災害下の外国人住民に適切な情報を――「やさしい日本語」の可能性

災下の外国人住民に情報を伝える

 

東日本大震災が起きたとき、被災外国人に避難や生活や復旧の情報が的確に伝わったかというと、阪神淡路大震災のときや新潟県中越地震のときとほぼ同じ状況にありました。とくに東日本大震災の場合、被災地に住む外国人の国籍は160カ国以上でした(※1)ので、情報をそれぞれの母語で得ることはありませんでした。

 

(※1)災害救助法適用市町村の外国人登録者数について(法務省)

 

正確に言うと、英語や中国語や韓国・朝鮮語では伝えたのですが、刻々と変わる情報をそれらであってさえ逐一伝えることはできなかったということです。たとえばその市の担当課に英語の専門職員がいたとして、被災下での外国語対応は、限られた通訳者たちの能力を超えてしまいました。発災直後から外国人住民の安否確認や被災状況の収集に就いてきた彼らですが、さらに文化の違いから生じる日本人では必要としない情報までも翻訳しなければなりませんでした。デマや差別の問題で振り回されないためにです。

 

外国語ができる職員は著しく疲弊しました。彼ら自身が被災者という事情もあります。ある被災地の例ですが、そこの国際交流協会に登録している通訳ボランティアは70名いて、東日本大震災が起きて参加できたのは29名(41%)でした(※2)。

 

(※2)須藤伸子(2011)「東日本大震災の外国人被災者支援―仙台市災害多言語支援センターの活動から」『自治体国際化フォーラム』自治体国際化協会

 

結果として、外国人に伝わるのは英語であってさえ最大公約数的な情報にならざるを得ず、生活に密着した情報から取り残されてしまいます。英語でも難しいのですから、小さな自治体が多言語対応をできないのは明らかです。

 

それでは、事前に多言語での情報を雛形として用意しておくことはどうでしょう。次の文を見てください。

 

 

s-1

 

(※3)日本語での元文は次の通り:いま水道水の飲用を禁じています。 水道水を飲用しないでください。 給水車が来ます。

 

皆さんが災害対策本部の担当職員あるいは責任者だったとして、タイ語やポルトガル語を使う被災外国人にこの情報を伝えていいか尋ねられ、混乱する災害対策室で的確に指示できるでしょうか。情報の内容に確証をもてないとき、責任者はこの外国語での掲示を許可することはできません。人命に関わる情報ならましてです。誤った情報が伝わることを避け、外国語では伝えられなくなっていきます。

 

つぎに、災害の発生直後を想定してみましょう。緊急性の高い情報は掲示物より先に音声で伝えられます。たとえば防災無線や市区町村の広報車、コミュニティーFMなどで伝えることを想定しているわけですが、いまはまだ、外国人の多い市区町村でも外国語を使っての避難指示や誘導は行われていません。

 

外国人住民比率の小ささという理由もありますが、人命の重さに多寡は関係しませんから、もっぱらの理由は日本人の外国語能力の問題に大きく関わっていると思っています。担当職員の行政能力が外国語能力、とくに音声で伝えられる能力と一致することは極めて希ということです。

 

極端に言って、たとえばニュースを読んでいるキー局のアナウンサーが、突然読むよう指示された日本語以外の臨時ニュース原稿、それがたとえ英語でも「Here’s a breaking news. Rescue workers in…」(臨時ニュースをお伝えします。救助隊が・・・)と読み伝えることは至難です。

 

まして市区町村の広報車や防災無線を使っての外国語による避難指示、避難誘導、注意喚起は、たとえ多言語での避難指示文が用意してあったとしても実施は困難と思います。

 

唯一現実的な方法は、外国語放送をしているコミュニティーFMなどの多言語番組(※4)内で伝えることでしょうか。しかしそれでも番組に参加する外国語話者は多くの場合、その番組の有志ですから、行政が伝えるべき責任の伴う表現を即時通訳で伝えることはできないと思います。

 

(※4)たとえば次のようなFM局があります。

FMわいわい:http://www.tcc117.org/fmyy/index.php

FMながおか:http://www.fmnagaoka.com/

Date FM:http://www.datefm.co.jp/

Inter FM897:https://www.interfm.co.jp/

 

 

的確な情報を外国人住民に知らせる「やさしい日本語」

 

ここにもう一つの大きな課題があります。皆さんのコミュニティーに複数国の外国人住民がいたとして、何語を使って彼らに伝えるかです。英語でしょうか、中国語でしょうか。

 

掲示物の場合は一覧性があるので、被災者の方でそれぞれの母語による情報を選びますが、音声による伝達は、聞き逃したらもう一度その言語の番が回ってくるまで待たねばなりません。

