田舎で育ち、都会で老いる ――「孤族の国」を考える(3)

経済の「73年体制」と地方の停滞

 

しかし経済の55年体制は、政治の55年体制を弱体化させるものであった。急速な都市化は、農村に基盤をもつ自民党支持基盤の縮小をもたらした。60年代を通じ、自民党の得票率はフリーフォールが続き、70年代前半に差しかかる頃には国政選挙での保革伯仲が現実のものになり、衆参両院の定数格差によって、自民党が過半数議席を維持するような状況がつづくことになった。

 

じつは、この自民党長期低落傾向に一定の歯止めをかけたのが、73年のオイル・ショックと変動為替相場制への移行による長期的な円高傾向であった。この時期を境に、経済成長促進型の政策は大きく転換し、地方での雇用確保を目指した支出に予算が使われるようになる。

 

筆者は、この経済構造の転換以降を便宜的に「73年体制」と呼ぶことにしている。全国的に、都市部への人口移動は鈍化し、冬期間は出稼ぎに出ていた兼業農家が、地元のスキー場や工事現場で働きながら冬をすごすようになった。しかし、都市部への人口移動が鈍化したということは、残念ながら、地方に持続可能で競争力のある産業基盤が形成されたことを意味するものではなかった。

 

公共事業は地方で雇用の受け皿を創出したが、事業支出の対象は高速道路や新幹線など経済インフラというよりはむしろ、ダムや農業土木など支出を自己目的化するような分野に対して、非効率なかたちでなされた。農業政策もコメ減反に象徴されるように、小規模の兼業農家戸数を維持することに汲々とし、決して農業全体の競争力を高めるものにはならなかった。

 

地方の産業構造は必ずしも重層的なものにはならず、大学を卒業して地元でふさわしい就職先をみつけようとすると、公務員と教員以外に選択肢がないという状況がつづいた。結果として、田舎で育った若者が、都市部に出て就職する状況は変わらなかった。そしてバブルの終焉と、長期的な円高傾向によって、地方の製造業が空洞化し、海外に流出する傾向に拍車がかかった。地方に仕事がない状況に変わりはなく、結局は田舎で育って都会で老いることを余儀なくされる場合が多かったのである。

 

しかし田舎から都会に出てきた第一世代にとって、近親者のいない都会は、子育てのための社会基盤が脆弱なだけでなく、長時間の勤務や通勤が強いられる状況があり、結果的に出生率の低下が進むことになった。それだけでなく、同時並行で進行していた晩婚化や非婚化も都市部で早期に進行しており、長期的には少子高齢化を加速させることになった。この時期に多様な生活様式を自ら選択したことで、意図せざるかたちで孤独な老後を送ることになった事例も多いのかもしれない。

 

出生率の低下は都市部でより急速に進展したが、このことは、結果的に自分の老後を支えてくれる子どもの人数が、都市部において相対的に少なくなったことを意味する。つまり「都市部で育ち、都市部で老いる」ことは、少なからぬ場合、孤独な老後を生きる選択であった。しかも引きつづき「田舎で育って都会で老いる」パターンを歩む現役世代が、人数としては増大していったのである。

 

 

孤族問題へ、地域政策からの視点

 

孤族問題は、少なくとも部分的には、不況の長期化にともなう貧困により発生している。これについては、基本的にマクロ経済政策によって対応すべきものである。たとえば、デフレ脱却が最重要課題なのはもちろんで、日本全国の景気回復を図るべきなのはいうまでもない。この点を無視して、個別の対症療法で救済することを優先する発想には疑問をもつ。

 

しかしその一方で、孤族出現の直接のきっかけになっているのは、都市部の急速な高齢化であり、これを後押ししたのが、都市部に人もモノも金も集め、それを地方に分配する自民党型公共政策モデルであったことも忘れてはならない。

 

田舎で育ち都市で老いることがライフ・コースとして一般化しただけでなく、都市部は子育てのしにくい地域でありつづけた。結局は、自分の縁者と離散したまま老いることを、半ば自ら選択しつつ、半ば状況から迫られたかたちで、孤族が大量発生したのである。

 

日本の高度経済成長は、人類がそれまでに経験したなかで、もっとも急速かつ長期間にわたる都市化をともなったといえる。そして、引きつづいて少子化が起こった。この裏返しとして、日本の都市、とくに首都圏は、これまで人類が経験したことのなかった速度で高齢化する。

 

考えてみれば、高校を卒業したときに、井沢八郎「あゝ上野駅」(1964年)が流行していた世代は、今年もう60歳代前半である。太田裕美の「木綿のハンカチーフ」は1976年に流行したが、この時期に高校を卒業して「東へと向かう列車で」都会に出て行った若者も、今年で53歳。もう十数年で高齢者人口の仲間入りである。つまり、孤族は未曾有のスピードで進む高齢化の入り口に差しかかったなかで、とくに都市部で表出した問題なのである。

 

このように、高度成長期を支えた農村部から都市への人口移動も、時差をともなって社会的な費用を顕在化させることになった。もちろん、積極的に都市部での自由として孤独なライフ・コースを選択したのであれば、これは責められるものではないかもしれない。しかし問題は、積極的選択ではなく、貧困や結婚の機会に恵まれなかったなどの理由で、望まないかたちで孤族になることを強いられた事例が多々あることであろう。

 

田舎で育って田舎で老いる、都会で育って都会で老いる、しかも家族に囲まれながら老いるパターンを取り戻す。これを容易にする政策がいかなるものか、構想しなければならないのではないか。国勢調査統計をみれば明らかなように、核家族化は、都会でも田舎でも進行していた。一方で正確な統計はないものの、何かあったときにすぐ駆けつけられる、いわゆる「スープの冷めない距離」で暮らす人口は、「田舎で育って都会で老いる」パターンの増加にともなって、急速に減少したと思われる。

 

孤族問題の解決には、家族や共同体をどう再構成していくのか、共同体の集合としての地域とこれを支える産業構造をどうデザインするのかという基本構想を忘れてはならないだろう。家族の絆だけでなく、「遠くの親戚よりも近くの他人」という地域共同体の絆や、経済的取引すなわちサービス産業を通した絆など、多様な選択肢を模索していかなければならないのであろう。

 

日本での孤族出現の経験は、これから同様の状況に直面するだろう途上国にも、多くの教訓をもたらすと予想される。この意味で、孤族の国の問題は、全世界が見守っている課題でもある。

 

 

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