関東大震災・朝鮮人虐殺は「正当防衛」ではない 工藤美代子著『関東大震災――「朝鮮人虐殺」の真実』への批判

朝鮮人暴動を捏造した司法省発表を踏襲する工藤の著書

 

韓国強制併合一〇〇年を迎えて日本の植民地支配責任を真剣に考え、これを清算しようとする動きが展開されている。しかしこの時期に、これとまったく逆行して日本の植民地支配責任を全面的に否認する動きがある。その一つの現われが工藤美代子著『関東大震災――「朝鮮人虐殺」の真実』(産経新聞出版、二〇〇九年)である。(注1)

 

(注1)同書は、小学館から発行されている雑誌『SAPIO』二〇〇八年五月一四日号から二〇〇九年七月二二日号に「関東大震災〝朝鮮人虐殺″の真実」と題して連載した原稿に加筆・訂正したものである。

 

彼女は同書で、これまで「震災に乗じて朝鮮の民族独立運動家たちが計画していた不穏な行動は、やがて事実のかけらもない『流言蜚語』であるかのように伝えられてきた」が(同書、八頁。以下同書からの引用は頁数のみ記す)、しかし「噂ではないのだ。実際に放火や殺人、強姦事件が震災発生直後に起こったのである。自己防衛の正当性が認められねばならない」と述べ(九〇頁)、これまでの関東大震災発生時の朝鮮人虐殺事件研究を全面的に否認した。

 

一九二三年一〇月二〇日に司法省は朝鮮人の犯罪があったと、次のように言明した。

 

「今その筋の調査した所によれば、一般鮮人は概して不良であると認められるが、一部不逞鮮人の輩があって幾多の犯罪を敢行し、その事実喧伝せらるるに至った結果、変災に因って人心不安の折から恐怖と興奮の極、往々にして無辜の鮮人、または内地人を不逞鮮人と誤って自衛の意味を以て危害を加えた事犯を生じた……」(注2)

 

(注2)『国民新聞』一九二三年一〇月二一日付

 

実際に朝鮮人暴動があったという彼女の見解は、事件後間もない時期に発表された右の司法省の見解と同じである。

 

私は二〇〇三年に著した拙著『関東大震災時の朝鮮人虐殺――その国家責任と民衆責任』(創史社。以下すべて同書を拙著と記す)で朝鮮人の犯罪・暴行が存在したと認定する司法省の調査所を綿密に検討して、それが朝鮮人の犯罪・暴行を証明するに足る確証が欠けていることを論証した。

 

しかし彼女は、拙著での結論の裏づけとなる論証をまったく検討もせずに、拙著を「虐殺宣伝の資料」と罵倒した(二二五頁)。史料に基づく私の論証をまったく検討もせずに拙著を「虐殺宣伝の資料」と判定するのは、研究者が取るべき作法ではない。

 

彼女の朝鮮人に対する見方も、朝鮮人を「一部不逞鮮人」と「純粋な一般鮮人」に分類する司法省をはじめとする当時の官憲の態度と同じく、朝鮮人を日本国家に反抗するテロリストと「大多数の健全な朝鮮人」に分類する(九五頁)。彼女は日本の植民地支配に服従した朝鮮人を「健全」と今日も見なすのである。

 

その原因は、彼女が、日本は「李朝近代化への経済投資を惜しまなかった」(七〇頁)とか、韓国併合条約は「国家同士の国際条約にのっとった平和裏の調印だった」(七一頁)として朝鮮に対する日本の武力侵略を認めず、朝鮮に対する日本の植民地支配を今日も肯定するからである。

 

 

朝鮮人暴動は実際に存在したのか――事件の発端から司法省の捏造までの経過

 

関東大震災が起こったのは、一九二三年九月一日午前一一時五八分。東京市内、その他で、この日夕方早くも警察官が朝鮮人が殺人や放火をしたと触れ回った。二日夕方には、埼玉県内務部長は、内務省から帰って来た地方課長がもたらした内務省の指令に基づいて郡役所経由で県下町村に東京で起こった朝鮮人と社会主義者の暴動に対処して自警団を組織し、一朝有事の場合に備えろとの指令を電話で伝達する処置を取った。

