2011.03.11

寄付連鎖を寄付文化創造の契機に 

西田亮介 東京工業大学・大学マネジメントセンター准教授

社会 #タイガーマスク#伊達直人#寄付#児童養護施設

タイガーマスク現象を矮小化する論調

2010年12月25日、群馬県前橋市の児童相談所に、ランドセル10個が届けられた。送り主は分からず、ただ、梶原一騎の人気漫画『タイガーマスク』の主人公「伊達直人」を名乗る人物の手紙が添えられていたのみ。

大手マスコミは美談として報じたが、事態は興味深い展開をみせた。マスメディアが第一報を報じたのち、年が明けると第2、第3の「伊達直人」が現れたのである。神奈川県小田原市の児童相談所に届けられた「伊達直人」からの手紙には、「タイガーマスク運動が続くとよいですね」と記されていた。第1の「伊達直人」とは別の人物が、「伊達直人」を名乗ったと思われる。

同様の動きは、岐阜県、沖縄県、静岡県をはじめ全国に波及した。1月15日のNHKニュースによると、1月15日までに全国で1056件を越え、現金、金券あわせて、3240万円の寄付が集まった。また、「伊達直人」のみならず、漫画『明日のジョー』の主人公「矢吹丈」や、「ムスカを愛するVIPPER」という匿名掲示板を想起させるキャラクターの名称を借りた寄付も起きた。これが一連の「タイガーマスク現象」と呼ばれる出来事の概要だ。

この「タイガーマスク現象」、否定的な見解を示す論者が多かった。論調を大別すると、「匿名の薄気味悪さ」という感情的な議論 (たとえば、森達也「タイガーマスク騒動に見る薄気味悪い善意」『ダイヤモンド・オンライン』http://diamond.jp/articles/-/11193)と、日本にも寄付の文化は昔から存在し、今回の出来事は「たいしたことがない」と片付ける言説(たとえば、坪内祐三×福田和也「これでいいのだ!vol.420」『週刊SPA!』2011年2月15日号) 、実務家らによる児童養護施設のニーズとのミスマッチという「事実」の指摘である。

日本に寄付文化はあったのか?

まず心情的な批判だが、むろん、「善意の暴走」が感情的動員に接続することもありうるが、後述するように、今回はむしろいくつかの「修正された派生型」というべきもので、課題の存在を認識した新しいバージョンへと接続していくことになった。「薄気味悪さ」の指摘は、新しい現象、新しい方法に絶えずつきまとうものであるが、事態の把握のためにも、感情論で目をつぶってしまうのではなく実像に目を向けたい。

つぎに「日本にも寄付文化が昔から存在している」という批判だが、たとえば中島岳志が『朝日平吾の鬱屈』で描き出すように、たしかに近代日本の富豪のあいだにも、寄付や慈善活動を行う習慣は存在した。澁澤栄一などは現在でもその名を知られた存在である。

だが、限られた成功者の寄付はともかく、中流階級以下の世帯を含む一般の人々が、自発的に地縁血縁を越えた「他者」に寄付を行う習慣は根づかなかったのではないか。その意味で、近代日本の寄付文化とタイガーマスク現象に象徴される寄付の文化は質を異にする。

第2次世界大戦後の現代日本社会においても、「寄付文化」の所在は曖昧であった。「限られた成功者」による大口寄付は存在したし、バブル経済下では「企業メセナ」と呼ばれる企業単位の文化支援が活発に行われるようになり、災害支援などに際して、企業内で社員の募金を集めることも行われるようにはなった。

だが、寄付先が、1947年にはじまった中央共同募金会の「赤い羽根」募金、学校といった中間組織を介したものが主流になったことで、「誰が、どこに、いくら寄付し、それらがどのように使われたか」は不透明になった。そのため、個人が寄付するときも、自身で寄付の使途を指定したり、チェックしづらくなった。結果、寄付行為を通して共感や実感を得にくくなった。寄付経験をもつ人は増えたかもしれないが、それらをもって「寄付文化」と呼べるかどうかは議論が必要と思われる。

相互扶助をめぐる日本人の意識

いや、現代社会には、寄付文化以前に、相互扶助の文化が存在したかもよく分からない。NHK放送文化研究所が1973年から5年ごとに行っている「日本人の意識」調査がある。そのなかに、「問題が発生したときに、解決のために積極的に活動しようとする人が増えるのか、それとも他人に依頼して解決をはかろうとする人や、事態を静観する人が増えるのかをとらえる」ために、「結社・闘争性」を[職場][地域][政治]という場所毎に[静観][依頼] [活動] [その他、わからない・無回答]の4択で問う質問がある。

現時点の最新版にあたる『現代日本人の意識構造[第七版]』によると、2008年に[職場]を対象とした結果は、[静観]と[依頼]をあわせて76%、[活動]18%、[その他、わからない・無回答]6%という内訳である。これが[地域]になると、前者が75%、後者が22%、4%、[政治]にいたっては、前者79%、後者が13%、8%と、身近な単位を離れれば離れるほど、他力本願な態度をみせる姿勢がうかがえる。

