現代「保守」言説における救済の物語

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解釈の枠組としての救済の物語

 

このような物語は、「保守」言説を生み出す人々に明確なかたちで認識されている――たとえば宗教団体の「教義」のように、言語化されたり公式化されたり――わけではないだろう。また、「保守」を掲げる人々が、このすべての要素をあまさず共有しているというわけでもない。これは物語のかたちをしてはいるが、それ自体が読まれたり書かれたりするものというより、さまざまな出来事を意味づけ、秩序立てて理解させてくれる、「解釈のための枠組」として機能するものなのである。

 

たとえば近年クローズアップされる未婚化・少子化は、上の物語の枠組にしたがって、「行き過ぎた個人化(ここでは、家族役割より個人の願望を優先する傾向)」の帰結と意味づけられる。さらにそれは「戦後教育」、とくに家庭科教育が影響を与えた結果であり、問題の根源は憲法24条なので、やはり改憲が必要だ、と結論づけられる。あるいは、今年2月に話題になった「保育園落ちた日本死ね!!!」の匿名ブログについて、一部の「保守」論者がとっさに「わがまま」「左翼のやらせでは」と発想したのも、上の枠組のなかでそれを読み、位置づけた結果だろう。

 

上の物語は、2つの独特な人間観・社会観によって特徴づけられる。1つは、小さな単位が大きな単位に対して義務や役割を果たすことが美徳とされ、重視されることだ。個人は家族や地域、国家に対して、地域は国家に対して、「エゴ」を持ち出さずに奉仕することが重んじられる。それに対し、大きい単位は小さい単位に恩顧を与えて応える。人間関係や社会関係は一般に、こうした垂直的なものと想定されている。

 

たとえば沖縄の基地問題では、国の安全保障のために沖縄(小さな単位)は、必要な役割を果たしたうえで国(大きな単位)から恩顧(経済的な)を受け取るのが筋とされる。反対運動は悪しき地域エゴの表れか、「まっとうな日本人」ではない左翼の策動であるとみなされる。

 

この考え方を逆にすると、「上位の単位は、恩顧を与えなければ下位の単位をつなぎとめることができない」という切迫感にもなる。たとえば非嫡出子の相続差別が最高裁で違憲とされた際(2013年9月)には、「国が嫡出子に家産の相続という恩顧を保証しなければ、嫡出子は親の介護などの役割を果たさなくなるのではないか」と懸念が示された。

 

また、靖国神社の位置づけに「保守」言論人が強くこだわることも、(歴史的経緯を踏まえることは当然として)上の物語のなかから見ると理解しやすくなる。かけがえのない自分の命を国にささげた個人に対して、国を挙げて敬意を表すという最上級の恩顧を与えなければ、私心を捨てた国への奉仕などだれもしなくなってしまうではないか、ということだ(そしてもちろん、「欧米流の政教分離や信教の自由の規定」でそれを阻む現行憲法を改正しなくては――ということになる)。

 

現代「保守」の救済の物語における、もう1つの特徴は、「不信感」に貫かれた社会観・人間観である。同意する者を「目覚めている少数派」とする一方で、異なる意見・立場の人々と討議して、よりよい「現実」認識や結論の出し方を探していくという考え方はほとんど見られない。意見の異なる他者とのやり取りは、「攻撃」と「守り」、「洗脳」と「対抗宣伝」というかたちでとらえられる。

 

上の【要素2】にあるように、社会科学者への不信感はとくに根強い。それらは欧米から持ち込まれたもので、しばしば「リベラル」に過ぎて日本の「国柄」にあわないばかりか、悪くすると「共産主義」のプロパガンダを意図的に垂れ流し、日本のよき「伝統」を打ち壊すものとされる。この点は2015年の安保関連法案に関する議論の際、憲法学者への不信というかたちで表れた。

 

ただし興味深いのは、彼ら「保守」言論人自身が、「何が現実かは政治的な諸力により決定するものだ」という、社会科学における比較的新しい見方(それこそマルクス理論に深く影響を受けた見方であるが)を取り込んでいることだ。そのため「保守」言説内では、リベラルに「洗脳」され「偏向」したメディアを「正常」に戻すため、さまざまな方向から圧力をかけていこうという呼びかけが、非常に無邪気になされる。この「攻撃」と「対抗宣伝」の発想は、近年話題となっている政治家のメディアへの「圧力」発言や、歴史認識をめぐる国外知識人などへの宣伝活動、学校教育への強いコミットメントへとつながっているとみることができよう。

