母子世帯の居住貧困

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空き家の増大とシングルマザー向けシェアハウス(母子SH)

 

母子世帯の住宅事情に着目した営利企業が、専用のシェアハウスを開設し始めている。この背景には、近年、深刻化する空き家の増加がある。2019年4月の総務省の発表によれば、空き家率は過去最高の13.6%(846万戸)となった。このような空き家の活用に困る事業者が、これまで不動産市場から排除されがちであった母子世帯をターゲットにし始めたということである。

 

では、なぜ、シェアハウスなのか。まずは、採算面のメリットがあげられる。とくに、2世帯住宅やメゾネット型の分譲マンションなど、規模の大きな物件の借り手がつきにくいという事情がある。これをシェアハウスに転用して、入居者を複数集めれば、一棟分の賃料を徴収することができるというわけだ。また、水回りは共有でもよいため、改修の費用も低く抑えられる。従来、単身向けのシェアハウスが主流であったが、個室の規模が大きかったり、周辺環境が子育て世帯向きだったりという理由から、母子をターゲットにしたという意見は多い。

 

こういったハードの条件と併せて、集住による助け合いの効果への期待があげられる。ひとり親世帯等調査では、母子世帯になった当時、約半数が手のかかる未就学児童を扶養している。保育所の送迎や家事の分担など、少しの支えで、母親の精神的負担が大きく軽減されることもある。非血縁による互助がうまく醸成されれば、低コストでケア付き住宅の仕組みができるというわけである。

 

企業型のシェアハウス事例は、2008年頃から徐々に増加しはじめ、閉鎖したものも含めて全国に35カ所ほど存在する。当初は賃料の高い首都圏に集中していた母子SHであるが、ここ数年、東北や九州地方でも事例がみられるようになった。

 

 

多様化な母子SHの取り組み

 

母子SHの内容は、事業者によって、また、地域性もそこに相まって、きわめて多様なものとなっている。筆者の調査では、家賃は3万円から15万円まで幅広く、居室の広さも、小規模な所で4.5畳、大きい所では20畳を超えるところもある(葛西2018)。まだ、数は少ないが、居室に水回りが完備されているハウスもある。

 

当初は、集住の仕組みだけを提供する事業者が多かったのだが、ここ数年、働く母子世帯の生活ニーズに、よりマッチした支援を提供しようと、多様なケアの仕組みをセットにしたコンセプト型の母子SHが次々と登場している。

 

慢性的な人材不足に悩む介護業界からは、介護職に就くことを約束する母子世帯に対して、シェアハウスと保育をセットで提供するというところが出てきた。また、あるハウスでは、保育士資格を有するアクティブシニアが同居し、平日、母親不在時の子の見守りと食事提供サービスを行っている。都内にあるハウスでは、子ども食堂や学習支援を行う地元NPOに共有スペースを貸し出したことにより、居住者はもちろん、地域の子育て世帯にもケアを届けられるようになったという。

 

2016年には、千葉県にある事業者が、小規模保育園と居住者の働く場所としての洗濯代行店を併設した定員18世帯の母子SHを開設している。一階部分のテナント収入により、シェア住戸の賃料を抑えることが可能となっている。居室にはバストイレ、台所が完備されており、長期に住める工夫がなされている。棟内には広々としたLDKが併設されており、そこが居住者の交流の場となる。必ずしも就職が入居の要件ではなく、希望者を募るかたちでリクルートしている。働き方も自由で、正社員として働く者もいれば、空いた時間にパートをするというケースもある。無職で入居し、そこで働き生活を立て直した事例も複数ある。

 

これらの事例のように、賃貸事業だけではなく、他の事業や地域資源をミックスさせることで、幅広い入居者支援が可能となる。また、居住者の生活が安定すれば、家賃不払いリスクは低減し、シェアハウス事業の安定に繋がる。この一挙両得ともいえる仕組みをいかに構築するか。目下、多くの事業者が暗中模索しているのである。

 

 

母子のシェアハウスニーズ

 

筆者は、調査の一環で、入居相談の場にも積極的に立ち会っている。

 

そこで、まず、驚いたのは、乳幼児を抱え、シングルマザーになる前の状態(プレシングルマザー)で相談に訪れるケースが圧倒的に多いという実情である。身体的、精神的、経済的な暴力に加え、父親から子への虐待、悪意の遺棄など、そこで語られる離婚理由は壮絶だ。仕事はこれから探すか、非正規職が多い。働いている場合でも、収入は児童扶養手当の受給を見据えておおよそ200万円程度というのが相場であろう。

 

母子SHの入居を希望した理由については、他に行き場がないというものがほとんどだ。つまり、一般の不動産業者で貸し渋りにあったり、紹介される物件が劣悪だったりという事情から、母子SHに辿り着いたという事情である。

 

職場と住まいを近接させなければ、仕事と育児の両立は難しい。雇用機会の豊富な都心に住みたいと希望するものが多いが、とくに、都内などでは低質なものでもそれなりの住居費がかかる。その点、母子SHであれば、家賃も手ごろで、居室は一室しかないが、共有空間は充実しており、セキュリティの面でも安心など、それなりのメリットがある。あらかじめ最低限度の家財道具が設置されているため、初期費用が安く、すぐに新生活が始められる柔軟性も魅力のようだ。

