2017.11.15
犯罪加害者家族の孤立を防ぐために
「忘れられた被害者」
多数の被害者を出した凶悪殺人、交通事故、性犯罪、振り込め詐欺など、連日のように耳にする犯罪報道。事件の影には、誹謗中傷に耐え、世間からの白い目に肩身の狭い思いをしながら生活する「加害者家族」が存在している。
“Hidden Victim” (隠れた被害者)、“Forgotten Victim”(忘れられた被害者)と表現される「加害者家族」。2008年、国内では、加害者家族に関する情報はないに等しく、支援の手がかりさえ見つけることができなかった。同年、筆者が代表を務めるNPO法人WorldOpenHeart(以下WOHと略す)は、全国に先駆けて加害者家族の支援に乗り出した。支援の動きが新聞に掲載されると、これまで沈黙を余儀なくされていた全国の加害者家族から相談が殺到した。
WOHでは、日本中を震撼させた凶悪事件から微罪まで、1000件以上のさまざまな状況にある加害者家族の支援にあたってきた。突然、加害者家族という状況に陥った人々がどのような困難に直面し、どのような支援が必要になるのか、そして、「加害者家族」という問題から浮かび上がる社会的課題とは何か。本稿では、こうした点に触れていきたい。
突然の逮捕から支援が始まる
相談者Aさん(30代・女性)は、小学校に入学したばかりの子どもと夫と暮らす平凡な主婦だった。ある日、夫の下に警察が事情を聞きたいと訪ねて来た。連日、朝から晩まで警察署に行く夫の様子に悪い予感がしていた頃、夫から、現在捜査中の殺人事件の犯人であることを告げられた。
夫は明日には逮捕されるという。朝には報道陣が詰めかけるだろうから、早く荷物をまとめて子どもと避難しろと急かす夫に、Aさんは詳しい事情を聞くことができないまま友人宅に身を寄せることになった。翌日、テレビをつけると夫の逮捕の映像が流れ、ようやく事態が現実味を帯びてきた。この先、夫と会うことはできるのか、自分たちはこれからどうなってしまうのか、途方に暮れるAさんに、友人がWOHの情報を探してくれていた。
刑事手続の流れや逮捕された家族との面会方法、被害者への対応など……、突然、家族の逮捕の知らせを受けた人々は、誰に何を尋ねればよいかさえわからない状況に置かれる。WOHのホットラインでは、随時、加害者家族からの相談を受け付けており、ケースごとに、予想される事件の展開や家族に起こりうることを説明していく。
殺人事件の場合、家族は地域で生活を続けることが難しくなる可能性が高く、持ち家の処分や転居を考えなくてはならない。こうした問題には、不動産会社を経営しているスタッフが相談にあたる。重大事件では、報道陣が加害者家族宅に押し寄せ、近所にも聞き込みをするなど、地域全体が事件に巻き込まれることから、その後、加害者家族が日常生活を送るにはあまりに気まずい環境に変わってしまうのだ。
Aさんは、事件後、生活が落ち着くまでに三度の転居を繰り返した。最初は、とにかくすぐに借りられる住まいに逃げ込んだ。友人やAさんの親きょうだいにまで報道陣が押しかけ、親しい人を頼ることができなくなっていった。夫がまさか人を殺せるような人だと思ったことなどなく、即座に離婚を切り出すことはできなかった。しかし、事件当時、夫はすでに失業し、多額の借金を抱えていたなどこれまで隠されていた事実が次々と明らかとなり、子どもとふたりで生きていくことを決意した。逮捕から5年後の現在、Aさんは両親の暮らす実家近くで静かに生活している。
加害者家族のプライバシー侵害
相談者Bさん(20代・女性)の夫は、いわゆる「下着泥棒」で住居侵入罪と窃盗罪で逮捕された。真面目な夫が破廉恥な犯罪に手を染めているとは夢にも思わず、事件の知らせを聞いた瞬間、大きな衝撃を受けた。夫は盗んだ下着などを自宅に隠していたことから、家宅捜索ではBさんの衣類が収納されているところまでくまなく調べられ、非常に恥ずかしい思いをすることになった。さらに、警察の事情聴取では、男性警察官から夫婦の性生活について質問され、言葉で表現し難いほどの屈辱的な経験をした。Bさんは、耐え難い精神的苦痛からうつ病になり、事件から1年以上経過した現在も精神科に通院している。