 

 

救済へのプログラム

 

「圧力」へのこうした無邪気な態度は、上の物語が単に「何を現実とするか」を指定するだけではなく、救済へのプログラムを含んでいることと関係しているだろう。要するに上の物語のもっとも重要な点は、それが「現在は何かが失われた、危機的な社会である」という人々の生活実感にわかりやすい説明を与えるばかりでなく、それを打開するための善き行動についての指針さえも示してくれていることだ。

 

理想的に描かれた「失われた伝統的日本」は、このプログラムの最初の前提でもあり、向かうべき最終目標でもある。物語が示す「現実」が、より事実を反映しているかどうか、提示された道筋はそれで正しいのかということは、物語のなかではすでに決着がついていることで、検討の対象にはならない。

 

『日本会議の研究』の菅野完氏は以下のサイトで、日本会議を構成するさまざまな団体をつなぐ横糸を「「左翼が嫌い」というメンタリティ」だとしている。

 

DIAMOND online「安倍政権を支える右翼組織「日本会議」の行動原理 「日本会議の研究」著者・菅野完氏インタビュー(上) 2頁

 

個々の主張を並べてみると、たしかにその共通点は「反左翼」ということでまとめられる。しかし運動として多数の人を動かすには、それが正しいものであり、やる価値があることを、説得力を持って示す必要があるだろう。さまざまな主張が救済へつながる物語のなかで有機的につながり、理解されていることは、日本会議周辺が長い時間をかけて、着実な動員をすることができた理由の一つに数えられないだろうか。

 

ただしこの物語は、なされるべきことをあらかじめ決定しており、それに同調しない者に対しては排他的な性質を持っている。この物語が力を増すほど、強固であればあるほど、それを共有できないものとの溝は深く、議論は難しくなるということは言うまでもない。

 

 

宗教との関係は?

 

最後に、近年「保守」言説や団体を論じる上でよく話題になる点、宗教との関係について触れておこう。

 

ここまで読んでお気づきの方も多いかと思うが、実は本稿は、「保守」言論を読むための手がかり――あるコミュニティに共有される「意味解釈の枠組」というアイデア、救済へのプログラムと具体的な行動指針への着目など――を、社会学や人類学における宗教研究から借りてきている。たしかに現代「保守」言説の特徴を考えるときに、これら宗教に関する一般的な記述は参考になる。そして実際、現代の「保守」言説の発信元には、日本会議の加盟諸団体を始め、少なからぬ宗教団体が関係している。

 

だからといって、多くの論者が注意を促しているように、たとえば日本会議を「宗教だ」と名指しする必要はないし、「保守」団体がすべからく特定の宗教の教義を反映していると考える必要もまったくない。出来事を意味づけ解釈する枠組は、だれしもが持っているものだし、そうした枠組をもとに社会を語ったり、善き行動へと動機づけられたりするのは、だれでも日々普通にやっていることだ。現に、上にあげた救済の物語は、(菅野氏の言葉でいえば)宗教とは関係ない「地方にいる愛国おじさん・おばさん」に、強調点の違いや濃淡はあれ、広く受け入れられている。ただ日本会議については、この共有された物語を政治運動に戦略的に落としこみ、幅広い層を巻き込んでいく能力が、とくに優れていると指摘されるのである。

 

他方で、宗教団体と現代「保守」言説の関係について、指摘しておきたいこともある。それは、現代日本社会でもっとも「喪失」や「危機」の感覚を持ち、上の物語に大きな説得力を感じるのはだれか、という問いと関連する。

 

現在、「喪失」や「危機」の感覚を肌身で実感し、もっとも上の「物語」を実感をもって受け止めるのは、前期近代日本の社会で生活の基盤をかたちづくってきた人々――高度経済成長下での働き方や報酬の取り方、性別役割分業による家族のあり方などを当たり前のものとしてきた人々――ではないだろうか。そして「保守」活動をする宗教団体の多くは、前期近代の社会のなかで自らを有り様を作り上げてきたものである。このことと、「保守」言論に宗教団体の存在感の大きいこと、あるいは活動の仕方や主張の特徴との関連を考えてみるのは、うがちすぎだろうか。

 

 

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