 

DVを原因として離婚を検討している相談者の中には、行政に相談に行った者もいた。そこで、極秘施設(いわゆる公民のDVシェルター)に入所する選択肢しかないこと、携帯は使えないこと、外界との接触をたつこと、通勤、通学が禁止されることなどの条件を聞いて支援を受けることをあきらめていた。ある相談者は「仕事を長期に休めということは、仕事を失うということですよね。そうなると確実に生活に困ります。すべて捨てたら支援してやるって、本末転倒だと思います。」と悔しそうに語っていた。

 

母子SHには、一般の不動産からはじかれた、とくに、困窮した層が相談に訪れる傾向が高い。そのニーズに応えようと、保証人も一時金も不要としているところが多く、無職の相談者の場合でも、短期の定期借家契約を結び、その分の家賃を前払いすることで入居を認めているところもある。

 

しかし、入居のハードルを下げることはトラブルを誘発することに繋がる。事実、母子SHの現場では、日々、大小あらゆるトラブルが頻発しており、ほとんどの事業者が、生活保護の受給支援やDV被害者、精神疾患者への対応等に駆けずり回っている。そのため、手間がかかりすぎて、採算が合わないと撤退を決める事業者も多く、持続性の面で大きな課題を抱えているのである。

 

 

さいごに

 

入居者への聞き取りの中では、騒音や居住者同士のもめごとなどもよく聞かれるが、総評としては肯定的な回答が多く、その内容は、たいてい「ここがなかったからどうなっていたか分からない」と締めくくられる。

 

聞き取りした中には、妊娠中に暴力をふるう夫から逃れ、幼子を連れて入居したというケースがあった。親類や知人宅を転々としたあと、辿り着いた先が母子SHだった。「上の子を抱えて、ひとりで出産なんてとても無理だと思った」という彼女は、入居から数カ月後、ハウスオーナーや居住者に支えられて、無事、女の子を出産した。

 

また、ある若い母親は、シェアハウスについて「入ってよかったよね。多分・・・。この子を殺さずにすんだわけだからさ」と語っている。ドキリとするような言葉に戸惑っていると、「この子と二人だとめちゃ寂しいし。育児なんて思い通りにならないことばっかじゃん。」と彼女は続けた。ハウスでは、おせっかいな、年上の居住者らがあれこれと世話を焼いてくれるのだという。

 

これらは一見、美しい話のように聞こえるが、角度を変えると、非常にリスキーな案件を、ソーシャルワークのスキルのない民間企業が救っているといういびつな構造が見えてくる。ここで指摘したいのは、住宅政策の無策が母子世帯をはじめとする多くの居住困難層を生み出し、その状態こそが、母子SHのような仕組みが存在する余地を作っているという現実である。

 

たしかに、住まいの選択肢がない中で、母子SHが果たす役割は大きくなりつつある。しかし、残念ながらこれは居住貧困の万能薬ではない。このような住まい方に適応できる母子世帯ばかりではないし、何より、支払い能力等の問題や適性等でここから漏れ落ちる層も相当数存在するのだ。よって、求められるべきは、住宅に窮するすべての人に、適切な住宅を保障すること。これに尽きるのではないだろうか。その選択肢の1つとして、集住の仕組みは位置づけられるべきであり、これしか策がないという実情は、公の怠惰の証でもある。

 

未だ、多くの女性と子どもが暴力や搾取の生活に怯えて生活している。そこから一歩を踏み出して、女性が子どもを守り生き抜くことができる社会の実現に向けて。何ができるのか。日本の住宅政策の覚悟が試されるときに来ている。

 

1)NPO法人全国シェルターネット(2019)千葉県野田市のDV・虐待事件についての声明 

http://nwsnet.or.jp/statement/2019213?fbclid=IwAR029G6sa065zZDr68RkmpAKZp_h0eTJWyvlPBCoKApCIP1KREhRWdr37v8 (2019年6月7日にアクセス)

2)厚生労働省(2017)平成28年全国ひとり親世帯等調査結果報告

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188147.html(2019年6月15日にアクセス)

3)葛西リサ(2017)母子世帯の居住貧困、日本経済評論社

4)葛西リサ(2007) 母子世帯の居住水準と住居費の状況‐大阪府及び大阪市の事例調査を中心として‐都市住宅学会都市住宅学59号,pp15~20

5)葛西リサ、大泉英次(2006)母子世帯の居住実態とその地域格差に関する研究‐大阪府及び大阪市の事例調査を中心として‐住宅総合研究財団研究論文集No32、pp261~271

6)国土交通省(2018)新たな住宅セーフティネット制度に係る取組等について

https://jutakusetsumeikai-file.jp/safetynet_2018/doc/safetynet2018_doc01.pdf

(2019年6月15日にアクセス)

7)総務省統計局(2019)平成30年住宅・土地統計調査 住宅数概数集計結果の要約https://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2018/pdf/g_youyaku.pdf(2019年6月15日にアクセス)

8)葛西リサ(2018)住まい+ケアを考える~シングルマザー向けシェアハウスの多様なカタチ~、西山夘三記念 すまい・まちづくり文庫

 

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