2018.06.05

性教育をアップグレードしよう!――自分自身のからだを守り、人生を選択できる力を育むために

染矢明日香 NPO法人ピルコン理事長

社会 #性教育

あなたは自分の受けた性教育を覚えているだろうか?

 

「ほとんど覚えていない」

「女子と男子が分かれ、女子のみ月経の手当を教えられる」

「教科書の生物学的な内容をさらっと学ぶ程度」

「家庭では性の話題はタブー」

若者たちからは、そんな声を聞くことが多い。

そして、実は保護者向けの性教育講演でも、性教育についての記憶を聞くと、同じような答えがほとんどだ。ここ数十年の間に、日本の性教育は大きな進化を遂げていない。

筆者は中高生を主な対象として、大学生や若手社会人が身近な立場から性教育講演を行うNPO法人ピルコン(以下、ピルコン)を運営している。

2016年、講演依頼を受けた高校の対象生徒約4000名に性の知識を問うアンケートをしたところ、「膣外射精は有効な避妊法である」(答え:×)、「月経中や安全日の性交なら妊娠しない」(答え:×)などの避妊についての正答率は、3割程度にとどまる結果となった。驚くほど日本の高校生に、科学的な性の知識が定着していないことが分かった。

「性交」「避妊」がNGワード!?  繰り返される「性教育バッシング」

 

そんな中、2018年3月、都内のある区立中学校にて行われた性教育の授業が、都議会にて「不適切」だとする自民党古賀俊昭都議の発言があった。東京都教育委員会も調査・指導を行うと答弁を行った。

都教育委員会は、今回の授業では文部科学省が定める学習指導要領にない「性交」「避妊」「人工妊娠中絶」を扱っており、中学生の発達段階に応じていないという点を問題視。「学習要領を超える内容は、例えば事前に保護者全員に説明し、保護者の理解・了解を得た生徒を対象に個別やグループ指導を実施すべき」だとた。すべての区市町村の教育委員会に再発防止を周知するともしている。

一方で、区の教育委員会は、「10代の望まぬ妊娠や出産を防ぎ、貧困の連鎖を断ち切るために、地域の実態に即して行われた」授業だと反論。性教育の専門家団体“人間と性”教育研究協議会も、「教育への不当介入だ」と強く抗議している。

そこで筆者は、4月に東京都教育委員会と文部科学大臣宛てに、性教育の学習指導要領を見直し、「中高生が自分自身のからだを守り、人生を選択できる力を育む」内容にしてほしいと求める署名キャンペーン(https://www.change.org/adachi-karada)を立ち上げた。5月現在、約1万7000名以上の賛同者が集まっている。

生徒や地域の実態に即した性教育を行おうとする動きに対し、「不適切」と議員や都教育員会が断じた事件は、じつは今回が初めてではない。

2003年、都内の都立七生養護学校(現・七生特別支援学校)で行われていた性教育を都議が問題視し、メディアも「過激な性教育」とセンセーショナルに取り上げた事件がある。その結果、七生養護学校に関わる教育関係者が処分され、その後も性教育バッシングが続いた。

この事件の結果、日本の学習指導要領では小・中学校で、「受精に至るまでの過程(分かりづらいのだが、すなわち性交・セックスを指す)は取り扱わない」という歯止め規定ができ、中学校保健体育の教科書では、「性交」ではなく「性的接触」という言葉が使われるようになった。

一方で、七生養護学校の教諭らは、性教育を不当に批判され精神的苦痛を受けたとして、都議ら3人と都などに損害賠償を求めた訴訟を起こした。裁判では、都議らと都教育委員会が「教育の自主性を阻害」するなど「不当な支配」を行ったと裁判所に認定され、原告である教員らに賠償金を支払うこととする判決が確定した(2013年最高裁)。

その過程で、「学習指導要領は、おおよその教育内容を定めた大綱的基準であり、記載されていない内容を子どもたちに教えることが、ただちに違法とはならない」という点も確認されている。

ところが、その事件にかかわった、まさに同じ都議と都教育委員会が、2018年の今、またしても「学習指導要領にない」と言って「待った」をかけているのだ。

非日常的なAVが教科書化し、ネガティブなイメージが広がる若者の性

 

性教育が置き去りになっている中、若者が触れる性情報の情報源は大きく変わっている。親世代は性に関する情報を辞書でひいたという人や、公園で拾った、もしくは上のきょうだいや親が持っている成人向け雑誌を、友人同士で集め「お宝情報」としてこっそり見たという人が多いだろう。

