2011.12.01

住宅ローンに地震免責条項をつけよう

山口浩 ファィナンス / 経営学

社会 #東日本大震災#住宅ローン#二重債務#個人債務者の私的整理に関するガイドライン#地震免責

震災復興の大きな足かせとなっているもののひとつに、被災者のいわゆる「二重債務」(あるいは「二重ローン」)問題がある。住宅取得資金等として金融機関から借入をしている個人が、震災で家屋や財産等を失い、生活再建のためにふたたび借り入れをしなくてはならないが、それまでの債務が残ったままとなるため、返済負担が「二重」になってしまう、という問題だ。この問題への対策が進みつつある。

企業にも同様の問題があるが、そちらでは法整備などもあり、金融機関から被災した事業者向けの債権を買い取り、返済を一定期間猶予するなどして再建を支援するための機構の設立等の対策が進められている。一方、個人向けの対策としては、全国銀行協会の研究会が、2011年7月に、私的整理が円滑に進むよう、ガイドラインをまとめた。

「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」(個人債務者の私的整理に関するガイドライン研究会)

http://www.fsa.go.jp/news/23/20110819-1/01.pdf

一般社団法人個人版私的整理ガイドライン運営委員会

http://www.kgl.or.jp/

これは、被災して生活基盤を失い、ローン返済が難しくなった個人債務者が、破産等の法的倒産手続ではなく、私的な債務整理を通じて自助努力による生活の再建を行えるよう、ガイドラインを定めたというものだ。もともと私的整理という手法はあったわけで、とくに新たな債務整理スキームができたという話ではないが、全銀協が「一般社団法人個人版私的整理ガイドライン運営委員会」という第三者組織をつくり、書類作成等の手続きや金融機関への説明を支援することで、より利用しやすくなることが期待される。また、この流れに乗った場合には保証人に対する責任追及を制限する方針も含まれており、保証人に迷惑をかけたくないという配慮から債務整理が進まない現状にも配慮したものとなっている。もちろん、このしくみが実際にどう運営されるかという問題はあるが、一応の対策はとられたということができよう。

「事後」と「事前」

しかし、ここで問題にしたいのは、そのさらに先の話だ。上にあげた対応は、債務者に代わって政府が借金を返済してくれるものではないし、かつての「徳政令」のように、金融機関に無条件で借金の棒引きを命じるようなものでもない。債務整理を進めた結果、最終的に利子が安く抑えられたり、債務の一部または全部が免除されたりすることもあるかもしれないが、まずは返済できる範囲で返済を求めるかたちとなっている。

それでも、今回の対応は、これまでの「一線」をこえて足を踏み出したものといえる。本来、私有財産制度をとるわが国において、政府が天災に見舞われた私有財産に対する直接の補償を行うのは、政策としては「禁じ手」だ。市場メカニズムをゆがめることは、市場の「規律」を失わせてモラルハザードを引き起こし、経済全体に大きな悪影響を及ぼすと考えられているからだ。しかし、近年の政策の流れは、こうした「規律」の維持を前提としながらも、国民の暮らしを守り、経済を円滑に運営することをより重視する流れにある。

企業の二重債務問題については、今回新たに設立される機構が金融機関から債権を買い取って返済条件を緩和する等のかたちで、一歩踏み込んだ支援策がとられることとなった。公平の観点からみても、個人債務者が、破産のような「ハードクラッシュ」をできるだけ避けられるような対策を求めるのは、むしろ自然といえる。今回の対応は銀行業界としてのものではあるが、その背景に、昨今の政策の流れが強く影響しているであろうことは想像に難くない。

しかし、それでも問題は残る。今回の対策があくまで東日本大震災を受けた「事後」の対策にとどまっており、「今後」への視点に欠ける部分があるということだ。

そもそも、住宅ローンの二重債務問題が大きな社会問題として取り上げられ、人びとの関心を集めたのは、1995年の阪神大震災がきっかけだったように思う。それ以前にも同様の問題はあったのだろうが、住宅金融公庫が発足したのは1950年、民間金融機関が住宅ローンを本格的に取り扱い始めたのは1970年代以降である。住宅ローンの普及以降、はじめて大都市圏で発生した巨大地震が阪神大震災だったという要因が大きいのだろう。住宅ローンの利用者も、そして利用額も多い大都市圏であれば、問題がより深刻になるのは不思議ではない。

となれば私たちは、起きてしまった災害と同時に、今後発生するであろう「次」の大都市圏での巨大地震、たとえば、今後30年間に発生する確率が政府予測で70%、東大地震研の酒井慎一准教授らのチームの最新予測では98%ともいわれる首都直下型地震のような災害時にどうなるかについても考えておかなければならない。このとき、政府推定では85万棟の建物が全壊ないし焼失するシナリオも想定されている。これは東日本大震災における全壊棟数の約11万棟と比べてはるかに大きい。住宅ローンの利用額も推して知るべしであろう。今回の対応は、「次」の機会には前例となる。首都圏で大地震が起きた場合にも使える対策が、いまから必要なのだ。

もちろん、今回の対応において、被災した債務者が債務免除を受けたとしても、その前提として被災があるため、即モラルハザードにつながるとは考えにくい。また、被災地以外でも、地震リスクに対する関心は高まっている。今回の対応を見て、大地震が起きたら政府が住宅ローンを帳消しにしてくれると人びとが期待して住宅購入時に地震リスクへの配慮を行わなくなったり、建物建築時に十分な地震対策をとるインセンティブが失われたりするという状況も、少なくともここしばらくはなさそうだ。