性犯罪事件では特に、参考人としての事情聴取が苦痛だったと語る加害者家族は多い。羞恥心を伴う質問に躊躇しても、助言を受けられる弁護士もなく、自責の念から泣き寝入りせざるを得ない状況にある。性犯罪事件の被疑者の母親や妻への事情聴取は、せめて女性警察官が対応するような認識に変えていかなくてはならない。
こうした刑事手続の過程での加害者家族の犠牲は、裁判においても起こりうる。弟が傷害致死事件を起こした相談者Cさん(40代・男性)は、弟の弁護人から情状証人として出廷を頼まれた。協力したい気持ちはあるものの、公開の法廷で加害者家族であることが周囲に知られてしまわないかという不安があった。自分にもすでに家族がおり、どのような影響が出てくるのかはわからない。弁護人に相談すると、重大事件ではないので問題ないということから引き受けた。
しかし、証人尋問当日、傍聴席には思った以上に多くの人がおり緊張に包まれた。閉廷後、Cさんはエレベーターに同乗した傍聴人から、「加害者は全然反省していない」「遺族の気持ちを考えたことがあるのか」などと厳しい批判を受けた。遺族や被害者の友人らが傍聴に来ていたのだ。Cさんは、ただ平謝りするほかなかった。証言の中で、Cさんの勤務先の情報が出てしまったことから、翌日、Cさんの会社に抗議の電話があり、会社に事情を説明しなければならない事態になってしまった。
2004年被害者等基本法が制定されたことにより、刑事手続において、被害者や遺族のプライバシーには十分な配慮が義務付けられるようになった。一方で、参考人や証人としての加害者家族のプライバシーに関しては、認識されることすらなかった。
「加害者家族」とは誰の身にも起こりうるリスク
身内の事件の知らせを受けた加害者家族の多くは、「逮捕された」「事故を起こした」という言葉がすぐには呑み込めなかったと話す。事件・事故が身近で起きた場合、被害者になることは想定できたとしても、加害者側になることは多くの人にとって想定外の出来事である。それゆえ、多くの人には関係ない問題として見過ごされ、支援の発想も生まれなかった。
しかし、想定外の出来事は、誰の身にも起こりうる。加害者家族の大半は、ごく普通の生活をしてきた人々であり、貧困や暴力に晒されているような家庭は少なかった。WOHの支援に繋がった加害者家族の4割は、インターネットにより団体情報を検索し、3割は団体に関する報道から情報を得ている。日常的に新聞や報道番組を目にしている人が多く、知的に高い傾向が見られる。困っているから助けてほしいという単純な相談ではなく、家族の犯罪によって迷惑をかけたという社会的責任から、事件にどのように対応していけばよいかという悩みが中心となっている(図1参照)。
世代間にわたって続く差別
WOHが最も多く受理した事件は殺人である(図2参照)。まさにメディアスクラム(集団的過熱取材)の最中にある相談では、加害者家族を一時的避難所に誘導したケースもある。DVや虐待事例とは異なり、加害者家族として利用できる「シェルター」は存在しないことから個人のネットワークを頼るほかなく、すべてのケースに対応できるわけではない。
一方で、事件からすでに数十年が経過している事件の家族からも数多く相談が寄せられている。
相談者Dさん(50代・女性)の父親は、殺人事件で無期懲役の判決を受けすでに刑務所内で死亡している。Dさんの夫は両親を早くに亡くしていたことから、結婚にあたって父親の事件は問題とならなかった。現在、娘が地元の名士の息子と交際しており、先方の両親が、結婚を考えてか、こちらの家族の状況を気にかけているという。娘の結婚にあたって、祖父の事件が障害にならないか悩みの種である。
