女子大学生刺傷事件から考える、ストーカーの疾患性と対策

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ブレーキを補う

 

荻上 治療に関して難しそうだなと感じるのは、今おっしゃったように皮を剥いていった結果、相手に依存していることが分かったというケースと、あるいは妄想も含めた疾病と噛み合わさって、一つの症状としてストーキング行為に出ているケースもあると思います。そのあたりはどのように治療されますか。

 

小早川 まず、疾病があるなら疾病の治療をします。別に疾病がなくても、ストーカー特有の「行動制御ができない」という疾病、精神医学の世界ではまだ疾病として見られていませんが、それがまさにストーカーという疾患性の核であると考えています。従来の精神治療で対処しなくてはいけないものは、皮を剥いでいくときに一番上のところにありますので、まず、その症状を取り除きます。統合失調症があれば統合失調症の治療を受けてもらう。それですっかりストーキングをやめたという方もいらっしゃいます。

 

一方で、自閉症スペクトラムなど、思い込みが強くなるという形で症状が出るような方、あるいはコミュニケーション障害、妄想性障害による関係妄想があった場合など、なかなか治療自体が難しい場合もあります。それはもちろん、ストーカー問題だけに現れるのではなく、いろいろな問題として現れてくるものです。ただ、ストーカーという疾患性とは何かというと、私は「やめようがない」ということに行き着くと思います。

 

セラピーをしてもまだやめることができない人はいます。私もずっと、治療法はないんだ、恨みを消す薬はないのだと諦めていました。ただ、あるとき「条件反射制御法」という治療法の開発者から声をかけていただいて、以来、10名ほどが治療を受け、1人を除いては、本当に相手に対する関心が消去されたくらいに軽減しました。これに関しては良かったなと希望を感じました。

 

そもそも、治療と心理療法・セラピーの違いはなんなのかというと、心理療法やカウンセリングの目的は、人間とは不完全なものだと理解すること、そして不完全な相手も自分も許せるようになる、その心境に立つことを目指しています。それは医者でなくても、心理に詳しい者であればできることです。一方で、治療に期待しているものは私たちではできないことです。人間には不足がある、それを許せるようになる成長や成熟のテーマではなく、不足があるところを補ってくださいということなのです。

 

何を補わなくてはいけないかというと、「ブレーキがない」というところを補ってくださいと。ブレーキさえできれば、もう一度心理療法に戻したときに彼は成長もできます。そういう連携が、医者とカウンセラーであるべきだと私は思っています。

 

 

警察はなぜ事件を防げなかったのか

 

荻上 ストーカー事件では警察が早く介入して逮捕すべきだとか注意すべきだという議論になりがちですが、一方で、加害性を自覚してもらった上で更生や治療に繋げていくことも重要ですよね。小早川さんのケースでも、真っ先に警察にいくわけでは必ずしもないわけですか。

 

小早川 はい。処罰だけで解決できるなら警察に捕まえて貰えばすむ話ですが、刑務所から出てきても「まだ殺したい」と言っている人はいるわけです。そうした方々の再犯をどう防ぐかという問題は非常に大事です。犯罪性を取り締まることと、疾患性を治すという二つの柱がどうしても問われてきます。

 

荻上 今回の事件では、被害者の富田さんの母親が最初に岩崎容疑者の自宅を管轄する京都府の警察署に相談したところ、警視庁に説明するように言われたと報道されています。その後、警視庁・武蔵野署を訪れて岩崎容疑者の名前を伝えた上で「ブログやツイッターへの執拗な書き込みを辞めさせて」と相談していたということでした。ある意味、たらい回しのようなことが起きているわけですが、この対応についてはどのようにお感じになりますか。

 

小早川 加害者が京都にいるので京都で受けてもおかしくない案件ではないかと私は思います。加害者がどこに住んでいるのかということも被害者が把握しているわけですよね。違法行為が起きているかは別にしても、そこで加害者に話を聞いたり、もう少し深い対応をしても良かったはずです。

 

荻上 その後、継続的に対応するということで、110番登録(110番があったときには対応するように登録すること)はしていた。けれども、警備をしていたわけでもなく、緊急性が高いと判断していなかったために本部の部署には情報が届けられていなかった。このあたりについてはいかがでしょうか。

 

小早川 たしかにTwitterなどで「死にたい」とか「犯罪します」という内容の書き込みをされるという案件は山ほどあるので、もし見ていたとしても緊急だから人員を配備しようという判断になるかというと難しかったかもしれません。

 

しかし、少なくとも「女性一人でコンサート会場に行っても大丈夫」というような雰囲気で返したとしたら、それは問題ではないかなと思います。待ち伏せもあったわけですから、これはストーカー事件として考えて、本部にも情報を挙げ、加害者に対して指導をし、被害者には安全配慮を行うべきだったと思います。

 

実は、同じような事件が2013年8月に神奈川でありました。関西地方に住む15歳の少年が、Twitterで交際している女性がTwitterからいなくなってしまったので、恨みを感じて殺しに来たというケースです。このとき神奈川県警は本部と所轄が一丸となって対応し、関西地方の警察に口頭指導をするように連絡していました。

 

