝争議に通じる)思想を育み、ついには軍事力を持たないことを憲法で宣言した。しかしながら軍事力のない独立国家なぞそもそもありえないという冷厳たる現実を前に、このガラパゴスな「平和国家」思想は揺らいだ。そこで「軍」ではなく「隊」として「防衛力」を認めることにした。それが自衛隊である。

 

日本のアニメの世界で労働組合がどう生まれ、やがて衰退していったのかはすでに述べたとおりだ。もしジャニカを労働組合として発足させても自滅することは目に見えていた。それで「一般社団法人」として存続しているのだ。労働組合ではありませんよ、と。

 

だが本当にアニメの労働環境問題を是正したいのであれば、拙訳『ミッキーマウスのストライキ!アメリカアニメ労働運動100年史』で活写されているように、雇う側/雇われる側が定期的に押し合いへし合いしながら折り合い線を探っていくしかないはずだ。海外への作業発注についてもだ。[※5]

 

[※5]ちなみにある統計調査によると、テレビアニメの年間総制作分数は2000年から2012年のあいだに40%近く増えている。「製作」と「制作」を分離するやり方によって「制作」に一方的しわ寄せが来て、それが海外下請けをさらに加速させているようだ。

 

そしてその手すら日本の商業アニメ界ではとうの昔に「去勢」されていることは、ここまでこの小論を読んでいただければ、もはや繰り返し念押しするまでもない事実だとおわかりいただけるだろう。[※6]

 

[※6]脚注1参照。

 

 

日本の特異な雇用システムがアニメ労働者を追い詰めた

 

それにしても離職率90%という想像を絶する急坂を駆けあがって、とりあえず食べていけるようになり、やがて中堅やベテラン、それも「勝ち組」になると、今度はなぜ「新人たちが苦しんでいる」と世にアピールするわりには「それでもかけがえのない夢がある仕事です」とか「あきらめずに続けていればちゃんと幸せに生きていけます」とか必ず補足をしたがるのだろう。

 

ここには日本の雇用システムの裏メカニズムが働いている。

 

むろん業種や職種や業界によって違うのだが、日本では概して雇う側は個々の就職希望者がどこの学校の生徒であるかには強い関心を示すけれど、その志望者の個性とか学校での成績にはあまり関心がない。それどころか「学校で学んだことを社会で生かしたい」と面接試験で口にすると確実に落とされるとまでいわれている。

 

日本において雇う側は、とにかく柔軟性と協調性がある若者を手に入れて、あとは自分たちの手で使える兵隊に育てればいいと考えている。この仕組みが世界でいかに特異であるかは、この分野の研究の第一人者である濱口桂一郎の著作にあたれば理解できるだろう。それはすなわち、日本では転職とは格落ちと見なされることを意味する。

 

そういう労働市場メカニズムにおいては、「アニメ業界はブラックと気が付いたから転職しよう」と考えても実行が難しい。いや若いうちならまだそれも可能だとしても(だからこそ入って三年間での離職率が90%と異常に高率なのだ!)、歯を食いしばって生き残り、やがてご指名で仕事が入るぐらいになっている頃にはもう30を越しているから、もはや転職が効かない。自分が選んだ道だからとこのブラック業界を生きていくことになる。そのうえ、歳を重ねれば経験も蓄積される一方で体力の衰えも待ち構えるため、歩合制でまわるこの世界は改めて辛いものとなる。

 

先月公表された労働実態調査報告書の後半を占める、アニメ労働者たちの阿鼻叫喚の正体がこれなのである。

 

その一方で、90%が三年で挫折するとわかっていても「この仕事は夢がある」とか「20代で頭角を現す者だって何人もいる」とか呼びかけるのが、数少ない「勝ち組」の人びとだ。年金制度と同じで、若者がたくさん入ってこなければ自分の生活が成り立たなくなってしまうからだ。

 

「自分たちが降りるまでバスを走らせようと必死なようにしか見えんのだけど」とツッコミをされて、言い返せる者が果たして何人いるだろう。

 

なかには「海外に仕事が流出するから新人への賃金が減っているのだ」と悪あがきの理屈をこねて自分たちを免責する向きもあるようだが、正しくは「国内の新人を信じがたい低賃金で働かせてもなお業界全体で労働力が足りないから海外に依存している」であろう。

 

因果関係をすり替えてはいけない。

 

 

結び・「ダダをこねるない いいかげんにしろっ」(ブラックジャック)

 

まことに救いのない話である。ブラック企業なら法律を盾に叩くことができるのに、業界ぐるみのブラックとなると法律でも手を出せないのだ。

 

そのうえ今まで診察・診断もろくになされてこなかった。なぜならそういう学問がアニメについては存在していないからだ。アニメ学、アニメ研究と称する書籍や論文をいくつも拝見したものの、「アニメ労働環境論」というジャンルそのものがないのである。

 

だからこそ「治療法を提示しろ」と言われても出しようがない――と突き放してしまっては論がうまく締まらないので、アニメーター出身のあるアニメ監督のブログにある逸話を紹介しつつ、それに論評をくわえることで、見えない明日を探ってみよう。

 

