ゴーイング・コンサーンが背負うもの ―― あるいは、チッソについて思うこと  

▶シノドスの電子メールマガジン「αシノドス」

https://synodos.jp/a-synodos

▶真の教養を身に着ける「シノドス・サークル」

https://synodos.jp/article/20937

 

事業のリセットと社会的責任

 

個人が事業を行っているのであれば、その個人が亡くなることで、いったん事業は消滅する。もちろん、その事業がうまく行っているのであれば、後継者があらわれるかもしれないが、その場合でも事業はいったんリセットされ、後継者がもう一度事業をつくりなおしていくことになる。このような状況では、ブランドや良い評判も無条件には引き継がれないかわりに、前の事業の責任もまた無条件には引き継がれない。

 

しかし、ゴーイング・コンサーンには原則としてこのようなリセットがない。事業が継続するなかで、正の面も負の面も積み重なり、引き継がれていく。ゴーイング・コンサーンとはそのようなものなのである。ゆえに、事業が継続するかぎり、チッソは過去に自らが引き起こしたことの責任から逃れることはできない。

 

もちろん、ある事業において、負の面ばかりが積み重なれば、事業をリセットする必要が出てくる。企業の場合にはたとえば会社を解散させて清算するとか、会社更生法を申請するといったような状況がこれに当たる。

 

しかし、チッソのように不当な行為により人体に被害を及ぼしたような場合(不法行為責任の場合)には、解散ということは、いわば社会に対する責任の回避ということになるため、実際には難しい。ゆえに、チッソ自体をリセットしてしまうということはできない。これが、上のような特殊な状況が生じる、もうひとつの理由ということになる。

 

 

チッソという企業が背負っているもの

 

このように考えてくると、今回のチッソの分社化は、チッソ全体の「リセット」は社会的に認められないという状況のなかで、事業自体を負債から切り離すことで活性化させ、かつ補償責任の履行につなげようという試みであり、これ自体は事業を機能させるために有効な手段であるようにみえる。

 

しかし、一方で事業を切り離したことにより、親会社側が清算される、すなわち、過去の責任がすべて「リセット」されてしまうのではないかという危惧を生むことになってしまった。

 

だが、法的には切り離されたとしても、チッソという会社の事業はなお過去の上に成り立っている。ゆえに、たとえばもし親会社を性急に清算しようとすれば、それは過去の責任の回避とみられることになり、事業を引き継いだチッソの子会社の営業にも悪影響を及ぼすかもしれない。

 

親会社の清算は、あくまで過去の責任ときちんと果たしたという認識がある程度共有されてからになるだろうし、実際にそうでなければ簡単に清算ということはできないだろう。

 

人生は簡単にリセットしてしまうわけにはいかない。同様に、事業も簡単にリセットしてしまうわけにはいかない。だからこそ、チッソという企業は過去の責任を果たしながら進んでいかなくてはならない。それこそが、ゴーイング・コンサーンである企業が背負わなくてはならないものなのである。

 

 

推薦図書

 

AWS Access Key ID: AKIAJSA5SEKND2GVG7TA. You are submitting requests too quickly. Please retry your requests at a slower rate.

 

水俣病については数多くの文献が出ており、先に触れた舩橋論文にも数多く引用されている。そこで水俣病のほうではなく、ゴーイング・コンサーンに関する研究書としてわたし自身の本をあげておこう。

 

じつのところ、ゴーイング・コンサーンとしての企業がどの程度存続するのかという点についてはなお十分な実証研究が不足している。本書は日本の大企業について、東京証券取引所第一部への上場期間という指標を使って寿命を測定し、また合併という企業行動がその寿命にどのような影響を与えるかを分析したものである。自分の本をあげるのはいささか恥ずかしいが、ゴーイング・コンサーンとの関連でいえば、お読みいただいてもよい本だろう。

 

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

・外山文子「タイは民主化するのか?」
・中西啓喜「データサイエンスは教育を「良い方向」に導くのか?――学級規模の縮小を例として」
・笠木雅史「実験哲学と哲学の関係」
・穂鷹知美「求む、国外からの介護福祉士――ベトナムからの人材獲得にかけるドイツの夢と現実」
・久木田水生「ロボットと人間の関係を考えるための読書案内」
・吉野裕介「【知の巨人たち】ハイエク」
・内田真生「ヒュッゲ(Hygge)とは何か?――デンマークが幸せの国と言われる理由」