10人に1人がひきこもりを経験――内閣府ひきこもり調査を読み解く

雇用情勢の改善は関係があるか

 

先に引用した読売新聞では、ひきこもりの減少は「雇用情勢の改善」が関係していると分析していた。確かに2010年と2015年の失業率をみると、改善していることは確認できる。

 

 

2005年から2015年にかけての失業者の年次推移

図2 2005年から2015年にかけての失業者の年次推移

 

 

2005年から2015年にかけての完全失業率(季節調整値)を示したのが図2である。この期間でもっとも失業率が高かったのは、2009年の7月で5.5%であった。2010年調査の行われた12月の失業率は4.9%、2015年調査が行われた12月の失業率は3.3%である。失業率の回復は確かにみられる。

 

しかし、これだけで、失業率がひきこもりの減少に関連していると結論をづけることは早計である。そもそも、ひきこもりが減少しているというとらえ方が誤りなのだが、仮にひきこもりが減少したとしても、関連付けるのは早計である。

 

雇用環境はひきこもりにも関係はあるので、もう少し詳細に見ていこう。

 

失業率とは失業をしている者のことである。しかし、ただ職がないだけではなく、求職活動をしているという条件が付く。つまり、職がなく、仕事を探していない人は失業者とはカウントされないのである。とくに職に就くことを望んでいない人や、諸事情で当面働くことができない人について検討する際のデータとして失業率は向いていないのである。

 

ほとんどのひきこもりは求職活動に積極的だとは言えない。もちろん、ひきこもり状態から抜け出すために求職活動をする者もいるが、社会から退却しているというのがひきこもりの意味するところであるので、ひきこもりの中核群は求職活動をしてはいないと考えた方が正確だ。

 

公式統計においてひきこもりと近接した概念なのは無業者(ニート)である。無業者とは、就学・就労・職業訓練をしていない者を指す。

 

 

2005年から2015年の無業者数と無業者率

図3 2005年から2015年の無業者数と無業者率

 

 

図3では無業者(15~39歳)の推移を掲載した。無業者の推移を見ると、2010年(81万人)より2015年(75万人)の方が減少しているのだが、これは若年人口が減っているからである。

 

割合でみるために、15~39歳の無業者をその年齢階級の人口で割った数値も掲載した。ここでは、無業者率と呼ぶことにする。無業者率は前回調査が行われた2010年と今回の調査の2015年で大きく変化していないことが分かる。

 

先の図2の失業率の推移と併せてみると、失業者と無業者には根本的に違いがあることが分かる。失業率は2009年にもっとも悪化している。この原因はリーマン・ショックによって景気が悪化したためである。

 

一方で、無業者は2009年に特に悪化がみられない。また、この数年の景気の回復によって改善もみられない。年次推移をみても、横ばい、もしくは微増をしており、景気の影響で無業者の増減は説明できないことがわかる。

 

景気が良くなり失業率が改善し、職に就くことが容易になったからといって無業者は減少しない。彼らと就職の間には、かなりの距離があり、就職しやすい環境になったといっても、そのほとんどは就労を始めることはない可能性が高い。

 

ひきこもりの場合はもっと困難であろう。ひきこもり状態にある人は一般的には職がないから家にひきこもっているのではなく、働くことも、その他の社会参加をすることもできない諸事情のために社会から撤退をしている。景気や雇用環境といった環境要因の改善によって、ひきこもり現象が解決したり、縮小することはない。このことは、無業者の推移からも推測できる。

 

 

ひきこもり経験の推定値

 

2010年調査と2015年調査には設計に大きな違いが2点存在している。2点とも新たに追加された項目である。

 

1点目はひきこもり経験の項目が加えられたことである。2010年調査では現在ひきこもり状態にある者だけが調査対象になっていたが、2015年調査では、ひきこもりの過去経験も調査されるようになった。

 

2点目は、対象者の家族が答える回答用紙が追加されたことである。まずは、1点目についみていこう。

 

ひきこもり経験の項目に回答したのは2,967人で、現在ひきこもり状態の者は対象ではない。この質問でひきこもり経験に該当したのは252人であった。彼らはひきこもりを過去に経験したが、現在は社会参加をしているという人たちである(注1)。

 

(注1)報告書からこの回答の欠損値を計算すると99であり、現在ひきこもりである者49名を加えた3,016名を調査対象者として推計している。

 

割合にすると8.4%、推定値は287万8448人(253万8092人~321万8805人, 95%信頼区間)となる。

 

 

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冒頭にも書いたが、現在、ひきこもり状態にある若者は1.6%であり、経験がある若者8.4%を合わせると9.7%なる(注2)。およそ10人に1人の若者が、過去にひきこもり経験があるか、現在ひきこもりであるということになる。現在ひきこもり状態にある若者は100人に1~2人程度であるが、経験者も含めると10人に1人という割合になる。少なくとも日本において、ひきこもりは決して稀な現象ではないのである。

 

(注2) 報告書からは欠損値の把握が完全にできないため、ここでは報告書に掲載されている調査対象者の3,115名をもとに推計を行っている。8.4%と1.6%を単純加算すると10.0%になるにも関わらず、推計値が9.7%になっているのは、調査対象者の差異が原因である。

 

 

ひきこもりの継続期間

 

ひきこもり経験者のひきこもり継続期間を示したのが図4である。

 

