被災地を搾取し被害を拡大してきた「フクシマ神話」――ニセ科学とデマの検証に向けて

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しかしこのように書くと、一部の方からは「フクシマ(の放射線被曝による健康被害)は風評ではなく実害だ。お前の方こそ勝手にフクシマの被害を定義付けるな」との反論も予想されます。彼らにとっては、私こそが「被害者を無視した被害の定義を、力づくで実態から離れたものに決めようとする」存在であることでしょう。さらに言えば、「それはむしろ国や東電、原発推進派が原発事故をなかったかのようにしようとしてやっていること、正にそのものではないか」とも。

 

だからこそ重ねて申し上げますが、様々な決断を迫られている住民の方それぞれが後悔無く選択出来るように、放射線によるリスク判断の拠り所を震災以降まかり通っていたセンセーショナリズムや社会的影響力の強さで争われてきた「力の支配」から、民主主義・法治主義国家のルールや科学の手に取り戻すべきだと思います。放射線被曝のリスクは、イデオロギーや人間の思惑によって決められるべきではありません。

 

もちろん放射線被曝を原因とした健康被害が無くとも、原発事故による実害は沢山あります。膨大な震災関連死には既に触れましたが、心的な損失もまた計り知れません。しかし、放射性物質の科学的なリスク判断と実際に起こっている実害を乱暴に混同させてはならないと思います。

 

放射性物質による健康被害が予想を下回ったからといって、原発事故によって引き起こされた被害の全てが否定される訳ではないのです。

 

それなのに原発事故がもたらした理不尽さを訴えるあまりに焦り、あるいはそうした被害者の心情を利用するかのように「フクシマ」に依存し、憎しみと責任論に終始させて「被害の定義を」「力任せに」「フクシマは風評ではなく実害」と主観ばかりで訴え続けてしまえば、福島での被害を訴える言論全てが信頼を無くして社会から相手にされなくなっていきます。それどころか、被害をより強く訴えるにはフクシマが不幸である程に論拠が強まるので、被害を訴えるために不幸を願う本末転倒に向かいます。

 

声が大きい彼らの「活躍」によって、表に出る機会を与えられなかった弱い立場の被害者や本当に起こっている実害さえも勝手に道連れにされてしまいますし、原発事故をきっかけに盛り上がった脱原発運動などもこのままでは取り返しがつかない程にカルト化されて同様の運命となります。

 

そうしたオウンゴールを放置する方が余程、一次被害の責任者にとって「なかったこと」にするには近道ではないでしょうか。

 

確かに行き場のない怒りを「フクシマは風評ではなく実害」という方向に叫べば、大喜びで賛同してくれる方も沢山いることでしょう。一時的には、それが溜飲を下げさせ、心を満たしてくれるであろうことは理解できます。

 

しかしそうした言説を喜びもて囃してくれるのは、近い境遇でやり場のない理不尽に悩む同じ被災者以上に、その怒りと悲しみを生贄のように利用して「フクシマ」をこれからも変わらずに搾取・利用したがっている存在です。長期的には怒りは収まるどころか、より搾取しやすくするために増幅・先鋭化させられて、被害者の人生の平安を取り戻す機会が永遠に取り上げられてしまいます。このように被害者が利用・搾取されている実態があることもまた、社会は強く認識するべきではないでしょうか。

 

最近になってからでさえも、例えば『福島県の住民を全員、別の場所に疎開させたいと思っています。それには、県内の住宅をすべて破壊するほかないかもしれません。住宅をすべて破壊すれば、福島県民から殺されるかも知れませんが、県民の命を守るためにはむしろ、私はそれを望みたいくらいです。』(ダイヤモンドオンライン「『美味しんぼ』弾圧のかげに、何が隠れているのか?」白石草×広瀬隆対談)などという発言が平然と発信されています。

 

なお、広瀬隆氏は『タイムリミットは1年しかない』とまで明確に断言しておりますが、彼はここまでのことを発言した1年後にどのように責任をとるつもりなのでしょうか。

 

「フクシマ」の放射線被曝による健康被害を過剰に語る方々は自覚の有無や善意か悪意かに関わらず、差別や偏見についても被害を拡大させています。広島や長崎への原爆投下から70年。当時の被爆者の子孫への遺伝的影響が無いことも既に明らかになっているにも関わらず、「ピカがうつる」などと不当に差別された方々の苦難の歴史から社会が何も学んでいないとすれば、大変悲しいことだと思います。

 

たとえばフクシマでは30年後に……と不幸がまことしやかに語られた一方で、広島では原爆投下から30年後の1975年、プロ野球チームの広島東洋カープが初優勝を果たしています。さらに広島は原爆投下当時、70年間は草木も生えないと言われていました。今年がちょうど70年後ですが、草木は生えていませんでしょうか?

