本人が望まなかった性的なできごとは、すべて性暴力である

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最新の性犯罪統計

 

こうした「強かん神話」がまさしく神話であることを認識し、性暴力の実態を知るには、調査に基づいたデータを見ていく必要があります。

 

日本では、現在、性暴力被害に関する全国調査が実施されていないため、どれぐらい性暴力被害が発生しているのかを知る手がかりとして、警察庁が公表している犯罪に関する統計、内閣府が平成11年から3年おきに全国の20歳以上の男女5,000人を対象に実施している「男女間における暴力に関する調査」、厚生労働省が公表している児童虐待に関する統計などがよく参照されます。ここでは、警察庁と内閣府の調査を確認していきます。

 

まず、警察庁の「平成26年版犯罪白書」によると、平成26年の1年間に警察が認知した性犯罪の件数は、強かん1,250件、強制わいせつ7,400件でした。そのうち、被害者および関係者が警察に被害を届出たのは、強かん873件(うち告訴293件)、強制わいせつ5,702件(うち告訴961件)でした。

 

次に、内閣府の平成26年度調査によると、女性1,811人からの回答があり、そのうち6.5%(117人)がこれまでに「異性から無理やりに性交された経験」、いわゆる強かん被害の経験があると答えました。ここから、約15人に1人の被害経験が浮かび上がってきます。そのうち、被害を受けたことについて誰かに相談したかどうかを尋ねたところ、「どこ(だれ)にも相談しなかった」人が67.5%(79人)であり、相談した人のうち「警察」に「連絡・相談した」人はわずか4.3%(5人)でした。

 

さらに、この強かん被害経験者(117人)に、加害者との関係を聞いたところ、「交際相手・元交際相手」が 28.2%(33人)と最も多く、次いで「配偶者・元配偶者」が 19.7%(23人)、「職場・アルバイトの関係者」が 13.7%(16人)となっており、全く知らない人からの被害は11.1%(13人)でした。一方警察庁の統計では、49.1%が「面識なし」の相手からの被害であることがわかっています。

 

 

公表されなかった強かん件数

 

警察庁の統計においては、強かんと強制わいせつともに、「面識あり」および「親族」の割合が上昇傾向にあるものの、やはり「面識あり」の加害者について警察に相談することはハードルが高いことがわかります。このことから、「暗数」の多さをうかがい知ることができます。

 

暗数とは、「実際の数量と統計上あつかわれる数量との差」(デジタル大辞泉より)であり、特に犯罪統計における文脈でよく使用されます。警察庁の統計は、数ある性暴力の事象のなかでも刑法に定められている性に関連する犯罪、いわゆる「性犯罪」に限られています。他方、内閣府の統計は、性暴力のうち「強かん(注5)」に限定しており、しかも女性だけの結果を反映したものです。このように性暴力に関する公式統計は、「犯罪」とみなされる行為に限定されており、暗数が多いことが知られています。

 

(注5)「強かん罪」(刑法177条)は、「暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強かんの罪とし、3年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする」と定められています。

 

統計に現れる性暴力被害がまさに氷山の一角であることは、以下のWHO(World Health Organization:世界保健機関)の図がわかりやすいでしょう。この図では、警察庁統計は「警察に報告された強かん」、内閣府統計は「調査に報告された強かん」にあたり、それ以外にも「公表されなかった強かん」が無数に存在することがわかります。

 

 

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これまで、これらの統計に性暴力被害の実態が反映されず、暗数が生じやすい要因として、次のような5点が指摘されてきました。

 

1つ目は、性暴力は加害行為を行った側よりも被害を受けた人の方が羞恥心を感じたり、自責の念に駆られたりする傾向が強いため、被害にあったことを開示しづらいこと。2つ目は、子どもが被害を受けている割合が高く、そもそも被害にあったことを認識するのが難しいこと。

 

3つ目は、加害者が顔見知りであった場合、警察に届け出ることで事件化するのをためらう人が多いこと。4つ目は、被害にあった当事者が警察に申告することで初めて事件として扱われる(注6)ため、警察への通報が滞ること。

 

(注6)いわゆる「親告罪」の問題です。親告罪とは告訴がなければ公訴を提起することができない犯罪のことをさします。

 

5つ目の理由として、世間ではことさら強調されていないものの、筆者が最も重要だと考えていることは、性暴力の定義が共有されていないということです。つまり、性暴力という言葉がさまざまな事象を包摂する概念であるという知識が人びとの間で共有されていないがゆえに、性暴力として認識されるのが、見知らぬ人からの強かんや強制わいせつといったものに限定される傾向にあり、被害の全容をうかがい知ることが難しくなります。

 

 

狭い定義から広い定義へ

 

最後に「性暴力とは何か」を改めて考えてみたいと思います。

本稿では、「性暴力被害は、暗い夜道で遭うことが大半である」「露出度の高い服装をした女性が性暴力被害に遭いやすい」という神話や、性犯罪統計で描かれる性暴力が、性暴力問題のほんの一部であることを確認してきました。このような「狭い定義」が性暴力の固定的なイメージとなり、より多くの人が共通して経験している人権侵害とのつながりがみえにくくなっています。

 

そこで、「人権侵害としての性暴力」という問題の本質を見失わないためにも、「何気ない性的な冗談が強かんと連続性をもつ」という意識が重要だと考えます。性差別主義、異性愛主義、年齢差別主義、人種差別主義、自民族中心主義、障がい者差別主義、階級主義、トランスフォビア(心・身体・見た目などが一致しない人に対する嫌悪)、ホモフォビア(同性愛嫌悪)などは、すべて性暴力を生み出す土壌となります。他の誰かとの違いを強調し、馬鹿にするような態度や信条は、すべての暴力と連続性をもちます。

 

どのような現象を性暴力として捉えるのかという認識を、子どもを含めた社会全体で共有したり、被害にあった人たちが「性暴力被害者」であることを開示しやすい社会ができれば、性暴力・性犯罪統計における暗数も小さくなり、より正確な実態が明らかになるでしょう。被害の全容を把握するためにも、「本人が望まなかった性的なできごとは、すべて性暴力である」という性暴力のシンプルな定義が共有されることを望みます。

 

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vol.266 

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