この内訳は、1973年の調査開始から大きく変わってないばかりか、学生運動の退潮が関係するのか、[活動]が減少し、[依頼]が増加している。寄付文化どころか、個々人が社会問題解決のために活動する姿勢を見出すことができるかということも議論が必要であろう。

目を向けるべきは波及効果

そして三番目の批判、寄付を受け取る側のニーズとの齟齬に関する批判だが、たしかにタイガーマスク現象ひとつをとるとミスマッチはあったかもしれない。けれども、その波及効果にこそ眼を向ける必要がある。

タイガーマスク現象が社会現象となったことで、メディアは次々に関連の話題を報じた。そのことで、普段から関心をもたない人たちや、善意はあれど、「どのように寄付を行えばいいのか」「どこに寄付をすればいいのか」という情報をもたない人たちに、寄付に対する関心を芽生えさせたり、寄付のミスマッチが問題になっているということを伝えるきっかけとなった可能性がある。

このように捉えると、そもそもタイガーマスク現象それ自体をひとつの出来事として評価することに意味は乏しく、この出来事を転機として何が起きたかという全体像に目を向ければならないことがわかる。

また、児童養護施設の問題は、平常時には世間の関心が集まり難い分野だといわれている。それゆえに関係者は、今回の出来事を追い風に、迅速に動いた。細川厚生労働相は、1月11日の記者会見で施策の拡充に言及、高木文部科学相も児童養護施設の環境整備に触れた。国立青少年教育振興機構は、3月末までに青少年自然の家や、銀行口座から寄付を受け、児童養護施設への寄付を仲介するという。

新しい寄付の回路を創造するIT業界

さらに、あまり知られていないが、タイガーマスク現象はIT業界に「飛び火」した。その中心人物が、株式会社ユビキタスエンターテイメントの代表取締役社長清水亮氏だ。清水氏がはじめたのが、同業のIT企業の社長たちに向けて自身のブログ「Keep Crazy;shi3zの日記」(http://d.hatena.ne.jp/shi3z/)で児童養護施設へのPC寄付を呼びかける「寄付自慢選手権」と、twitterのハッシュタグを介して、18歳以下の若者に、6種類のテーマで小論文を募集し、もっとも魅力的で、可能性があると感じた投稿者にMacBookAirを寄贈するという「#givepc」「#givemac」という活動である。

前者は、事前に児童養護施設へPC寄贈に対するニーズの確認を尋ねるよう告知するなど、施設側の需要とのミスマッチの課題を克服しようとしている。この投稿は、他の著名なIT起業家を巻き込んでいくことになった。

さらに、清水氏の取組みに刺激を受けたアルファブロガーのfladdict氏(http://fladdict.net/blog/)がはじめた「寄付ハック」という活動によって、さらなる発展をみせる。この「寄付ハック」は、「3000円以上慈善団体に寄付をした人のなかから抽選で1名にiPad2をプレゼントする」という企画で、同ブログによれば、2011年1月15日から2月15日の一ヶ月で、72万5300円が寄付されたという。iPad2 1台分の「投資」で、これだけの寄付を誘発する、ひとつのファンドレイジングの試みだ。

さらには、タイガーマスク現象が話題になるなかで、ちょうど誕生1周年を迎えた「JustGivingJAPAN」(http://justgiving.jp/)という個人の挑戦と、寄付をインターネットを通して結びつける取組みは、初年度1年間で約3300万円の寄付を集めることに成功した。

このようにタイガーマスク現象は、多くの人々の認識のあり方を変え、通常寄付に関心をもたない人々に訴えかけ政治をも動かした。さらに、これまで寄付に対して関心をもちつつも、その端緒をみつけられずにいたIT起業家たちが、新しい寄付の回路をつくりだすべく、さまざまな試みを行うきっかけにもなった。彼らは自身が寄付を行うだけではなく、さらに人を巻き込むユニークな方法を生み出した。

タイガーマスク現象が、ここであげたような波及効果のレバレッジポイントになったことはたしかであろう。だが、時間がたつにつれ、マスメディアの関心は離れた。萌芽として垣間見られた寄付の連鎖が、寄付文化創造に繋がるかは不確定であり、政局もあり寄付税制改革が成立するかもかなり雲行きが怪しくなってきた。だからこそ、改めて制度の外に存在し、身近な額の寄付を集約し、寄付者に共感と実感をもたらすことで、その行動を変革していく新しい寄付の手法に注目したい。

推薦図書

NHK放送文化研究所が1973年から5年ごとに行っている意識調査。世の中には、数多くの社会調査が存在するが、これだけの長期間にわたって、意識や価値観について定点観測を行っている調査は多くはない。本文中で言及した結社・闘争性に関する質問以外にも、経済、政治、家族のありかたといった項目が存在し、日本人の価値観を考えるうえで欠かせない基礎的な資料といえる。

プロフィール

西田亮介東京工業大学・大学マネジメントセンター准教授

1983年京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同大学院政策・メディア研究科後期博士課程単位取得退学。専門は、地域社会論、非営利組織論、中小企業論、及び支援の実践。『中央公論』『週刊エコノミスト』『思想地図vol.2』等で積極的な言論活動も行う。

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