『天空の蜂』――核・原子力、自衛隊……日本の2大テーマに挑む、エンタメ映画の可能性

開沼 映画を紹介するサイトで「禁断の反原発映画」みたいな煽り文句とともに紹介されているのも見ましたが、言うまでもなく反原発か原発推進かという単純化された話ではない。

 

原発をとりまくリスクや社会構造が、非常に面白いエピソードとともに語られている。事故があったら大騒ぎをする。事故がなくてもセンセーショナルな社会運動が、様々な波紋を呼んでいることがある。そういった細かい部分がかなり網羅的に描かれている。

 

たとえば、原子力産業で働いている家の子がいじめられ、自殺する話が出てくる。あれはフィクションで、もちろん大げさだと見る人もいるでしょうが、現に行き過ぎた正義感が、現場を踏み荒らし弱い立場にある人を傷つけ、この問題をより困難にしている側面はある。

 

松本 現場の人たちが一番大変であることを描いていますよね。最終的に、全然思想を持っていない人が犠牲になった。

 

開沼 かわいそうな人が犠牲になりましたね。

 

松本 そうそう。よりによってこの人なんだ……って思いました。強固な思想や信念を持っていない人にしわ寄せがきてしまう。それは、子どもだったり現場の人だったりする。

 

電力会社の息子がいじめられるように、社会の側が良かれと思って形成されていった世論のなかで追い詰められてしまう人々はたくさんいます。

 

実際に、福島でも電力会社の一般社員やその家族が肩身の狭い思いをしています。東電の社宅となっている集合住宅では、東電の看板を下ろし、建物名をわからなくしてありました。嫌がらせを受けることがあるのかもしれません。また、現場の後始末や復興を担う役場の人たちが猛烈なクレーム処理を行って、心身ともに疲弊している状況も続いています。

福島の原発事故当初の一番の犠牲者は、強制避難を強いられた人々だったかもしれません。けれど、その後、賠償金が出たり、住む場所が確保されたり、支援が集中したりと、解決する問題も出てきます。そうすると、時間が経つにつれて、「犠牲者」が「最弱者」でなくなり、弱者の移り変わり、多様化がはじまっていきます。

 

3.11以降の社会運動では、政府や東電を責め「悪の権化」と吊るし上げる風潮がありました。私も当初「東電が悪い!」と攻め立てるような気持ちでデモに参加したこともあります。ですが、4年間福島と関わる中でその考えが変わりましたし、反省させられました。そんな単純な話ではなかったことに気がついたのです。

 

社会運動を扱う映画の多くは、権力の不正を暴く形式が多いですよね。「弱者」に寄り添って物事を描こうとする。静かなトーンで描かれると、より深刻さが増したりして、見る人も、今まで知らなかった真実を知った気になり、正義の側に立てた気にすらなる。

 

ただ、「弱者」が移り変わることを考えると、いろんな角度から物事を考えなくてはならなくなる。正義が何かがわからなくなるんです。

 

この映画は、そういった権力を暴く社会派映画とは真逆です。それどころかアクションシーンもどんどん入っていて、すごくエンターテイメントに徹している。

 

開沼 印象的なシーンなんですが、事件が収束した瞬間、テレビの前の人が日常に戻るでしょ。それが明確に意識されて描写されていた。

 

警察やエンジニアのような大企業の幹部の中でことが進んでいく。周りはそこに関われませんが、かといって一方的な第三者でもない。少なくともその恩恵にあずかっていることも確かである。多くの人は加害者でもあり被害者でもある。

 

加害者であり被害者でもある多くの人たちが、こういった社会問題にどう関心を持ち続けられるのか、投げかけられている。それこそエンタメが担える役割なのかもしれませんね。

 

松本 押し付けがましい深刻なトーンで描かずに、一番届けたい人たちに届けたい形を取れる。エンターテイメントの可能性はすごくあるんじゃないかな。教養のある高尚なものを好む人は侮りがちですが、バカにしちゃいけないですよね。

 

なにを持って「いい作品」と言えるのか難しいですが、『天空の蜂』は社会に「あったほうがいい作品」なのかもしれません。

 

 

(c)2015「天空の蜂」製作委員会

(c)2015「天空の蜂」製作委員会

 

 

「いい作品」ってなに?