今から5~6年前に私は新人アニメーターの困窮する現状を見かねて、関東経済産業局に現状改善の相談に行った事があります。

 

一枚200円の動画単価を続けてはアニメーターの新人は育たず、日本のアニメ界は遠くない将来、国際競争力どころか制作力自体を失ってしまう。「行政指導による最低賃金を保証する方法は無いものか?」と訴えたのでした。

 

しかし、担当の方から返ってきた答えは、

「なぜ、そんなに低い労働単価なのに皆さん仕事を請けるのですか?」と言う、扱くシンプルな疑問でした。

 

「一枚1~5円の袋貼りやネジの仕分け梱包作業の単価が適正か?適正でないか?それはその金額で請け負う人が居るか居ないかで我々は判断します。その金額で受ける人が居るのであれば、それは適正価格なのではないですか?」

と聞かれたのです。

 

「アニメの場合は袋貼りの内職とは中身が違って…」と仕事の質や業界においての新人アニメーターの意味を懸命に説明したのですが

「では、なぜ会社や業界が自ら新人を育てないのか?」と続いたのです。

 

確かに、この業界に関係の無い立場から見たら、まったく理解出来ない事が平然とまかり通っているのがアニメ業界の現状です。

 

これを読んだとき、ああ臓器移植の問題と同じだと思った。日本国内だと法律の規制が厳しいこともあって望みの臓器が手に入らない。そこで海外に飛んで、臓器を買う。現地の病院で取り換えてもらう。帰国してしばらくは健康に暮らす。ところが年を経てまた具合が悪くなる。日本国内の病院に駆け込む。「何とかしてください」 病院は困ってしまう。「どなたの臓器を使ったのですか」「知りません」「どういう医者に手術してもらったのですか」「わかりません」「手術のカルテは」「ありません」

 

「先生何とかしてください」「履歴もわからんのに治せるか!」

 

もし治療を望むのであれば、自分たちの業界が腐っていった過程を履歴にまとめる作業から始めるべきではないか。法律の網の目をかいくぐって、アニメに憧れる若者の臓器をいくつもいくつも手に入れて交換して生きながらえてきた、妖怪の半生を「歴史」として語るのである。

 

それは痛みをともない、血を流す作業となるだろう。自分たちでできないのであれば、外部の人間にメスを委ねるしかあるまい。そしてここでいう外部の人間とは、深夜アニメを録画してネット上で論評し合うマニア層でもなければ、『サザエさん』しか普段見ないようなごくありふれた人々でもない。日本のアニメ界で働いてみて「ここは違法操業の巣窟だ」と喝破した外国人アニメーターに連なる人々のことなのは、いまさらいうまでもない。少なくとも私の論を読んで「アニメ業界に問題が有るとは、私も思ってはいるが、この評論は評価に値しない」などと感情的反発を続けるかぎりは、明日はけっしてやってこないと思うのだが。

 

 

追記

 

アニメーション制作者 実態調査報告書 2015」の公開後、調査元の団体に私から二つの企画を提案した。

 

ひとつは、アメリカのアニメ界で使われているユニオン(組合)協約書の全訳とウェブ公開。プロ野球で現在使われている野球協定は、実は敗戦後にアメリカのメジャーリーグの協定書を翻訳・研究して生まれたものである。アメリカアニメ界の労働研究の第一歩として、ユニオン協約書の和訳は意義があると考えたのだが却下された。

 

もうひとつは日本のアニメ労働者の人口調査。あの調査報告書に欠けているのが業界全体での人口統計概算なので、それを補う必要があると考えた。

 

とりあえず週およそ90本放映されている新作(『サザエさん』も含む)アニメのOP、EDから期間限定で名簿を起こしていけば、職種別人口の割合が概算できるし、それを足掛かりにさらにいろいろ興味深い研究が可能になると提案したのだが、これも却下された。最高10万円の助成金がおりる制度が同団体にあるので、それに着目したのだが……

 

そこでOP、ED調査は私個人のプロジェクトとして試みることにした。むろんひとりでは不可能なので、名古屋の南山大学アニメゲーム研究会との共同研究として準備中である。同種の調査を連続的に行っているアニメ研究者チームならすでに存在するのだが、そのデータは公開されておらず、それに人口調査に応用する試みは現在行われていないらしい。

 

SETIをご存知だろうか。Search for Extra-Terrestrial Intelligence(地球外知的生命体探査)。宇宙から降り注ぐ電波を受信し、異星人からの信号を探す大がかりなプロジェクトだ。

 

 

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信号解析用のスーパーコンピュータをそろえる予算がないので、世界中の個人用パソコンを、使用者が使っていない時間帯に絞って使わせてもらうことで現在も続行している。

 

「電波データと解析用ソフトを無料提供するのでお手元のパソコンにインストールしていただければ、後は自動的に解析を行い結果はSETI本部に自動送信される。もし異星人の信号と判明したら、発見したパソコンの所有者の名は不滅のものとなる」とのことだ。

 

同じことを、自動ではなく人力入力だがアニメ研究で行えないか、と考えている。

 

とりわけ大学のアニメ研究会の皆さんに期待している。この試みに興味がある方は、どうか私のツイッターブログ宛にご連絡ください。

 

 

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