被災地の病院が医師の不在で危機に――少子高齢化時代の地域医療を考える

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公的な支援が不可欠

 

荻上 今回はクラウドファンディングで資金を集められましたが、持続可能性についてはどうお考えですか。

 

坪倉 もちろんボランティアは有難い話なのですが、善意だけでは限界があります。行政などが継続的に支援するシステムがないと長期的にはやっていけないでしょう。

 

荻上 高野病院は私立の病院ということですが、そもそも個人経営の病院には行政からの公的な支援は入らないのでしょうか。

 

坪倉 浜通りなど、原発被災地となった地域では、医療復興の目的で福島県主導の支援がいくらか行われています。具体的には、人件費に一部補助がでたり、看護師などの医療従事者の確保や就業改善のための補助金などです。しかし現状、それだけではやっていけません。

 

例えば、レストランなどの飲食店であれば、お客さんがいなければ店の運営は成立しない。しかし、人は飲食店が全く無いような場所には帰りません。どちらが先か、鶏と卵のようです。私立の病院にも現実問題として経営があります。負の循環に陥っています。特に避難地域では人口が少ない上、地域社会の変化で医療ニーズが流動的なので、どのような医療を提供すべきか不透明です。例えば、復興作業員のかたに対する医療と、高齢者に対する医療は異なります。救急と慢性期も異なります。こうした点をうまくカバーする行政支援と双葉地方全体の中でどうするのかという指針がないと、継続は難しいと思います。

 

荻上 広野町や福島県は高野病院の件に関心は持っているのでしょうか。

 

坪倉 広野町に関しては、火災当初から遠藤町長が動かれ、その後も継続的な支援を呼びかけてくださいました。町役場の方々にも献身的に支援していただいています。県の担当者も対応を考えてくださっていると聞いていますし、会議なども行っています。しかし手続きなどの関係もあり、こちらはまだ目に見えた成果には繋がっていません。

 

荻上 リスナーからのメールです。

 

「医療を含めたインフラの整備は、地元の人たちの生活には欠かせません。以前使用していた病院に医師が戻れば帰還も進むと思います。現時点で、どのくらい整備が進んでいるか、そうした動きを後押しする制度があるのか伺いたいです」

 

いかがでしょう。

 

坪倉 多くの方が尽力してくださっていますが、足りていないですし、この地域全体としてどのような医療を提供していくか、その大きな枠の中でそれぞれの医療機関がどんな役割を果たしていくのか。この連携がうまくいっていないのが実情です。既存の医療施設を使用することも、実は難しい問題です。以前からの施設を使えば人も集まりやすく、経済的にも負担減になるように思えますが、既存の私立病院を利用することは、利益誘導の問題になるといって行政は非常に及び腰になります。震災後これまでもずっとそうでした。現在、福島県立医大が主導で各地に小さい救急病院を設置する計画がありますが、以前とは別の場所に作る方向で計画が進んでいます。

 

例えば自営業のクリニックに関しても、もとの場所に戻って開業すれば援助をするといわれて戻ったとします。支援を頼りに戻ってみても、肝心の支援はいつ打ち切られるかわからない上、人口の動きや医療ニーズがどうなるかが不安定で、援助なしで経営が成り立つようになる目処も立ちません。なかなか開業に踏み切れないのが心情だと思います。残念ながら地域医療が震災前の水準に戻るまではまだ時間がかかりそうです。

 

 

医療過疎、1日がかりで通院する

 

荻上 なるほど。福島以外での地域医療の問題はどうなっているのでしょうか。こちらは埼玉で実際に地域医療に携わっている北本矢澤クリニック院長の矢澤聰さんに伺いたいと思います。まず矢澤さんの病院の位置と、どのような医療を行っているのか教えていただけますか。

 

