2011.02.21

ひきこもりの2030年問題 ――「孤族の国」を考える(5)

井出草平 社会学

社会 #高齢化#ひきこもり#斎藤環#国民年金

『朝日新聞』連載の「孤族の国」が話題を呼んでいる。連載では「ひきこもり」が孤族のひとつとして取り上げられていた。ひきこもりとは、家族以外の他者とコミュニケーションをとらない状態のことをいう。昨年、内閣府がおこなった調査では、ひきこもり状態の若者(15~39歳)が70万人程度存在していると報告されている。

今回とりあげたいのは、ひきこもりの2030年問題である。数十万人規模で存在しているひきこもりが10年後、20年後にどうなっていくのかという将来のことである。

ひきこもりの2030年問題という言葉をつくったのは精神科医の斎藤環だ。斎藤は著書のなかで、2030年問題を40代のひきこもりの多くが老齢年金受給年齢に達することによって起こる問題としている(斎藤環『ひきこもりから見た未来』)。

2030年問題をここではもう少し広く捉え、ひきこもりが高齢化することによって起こる諸問題として考えてみたい。

とくに注目したいのは「親の死」である。30代のひきこもりを抱えている親であれば、まだ生きている可能性が高い。しかし、60代のひきこもりの親は生きているとはかぎらない。2030年問題の大きな問題のひとつが「親の死」である。

不登校と長期欠席者の長期トレンド

「親の死」が2030年周辺で起こるというのは不登校の経年データから推測できる。残念ながら、ひきこもりの経年での統計データは存在してないため、別のデータで代用する必要がある。それが不登校の経年データである。

表1にみられるように、ひきこもりの6~9割程度は不登校経験をもっている。不登校になって学校に行かず、そのまま社会との接点が切れ、ひきこもり状態になったというケースなどである。ひきこもりの大半は不登校から生まれる。したがって、不登校や長期欠席者の統計からひきこもりの経年の増減はある程度推測できるのである。

つぎに確認するのは、長期欠席者率の変化である。長期欠席者については戦後まもなくから文部科学省が統計をとっており、長期的な把握が可能である。図1が戦後からの中学校での長期欠席者のトレンドである。

きれいなU字型の曲線になっている。戦後間もないころは経済的に厳しい家庭も多く、また医療の体制や技術がまだ整っていなかった。経済的理由、病気といった理由で、学校に行かない子供が多かった。

その後、高度経済成長を経て、経済的状態が改善し、医療体制・技術も進歩した。その結果、日本の子供のほとんどは登校するようになった。これが70年代である。しかし、その後、徐々に長期欠席者率が上がる。この主力になっているのが不登校なのである。

ひきこもりのシミレーション

ここでひとつのシミレーションをしよう。1975年に中学3年生で不登校であった子どもが、現在もひきこもり続けているというケースを想定する。このケースは1960年生まれ、1975年時点では15歳である。いまだにひきこもっているとすると、現在年齢は50歳になっている。

不登校の増加は70年を谷にして、80年年代、90年代と増えていく。グラフからは、このケースが不登校からひきこもりに移行した第一世代だと考えられる。教育や医療の臨床では50年代から不登校(学校恐怖症)の報告があったが、現象規模でみられ始めたのは70年代後半からである。

つぎにこのケースの親について考えてみる。子供を25歳で生んだと仮定すると、現在の親の年齢は50歳+25歳で75歳となる。日本の平均寿命は男性78歳、女性85歳なので、まだ平均寿命には達していない。少なくとも、父母のどちらかが生きているケースが多いと考えられる。

しかし、これは現時点の話であり、あと10年経つと事情が変わってくる。親の年齢が平均寿命をこえるのだ。つまり、高齢化したひきこもりの親が死ぬのである。

ひきこもりの多くは家族と共に暮らしている。ひきこもり生活を続けるのにそれほど多くの生活費がかかるわけではない。住む家や食費など固定費は家族が提供しており、社会関係がないので生活費はあまり必要ではない。2~3万あれば十分にひきこもり状態を維持することができるようである。