ところが、神奈川県警が少年に直接連絡をいれたところ、本人がいなくなっていた。すぐに刑事課とも連携をとり、捜査をしたところ、関東に向かっていることが分かりました。そして、県警本部の課長が被害者の自宅の前に立っていたところ、本人が刃物を持ってやって来たので逮捕したと。

 

このとき事件にあたった神奈川県警のチームリーダーが、「相談に対応した署員が危険ではないと判断したときが一番怖い」とおっしゃっていて、私は非常に感動しました。相談を受けた担当者は日々忙しくいろいろな案件を見ているなかで、どれが危険なのか判断できないかもしれない。

 

しかし、所轄の人が危険でないと判断しても、一歩引いた本部であるからこそ、やらなくてはいけないと判断できたとしたらそれは素晴らしいことです。しかも、県をまたいで連携ができ、刑事課も入ったことで事件を水際で防ぐことができた。こうした警察の成功例を生かしていくことも大事になってくると思います。

 

荻上 警察に相談するときに危険ではないと判断されないためには、どうすればよいのでしょうか。

 

小早川 遠慮しないということです。「とにかく怖い」、「身の危険を感じる」、「殺されるかもしれない」と必死で訴えることが重要です。私はまだ大丈夫ですという雰囲気だと、「そうですか」となってしまうので。また、「どうしたら良いでしょうか?」というような相談ではなく、むしろ、こうしてくださいと具体的な要望を伝えることも効果的だと思います。今回のような場合だと、「私はコンサートに出演するけど本当に怖いんです。なんとか一人でも配備してもらえませんか」とか。

 

荻上 それでもなかなか現場が動かない場合もあったりしますよね。自分で証拠集めをしておくことなども必要になってくるのでしょうか。

 

小早川 私は相談に来た方には、SNSでのやりとりを紙でプリントアウトして、警察に持っていくように言っています。それから、こういう書き込みがあるとマーカーを入れてビジュアルで訴えるような工夫をしたり、共感してもらえるような話し方、プレゼンテーションの仕方も教えています。

 

荻上 警察の側の意識啓発は進んでいるのでしょうか。

 

小早川 今年度から外部の講師を招いて警察官向けに研修をするという予算もついていますので、進んでいると思います。

 

荻上 研修の中身はどうなのでしょうか。弁護士の方を呼ぶのか、小早川さんのような方を呼ぶのか、ネットのプロのような人を呼ぶのかでストーカーの意味が全然変わってきますよね。

 

小早川 そうですね。ネットのプロを呼ぶというのはすごく良いアイデアだと思います。というのは、警察の方って年代的にもSNSに詳しくない方が多いのです。なぜかSNSの被害に対して軽視するような、それほど危機感をもたない傾向があるように感じます。

 

荻上 僕も以前ネットで殺害予告をされたときに、警察官の方にこういうリプライが来ているんです、とお話したら、まず「リプライ」の説明と、Twitterのシステムの説明からしなくてはいけなくて。「これはどこかで勝手に書いていることではないんですか」とか言われるのですが、いや、これはメッセージを送るという意味があって……とか。

 

小早川 それはよく聞きます。被害者の方がまず警察官の方にSNSについて教えて、それから相談を聞いてもらうと。

 

 

SNSを含めた法改正を

 

荻上 SNSが関わる事件はケースとして少ないと思われているのかもしれないですし、警察の側が対応するための訓練を受けていないというのも、まだまだ課題がありますね。そうした指導が警察で行われるようにするためには、まずは「ストーカー規制法」を最新のSNS事情をしっかりと反映した内容にするべきだと思います。この法律は2013年に改正されましたが、まだまだ他にも論点が残る中での不十分な改正となりました。そこではメールも一応、ストーカー行為の中に含まれるようにはなっていたのでしょうか。

 

小早川 前回の改正でメールがようやく入りました。しかし、TwitterやFacebookなどSNSはまだ含まれていません。

 

荻上 今はメールよりもLINEの方がメジャーですし、もう少しネット上のやりとりも含めて議論する必要があるのではないか。こうしたことは数年前からさんざん指摘されていますよね。メールについても議論が始まって十数年経ってようやく法律に入りました。SNSに関しても反対する人はいないのにもかかわらず、なぜか前に進んでいない。これはちょっと由々しき問題ですよね。規制法の改正は今後、どのように作っていけばよいでしょうか。

 

小早川 やはり、罰則はもう少し強化してほしいです。また、今は親告罪となっていますが、非親告罪化に向けて検討委員会でも報告をしていますので、そのように変わればなと思っています。被害者が告訴するのはなかなかハードルが高いからです。私がいつも思っているのは、警告が出るのが遅いんですね。また、警告違反をしても罰則はないわけで、二度目に禁止命令が出て、そこで違反があれば逮捕されるという流れになるので、緊急命令のような形でただちに禁止命令を出せる仕組みがあったらいいなと私は思います。

 

荻上 法改正をしていくことと同時に警察の内部のオペレーションをしっかりと変えていく。こうした両面の活動が必要になってくるわけですね。メディアとしても、そうした部分に特化した報道をしていくことが必要になってくると思います。

 

 

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