京都大吉田寮問題とはなにか――大学自治の行方

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自由な研究と教育が重んじられる大学で、管理強化が進んでいる象徴なのだろうか――。京都大は、現役では日本最古の学生寮「吉田寮」の旧棟と食堂からの立ち退きを求めて寮生を相手に京都地裁へ提訴、7月4日に第一回口頭弁論が開かれた。訴訟に至るまでの大学執行部と寮生側の対立を取材してきた地元紙記者として、一連の動きは大学の変質を告げているように感じられてならない。

 

「対話」を根幹とした教育を掲げる京都大でなぜ、大学側が学生を訴えるという事態に至ったのか。学生との対話をなおざりにする大学が、社会と対話して独自の研究や教育を続けられるのだろうか。

 

「一部の学生が騒いでいるだけ」と突き放すこともできる。もちろんそうした面はあるだろう。だが私は、吉田寮で進行している状況をそう簡単に片付けるわけにはいかないと考えている。大学自治の行方を占う上で重要な問題を孕んでいるからだ。

 

 

京都大史上、異例の訴訟

 

7月4日午前11時半。京都地裁でもっとも大きい101号大法廷では、100席近い傍聴席が満席だった。学生や一部の教員、寮生を支援する市民らが詰めかけていた。被告席には寮生ら約20人が座っている。

 

京都大が長い歴史のなかで初めて学生を相手に踏み切った民事訴訟の第一回口頭弁論が始まった。

 

京都大側は訴状において、震度6強の地震で倒壊する危険性があるとして、2018年9月末までの退寮を通告したにも関わらず、寮生20人が寮を不法占有していると主張し、明け渡しを求めた。

 

一方で、被告の一人である寮生は法廷での意見陳述で「私たちは何度も話し合いを求めてきましたが、学生の権利や主体性を軽視し、対話すら拒むのが、今の京大当局の姿勢です」と訴えた。

 

初回は30分ほどで終わり、その後、寮生たちは司法記者室で記者会見を開いた。寮生が強調したのは「訴訟を取り下げて、話し合いで解決してほしい」という大学への願いだった。

 

訴訟で争う姿勢を示している立場としては、異例の言葉だ。

 

京都大は基本理念として「対話の精神」を掲げている。ホームページでは「多様かつ調和のとれた教育体系のもと、対話を根幹として自学自習を促し、卓越した知の継承と創造的精神の涵養につとめる」とうたっている。山極寿一総長も、入学式や卒業式など重要な式典ではいつも強調する学風だ。

 

京都大の理念からすれば、寮生が対話を求めることは当然であり、むしろ法廷で争う事態こそ異様に思えてくる。なぜ、京都大は話し合いを望む学生を相手に訴訟を始めたのだろうか。

 

 

第一回口頭弁論の後に記者会見する吉田寮生ら

 

 

現役では日本最古の学生寮

 

京都市内を南北に流れる鴨川の東側、京都市左京区に京都大がある。京都の人間にとって、「左京」という土地は独特なオーラを放っている。京都大の学生や教員らが多く暮らす地域であり、西部講堂など音楽シーンに大きな影響を与えてきた拠点もある。奥ゆかしいはんなりとしたイメージが観光都市・京都のものだとすれば、それとは別に、知的で自由かつ猥雑な雰囲気を醸している地域である。

 

吉田寮も、そんな「左京文化」を担ってきた場所だ。東大路通という京都を南北に走るの主要道路からちょっと東に入った京都大キャンパス内に建っている。

 

吉田寮は1913年築の旧棟と、2015年築の新棟、同年に補修を終えた食堂の計3棟からなっている。今回の訴訟で立ち退きが求められているのは、旧棟と食堂だ。旧棟は現役の学生寮としては最古とされるが、大学当局が老朽化を理由に危険性を訴えている。

 

もちろん旧棟の老朽化は今に始まったことではない。老朽化対策をめぐっては長年にわたって吉田寮自治会と大学当局が話し合ってきた。

 

ここで重要になるのが寮自治会の存在である。吉田寮は学生の自治によって運営されてきた。トイレの使い方から半年に1~2回行う大掃除の計画まで、寮生が全員参加する自治会で決める。マスコミの取材に応じるか否か、についても自治会での議論を経て決定される。取材する側として煩わしい思いをするのは事実だが、隅々まで寮生が自分たちで運営を決めるという姿勢の表れだと理解している。

 

大学側も長年にわたって、寮自治会を尊重してきた。歴代の学生担当の理事・副学長らが確約書という書面にサインをして、寮自治会との合意を記録に残してきた。

 

寮自治会のホームページには、旧棟の老朽化対策についても過去の理事・副学長が寮自治会との合意形成の努力をするという確約書が示されている。

 