現代の若者はというと、「友人」「インターネット」、大学生男子はAVからの情報が多くを占めており、しかもインターネットの割合は年々増加している(日本性教育協会編『「若者の性」白書 第7回 青少年の性行動全国調査報告』(2013年)より)。

ピルコンで性教育講演を一緒に行っている大学生の一人は、「高校生になり自分の携帯電話を買い与えられた瞬間『セックス』を調べた」と話す。講演先では中学生から、「SNSを使っていたら、Hなマンガの広告が表示された」「無料で見られるエロサイトのURLをLINEグループで共有している」といった話を聞くのは、決してめずらしいことではない。

インターネットで「セックス」や「エロ」を画像検索してみてほしい。一面肌色、ピンクのおびただしい数のポルノ画像が出てきて、中には暴力的なものも含まれる。無料で閲覧できるポルノ動画や成人向けの漫画サイトも増えている。性情報はより日常的なものになっているが、よりアクセス数を稼ぐために非日常的な設定での性が描かれ、多くは快楽や支配的な側面を強調した作品であり、健康や人権という視点は配慮されていない。

若者に初めてAVを見た感想について聞いたピルコンの調査では、「気持ち悪い」「ショックだった」とネガティブな意見も少なくない。

「中学生の時、彼氏がAVの影響からか、膣に太い缶を入れるように頼んできた」「膣外射精を『AVでもしてるし大丈夫だから』と言われた」という女性側の声もあれば、「これ(AV)が本物のセックスかと思い、実際の性的な関係で認識を正していくのが大変だった」「AVのマネをするのをバカだと批判をするのはやめてほしい。それ以外に参考にできる情報がない」という男性側の意見もある。

先述の日本性教育協会の調査によれば、中学生の約5%、高校生になれば約20%が性交経験を持つ。そして、厚労省の調査では、年間で10代の出産は1万件を超え、中絶件数は約1.5万件ほどである。じつは筆者も大学生の頃に思いがけない妊娠と中絶を経験した一人だ。いざ自分が当事者になるまで、避妊の知識があやふやなことにすら気付かなかった。経済的な事情から中絶を選択したが、とてもつらく悲しいものだった。

若くして出産し、経済的に自立して子育てをしていくことは、今の社会ではまだまだハードルが高い。自分のように知識のないことでつらい思いをする若者を減らしたい、幸せな性のあり方を広げたい、と性教育の活動を始めた。10代の現状に対して、「性交」「避妊」をNGワードとして性の学びを退けるのではなく、有効な性教育のあり方を模索することが急務ではないだろうか。

これからは「攻め」の「包括的性教育」が必要

 

これからの性教育を考えたときに、性に関する情報をできるだけ与えず、性を遠ざけようとする方針は、情報化社会の中でもう無理があるだろう。そのまま「性のことは自然に学ぶ」と性教育をしないのは、子どもたちに対する「性教育ネグレクト」だ。「攻め」の性教育に、日本も向き合わなければならない段階はとっくにきている。

性教育によって「寝た子を起こす」(性教育により、子どもの性行動を促進する)と心配する人は、どうか安心してほしい。国際的には、「包括的性教育」が子ども・若者の性行動を慎重化させると、ユネスコなどが世界中の性教育を研究した結果わかっており、『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』(2009年発表後、2017年に日本語訳出版、その後、2018年1月改訂)としてまとめている。

「包括的性教育」とは、性をセックスや出産のことに限定するのでなく、性を通して人との関わり方や相手の立場を考えることも含めた性教育を指す。そこでは、科学的に正確な情報を幼少期から文化・年齢に応じて与えながら、子どもたち自身が考え、また様々な考え方にふれることが重要なポイントとされている。

具体的には、社会の中で、どのように自分の性・ジェンダーのあり方を選ぶのか、自分がいつ、だれと性行為を持つか、どのような避妊法を使うか、いつ子どもをもち、どのような家族をもつか、自分と相手を大切にするためにはどうしたらよいのか、など、子ども・若者が自分で考えて決められる力を育むことが目的とされている。

性を肯定的にとらえること、そして必ずしも一つの正解があるわけではなく、多様なあり方があることを前提とする考えに基づいている。

「性教育が幼い子どもにはよくない」とする批判や懸念に対し、『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』では、子どもたちは彼らが性的に行動を始めるかなり前から、性的な関係について気付いているからこそ、早い段階から自分自身の体や関係性、感情についての学習が必要だとしている。さらに、若者と性情報の問題について、質の高い性教育は、正確な情報、価値や関係性の重要性を強調することで、有害な情報とのバランスをとることができる、ともしている。