インターネットの普及により不特定多数の人々が情報にアクセス可能となった現代、加害者家族であることが公になる恐怖は常につきまとう。重大事件の場合、事件の影響は世代間にわたって及ぶこともある。
WOHでは、加害者家族を「自ら犯罪や不法行為を行った行為者ではないが、行為者と親族または親密な関係にあったという事実から、行為者同様に非難や差別に晒されている人々」と定義している。いじめ事件やハラスメントなど民事事件として処理されるケース、事件化しなかったトラブルなどが「その他」に含まれており、対象者を犯罪者の家族に限定しているわけではない(図2参照)。近年、学校でのいじめを苦に被害者が自死するケースが頻発し、メディアでも大きく取り上げられた。報道では加害生徒の氏名は伏せられたものの、加害生徒の写真や家族の情報がインターネットで暴露され、保護者の中には転居を余儀なくされた人々も存在している。
加害者家族の責任とは何か
子どもや配偶者が逮捕された芸能人の謝罪会見は絶えることがない。一般人でも芸能人でも加害者家族がコメントを求められるのは、たいてい報道が過熱する逮捕前後である。この時期に、事件の詳細が家族に伝わっているケースはそう多くはないはずだ。家族に面会が許可されたとしても、事件の話をすることはできないことになっている。つまり、なぜ事件が起きたのか、事件に家族はどう関係しているのか明らかになっていない状況で、家族は誰に何を謝るのだろうか。実際、被疑者が容疑を否認しているにもかかわらず、家族が謝罪をしているという矛盾も起きているのだ。こうした謝罪は、あくまで「世間」を騒がせたことに対する形式的な謝罪と解するしかない。
犯罪が起きると、加害者家族は「親の育て方が悪かった」「家族なのになぜ気がつかなかったのか」と一様に家族の中から犯罪者を出した結果を非難されるが、加害者家族に責任があるのか否か、その責任とは何か、事件そのものを分析しなくては導くことができない。
加害者家族が問われうる責任を整理すると、法的責任と道義的責任に大別される。法的責任とは刑事責任と民事責任である。日本では、明治時代まで、家から犯罪者を出した場合、家族に連帯責任を科す「縁座」という制度が存在したが、現代では、犯罪に加担していなければ、犯罪者と家族であるということを理由に刑事責任を問われることはない。
未成年者が罪を犯した場合、保護者の中には損害賠償責任を負う立場の加害者家族も存在する。損害賠償責任は被害者に対して負うものであり、支払いの完了によって終了する。責任の範囲や期間が明確なこれらの法的責任に比べて加害者家族が悩むのは、道義的責任である。
相談者Eさん(60代・女性)の息子は、薬物使用中の運転による事故で相手が死亡し、危険運転致死傷罪で実刑判決を受け刑務所に服役している。息子は大学受験に失敗してから家出をし、生活が荒れていた最中の事故だった。息子は事件当時の生活を、「受験に失敗した両親のショックが大きすぎて、気まずくて家にいられなかった」と話した。Eさんには心当たりがあった。夫は教育に厳しく、有名大学でなければ学費は出さないと言い、息子のプレッシャーは相当大きかったと思われた。
Eさんは、「成人した息子が起こした事で、親の責任は終わっていると言われればそうですが、それで終わりにはできないんです」と話す。Eさんは、息子が出所後、社会復帰できるように、自宅から5時間以上かかる刑務所に毎月面会に行っている。そして、決して余裕があるわけではない生活の中から毎月一定の金額を遺族に振り込み、月命日に事故現場で手を合わせることを欠かしたことはない。謝罪をしたからといって被害者に許されるわけではなく、許されるために謝罪をしているわけではない。こうした一定の贖罪行為は、人としての責任を果たせていないという加害者家族の罪責感を和らげることに繋がっている。「自分が犯した罪ではないのだから、あなたに責任はない」と言って終わらせることは簡単であるが、消し去ることができない道義的責任とどう向き合うのか、絶対的な答えなど存在しない問題を共に考えていくこともまた、加害者家族支援において重要な課題である。