 

福島の30年後は、果たしてどうなるか。広島と長崎から学ぼうとしない無責任な怪談を語るのは、やめるべきです。

 

原発事故直後、水俣市からは緊急メッセージが出されました。

 

「放射線は確かに怖いものです。しかし、事実に基づかない偏見差別、誹謗中傷は、人としてもっと怖く悲しい行動です──。」

 

震災後に、福島と水俣を関連付ける言説も良く見られました。しかしそのほとんどは、「政府の不作為と認定の遅れによって犠牲が拡大した」という点のみを切り取って強調した上に、全く性質の異なる放射性物質と有機水銀を乱暴に混同して「だから政府の言うことを信用せずに、フクシマから一刻も早く逃げなければ手遅れになる!」という反権力を主軸にしたキャンペーンを展開してばかりではなかったでしょうか。

 

彼らにとって水俣病は「フクシマ」と同じ政治的主張のための道具に過ぎず、水俣市からの緊急メッセージの意味はほぼ無視されているように感じます。

 

これでは福島も水俣も、反権力の為に生贄にしているようなものです。水俣からの教訓を得ることは大切で、学ぶべきことは沢山あります。しかし、もしもその被害の一部だけを切り取って拝借するようでは、その被害者の尊厳も歴史も、部外者が恣意的に搾取・利用しているに過ぎなくなってしまいます。

 

原発事故後、結婚差別や子供を産む不安を口にする女子が増えました。「女の子は福島に行っちゃいけない」などの言葉が、公共放送からでさえも流れました。実際にはあり得ない被曝線量が前提のデマによる恐怖と差別に震える彼女達に「私は子供が産めますか?」などと口にさせてしまう不安から解放することもまた、「子供を守る」ためには重要なことではないでしょうか。

 

これまで色々と書いてまいりましたが、最後に。

 

誤解して頂きたくないのは、私自身は決して原発事故や放射性物質のリスクを過小評価したがっている訳ではないということです。私自身の出自もまた、現在も全町が避難している双葉郡富岡町にあります。被害を無かったことになど、出来ようもありません。

 

ただ過小でもなく、過大でもなく、正しく理解をしたい。故郷を、肝心の現地やその生活者を差し置いて政治的な思惑や運動、他のテーマへの踏み台としての「フクシマ」として搾取されるだけの存在には、決してしたくないのです。

 

ここまで読んで頂いた方はお気づきかもしれませんが、震災後の「フクシマ」は、実は震災前に君臨していた「原発安全神話」と本質は同じものです。人間の思惑や絶対的な教義を最優先とし、結論ありきで科学的検証や情報更新の継続を放棄している点で表裏一体であり、安全神話にとって代わろうと権力闘争を挑む新たな神話に過ぎません。

 

「安全神話」は、結局人を救いませんでしたが、ならば「フクシマ神話」は誰かの救いになるでしょうか。答えは既に出ているはずです。

 

どのような政治的信条をお持ちであろうと、たとえば原発に反対しようとも、原発事故による様々な被害を訴えるのも、復興の実務を担っている政権を批判するのも個人の自由です。しかし論拠を強めようと望むあまりに、福島の不幸を望む「フクシマ神話」に依存して一蓮托生になる必要はありません。どうかもっと多くの方に、そのことに気づいて頂きたいのです。

 

原発事故を受けた私たちの世代が未来に引き継ぐべきものは、起こった事実をより正確に記録し情報と知見の蓄積を残していくことであり、少なくとも未来に向かって新たな権威や「神話」を創作し、差別や偏見といった分断の罠を仕掛けている場合ではありません。敢えて言うならば、それが原発事故からの大きな教訓の1つではないでしょうか。

 

これから福島の原発事故が何をもたらしたかについて、イデオロギーなどが絡む「力づく」からの脱却、事実と知見の蓄積に基づいた公正な被害の再定義やデマの検証などをより具体的に、「いちから聞きたい放射線のほんとう」の著者でもある菊池誠氏と小峰公子氏、サイエンスライターの片瀬久美子氏、震災後早くに「検証東日本大震災の流言・デマ」を出版した荻上チキ氏らと共に、今後、回をわけて連載をしていく予定となっております。後世に記録や資料として使えるものを残せるよう努力していく所存ですので、お付き合いいただければ幸いです。

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.268 

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