しかし2015年11月に新たに就任した川添信介学生担当理事・副学長は、確約書というかたちで積み重ねてきた合意を必ずしも引き継がないと通告した。川添理事はその理由について、学生が集団で教員に圧力をかけ、半ば強制されて確約書に署名させられることもあったからだと説明している。

 

当然、寮生たちは反発した。対立は深まり、話し合いが行われない状態が長く続いた。そして2017年12月、事態は大きく動いた。

 

 

京都大の構内にある吉田寮

 

 

学生を提訴するまで

 

京都新聞社提供

 

 

京都大側が突然、寮自治会との合意なく2018年9月末までに、吉田寮から寮生が退去することを求める基本方針を出したのだった。

 

基本方針では、老朽化が進んで安全性が確保できていないにもかかわらず、今後の方針が遅々として決まらない現状への懸念が理由だと説明し、代替宿舎を斡旋する旨も示していた。ただ旧棟の今後については「本学学生の福利厚生の一層の充実のために収容定員の増加を念頭に置きつつ、検討を進める」と述べるにとどめている。

 

事前の話し合いがない突然の発表に、寮自治会は反発した。その後、従来のような大人数での団体交渉ではなく少人数での話し合いという大学側の要求を寮自治会が受け入れ、2018年夏に2度の話し合いの場が持たれた。しかし信頼醸成がなされることなく、「議論が建設的ではない」と大学側が打ち切った。

 

この間、団体交渉という形式にこだわるなど、寮自治会にも頑な面はあった。一方で川添理事も7月の話し合いで、依然として新規寮生の募集を続ける自治会のメンバーに「けしからん」と声を荒らげた上、「恫喝と取っていい」と発言した(注)。対話のあり方をめぐって双方に問題があったと言わざるを得ない。

 

(注)川添理事はしばらく後の会見で、恫喝発言について私に問われて「配慮するべきだったが、なぜそう言われたのか理解してほしい」と釈明している。

 

結局、2018年9月末の期限を越えてからも、一部の寮生は吉田寮に住み続けた。

 

京都大は2019年1月、現在確認できる寮生以外が寮を占有しないようにする占有移転禁止の仮処分を京都地裁に申し立てたことを発表した。川添理事は記者会見したが、この段階では「必ずしも訴訟提起が前提ではない」として推移を見守る姿勢を見せていた。

 

こうした動きを受けて寮自治会は同年2月、旧棟の維持管理を自治会が担うなどの条件が認められれば、同年5月末をめどに旧棟居住を取りやめるとの声明を出した。

 

両者の歩み寄りによって着地点が見いだせたかに見えた。しかし川添理事は3月、寮自治会の提案を拒絶した。退去時期の遅さなどが理由だった。

 

こうして同年4月、京都大は寮生20人を相手に吉田寮旧棟と食堂の明け渡しを求めて、京都地裁に提訴するに至った。

 

記者会見で提訴の方針を発表した川添理事は、「話し合っても結論が出ないまま長引き、危険な状態が続く」と強調した一方、寮自治会の主張を「ほとんど理解不能」と述べるなど、この時期に及んでも学生との信頼関係の乏しさを印象づけた。

 

川添理事にとっても提訴は重い選択だった。対話の学風との齟齬を問われると、「直ちに提訴に至ったのではなく対話のための可能性は開いてきたつもり。(訴訟を)避けようとできることはやってきた」と理解を求めた。

 

会見でやりとりをしていて、京都大執行部にとっても提訴が苦渋の決断だったということは伝わってきた。

 

 

記者会見で、寮生を提訴した理由を説明する川添理事(左)

 

 

失われた信頼関係

 

京都大執行部が、提訴するまでにさまざまな手続きを経たことは確かだ。しかしそれでも、なぜ訴訟までしなければならなかったのか、理解に苦しむ。

 

とくに寮自治会が2月時点で、旧棟からの退去を条件付きながら表明したことは大きな譲歩だった。確かに、大学側からすれば5月末めどの退去という寮自治会の方針は悠長すぎるように映ったのかもしれない。

 

しかし訴訟に至った今も寮生が住んでいる現状からすれば、本末転倒の感は否めない。要するに、大学側と寮自治会の間で信頼が築けず関係がこじれてしまったのが、問題の核心だろう。

 

山極寿一総長も2019年2月4日の定例記者会見で、「学生たちが主張を変えるようには見えない。(現状では)話し合う意味がない」と述べていた。寮自治会が譲歩案を示すより前の発言だが、ふだんから寮生に接している私としては、「正確な情報が山極総長に伝わっているのか」と首をかしげたくなる発言だった。

 

「対話と自由」は京都大を象徴する言葉とされているが、私には外向きの宣伝文句にすら感じられてしまう。いったい京都大はどうしてしまったのだろうか。

 

そんな現状を憂慮する声は、教員の中からも聞こえてくる。【次ページにつづく】

 

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vol.266 

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