 

私たちにできることは、声を上げ、性を学ぶ機会を作っていくこと

 

最後に、私たちができることを考えていきたい。教育委員会、文部科学省を動かし、学校教育を変えていくのは、時間がかかることだ。

学習指導要領はおよそ10年に1度のペースで改訂されており、文部科学大臣の諮問、中央教育審議会教育課程部会での議論等を経て、作成されている。現在の中学校の学習指導要領は平成24年4月からのもので、次期学習指導要領の施行は2021年4月からとなり、指導要領改訂の運動が反映されるとしても、施行は2031年頃となる見込みだ。

◇参考:文部科学省 学習指導要領ができるまで

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/idea/1304373.htm

改訂に向けて、「中高生が自分自身のからだを守り、人生を選択できる力を育む内容にしてほしい」と世論を形成していくのは、長期的な視点で大切なことだ。だが、学習指導要領はあくまでも大綱的なものである。改訂を待たずとも、包括的性教育の視点に基づく啓発教材を作成し、情報を発信していくことは、子どもたちの学習機会を保障する上で効果的な施策だろう。

また、学校と連携し、民間団体や外部講師を活用した性教育の実践を広げていくという選択肢もある。ピルコンでは、年間約5000名の中高生に、性の健康教育をテーマに講演活動を行っている。受講した生徒の性知識の正答率は約3割から約7割に向上し、9割ほどの生徒が、「知らないことが知れてよかった」「これからの生活で活かしたい」と前向きな感想を寄せる。

また、秋田県では、県教育委員会と医師会が連携し、中高生向けの性教育を行った結果、それまで大きく全国平均を上回っていた10代の中絶率が大幅に下がった事例もある。このような成功事例から学び、もっと広げていく動きも必要だろう。

もう一つは家庭での性教育を広げることだ。もちろん、様々な事情の家庭がある中で、性教育に関するすべてを家庭に任せることには無理がある。だが、教育現場での性教育機会を広げていくためには、保護者の理解は不可欠である。

たとえばドイツでは、保護者自身も親の集まりで性教育について議論する機会があったり、年齢に応じて、家庭での性教育の参考教材が国から送られてくるという。いまだ家庭で性を語ることをタブーとする風潮が残る日本において、保護者を対象に、子どもの性や性教育の不安によりそいながら、性教育について安心して語る場や、効果的な包括的性教育について学ぶ機会や教材をつくっていくことも大切だと考える。

そして、情報化社会の中で、インターネットやアプリなどを活用した啓発・情報発信にも可能性を感じている。ピルコンでは、若者向けの恋愛・性の悩みと疑問の解決サイト「HAPPY LOVE GUIDE」(http://pilcon.org/help-line)を運営しており、分かりやすく科学的な性の知識の提供や、無料動画サイトYoutubeでの発信も行っている。

ピルコン「HAPPY LOVE GUIDE」より

◇正しいコンドームのつけ方

https://youtu.be/CCrXFxtOHt0

◇「誰もが性と生に向き合える社会」を目指すSEX and the LIVE!!

プロジェクト

https://peraichi.com/landing_pages/view/satl

今後、エンターテイメントとして、もしくはゲーム感覚で楽しめるような性教育コンテンツを開発していきたい。

皆さんはこれからの性教育をどう考えるだろうか? ぜひ考えてみてほしい。

プロフィール

染矢明日香NPO法人ピルコン理事長

若者向けのセクシュアルヘルスセミナーや、イベントの企画・出展の他、中高生向け、保護者向けの性教育講演や性教育コンテンツの開発・普及を行う。

大学生ボランティアを中心に身近な目線で性の健康を伝えるLILYプログラムをのべ100回以上、1万名以上の中高生に届け、思春期からの正しい性知識の向上と対等なパートナーシップの意識醸成に貢献している。

医療従事者の監修のもと製作、無料動画サイトに投稿した「パンツを脱ぐ前に知っておきたいコンドームの付け方」動画は2012年10月のアップ以来、170万回以上再生され、NHKや朝日新聞、日経新聞などのメディアにも数多く出演・掲載。

“人間と性”教育研究協議会東京サークル研究局長。

著書に『マンガでわかるオトコの子の「性」』(監修:村瀬幸浩、マンガ:みすこそ、合同出版)

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