震災後の日本社会と若者

ヨーロッパ型の労働モデル

 

古市 20代の若者が、フリーター的な生き方を30、40代まで続けていくというモデルはありえないと思いますか。

 

小熊 現状の日本の制度ではありえないですね。あなたがいう「フリーター的な生き方」というのが、「とりあえず幸せ」をずっと続けられるという意味なら。

 

古市 ヨーロッパでは、20、30代前半ぐらいまではフリーター型で生きてく若者が多いという前提で、労働市場と教育機関の往復が可能な仕組みを持つ国が多いですよね。ニューエコノミー的な労働の流動化を前提として、いろんなセーフティーネットがこの20年間で張り巡らされてきました。

 

小熊 そういわれますね。

 

古市 スペインは2010年10月段階の調査で25歳以下の失業率が48パーセントといいます。一方で日本では若年失業率が10パーセント以下です。この数字だけを見て、ヨーロッパはすごく失業率が高いのに、日本はすごく低い、なんていい国なんだと単純な紹介がされがちですが、実はヨーロッパではセーフティーネットがあまりにも充実しているからこそ、若い人は働く必要がないという状況があります。無理して働くくらいなら、政府から失業保険をもらったり、職業訓練を受けて、働かないほうがましだと思っている層が多数いる。今の日本は、このようなヨーロッパ型の労働市場へ移行する過渡期といえるのでしょうか。

 

小熊 過渡期なのかどうかはわからないですが、まずあなたもご存知の通り、雇用慣行が変わらなければだめです。新卒一括採用が中心で、フリーター経験のある人間を雇いたいという企業は1.3パーセントという状況が変わらなければね。それから、日本のセーフティーネットをこれから整えるかどうかということになってくると、財政は苦しいから難しいところです。

 

日本のフリーター層は、大卒や大学院卒もいますが、やはり高卒が多くて、高校卒業のときに正規雇用ルートに入っていけなかった人たちです。90年代に高卒労働市場は1/5くらいに減ってしまった。昔だったら高校から工場に一括採用してもらえたようなルートが崩壊し、高校を卒業してフリーターになるしかなかったような人たちがたくさんいます。いったんそのルートに入ってしまうと、現在では将来のモデルはほとんどありません。

 

日本で若年失業率が、ヨーロッパのようには上がらないのは、一つには働かざるをえないからです。つまり、敗者復活の機会がないからです。ヨーロッパなら、時給数百円の非正規雇用でずっと働くくらいなら、失業保険でしばらく耐えようとか、その間にもう一回学校に行ってキャリアアップして正規雇用に就こうと考えます。しかし日本ではそういうモデルが成り立っていない。学校に行きなおしたところで、新卒から漏れると正社員になれる目処がないから、時給800円でも働くしかない。

 

アメリカやヨーロッパだったら、展望もなしに非正規でずっと働く若者が少ないから、若年失業率が上がって移民が入るんです。ところが日本では、正規雇用のチャンスを永遠に失い続ける若者と、女性と子育てを終えた主婦が働くので、移民が必要ない。移民なみの条件で働く人たちがいるからです。

 

 

高卒者の不遇

 

古市 非正規雇用の人は、本当に働く場所がないんでしょうか。たとえば過剰な大企業志向というのがよくいわれています。新卒一括採用にしても、大企業に入れる倍率を考えてみると、確かに学生2人に対して1人分しか席が用意されていない。一方で、中小企業であれば、学生1人を中小企業が4社以上で争っている状況です。マッチングがうまくいけば、一生フリーターはフリーターでいなきゃいけないという状況は、あまり想定できないのですが。

 

小熊 大卒に関していえば、あなたのおっしゃる通りです。でも大卒は半分強。残りの半分はどうなるか。大卒が中小企業に就職したら、大卒に就職市場を食われた分だけ、あぶれる人が出ますね。

 

古市 大卒の新卒一括採用の問題ばかり取り沙汰されますが、確かに、この20年間、産業の空洞化やグローバリゼーションの影響で、ブルーカラー系の職業が減りました。高校を卒業したら、たとえ苦手だとしてもサービス業をやるしかない。もしくはどうせ仕事がないから大学に行くしかないと、逆に大学の進学率がどんどん上がっていく。

 

小熊 そうです。あとは専門学校ですね。

 

古市 高卒の人たちが、不遇な状況に置かれているのはその通りだと思います。

 

小熊 高卒一括採用で工場に勤められるというルートが崩壊しても、ほかのモデルがない。高卒でサービス業に就いても一生時給数百円、しかも35歳まで。専門学校に行ったところで、音楽ではほとんど職がないし、美容師は溢れかえっていて、過酷労働になっているのはご存知の通りです。

 

古市 そうですね。美容師に関していえば、だいたい東京都内だと時給換算すれば、それこそ200、300円ぐらい。月給20万円以下で朝から晩まで休みなく働くような人がものすごく多い。一見、美容師やミュージシャンは夢に満ち溢れた職業に見えます。高校生が将来何になりたいかを考えたときに、手に職があって、しかもちょっと世の中にちやほやされる、そうした職業に就きたいと思うのは自然なことだと思うのですが、実際のそのルートは極めて過酷です。

 

小熊 私は貧乏ミュージシャン友達が多いので、そういう人たちが40歳を過ぎたらどういう境遇にあるかは、わりと知っています。

 

古市 みんなが憧れるクリエイティブな職業に就いたとしても、30歳くらいまではいいけれども、30、40代になるにつれて不遇と呼ばれる状況に落ちざるをえないということですよね。

 

小熊 20代後半から30歳前後に運良くある程度までいくと、スタジオミュージシャンとしてなんとか食べていけるぐらいのレベルに到達する。そこでまだ若いし、未来があると思うから、自分はこのまま上昇し続けると思ってしまうんですね。ところがミュージシャンの一生なんていうのは、20代から30代前半がピークで、40歳を過ぎるともうつらい。若い人がどんどん出てくるし、掛け持ちでやっていたバイトも35歳までの募集が多くて、だんだん苦しくなる。劇団なんてもっと悲惨ですよ。公演があるたびにバイトを辞めなきゃいけませんからね。

 

 

6d1b69b9

 

 

1 2 3 4 5 6 7 8 9
シノドス国際社会動向研究所

vol.272 

・荒木啓史「遺伝か環境か?――ゲノム科学と社会科学の融合(Sociogenomics)が教育界にもたらすイノベーション」
・神代健彦「道徳を「教える」とはどのようなことか――「押しつけ」と「育つにまかせる」の狭間を往く教育学」
・中里透「財政のことは「世の中にとっての」損得勘定で考えよう!」
・伊藤昌亮「ネット炎上のポリティクス――そのイデオロギー上のスタンスの変化に即して」
・穂鷹知美「マルチカルチュラル社会入門講座――それは「失礼」それとも「人種差別的」? 」
・福原正人「戦争倫理学と民間人保護の再検討――民間人殺害はなぜ兵士殺害より悪いのか」