 

三日午前八時一五分には、船橋海軍無線電信送信所から朝鮮人が東京市内で爆弾を持って放火するものがあるので各地でも朝鮮人の行動を取り締まれとの地方長官宛の内務省警保局長の電文が送られた(拙著、七七~八三頁)。

 

朝鮮人が暴動を起こしたという官憲の誤認情報の布告は、同時に行われた戒厳令の布告と相俟ってナショナリスティックな多数の民衆の朝鮮人虐殺を頻発させた。

 

ところで、工藤は関東大震災時に朝鮮人が実際に暴動を起こした証拠として朝鮮人が放火したとか、日本人を殺害したという九月二日から六日頃の『大阪朝日新聞』、『東京日日新聞』、『河北新聞』等の記事を挙げる(一一四~一一七頁。一二〇~一二五頁)。ところが、この朝鮮人暴動の認定に対する疑惑が、早くも九月二日、三日以降、軍隊や官憲内部に発生した。

 

東京南部の警戒に当った第一師団の報告によると、二日「午後五時頃より品川、目黒、池尻、渋谷各方面より不逞鮮人多摩川を渡河して来襲するの報」があり、同じく午後「品川、恵比寿停車場方面の町村長より同様なる頻次の報告」があるので、斥候や小隊を派遣したが、「総て虚報」だったことが判明した(注3)。

 

(注3)東京市役所編・刊『東京震災録』前輯、一九二六年、二九二頁

 

三日には、第一師団長は集まった在京各団体長宛の訓辞で、「不逞鮮人の動作」に関して「計画的に不逞の行動をなさんとするが如き形勢を認めず」と述べた。(注4)また同師団は、「鮮人暴動」説がことに甚だしい東京西南隣接町村に警備軍隊を派遣したが、「徒党せる鮮人の暴行はこれを認めざるを以て」、三日早朝にそれが流言に過ぎないことを明らかにした宣伝文を市内に貼った(注5)。

 

(注4)東京市役所編・刊、前掲書、三〇三頁

(注5)東京市役所編・刊、前掲書、三〇五頁

 

八日のことと思われるが、東京地方裁判所検事正南谷智梯は、次のように朝鮮人暴動の存在を否認する見解を発表した。

 

「今回の大震災に際し、不逞鮮人が跋扈しつつありとの風説に対して、当局に於ても相当警戒調査しているが、右は流言蜚語が行われているのみである。七日夕刻まで左様な事実は絶対にない。もちろん鮮人の中には不良の徒もあるから、警察署に検束し、厳重取調を行っているが、或は多少の窃盗罪その他の犯罪人を出すかも知れないが、流言のような犯罪は絶対にないことと信ずる(注6)」

 

(注6)『日刊新秋田』一九二三年九月一〇日付

 

この南谷の発言を報道した『日刊新秋田』以外の新聞は、九月九日付『東奥日報』『いはらき』『下野新聞』『新潟毎日新聞』、同月九日付夕刊の『函館新聞』『函館日日新聞』、同月一〇日付『北海タイムス』であって、東京で発行された新聞には一切報じられていない。南谷の見解は官憲の中枢部にとって都合が悪いので、東京では報道が差し押さえられたのかもしれない。

 

ともあれ、朝鮮人暴動を認定する見解と否認する見解が軍隊・官憲内部で起こった。そこで官憲内部で見解の調整・統一の必要が起こり、五日に臨時震災救護事務局警備部に各方面の官憲が集まって「鮮人問題に関して外部に対する官憲の取るべき態度」を合議、決定した。

 

決定した第一の事項は、「朝鮮人の暴行又は暴行せむとしたる事例は多少ありたるも、今日全然危険なし」と発表することだった。官憲が朝鮮人暴動を事実と認定した結果、お上の権威つき情報を信じこんだ民衆が軍隊や警察と共に朝鮮人虐殺に加担する事態が起こってしまった以上、いまさら朝鮮人暴動はなかったとは言えず、多少はあったと発表することに決めた。

