入管法改正の論点――言及されたこと、されていないこと

2.受け入れた後の労働市場・社会生活での統合・共生を進めていくために

 

2-1 積極的労働市場政策の必要性

 

外国人労働者の受入れ議論では、「自国民の雇用が奪われる、賃金が低下する」といった懸念が諸外国でもしばしば示され、今回の日本の改正法案に関する報道・議論でもこうした懸念が散見された。12月25日に閣議決定された「基本方針」では、「日本人の雇用機会の喪失及び処遇の低下等を防ぐ」ことが言及され、各種公的統計をもとに、国全体として2023年度まで5年間の受入れ見込み数が示されている。

 

他方、外国人労働者の受入れによる受入れ国側の労働市場への影響について、近年の研究を概観すると、1)国全体での平均的影響をみれば、就業率や財政に対する有意のネガティブな影響はほとんど観察されないこと、2)一方で、特定の地域(例:外国人集住地域)や属性(例:先に移住している外国人労働者、若年の低学歴男性、既婚の女性パート等)を個別にみると、ネガティブな影響を受けている小集団が存在することの2点が概ね共通している(Powell 2015=2016、OECD 2016、Borjas2016=2018、神林・橋本2017など)。

 

こうした研究にもとづいて、外国人労働者受入れに伴い影響を受ける層を見極め、労働市場の中で不利な立場におかれる労働者に対する公的な職業訓練や職業紹介等の積極的労働市場政策の重要性が指摘されている(OECD 2018)。

 

だが、図表8をみると明らかなように、日本におけるGDPに占める労働市場政策への公的支出割合は、諸外国と比べ低位にとどまっている。積極的労働市場政策は、GDP比0.14%に過ぎない。今回の入管法改正を契機に、「外国人労働者の受入れによって日本人の雇用が奪われる」といった抽象的な議論から一歩前に進め、影響を受ける国内労働者は誰なのか、どのような影響を受けるのかを検討し、その対象層に対する公的な職業訓練のあり方など、具体的な対策が議論されることが望まれる。

 

 

図表 8 各国のGDPに占める労働市場政策に関わる公的支出割合(2016年)

(資料)OECD stat.(Public expenditure and participant stocks on LMP)をもとに筆者作成。積極的労働市場政策は、職業訓練・職業能力開発、公的職業紹介、生活困窮者や障がい者等の支援が必要な人の雇用、起業インセンティブ等。イギリス、スペイン、イタリア、ギリシャ、フランスはデータ未掲載。

 

 

2-2 モニタリングできる環境づくり

 

先に、外国人労働者の受入れによる国内労働市場への影響に言及したが、日本では、そもそも外国人労働者の受入れによる国内労働市場への影響を分析できるだけの公的統計データが十分に整っていないということも指摘されている(神林・橋本2017)。

 

政府の公表統計において、日本人も外国人も含めて実施される主要調査のうち、「国籍」が調査項目になっているのは「国勢調査」程度にとどまる。今回の法改正を契機に、たとえば就業状態を把握する基幹統計である「労働力調査」において国籍を尋ねることで、日本人と外国人(その中でも国籍別)ごとの就業率や失業率を継続的に把握することができるだろう。

 

また、賃金に関する基幹統計である「賃金構造基本統計調査」でも国籍を尋ねることで、今回の改正入管法でも規定される「日本人と同等以上の報酬額」が外国人にも支給されているのかについて、分析に資する継続的なデータが収集できることも見込まれる。

 

上記に加えて、「改正入管法施行から2年経過後に制度の検討を行う」とされたことを受けて、外国人労働者本人の変化を追い続ける(パネル調査)ことで、一時点ではなく定期的に政策の効果検証・課題抽出を行えるデータ設計も期待したい。

 

諸外国の事例として、ドイツ政府は家計パネル調査であるSOEP(Socio-Economic Panel Study)を1980年代から実施しており、とくに近年は18歳以上の難民4,500名以上を対象として、出身国・地域、移住に際し仲介事業者に払ったコスト、入国時点及び入国後のドイツ語能力や職業教育の状況などを継続的に調査している。

 

この調査データをもとに、たとえば、ドイツ語学習の受講状況に応じて、就職や所得状況等の違いを分析し、どのような政策や支援が効果的であるかを検証している。難民のSOEPはまだ始まったばかりだが、初期段階では、体系的な統合政策は難民の労働参加率を高める分析結果が得られている(DIW・BAMF・IAB 2017)。

 

日本におけるエビデンスにもとづく政策形成は、求められる政策立案のスピード感に分析側が対応できない面や、行政組織内には自らの政策を見直すことを忌避する傾向がある面などから、その難しさが言及されている(鈴木 2018)。だが、ドイツの事例にならい、新たに受入れを始める在留資格「特定技能」の外国人労働者について、日本語習得状況や支援機関から受けたサービスの内容などについて継続的なモニタリングを行い、2年経過後の制度見直しのタイミングで有益な議論ができる環境づくりを目指すべきだと考える(注4)。

 

(注4)なお、上記の議論に関わり、基幹統計をはじめとする公的統計の信頼性の確保は大前提と考えている。

 

 

2-3 共生施策:「外国人=被支援者」の前提を超える

 