 

ひきこもり状態が続いた期間(ひきこもり経験者)

図4 ひきこもり状態が続いた期間(ひきこもり経験者)

 

 

40%の人々は1年以内にひきこもりから抜け出し、70%は3年以内に抜け出している。ほとんどの者は数年でひきこもりから抜け出すことに成功している。しかし、15%は7年以上であり、一部には長期化がみられる。

 

7割が3年以内のひきこもりから回復し、3割が3年以上の長いひきこもりであるという結果は、一般的なひきこもりのメディア・イメージからすると、意外な結果かもしれない。ひきこもりは一旦その状態になると抜け出すことが容易ではなく、何年も、何十年も続くというイメージが醸成されているからだ。

 

3年以内に7割が社会へ戻るという結果は、ひきこもり経験が非常に多かった結果とも符合する。つまり、現在の日本社会ではひきこもりになることは珍しいことではなく、10人に1人が経験する。そして、そのほとんどは3年以内に社会へと戻ることができている。したがって、現在ひきこもり状態にある者は1.6%であり、経験がある若者は8.4%という数値になるのだと考えられる。

 

ひきこもり支援が日本中に行き渡っていない現状から考えると、ひきこもりからの回復の大半は支援の成果ではなく、自力で社会に戻っていると考えられる。

 

ひきこもり支援という観点から3年以内に7割が社会へ戻るという数字を見ると、2点の戦略が考えられる。

 

3年以内に社会に戻れるなら放置してもよいと考える人もいるかもしれない。しかし、3年間であっても社会から離脱することは、本人にとっては大きな不利益である。また、3年も社会から離れていれば、元のポジションや給与水準に戻ることは難しい。

 

社会にとっても3年間分の労働力が減少し、税収も減少する。自力でも戻れるひきこもりであれば、多少の支援をすることで、社会に戻れるチャンスを数多く作り出し、ひきこもり期間を短縮することが可能であろう。ひきこもり期間中に本人が感じる苦痛も減少するのであるから、支援は誰にとっても利益がある。

 

次に、残りの3割程度の長期化グループに対しては、資源を大きく割いて支援をしていくことが必要であると考えられる。これらのグループは放置をすると、ひきこもりから抜け出せない可能性が高い。

 

誰にどのような支援が必要かということを踏まえ、必要な支援を適切に行うことが求められる。

 

 

家族調査からみるひきこもりの推定値

 

今まで検討してきたのは、内閣府ひきこもり調査では本人票と呼ばれている、本人が自身のことを回答する票の分析である。2015年調査で新しく家族票が加えられ、対象者の家族から情報を得ている。つまり対象者について本人と家族の誰かから二重に情報を得るという調査設計になっている。

 

ひきこもり調査で家族票がなぜ必要なのかは冒頭でも述べたが、重篤なひきこもりの実態把握には家族調査が不可欠である。

 

ひきこもりの症状が重い場合には、一切の社会との接点を切断しているはずである。ひきこもりは社会から回避しているため、調査員が訪れてきて調査についてやり取りをするというのは、非常にハードルが高い行為だと考えられる。したがって、本人回答という方法は症状の軽いひきこもりであれば、対応が可能かもしれないが、重症になればなるほど、回答は期待できない。

 

その点、その本人について家族が答えるのであれば、本人の状態が悪化していたとしても、情報を得ることができる。

 

本人調査のひきこもりの数・割合と家族が報告しているものには食い違いがある。本人調査は有効回答数が3,115票であり、ひきこもりに該当する者が49名(1.57%)、点推定値が54万人であった。一方、家族調査の有効回答数は2,897票であり、ひきこもりに該当する者は74名(2.55%)、(点)推定値は88万人である。区間推定値を含め表2にまとめた。

 

 

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井出(2014)では、2010年調査の分析を行い、比較的軽症の者が回答していることを指摘している。今回の2015年の本人調査も、同じ形式で行われているため、同様の傾向がみられるはずである。であるならば、家族調査の結果に本人調査では回答が得られていない重症例が一部含まれていると考えるのは外れてはいないだろう。

 

新聞報道や内閣府の発表よりも、ひきこもり現象は大きいことが報告書からは読み取れる。いまだに減少せず、家族調査では以前から推定されていたよりも大きな現象であることもわかった。ひきこもりは日本社会にとっていまだ無視できない社会問題であり続けているのだ。

 

 

■参考文献

・池上正樹、2016、「内閣府『ひきこもり実態調査』、40歳以上は無視の杜撰」」『ダイアモンドオンライン』http://diamond.jp/articles/-/101238

・井出草平、2014、「内閣府ひきこもり調査の検討:-調査法、ひきこもり票の検討、社会的関係、不登校経験率-」『四天王寺大学紀要』(58): 179-202.

http://www.shitennoji.ac.jp/ibu/docs/toshokan/kiyou/58/kiyo58-9.pdf

・内閣府『子ども・若者白書』

・日本経済新聞「引きこもり54万人 15~39歳、長期・高年齢に 内閣府調査」2016年9月8日.http://www.nikkei.com/article/DGXLZO07000830Y6A900C1CR8000/

・総務省『労働力調査』

・総務省『人口推計』

・読売新聞「社説 引きこもり対策 長期化に応じた支援が必要だ」2016年10月10日http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20161009-OYT1T50093.html)

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.279 

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