尊厳死法案の問題点 ―― 法律家の立場から

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今、医師と患者が尊厳死を選択することを保障する法律が国会に提出されようとしています。「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(以下、「尊厳死法案」といいます。)」です。この法案の是非をめぐり、日本尊厳死協会、障害当事者、難病患者、宗教界、法曹界などで激しく議論が交わされています。ただ、この議論が広く一般化されているかというと、必ずしもそうではないように思います。

 

「生命」を左右する法律であるにもかかわらず、ほとんど注目されずにその採否が決定されてしまうのは、法案の是非にかかわらず問題でしょう。そこで、現在の議論状況を整理した上で、主に法律的な見地から、この法案がどうあるべきなのかについて考えてみたいと思います。

 

 

尊厳死法案に関する議論の争点整理

 

1 尊厳死法案とは

 

まず、「尊厳死」とは、不治の病で死期が迫っている時に、延命治療を拒否し、自然死を選ぶことです。一番イメージしやすいのは、自発呼吸のない人において、人工呼吸器の装着をしない(延命治療の不開始)、装着している呼吸器のスイッチを切る(延命治療の中止)などの行為です。

 

では、なぜ尊厳死が法制化されようとしているのでしょう。

 

これまで、末期患者の人工呼吸器を医師の手で取り外すという行為は、患者本人や家族の同意のもとで行われてきました。ただ、尊厳死を選択するとは、生命の帰趨を決定する行為であること、その運用方法の統一的基準が存在しなかったことなどから、その過程で医師が民事・刑事両面で責任を問われることも何度かありました。このため、尊厳死を支持する人々(主に日本尊厳死協会)は、尊厳死のルール化、法制化を長く求めてきていました。

 

2007年には、尊厳死を選択する際の最低限のルールとして、厚労省が「終末期医療の決定プロセスに関する指針」というガイドライン(以下、「厚労省ガイドライン」といいます)を発表しました。法律という形式ではないにせよ、これにより尊厳死を選択する際の手続きが明確化され、今に至っています。

 

現在、国会に提案されようとしている法案の内容は、大要次のようなものです。

 

 

《尊厳死法案の内容》

(1)行いうるすべての適切な医療上の措置(栄養補給の処置その他の生命を維持するための措置を含む。)を受けた場合であっても、回復の可能性がなく、かつ、死期が間近である(これを「終末期」といいます。)と判定された患者について、

(2)患者本人が尊厳死を希望するという意思を文書で表示している場合に、

(3)医師は、単に当該患者の生存期間の延長を目的とする医療上の措置(これを「延命措置」といいます。)を中止したり、新たな延命措置をしないことができる。

(4)この法律に基づいて延命措置の中止などをした場合は、民事上、刑事上の責任を問えない。

 およそこのような内容+αのことを、13箇条で定めている、比較的簡単な作りの法律です。

 

 

2 問題点

 

大変重要なことを、13箇条の条文で決めているので、全体的にやや大雑把な感触は否めません。事前に、延命措置を希望しない意思を表明する文書(これを「リビングウィル」といいます。)さえ作成しておけば、現場の複数名の医師の裁量で終末期に入ったと判定され、延命措置をすることなく最期を迎える、ということになりそうです。このため、現在の法律案がそのまま成立した場合、大小多くの問題が発生すると考えられます。ここでは、紙幅の都合上、重要と思われる3点について検討します。【次ページにつづく】

 

 

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