2020.06.23
ポストコロナ時代の都市政策――フラットシティの提案
新型コロナウイルスは従来の生活様式や価値観を転換させつつある。それに呼応して、従来の政策が再考を迫られている。都市政策についても従来の考え方では対応できない部分があり、今の状況にそくして新たな発想をすることが求められている。
千葉県庁で産廃Gメンとして名を馳せた石渡正佳氏は、著書『スクラップ・エコノミー』(日経BP社、2005年)によって独自の都市政策を提案してきた。今回は、そこで展開されていた議論をふまえて、ポストコロナ時代における新しい都市政策について語っていただいた。(聞き手:吉永明弘)
――まずは現状認識からお願いします。
今回の新型ウイルスは、2019年末に中国湖北省武漢で最初の患者が確認されてから、瞬く間に世界中に流行が拡大しました。ちょうどそれは、労働のデジタライゼーションが完成する直前のタイミングで起こっており、ホワイトカラーの在宅勤務やサービス労働のロボット代替を急進展させました。
とはいえ、まだまだ中途半端だったデジタライゼーションで、すべての労働を代替することはできませんでした。そのため、世界の大都市はロックダウンと医療崩壊に陥り、国際航空網がサドンデスとなり、デフレのうっ憤がマイノリティ差別問題と相まって暴動に進行し、スペイン風邪以来のパンデミック恐慌の可能性が指摘される事態になっています。
ウイルスという目に見えない敵との戦いは、自由主義と民主主義の弱点を露呈させました。自由主義の弱点とは、個人や企業の逸脱行動を管理できないという問題です。また、民主主義の弱点とは、危機に直面した政治的リーダーが、選挙を意識したデモンストレーション行動をエスカレートさせるという問題です。
どちらの問題も自由主義と民主主義の旗手を自負するアメリカでもっとも顕著になっています。警察官による暴行事件は、キング牧師暗殺事件以来とされる人種間対立の激化をもたらしました。そして、マイノリティの暴動は、移民労働者の格差と分断の問題を抱える西欧各国に飛び火しています。
新型コロナウイルスによって、ポスト自由主義の潮流が本格的に始まったといってよいと思います。世界中の経営者と政治家は、国境のないフラットな世界とは真逆な方向へのトレンドの反転に向き合わざるをえなくなりました。アメリカは迷走し、EUは分断され、ポスト自由主義実験の先例となった中国の一帯一路が独走を始めたかに見えます。
日本は法的強制力のある営業規制や外出規制ができなかったにもかかわらず、新型コロナウイルス流行の第一波のコントロールに成功しました。自粛要請を無視したイベントや営業は一部に限られ、むしろ政治家としての保身やキャリアアップを意識した首相や知事のパフォーマンスが目立ちました。前例のない緊急事態に対してクールにふるまえる政治的リーダーほど、むしろ実は自分ファーストなのかもしれません。
都市に関して言えば、新型コロナウイルスは、プラットフォーマーと呼ばれ世界経済を牛耳るIT企業や金融企業の本社ビルが集まるコンパクトシティをゴーストタウン化させ、集中の弱点を露呈させました。むしろスプロール化を批判されてきた郊外に広がる低層住宅地や、貧民街化した旧市街が賑わいを保つという皮肉な明暗の逆転を招いています。
――そのような時代において、都市政策はどうあるべきと考えますか。
不動産価格の高騰によって、貧富の資産格差を拡大するコンパクトシティの策略は、新型コロナウイルスだけでは終焉しないかもしれません。職住近接の田舎暮らしで万事解決という、田園都市へのノスタルジーでは何も解決しないからです。時代背景を異にするコンパクトシティと田園都市は対立概念にはなりません。
永久在宅勤務を決めたIT企業も多く、ポストコロナにおいて、コンパクトシティの空洞化が進むかもしれません。しかし、コンパクトシティを陳腐化させるには、もっと強力な代替軸が必要です。有力なキーワードは、開発のカウンターワードとして常に重宝されてきた「環境」でしょう。
環境都市はもともとコンパクトシティの対立概念でしたが、対比をさらに尖鋭にするため、「フラット化」というキーワードを環境都市に加えてみたいと思います。環境都市をフラット化することによって、感染力の強いウイルスが引き起こすパンデミックに対して抵抗力、回復力の高い都市を構築することができます。
都市のフラット化とは、文字通りには、居住人口密度や就労人口密度の勾配のフラット化を意味します。コンパクト化とは反対の方向性です。しかし、フラット化は、無計画にだらだらと郊外に向かって密度を下げながら都市を拡大するスプロール化とは違います。都市の範囲を限ったうえで、都市内の密度の勾配を平たんにするのがフラット化であり、それを実現した環境都市がフラットシティです。
――フラットシティとは具体的にどういうイメージでしょうか。
窓が開かない超高層を廃して、ベランダから自然換気ができ、在宅勤務に適した中高層の賃貸マンションや公共住宅が、フラットシティの住宅の基本となります。高すぎず小さすぎない集合住宅の周辺には、公共空地として広々とした公園、広場、歩道、河川敷を設け、都心のオフィスビルに通勤しないノマドワーカーのためのカフェやシェアオフィスをサードプレイス(自宅、会社・学校に次ぐ第三の居場所)として分散配置し、フォースプレイス(インターネットによる第四の居場所)の機能を兼ねさせます。