 

開沼 何をもって「いい作品」とするのか。『天空の蜂』は、原発と自衛隊という、簡単に押しつけがましいイデオロギーと結びつけることができるテーマを扱っているのに、まったく押しつけがましさがありませんでした。イデオロギーを主張するような作品ではなかった。

 

でも、「押しつけがましい」は「いい作品」の要素の一つになり得ます。世界で一番売れている本は聖書・聖典ですが、言ってしまえば、これは押しつけがましさの塊ですよね。善い行い、真なるものや美しいものは何か。何を着て何を食べたらいいのかというものまで示している。そうであるから、魅力的なのです。

 

ですが、現実はそんな単純に善か悪かで割り切れるものではありません。答えが出てこないあいまいさにあふれている。だからこそ豊かで面白い。答えを与えてくれない「おしつけがましくない」作品も「いい作品」と言えるのかもしれません。

 

松本 私は割と思想の強い家で育ったんですが、思想って答えがあるじゃないですか。なにかしら意見を持つことは私の家ですごく「いいこと」とされてきたんです。

 

でも、福島の取材をしていて感じたのは、世の中は複雑で、色んな人がいるという当たり前のことです。

 

原発だって、事故が起きて危険だと分かった。でもなかなかなくせない。それは原発立地地域の人たちが「権力に流されている」とか「保守的なしがらみがある」とか「勉強が足りない」からではないんです。複雑な状況がからみ合ってそれで生計を立ている人たちが多くいるからです。

 

そこで生きている人にも生活があって、産業は実際に必要だし、子どもを大学に行かせたいから給料が欲しい、とか色んな思いがあるでしょう。放射能や原発のことについても、一番にリスクを追う現地の住民の方は、東京にいる私達よりも、ずっとずっと勉強している。そういう人たちをイデオロギーで批判していいのかって思うんです。

 

本当は、慎重に考えたい問題なのに、踏み絵のように「どっちが正しいのか言え」と迫る状況があると思います。しかも、それを原発立地地域の人たちにより強く押し付けて、自分の考えと違っていたら厳しい目を向ける。

 

この映画は「原発」や「自衛隊」といったテーマを扱っていながら、主張がない。だから、モヤモヤする。でも、大事な問題なんだから、モヤモヤするのが当然なんです。私はちょっと映画をみて反省しましたよ。

 

開沼 社会派映画としてみたときに、反省させられる映画と、団結・連帯できる映画とがあるんです。『天空の蜂』は前者でしょうね。で、団結・連帯できないからモヤモヤ感がある。

 

 

(c)2015「天空の蜂」製作委員会

(c)2015「天空の蜂」製作委員会

 

 

エンタメ映画とゴニョゴニョ感

 

開沼 大衆向けエンタメ映画とインテリ向け教養映画に、あえて映画を分けるのであれば、前者の方が分かりやすくお決まりのパターンで、後者はスッキリせずにゴニョゴニョと最後まで分からないというイメージがあるかもしれません。

 

でも、最近はインテリ映画の方がスッキリして、主張を押し出すものになっているのかもしれない。むしろ、エンタメ映画の方がスッキリせずにゴニョゴニョしているものが増えていると思うんです。特に3・11以後、原発に関するものもそうでないものも、かなりの数の映画を見てくるなかでそういう感覚を持っています。

 

松本 ああ、よくわかります! ゴニョゴニョさせるからこそ、色んな人が観られる映画になっている。『天空の蜂』も社会派というだけの映画じゃないから、エンタメとして楽しみたい人も受け入れられる。

 

開沼 なぜそうなるかといえば、社会自体がゴニョゴニョしている。人の生き方が多様化し、社会の先行きが見えづらい中で、価値観が分かりづらくなって、微妙な空気の読み合いになっている。そこで、当初自明だった「エンタメ映画=正義・悪とか分かりやすい」VS「教養映画=色々あいまい」という構造の逆転が行われているのではないか。分かりやすい正義を大衆の方が受け入れられなくなっている。

 

当然ですが、大衆感覚の方が社会をリードしています。もし、この映画がヒットするのであれば、エンタメの中のゴニョゴニョ感に価値を見出している人が沢山いるのでしょう。

 

松本 エンタメは普段見ない人も見て欲しいですね。『天空の蜂』私は観て良かったです!

 

 

『天空の蜂』9月12日(土) 全国ロードショー

 

出演:江口洋介、本木雅弘、仲間由紀恵、綾野剛、柄本明、國村隼、石橋蓮司、佐藤二朗、向井理、光石研、竹中直人、やべきょうすけ、手塚とおる、永瀬匡、松島花、落合モトキ、石橋けい 他

監督:堤幸彦

原作:東野圭吾「天空の蜂」講談社文庫

主題歌:秦 基博「Q & A」(オーガスタレコード/アリオラジャパン)

脚本:楠野一郎

音楽:リチャード・プリン

配給:松竹

公式サイト:http://tenkunohachi.jp/

 

9月12日(土) 全国ロードショー

(c)2015「天空の蜂」製作委員会

 

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