矢澤 埼玉県の県央地域である北本市で、在宅療養支援診療所を運営しています。具体的には、進行がんの方や、脳梗塞後や神経難病で日常生活能力が低下している方、認知症の方、小児科の患者さんや精神疾患の方など、自力で通院が困難な方に対して、365日24時間対応で医師や看護師が自宅に出向いて医療を行う在宅医療サービスを提供しています。

 

荻上 在宅医療のメリット・デメリットとはなんなのでしょうか。

 

矢澤 メリットとしては、(1)自力での通院が難しい患者さんが通院の負担なく、診療を受けられること、付き添いの家族の負担が減ることがあげられます。埼玉の県央地域は高齢化が進む医療過疎地域です。短時間の治療を受けるために丸々1日かけて通院される方、それに付き添うご家族が少なからずいらっしゃいました。医師や看護師が訪問することでこうした負担が軽減されます。

 

(2)同時に、実際に医師が自宅へ行くことで、患者さんの生活がわかりますので、在宅介護をしやすいよう、医療器具、介護器具、福祉制度などについてアドバイスも可能です。より日常に近いかたちで負担の少ない療養生活を送ることが出来るのです。

 

(3)入院による治療では、一旦社会生活からは切り離されることになります。しかし在宅医療でしたら、家族や地域の中で変わらぬ絆を保ちながら療養生活を送れます。患者さんは安心した状態で療養でき、その結果周囲も安心する。そうすると患者さんも勇気づけられます。在宅医療のメリットですね。

 

一方デメリットとして、在宅医療は外来診療に比べると時間も手間もかかり、1人の医師が診察できる患者数も少なくなります。課題として、在宅医療を必要としている人に対して質の高い在宅医療をいかに安定的かつ確実に供給できるかという点があげられます。

 

荻上 埼玉の医療過疎は深刻な状況なのでしょうか。

 

矢澤 地域により異なりますが、当クリニックの周辺でも市街地を離れると状況は深刻です。先日も郊外のある地域で唯一運営されていたクリニックのご高齢の院長が、お亡くなりになり閉院になり、住民の方が困っているという話がありました。

 

荻上 高野病院と同じような状況だったわけですね。

 

矢澤 高野病院の話を聞いたときは、超高齢期社会における日本の医療の問題の縮図だと感じました。

 

荻上 一医師として、昨今の日本の医療過疎問題についてはどうお考えですか。

 

矢澤 坪倉さんからもコメントがありましたが、現在の日本の、医療過疎地域における医療は一人の医師の理念や情熱で何とか支えられている状況が少なくありません。このような、被災地や過疎地における医療システムの脆弱性を危惧しています。まちなか集積医療に代表されるように、効率的な医療提供システムを目指す動きもありますが、一方で住み慣れた地域で家族や仲間と共に暮らす幸福のかたちもあります。両者のバランスの取り方が重要な課題になると感じています。

 

荻上 矢澤さん、ありがとうございます。在宅医療は各地で議論されるべきテーマになるのですね。

 

坪倉 そうですね。埼玉、千葉、神奈川などの大都市は対人口比で医療者の数がより少ないことも問題にあげられます。あまりに人口が多く医療者が足りないので、病院のたらい回しなどの問題も増えてきます。病状が進行すると医者以外の介護者や家族のサポートも必要になりますが、そうしたことが共通認識としてまだまだ不十分なのも重要な問題ですね。

 

荻上 埼玉での医療過疎問題などは「首都圏なのに」という声もありますが、逆に首都圏だからこそということなのですね。

 

坪倉 そういうことです。

 

 

相互に欠かせない在宅医療と集積医療

 

荻上 政策的な問題についても考えて見たいと思います。こちらは「まちなか集積医療」に関する研究をされている東京学芸大学準教授、伊藤由希子さんに伺います。よろしくお願いいたします。

 

伊藤 よろしくお願いします。

 

荻上 医療の研究者の立場から、今回の高野病院のニュースはどう感じられていますか。

 

伊藤 高野先生の功績を非常に心強いと思うと同時に、やはり医療の社会的構造に問題があったと感じています。本来の医療は1人の医師が普通に働いて成り立つべきだと考えます。