三次元の空間×時間×仮想空間の5次元が、フラットシティの風景になります。5次元によって、人は移動せずに、複数の場所と時間に同時に存在できることになります。空間のフラット化に加えて時間のフラット化によって、昼間は遊び、夜は仕事という生活スタイルが、そして、サイバー空間のフラット化によって、眠っているうちにアバターに仕事をさせることも普通になるでしょう。
都市内交通は、環境都市のコンセプトを進める必要があります。自動車を排除し、自転車、徒歩で移動しやすいフラットな街路を整備し、都心に向かう求心的な道路・線路網を環状線に転換し、複数のフラットシティを水平に連絡する都市間交通とするのです。
都心の地下鉄は、一人乗り自動運転電気タクシー専用道に転用してもいいと思います。乗り場は地上に設け、乗車後に降下し、地下道を自動走行させるのです。ドローン宅配やドローンタクシーを提案する人は多いですが、増えすぎたドローンはうるさいし、目障りだし、危険ですから、未来の都市の空にドローンが飛び交っているとは思えません。
フラットシティの大きな利点は、地価の勾配のフラット化です。超高層ビルに資産価値が集中することなく、低層住宅街の土地利用度の低さが土地不足を招くこともありません。そのため、都市の地価は全体として低落し、資産格差も縮小します。これによって、公共空地や公共住宅を増やすことができ、スラムやホームレスの問題も解消できるでしょう。
――そのようなフラットシティは実現可能なのでしょうか。
都市のフラット化を実現するためには、都市計画と資産税制の大きな転換が必要です。住宅街の都市計画は建ぺい率10%、容積率200%とし、建築基準は空地率90%の20階建て集合住宅を基本とします。ただし、建ぺい率と空地率は個々の土地に対してでははく、街区全体に適用し、公園、緑地などを空地率に加えてもいいでしょう。これよりも容積率が高くても低くても、累進的になる資産課税によって、フラット化を誘導できます。人よりロボットが多くなるオフィス街は、もう少し稠密な都市計画でもいいでしょう。
住宅もオフィスも賃貸を基本とし、所有権は流動化します。住宅による個人資産形成をしたいのであれば、住宅証券を持てばいい。住んでいる賃貸マンションの証券を持てば、家賃と証券収入が相殺され、分譲マンションを買ったのと同じことになります。それどころか、家賃に対して住宅手当の支給や所得税の家賃控除があるなら、証券収入とのダブルインカム、トリプルインカムになり、分譲マンションよりずっと有利になります。
少子化によって相続人がいない時代の持ち家は、流動性のない空き家を増やすだけで、もはや資産形成にはなりません。空き家化は、まだ住んでいる住宅を含めてマンション全体、街区全体の価値を低めます。また、維持費を捻出できなくなって、空き家化をさらに進展させ、街区の環境を荒廃させてしまいます。歴史的な価値のある旧市街の保全にも、所有権をいったん収用してから流動化することが有効でしょう。
――フラットシティは他にも効用がありますか。
都市のフラット化は防災性を高めるにも有効です。東日本大震災では防災性の高い街を作るという名目で、沿岸の市街地を10メートルも嵩上げしてから伝統的な日本家屋や低層の商店街を再建しました。大都市のゼロメートル地帯では、スーパー堤防によるさらに巨大な盛土工事を計画しています。しかし、この方法で土地の嵩上げに莫大な予算をかけても、住宅の価値には反映しません。
津波が想定される沿岸地帯や高潮・洪水による浸水が想定されるゼロメートル地帯の住宅街は、広い空地に囲まれて防災性も居住性も高いフラットシティにして、浸水が想定される地上3階ないし4階までは住宅として認めなければいい。これによって、土地の嵩上げ予算を住宅の資産価値向上に振り替えることができます。
新型コロナウイルスはコンパクトシティを一時的にゴーストタウン化させましたが、その一方で、フラット化された環境都市という新たな方向性を示してくれました。一見すると水と緑の公共空地に囲まれた環境都市ですが、人とロボットが共生し、半透明のアバターが動き回るサイバー空間が重なる5次元の都市が、ポストコロナの都市の未来像になるかもしれません。
――ありがとうございました。
プロフィール
石渡正佳
日本大学経済学部卒業、1981年千葉県入庁。1996年から産業廃棄物行政を担当、産廃Gメン「グリーンキャップ」の創設に関与。2001年から不法投棄常習地帯といわれた銚子・東総地域の監視チームリーダーとして短期間で同地域の不法投棄ゼロを達成。主な著書に『産廃コネクション』(WAVE出版、2002年日経BizTech図書賞受賞)、『不法投棄はこうしてなくす 実践対策マニュアル』(岩波ブックレット)、『スクラップエコノミー』(日経BP社)、『産廃ビジネスの経営学』(ちくま新書)、『食品廃棄の裏側』(