 

第二に、この発表の辻褄を合わせるために、「朝鮮人の暴行又は暴行せむとしたる事実を極力捜査し、肯定すること」にした。第三に、そのために「風説を徹底的に取調べ、これを事実として出来る限り肯定することに努むること」が決定された。(注7)

 

(注7)姜徳相、琴秉洞編・解説『現代史資料6 関東大震災と朝鮮人』みすず書房、一九六三年、七九~八〇頁

 

工藤は、前述のように九月二日から六日までの新聞記事により、「朝鮮人の襲撃事件は実際にあった」と力説する。しかし、九月五日に各方面の官憲が集まって、朝鮮人問題に対して官憲の統一方針を合議、決定した右の状況を見れば、この日になっても官憲は朝鮮人暴動の確証を持っておらず、新聞に報じられた朝鮮人暴動情報を朝鮮人暴動の確証とするに足るものと見ていなかったことが判明する。だからこそ官憲は焦って朝鮮人暴動の確証をこれから捜そうと申し合わせたのである。

 

その後の官憲の動向を見ると、前述のように一〇月二〇日に司法省は朝鮮人の犯罪なるものを発表した。司法省が朝鮮人の犯罪と称するものを内容別に分類整理したのが、「[表]司法省調査による関東大震災時の朝鮮人犯罪」である。これにより司法省が言うところの朝鮮人の犯罪の実態を分析すれば、次のようである。

 

 

ぐらふ

 

 

(1)表中の1、2、3の欄に属する者は、氏名または所在が不明の者、および氏名は判明しても逃亡または死亡している者などで、犯罪の確証は残されていない者たちである。その人数は約一二〇名で、それは司法省によって犯罪人とされた朝鮮人総数一四〇名の約八六%にも達する。

 

(2)4の欄に属する三件は、取調べ、予審、公判の最中であって判決を受けていない者であるから、容疑者であっても、少なくとも法的には犯人ではない。法を司ることを任務とする司法省が、法を無視して判決を受けていない容疑者を犯罪人と決め付けた処置は、何が何でも犯罪人を捏造しようという姿勢を示すものであり、驚くべきことである。

 

しかもこの調査書では予審中だった呉海摸は、一一月三日に東京地裁から爆発物所持の理由で懲役一年の判決言渡しを受けたが、爆発物と暴動の関係は証拠不十分とされた(注8)。したがって呉を爆発物を利用して暴動を起こした犯罪人と判定できない。

 

(注8)『東京朝日新聞』一九二三年一一月三日付夕刊

 

(3)5の欄に属する者は窃盗、横領、贓物(窃盗物)運搬の罪を犯した者で氏名も判明しているから、これは事実行われた犯罪であろう。この件数は一五件である。東京区裁判所が一九二三年九月一日から一一月三〇日までに受け付けた窃盗の数は四四〇四件だった(注9)。

 

(注9)『法律新聞』一九二三年一二月二五日

 

これは地震と火災のために衣食に窮した結果、多発した犯罪であろう。朝鮮人の窃盗、横領、贓物運搬も同様な原因から生じたものであろうから、これには政治性はない。朝鮮人の犯罪で確実にあったと見られるのはこの程度のものであって、「多少の窃盗罪その他の犯罪人を出すかも知れないが、流言のような犯罪は絶対にない」と、在日朝鮮人の動向を判断した南谷検事正の見解は正しかった。

 

以上検討したように、司法省調査すら朝鮮人の政治的犯罪を確証する裏づけを欠く。これは朝鮮人虐殺の国家責任を隠すために、官憲が苦心して捏造した朝鮮人の犯罪であろう。

 

ともあれ、官憲すら信用しなかった新聞記事に現われた朝鮮人暴動の記事によって朝鮮人暴動の実在を主張する工藤の見解は、無理を極めたものと言わざるを得ない。【次ページにつづく】

 

 

 

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