家族の負担で成り立っていたひきこもりという状態は、親の死によって破綻をするのである。

親の死の対策とその限界

この破綻に向けてひきこもりを抱える家庭で行われているのは、子供の国民年金の保険料も親が支払うということである。つまり、自分たち親が死んでも国民年金で子供が生きていけるように、ということである。

とはいえ、この対策は万全ではない

(1)子供が年金の受給年齢になる前に親が死ぬケース

(2)年金という経済的保証だけで生きて行けるのか

(3)国民年金をかけていないケース

まず第1に、子どもが年金受給資格をえる65歳にいたるまでに、親が死んでしまう場合である。国民年金の保険料を払っていても、両親が死んだ時点で支払えなくなる。国民年金は保険料の納付が25年以上なければ受給資格がえられない。保険料を払っても受給できなくなるケースがでてくることが考えられる。

第2の問題。親は、ひきこもっている子供の食事をはじめ身の回りの世話をしている。親がいるからこそ、数十年間社会経験がなく、他者とコミュニケーションをしていなくても生きていくことができるのである。このような者が突然、孤立すれば、何ができるだろうか。

長期間ひきこもっていて、その後社会復帰をした人にしばしば会うことがあるが、ひきこもりから抜け出した直後にはすぐに社会生活を送る力はない。人にもよるが、うまくいって、5年程度は回復に必要である。すぐに社会適応ができるならば、そもそも何十年もひきこもっていないだろう。年金受給資格を得たからといって、その手続きや、窓口に行くことを期待するのは難しい。

第3の問題。親がひきこもりの子供の年金の掛金を払っているケースも多いが、親の生活が苦しく、子供の年金の掛金を払う余裕のない家庭は少なからず存在している。そういった場合には、親が亡くなれば経済的基盤すら失うことになる。

社会生活を送る力もなく、経済的基盤も失ってしまうことが想定される最悪のケースである。しかも、現状では、どこの家庭にひきこもり状態の者がいるのかということを行政も社会も把握していない。隣近所のことがわかる地方ではひきこもりを近所の人が把握をしているかもしれない。しかし、隣に誰が住んでいるかわからない都会では、家族以外誰も知らず、ひきこもり状態を続けている者がいる。その人たちがどこにいるのかということを行政も社会も知ることができないのだ。

本格的な社会問題化は20年後

さきほどのシミレーションでだしたケースは70年代に不登校であった、ひきこもり第一世代の先頭である。グラフからもわかるように数としてはそれほど多くない。しかし、70年代よりも80年代、さらに90年代と不登校の子供たちは増えている。つまり、本格的にこういった問題が起こるのは、80年代や90年代に不登校になり、そのままひきこもり続けているグループなのだ。

これらのグループが60代になったとき、つまり、2030年あたりに、大きな社会問題として浮かび上がってくると想定される。

ひきこもりとは、学校に行けない問題や就労できない問題としてとらえられてきた。しかし、高齢化と親の死という要因を抱え込むことによって、近い将来に新しい局面を迎えるのである。

推薦図書

時事問題のエッセイ集。ひきこもり以外にもさまざまな問題をとり上げている。斎藤は「本書では、『ひきこもり』をはじめとする、若者の非社会性問題を論ずることに最も多くを割いている。私の専門ということもあるが、この分野に照準するとき、現代社会の諸問題が最もリアルにみえてくると実感しているからだ。」と述べている。斎藤の言うように、「ひきこもり」という視点からは、教育、就労、医療といった社会のさまざまな問題点を切り取ることができる。

プロフィール

井出草平社会学

1980 年大阪生まれ。社会学。日本学術振興会特別研究員。大阪大学非常勤講師。大阪大学人間科学研究科課程単位取得退学。博士(人間科学)。大阪府子ども若者自立支援事業専門委員。著書に『ひきこもりの 社会学』(世界思想社)、共著に 『日本の難題をかたづけよう 経済、政治、教育、社会保障、エネルギー』(光文社)。2010年度より大阪府のひきこもり支援事業に関わる。

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