震災後の日本社会と若者

現在の若者が置かれている状況

 

小熊 つぎに今の日本の若者の状況を考えましょう。前提の一つは、ポスト工業化社会への移行です。情報技術の進歩で選択肢や柔軟性が高まり、長期雇用が短期雇用に切り替わり、非正規雇用が増えて雇用の不安定性が高まる社会ですね。ニューエコノミーともいわれますが、そうなると自分の選択可能性も広がるんだけれども、相手から選択される可能性も増える。たとえば面接にたくさんアプライしなければいけなくなるし、自分が選ばれない可能性も増えます。

 

結婚相談の仕事をしている方が出した本の中に、女性は「普通の人」を求めているということが書かれていました。しかし、普通の人というのは、容姿が普通(1/2)×性格が普通(1/2)×収入が普通(1/2)×趣味(1/2)……とやっていくと、0.数パーセントしかいないんですね。選択可能性が広がってくるというのはそういうことです。

 

また、今の日本の状況としてもう一つよくいわれるのが、企業と学校があまりにも強固な場として機能してきたから、そこから外れてしまうと承認される場がなくなってしまうということです。高卒で非正規になってしまうと、もう「居場所」がなくなってしまう。さらに、新卒一括採用が中心なので一度こぼれてしまうと敗者復活ができない。

 

古市 まさに『希望難民ご一行様』の主題がそういった問題系でした。

 

小熊 そうした日本の状況のなかで、承認を求めるために、いろんな場所に集まってくる若者たちの気分を、あなたは描いていますね。

 

 

タイで「ユニクロ」「東芝」はステータス

 

小熊 またあの本には、「安く物が買える」ということが、若者が幸せを感じられる根拠の一つであると書かれていました。私はやはりそうなんだと思うとともに、もう少し全体状況のなかで位置づける必要があると思いました。

 

たとえば服を安く買えるというのはどういうことか。先月、タイに行ってバンコクのユニクロや伊勢丹を見てきました。ユニクロではTシャツが299バーツで、1バーツが2.5円ぐらいですからだいたい800円くらい。日本とたいして変わらないんですね。

 

古市 タイの人々からすれば、安くないということですね。

 

小熊 それはどういうことかというと、ユニクロの製品はカンボジア製だったりして、日本で売っているのもタイで売っているのも同じものなんですよ。

 

古市 輸送コストが同じということですか。

 

小熊 輸送コストは多少違うかもしれませんが、基本的には同じ工場で作っていて、労働賃金が同じなんです。バンコクでは電気製品も東京と値段がほとんど変わりません。たとえば東芝の電気製品はベトナム製です。日本の感覚では安いんだけど、タイの感覚ではそんなに安くない。タイの人たちにとってみると、ユニクロの服や東芝の電気製品は、ステータスシンボルなんですね。

 

私が現地の講演で、日本の貧困層というのは一見貧乏に見えませんという話をしました。なぜならユニクロの服と東芝の電気製品は持っているからです。時給700円で月200時間労働すれば、200時間働くのはけっこう大変ですが、14、15万稼ぐ。家賃に7、8万払うとしても、カンボジア製の服とベトナム製の電気製品は買える。親の実家に住んでいればもっと余裕があるし、古着で買えばもっと安いです。私の今日の洋服は下北沢で700円で買いました。全身、たぶん2000円か3000円で済んでます。

 

古市 いつも服は下北沢の古着屋ショップで買われるんですか?

 

小熊 あるいは、yahooオークションとかです。

 

古市 そうなんですか(笑)。今日の対談はそれをお聞きできただけでも価値があると思います。

 

 

問題は30歳を過ぎてから

 

小熊 しかし、こういう若者は30歳を過ぎると苦しくなってきます。まず、可処分所得の半分ぐらいを家賃で費やしてしまう。親と同居だとしても、給料が上がる目処がないから家を買えない。結婚ができない。親元から出られない。子供が作れない。勢いで子供を作ったら、高等教育はできない。今の日本で子供を大学まで卒業させるには、だいたい一人3000万円。全部私立に行って私立の医科歯科大に進めば6000万円以上します。到底そんなことはできるはずはない。

 

なぜこうなるのかというと、説明は簡単です。工業製品は輸入できます。だからカンボジア製の服やベトナム製の電気製品は、日本のワーキングプアは買えるんです。ところが、土地は輸入できない。だから家賃は高いし家も高い。それから次に輸入できないのはサービスです。特に教育サービスは輸入できないから高いんです。

 

たとえばタイでラーメンを食べると50~100円ぐらいですが、日本で食べれば500円です。原料代は似たようなものでも、日本人が作っているから高いんですね。タイで中国製のインスタントラーメンを買うと日本と同じ値段です。タイではベトナム製の電気製品を買って、カンボジア製のユニクロの服を買って、インスタントラーメンを食べているのは中産階級のシンボルなんです。

 

ところが日本のワーキングプアというのは、電気製品を買ってユニクロ着て、インスタントラーメン食べるしかないんです。でもそれは、タイの人から見ても、そしておそらく日本の年長者から見ても、一見豊かなんです。「貧乏だというけどきれいな服を着ているじゃないか」というわけです。だけど先の展望は全くない。この問題に気づくのはたぶん30歳を過ぎてからなんだろうなと思います。

 

古市 本の中で「貧困は未来の問題、承認は現在の問題」と書きましたが、20代ではそのようなことに気づきにくいということですね。30歳を超えて自分がそういう状況に置かれてはじめて気づく。

 

小熊 たとえば、95年ぐらいの漫画を見ると、この人たちはどう考えてもその後の展望がないなと思える職業の登場人物が出てきます。21、22歳ぐらいのフリーターでレジ打ちとか、それでフリーのカメラマンもやっているとか。しかし、非常に今を楽しんでいて、将来もなんとかなるだろうと思っている。

 

95年ぐらいの時点では、まだ非正規雇用の激増がはじまったばかりで、その人たちが先行きどうなるかというのは社会全体でもわからなかった。でも、さすがに今は、若いときに非正規になるとその先がないという不安を、みんな薄々感じはじめている。だから大学生を見ていても就職活動にものすごく熱心です。しかし、そこのルートに入れなかった人も、とりあえず服は買えるし、電気製品は買えるし、ネットはやれるし、20代のうちは「とりあえず幸せ」と思っているかもしれません。

 

古市 しかも、一見そっちのほうが幸せそうに見えてしまうんですね。

 

小熊 そうですね。その状態が発展途上国の人たちや、日本の年長者から見ると豊かに映るということもわかっているから、それで豊かだと思ってしまう。しかしみんな、それが先進国型の貧困形態だということが、まだよくわかっていないと思います。たぶん、あと10年ぐらいしたら、それは貧困生活なんだということを、20代が前提にする時代がくると思いますね。

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.272 

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