昨年末の国会ではほとんど議論の俎上に載せられなかった多文化共生施策だが、12月25日に閣議決定された「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」では、総額224億円(注5)をかけて126の施策が取り組まれる予定になっている。施策項目をみると、全国約100箇所に「多文化共生総合相談ワンストップセンター(仮称)」を設置するといった目を惹く取組みをはじめ、さまざまな内容が盛り込まれている。

 

(注5)法務省は2019年1月18日に、表計算ソフトの計算式に誤りがあり、昨年末の閣議決定資料中の「224億円」は一部予算を二重計上した金額であったことを発表した。正しくは「211億円」とのこと。

 

ただし、近年の先行自治体の取組みや研究動向を踏まえれば、この対応策が日本側から外国人への一方的な「支援」や「管理」を打ち出すにとどまっているといえる。たしかに、異国での生活をするにあたって必要な支援は行われるべきであるが、外国人を一律に支援される対象としてのみ捉えるのではなく、地域社会を支える担い手として捉え直し、外国人の地域参画や活躍を促す取組みがすでに広がりつつある(具体的な事例は、総務省「多文化共生事例集」(2017年)などを参照)。こうした「外国人=被支援者」という視点を超えた動きは「多文化共生2.0」と呼ばれる(山脇 2017)。

 

また、外国人への支援というと、「外国人との交流機会の増加」や「外国人への挨拶・声がけ」などが強調されがちであることに対して、ある自治体の多文化共生担当職員は「そもそも地域内の日本人同士でどれほど交流しているのか」と疑問を投げかけていた。

 

弊社が実施した、日本国籍を有する一般市民向けアンケート調査において、地域行事への参加状況と参加意向について尋ねたところ、「国際交流」行事であるか否かを問わず、現在地域行事自体へ参加していない層がもっとも多かった(図表9左)。また、今後の参加意向についても、行事の内容による大きな違いはみられなかった(図表9右)。

 

 

図表 9 地域行事への参加状況と参加意向(日本人住民)

(資料)三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2018)「外国人とともにある国・地域づくりに関するアンケート調査」※日本国籍を有する1,800名を対象に、回答者の年代、地域等も割付して実施。

 

 

こうした調査結果を踏まえると、過度に「外国人」を強調した行事や取組みを無理に行うことよりも、外国人も地域住民の一員と捉え、地域をいかに一緒につくっていくかという視点に立った取組みが求められるといえるだろう。労働者として入国した外国人は地域に入れば住民になるのである。

 

 

4.制度開始以降も引き続き注視が必要

 

今回の改正入管法及び法務省設置法に関わる論点は、上述した以外にも多岐にわたり、本稿の内容はその一部に過ぎない。

 

今年の4月には制度が始まるが、日本側が期待するレベルの人材が、期待するボリュームほど入国してきてくれるのか。また、全国100箇所に垂直的に立ち上がる「ワンストップセンター」は設立から軌道に乗るまで混乱が生じないかといった点も含め、継続的な観察と検討が求められる。

 

 

参考文献

・明石純一, 2017, 「安倍政権の外国人政策」『大原社会問題研究所雑誌』700:12-9.

・Benjamin Powell, 2015, THE ECONOMIC IMMIGRATION:Market-Based Approaches, Social Science, and Public Policy, Oxford University Press.(=2016, 藪下史郎監訳・佐藤綾野・鈴木久美・中田勇人訳『移民の経済学』東洋経済新報社.)

・DIW・BAMF・IAB, 2017, SOEP Wave Report 2016,Berlin.

・George J. Borjas, 2016, We Wanted Workers:Unraveling the Immigration Narrative, W W Norton & Company.(=2017, 岩本正明訳『移民の政治経済学』白水社.)

・Hateley, Louise and Gerald Tan, 2003, The Greying of Asia:Causes and Consequences of Rapid Ageing in Asia, Singapore, Eastern University Press.

ILO, 2015, Fair recruitment initiative

・神林龍・橋本由紀, 2017, 「移民・外国人労働者のインパクト――研究動向と日本におけるデータ」川口大司編『日本の労働市場――経済学者の視点』有斐閣:182-213.

・厚生労働省, 2018a, 「外国人技能実習生の実習実施者に対する監督指導、送検等の状況」.

・厚生労働省, 2018b, 「長時間労働が疑われる事業場に対する監督指導結果」.

・厚生労働省, 2018c, 「監督指導による賃金不払残業の是正結果(平成29年度)」.

・Lee, Hock Guan(ed), 2008, Ageing in Southeast and East Asia:Family, Social Protection, Policy Challemges, Singapore Intitute of Southeast Asian Studies.

・日本労働組合総連合会(連合), 2018, 「2019春季生活闘争方針」.

・OECD, 2016, International Migration Outlook 2016

・OECD, 2018, International Migration Outlook 2018

・鈴木亘, 2018, 「EBPMに対する温度差の意味するところ」『医療経済研究』30(1):1-4.

・United Nations(国連), 2011, Guiding Principles on Business and Human Rights(ビジネスと人権に関する指導原則).

・World Bank Group, 2016, Living Long and Prosper, Aging in East Asia and Pacific, Washington D.C., The World Bank.

・World Bank Group, 2017, Migrating to Opportunity_Overcoming, Barriers to labor Mobility in Southeast Asia, Washington D.C., The World Bank.

・山脇啓造, 2017, 「多文化共生2.0へ――総務省の取り組みを中心に」日本学生支援機構『留学交流』76:1-9.

 

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