 

それでは英語で伝えたらどうかとの提案が出ます。先に書いた「被災外国人が英語での情報を必要としていたか」という問題がここにあります。地域社会の次のような現実です。

 

その県は東北地方に接する関東北部にあって、東日本大震災のときには地震や福島からの放射能汚染問題を外国人住民にどう知らせるかで苦心しました。その県の外国人人口は県民全体の約2%で、国籍別の上位5比率は、ブラジル(27%)、中国(18%)、フィリピン(14%)、ペルー(11%)、韓国(7%)となっています(※5)。

 

(※5)平成25年12月末日における外国人住民数の状況について(群馬県庁)

 

このような外国人構成の住民に、行政が英語で伝える必然性の見出しにくいことは言うまでもありません。しかも緊急性の高い情報を英語で伝えることは、誰を助けようとしているのか心許ない限りです。

 

大規模災害発生下で緊急性の高い情報を、様々な外国語を母語とする外国人住民に等しく、かつ的確に伝えるにはどうすればいいのでしょう。阪神・淡路大震災が起きたとき、このことが神戸で大きな問題になりました。

 

明治から外国人居留地があった神戸ですので、こういう問題は起きないと思われていましたが、実際に起きてみると多くの外国人が情報を得られず幾重にも被災している現状(※6)がありました。それを知った社会言語学や日本語教育学を専門とする言語研究者が集まって解決法を考えることが始まりました。1995年のことです。

 

(※6)真田信治(1996)「『緊急時言語対策』の研究について」『言語』25-1、大修館書店 江川育志・松田陽子・他(1997)『阪神・淡路大震災における-外国人住民と地域コミュニティ』神戸商科大学

 

まず、情報を得られず困っている外国人はどんな人たちで、言語研究者が手助けできることは何かを考えました。そうしたところ、さまざまな母語をもつ外国人たちですが、救うべきは観光客でなく、被災地で生活する外国人ということに気付きました。また長年日本に住んでいて、上手に日本語を使う外国人もことばが分からず困っている訳ではありませんでした。

 

困っていたのは、日本に来て1年過ぎくらいまでの外国人でした。それでも彼らは日本で生活していますから、バスに乗ったり買い物をしたりするくらいの日本語は使うことができました。

 

先に「日本人の外国語能力」ということを書きましたが、災害下で情報を伝える日本人の外国語能力と困窮している外国人の日本語能力を比べると、片言の日本語でも明らかに外国人の日本語能力の方が高いわけです。しかも彼らの母語はそれぞれに違っても、一様にある程度の日本語が理解できます。

 

「外国人には外国語で」という伝統的な固定観念から解放されることで解決の糸口が見つかりました。「日本に住んで1年くらいの外国人が使っている語や文法で情報を伝える」方法です。私たち言語研究者はそれを「やさしい日本語」と呼ぶことにしました(※7)。

 

(※7)佐藤和之(1996)「外国人のための災害時のことば」『言語』Vol.25-2、大修館書店

 

さて、情報の受け手である外国人が「やさしい日本語」で知らされることについての評価ですが、たとえば東京に住んでいる外国人の76%は「日本語でコミュニケーションをとれる」と答え、「『やさしい日本語』だと「理解できる」と答えた外国人はさらに多い85%でした(※8)。

 

(※8)地域国際化推進検討委員会(2012)『災害時における外国人への情報提供―東日本大震災の経験を踏まえて』東京都生活文化局都民生活部

 

仙台に住むブラジル人女性は東日本大震災を振り返って「ゆっくり優しい日本語なら、理解できる。『これから、やさしいにほんごでながします』を聞くと安心。」と答えています(※9)。受け手である外国人の8割前後が日本語で大丈夫と言っているのですから、外国人が誤解しないような吟味した日本語で伝えるのが最善ということになりました。

 

(※9)仙台国際交流協会(2011)「仙台市災害多言語支援センター活動報告」

 

また日本語は日本人にとっての母語ですので、日本語が初級の外国人にも伝わるようさまざまに言い替えることは、外国語で伝えようとするより現実的かつ確実でした。【次ページにつづく】

 

 

 

◆◆「αシノドス」購読でシノドスを応援!◆◆

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.228 特集:多様性の受容に向けて

・安藤俊介氏インタビュー「『許せない』の境界を把握せよ!――アンガーマネジメントの秘訣」

・【PKO Q&A】篠田英朗(解説)「国連PKOはどのような変遷をたどってきたのか」

・【今月のポジだし!】山口浩 ことばを「『小さく』すれば議論はもっとよくなる」

・齋藤直子(絵)×岸政彦(文)「Yeah! めっちゃ平日」第九回:こんなところでジャズ