ゴーイング・コンサーンが背負うもの ―― あるいは、チッソについて思うこと  

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チッソ、事業部門を分社化

 

先日、新聞を読んでいると、水俣病を引き起こした企業であるチッソが、事業部門を分社化するという記事が目に留まった。この記事、および後で読んでみたチッソのニュースリリースなどによれば、分社化は昨年施行された「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法」にもとづくもので、チッソが子会社を設立してそこに現在の事業を譲渡し、親会社は被害補償を担当することになる。

 

分社化により、チッソが抱える債務と事業とが切り離され、事業に対する融資なども受けやすくなるのみならず、将来的には子会社株式の売却によって、被害補償の基金にすることが想定されている。ただし、子会社株式の売却が終われば親会社は清算される可能性があるため、将来新たに名乗りでる被害者についての補償を危ぶむ声が上がっている。

 

これらの記事を読んで、改めて水俣病という問題がいかに大きな問題であり、いかに大きな被害をもたらしたかということを思い知らされたが、それと同時に感じたのが、チッソという企業が背負っているものの大きさであった。

 

 

すべての被害者が救済されるまで

 

まず、現況から考えてみよう。現在の状況が将来にわたってつづくのであれば、チッソは事業を継続する一方で、被害補償をつづけていくことになる。しかも、すでに名乗りでている被害者のみならず、新たに名乗りでる被害者について、(時効や除斥期間の適用がないものとすれば)補償責任を負うことになるだろう。

 

これはある意味で当然に負うべき責任であるといえる。実際、水俣病発生当時におけるチッソの(さらには、政府・地方自治体の)態度は強い非難に値するものである(この点について、とりわけ行政組織の責任に注目した組織論的な分析として、舩橋晴俊「熊本水俣病の発生拡大過程における行政組織の無責任性のメカニズム」相関社会科学有志編『ヴェーバー・デュルケム・日本社会―社会学の古典と現代』ハーベスト社, 2000)。

 

しかし、それではこのプロセスはいつ終りを迎えるのか、と考えると、状況はいささか複雑になる。おそらく答えは、「すべての被害者が救済されたとき」ということになろう。しかし、将来において新たな被害が発見される可能性もある以上、「すべての被害者が救済されたとき」を決めることはまず不可能といってよい。

 

言い換えれば、チッソは半ば永久的に補償責任を負うことになる。そして、この補償責任を果たすために清算をすることはできず、存在しつづけることになるだろう。

 

 

ゴーイング・コンサーンとしての企業

 

こういっても、多くの人はそれが当然だと思うかもしれない。しかし、考えてみると、たとえばある個人が誰か別な人に、何らかの不当な行為により、他人の人体に被害を与えたとして、その被害に対する補償責任は、その個人が亡くなったときには(相続人が相続を放棄することにより)消滅してしまう。

 

しかし、チッソは法人であるために死亡ということがありえないし、上で述べたように清算させるわけにもいかない。あたかもときの流れから切り離されたかのように存続し、責任を負いつづけるのである。

 

なぜ、このような特殊な状況が生じてしまうのだろうか?

 

その基本的な理由は、企業が継続を前提として営まれ、そして実際にしばしば世代を超えて存続しているということにある。このような、継続を前提として営まれる企業のことをゴーイング・コンサーン(going concern)と呼ぶ。法人としてのチッソが死亡することはないが、これはチッソという企業がゴーイング・コンサーンとして存続するということに対する法的な裏づけである。

 

このようなゴーイング・コンサーンとしての企業は、事業を継続するなかでブランドや良い評判といったようなものをつちかい、これを次の世代に引き継いでいく。そして、次の世代はこのようなブランドや良い評判をもとに、事業を展開することができる。

 

しかし、一方でゴーイング・コンサーンであるがゆえに、前の世代においてその事業が引き起こしたことの責任もまた引き継がれていく。というより、事業を継続させようとするかぎり、それは引き継がれざるを得ない。この意味で、チッソが水俣病を引き起こしたことに対する責任もまた引き継がれていく。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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