再スタートする「新しい公共」は、企業家精神を活用できるか 

「隠れた起業家教育」の契機

 

ただでさえ、厳しい創業を取り巻く環境のなか、なぜ彼らは収益化だけではなく、社会問題解決も問われるという二重の困難を乗り越えて創業にいたったのか。また、彼らの社会企業家精神は、どこで培われているのだろうか。

 

むろん、それぞれの起業家がもつ天性と個人的資質は否めない。だが、当然それだけではない。筆者は、社会起業家の、社会企業家精神の醸成過程と問題意識に関心をもち調査をつづけている。そこで分かってきたことは、「隠れた起業家教育」の契機と呼ぶべき、一見些細な起業家を取り巻く環境内の「きっかけ」との相互作用が、企業家精神の涵養と実際に創業にいたる過程のなかで重要な役割を担っていることだ。

 

起業を取り巻く客観的な醸成も厳しく、また社会の理解も乏しい日本では、社会問題を持ったとしても即座に起業するケースは多くはない。ましてや社会的企業となるとなおさらである。

 

むしろ、彼らが抱く即座の創業には繋がらない程度の、相対的には弱い、しかしながら持続的な問題意識が、複数の主体が提供するプログラムが連なることでかたちづくられる「隠れた起業家教育」の契機を経て、企業家精神に育っていく。そして、彼らのリスク耐性が十分に形成された暁に起業に至るというイメージだ。

 

具体的には、大学の(経営系)研究室を介した先輩起業家との人間関係や、起業を志す同級生が周囲に当たり前に存在することが、起業動機を鼓舞し、同時に起業に対する不安感を軽減している。

 

また、IT起業支援に関わっていた中間支援組織が、社会起業家育成に本格的に舵を切り、IT起業家育成で培ったビジネスモデルの構築や合理性に対するメンタリティ醸成のノウハウを、社会起業家に対しても投入している。このことが、創業初期段階の社会起業家たちにとって重要な資源となり、飛躍のきっかけとなっている。

 

このような過程を通して、次つぎと若き社会起業家たちが登場してきている。これらの事実は、社会起業家という存在が、もはや一過性の輸入概念ではなく、確実に定着に向けて歩を進めていることを示唆する。

 

政府が「新しい公共」再スタートの一環として、ふたたび社会起業家に対する支援を行うのならば、無根拠で、社会起業家育成の現場における必要性と乖離した制約付きの補助金投入ではなく、根拠と現場の需要にもとづいた施策を実施することを期待したい。

 

 

推薦図書

 

 

イギリスのニューレイバー(新労働党政権)のブレーンだった著名な社会学者アンソニー・ギデンズが、資本主義の活用とセーフティネットの構築の両立を目指した「第三の道」に寄せられる数々の誤解に反論し、グローバリゼーション下の世界において、企業家精神を活用した社会課題解決の意義についても説明する。グローバリゼーションと起業家の関係を考えるうえで欠かせない一冊。

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.279 

・川口俊明「全国学力テストの失敗は日本社会の縮図である――専門性軽視が生み出した学力調査の問題点」
・神代健彦「道徳、この教育し難きもの」
・大賀祐樹「懐疑的で楽観的な哲学――プラグマティズム」
・平井和也「世界の知性は新型コロナウイルスをどう見ているのか」
・川名晋史「誰が、なぜ、どこに基地を隠したか」
・石川義正「「空洞」の消滅──現代日本「動物」文学案内(4)」