 

荻上 現在の医療制度の問題点について、どうお考えでしょうか。

 

伊藤 現在の日本の医療体制は高度経済成長期に作られたものです。この制度に縛られ、変化する現状に対応できていないのが問題だと思います。

 

また、病院や病床が多すぎて、それを担当する医療者の数が足りないことも課題です。地方医療では特に医療スタッフが少なく、病床が増えることで医師はひとりで数多くの患者を担当しなければなりません。結果として医療が不十分になります。患者としても、そのひとりの医師が動けなくなることで医療サービスを受けられなくなるという不安定な状況です。

 

荻上 「まちなか集積医療」とはどういったものなのですか。

 

伊藤 多すぎる病院を減らすことで病院1件あたりの医療スタッフを充実させる試みです。同時に「まちなか」、つまり地域の中で現状最も利便性が高い場所にサービスを集め、アクセスしやすい仕組みを作ろうとしています。病院とその他の施設を併設するような仕組みも提案するようにしています。

 

荻上 点在する医療施設を一箇所に収斂することで地域の拠点を作る試みということでしょうか。

 

伊藤 その通りです。患者さんもそこに行けば包括した支援が受けられることになります。スタッフもそこで業務分担が可能になり、患者と医療提供者双方にメリットになります。集中投資もしやすく、限られた医療資源の中で持続可能な体制を築くには有効な手段だと考えています。

 

また、病院の数が多すぎるために、必要な病院と不必要な病院が区別されていないので、まずはこの判断が必要ですね。同時に、そこに効率性だけを追求するのではなく、患者が望む療養生活が送れるよう選択肢を多く残すことが必要です。このバランスを見極めて体制を整えていかなければなりません。

 

荻上 集積医療と在宅医療の連携は可能なのですか。

 

伊藤 まちなかに医療機関が集積することでその後の日常的なケアが受けられないようなことが起こらないようにするためにも、在宅医療の充実は不可欠です。集積医療設備を充実させ、急性期の症状に対応できるようにすると同時に、そうした患者が快復した後、ケアを受けられる在宅医療の仕組みが必要です。

 

荻上 国内での集積医療に関する議論はどの程度進んでいるのでしょうか。

 

伊藤 近年各地の病院の老朽化や公立病院の経営難から、建替え事業や病院の再編成が進んでいます。この動きの中で、地域がそれぞれうまく方針を決められるかが鍵になってくるでしょう。

 

荻上 医療従事者同士のネットワークの構築も必要になってきますね。

 

伊藤 ええ。今までは公立と私立の運営形態が異なることで鍔迫り合いが多かったのですが、こうした枠も超えて取り組む必要性がありますね。具体的に取り組みが進んでいる地域もありますので、今後の経緯を見守っていきたいです。

 

荻上 伊藤さんありがとうございます。まちなか集積医療と在宅医療、一見相対する発想のように見えますが、同時に行うことで患者第一の地域医療を進めていけるという話でした。坪倉さん、いかがですか。

 

坪倉 高野病院の一件を通して感じるのは、我々の健康は地域が守っているのだということです。周囲の人との繋がりや、暮らしに必要な社会インフラが整備され、医療者介護者同士もつながって、情報共有されていることが重要であり、病院はその一部でしかないのです。現在の医療需要と供給の不一致は最適化されなければなりませんが、病院や医師の数だけ増やせば健康が守れるわけではありません。地域が健康を守ることを人々が理解し、ネットワークや繋がりを再構築していく必要があるでしょう。

 

荻上 地域の人々の参画のもと、現状の設備などを活かしつつ町づくりの文脈の中で総合的に議論していく必要がありますね。坪倉さん、本日はありがとうございました。

 

 

■高野病院を支援する会のクラウドファンディングサイトはこちら

https://readyfor.jp/projects/hirono-med

***現状の動向なども報告しております。ぜひご覧ください。***

 

 

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