家族としての責任の有無やその内容は、事件との関わりや加害者との関係に拠ってさまざまである。事件発覚から判決確定まで、加害者家族との長期的な関わりの中で徐々に見えてくることも現実的には多いのだ。事件報道が盛り上がる捜査段階では、その判断材料が十分揃っていないことが多い。逮捕報道に伴ってしばしば議論となる、事件の分析を欠いた家族の責任論からは、社会的な教訓を見出すことはできないだろう。
日本の加害者家族支援の目指すところ
イギリスやアメリカなどの欧米諸国では、身内が事件を起こした経験を持つ加害者家族自らが声を上げて活動する土壌がある。子どもを対象とした支援、人種的マイノリティの加害者家族支援、薬物事犯に特化した加害者家族支援など、実にさまざまな支援団体が多数存在している。一方、アジア諸国では、韓国と台湾が、子どもの貧困問題に取り組んできたソーシャルワーカーが中心となり、受刑者の子どもたちに焦点を当てた支援に取り組んでいる。社会に点在する加害者家族にアクセスすることは難しく、刑務所との連携によって受刑者家族の状況を把握することが可能となることから、世界的に「受刑者」の家族を中心とした支援が目立つ。
日本のように、直接、加害者家族から相談を受け、捜査の早い段階から介入している組織はそう多くはない。
しかし、支援のニーズが高いのは、判決確定後よりも捜査段階である。家族の中でも同居人であればなおさらのこと、捜査や報道に巻き込まれる可能性が高い。報道や捜査による組織的な圧力を受けるのは捜査段階であり、事件が起きた衝撃に加え、緊張による精神的ストレスが最も高くなる時期である。こうした状況を放置せず、事件発生直後から判決確定後まで、必要な情報提供や傍聴への同行、心理的支援など状況に応じて継続的な支援が行われることが、加害者家族の自殺を防ぎ、加害者の更生の役割を担う力を引き出す。欧米諸国の加害者家族支援が市民の理解を得て発展を遂げてきた理由として、家族が支えられることが犯罪者の更生の受け皿を維持し、再犯防止につながることが実証されてきたことが挙げられる。
家族支援による再犯防止効果は、WOHの取り組みの中でも生まれている。住まいや仕事も失い、自らの日常生活が困難になるほど追いつめられるようであれば、家族の更生の支え手どころではない。責任のない子どもたちは保護され、一定の責任を負う家族であっても、その責任を果たすことができるように導くのが社会の役割であり、誹謗中傷や嫌がらせなど加害者家族に対する行き過ぎた制裁は、一時の応報感情を満たすだけであって、いかなる社会的利益も生み出さない。
加害者家族からの相談は、日々、途絶えることなく続いている。これまで加害者家族という存在に、焦点が当てられる機会は少なかったが、日々、犯罪の数だけ身近で生まれているのが現実である。誰にも起こりうる問題として社会が受け止め、加害者家族に向けられる眼差しが穏やかなものになっていくことが、生きづらさに苦しむ加害者家族に最も必要なことである。
プロフィール
阿部恭子
NPO法人World Open Heart理事長。東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在学中、日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族の相談に対応しながら、講演活動や執筆活動を行う。著書『性犯罪加害者家族のケアと人権―尊厳の回復と個人の幸福を目指して―』(編著、現代人文社、2017)、『交通事故加害者家族の現状と支援―過失犯の家族へのアプローチ―』(現代人文社、2016)、『加害者家族支援の理論と実践―家族の回復と加害者の更生に向けて―』(編著、現代人文社、2015)、近刊『息子が人を殺しました―加害者家族の真実―』(幻冬舎新書、2017)。