しかし、人は忘れやすい。直接大きな被害を受けた被災地でなければなおさらだ。10年もたてば、大半の日本人にとって巨大地震は過去のできごとになってしまうだろう。人がつらい経験を忘れること自体は必ずしも悪いことではないが、来るべき災害に備えようという意識まで下がってしまうのは困る。組織、とくに金融機関であればなおさらだ。いまは巨大地震の「事後」であると同時に、次の巨大地震の「事前」でもあるのだ。

地震リスクを市場に織り込む

上記の観点から金融機関について気になるのは、現在の市場に、地震リスクが充分には織り込まれていないのではないか、ということだ。もちろん、金融機関のリスクマネジメントのなかで地震リスクは考慮されているはずだが、融資の返済可能性は、不動産担保、および、それでも足りない場合は債務者の全財産から返済を求められるリコース型のローンを前提として計算されている。そしてそれは、私的整理が利用しやすくなった今回の二重債務問題対策のもとでも、程度の差こそあれ、基本的には変わらない。すなわち、債務者の生活や事業の再建のための資金ニーズと直接競合するかたちで成り立っているリスクマネジメントであり、そのかぎりにおいて、金融機関は地震リスクと直接的には対峙していない。

このような状況では、金融機関が融資判断の際に、首都直下型地震等のリスクを明示的に考慮するとは期待しづらいだろう。東日本大震災のように地盤沈下で土地自体が利用困難になってしまう場合を除けば、たとえ地震で建物が倒壊・焼失しても、債務者が仕事を失っても、土地を売れば残債のかなりの部分は回収できる(とくに地価の高い大都市圏では)と期待されるから、地震リスクからは概ね守られた状態にある。

また、ただでさえ低金利下で顧客獲得競争を繰り広げている金融機関が、地震リスクに応じて金利等に差をつけるといった対応をとれるとは考えにくい。その意味で現在の住宅ローン市場は、いわば「大地震のリスクについては地震が起きたら考える」というような、いわば泥縄の状態であるといっても過言ではない。もちろん、東日本大震災による甚大な被害に直面して、事後的にとられた対策には大きな意義があったが、首都直下型地震のような、より大きな被害を発生させうるリスクに直面する現状では、事前の対策も必要だ。

比較的近い将来に大きな地震の発生がある程度高い確率で予想されている地域において、地震リスクをより明示的に不動産市場に反映させるための方策として、住宅ローン契約に、一定規模以上の地震が発生した際等に債務の一部または全部の免除を行う「地震免責条項」を付帯できるようにすることが考えられる。企業金融の分野では、いわゆるCATボンドのような、地震デリバティブを組み込んだ債券が存在するが、それに似たもの(「CATローン」とでも呼べばいいだろうか)を、個人向けの住宅ローンにも取り入れられないかというわけだ。

債務の全額免除となるとかなりのおおごとだが、住宅ローン債務のうちかなりの部分は土地購入に対応するものであるし(首都圏ではとくにそうだ)、住宅ローン契約時には地震保険(建物時価の半額まで補償されうる)も契約しているであろう。そもそも日本の建物は、きちんと建てられていれば、相当規模の地震でも耐えられる構造となっているはずである。これらを前提とすれば、債務の一部、たとえば1~2割程度の免除でもかなりの効果を持つのではないか。

地震リスクへの備えであれば、本来は地震保険で対処すべきという考え方もあろう。現行の地震保険制度は、建物や家財の時価の半額が限度となっているが、これをさらに拡大できないか、という方向性である。もちろん、可能ならそういった方向もありうるだろう。しかし、日本の地震リスクは再保険市場のキャパシティからみてかなり大きなものであり、現状でも政府の全面的な関与で成り立っている状況であるから、制度の大幅な拡充は実際にはなかなか難しいのではないかと思われる。金融市場は、保険市場と比べて桁違いに大きいことから、本稿ではそのさらなる活用を、ひとつの選択肢として提案するものだ。また、地震保険料は、金利と比べて、実際の負担額以上に負担感が強い。地震保険料のさらなる大幅な引き上げは、金利引き上げと比べてより強い反発を利用者から受けるだろう。

あるいは、同じ住宅ローンでも、責任の範囲を担保不動産だけに限定するノンリコース型の住宅ローンを広めていくという選択肢もありうる。ただ、住宅ローンに関するリスクとしては、地震リスクよりも一般的な信用リスクの方がはるかに大きいので、地震リスクへの対処を目的とするなら金利面で割高につくことになろう。また、返済のために担保不動産をとられてしまったのでは生活再建にもつながりにくいのではないか。

もちろん、住宅ローンに地震免責条項が入れば、金利は少なからず上がることとなるから、すべての住宅ローン利用者がこうしたタイプの契約を利用するとはかぎらないが、こうした条項の存在を好ましく思う人は少なからずいるだろう。

金融機関としても、このような条項が入れば、大地震発生のリスクを明示的に考慮せざるを得なくなる。保有リスクの増大をわざわざ望む金融機関はなかろうが、サービスの向上は収益増につながる可能性があるし、リスク管理の巧拙によって金融機関のあいだで差が出てくるから、力のある金融機関にはビジネスチャンスともなるのではないか。何より、いざ地震が起きた後で対応を求められるより、あらかじめ引き受けるリスク量がある程度でもわかっている方が、リスクマネジメント上、望ましい。政府も、こうした流れを後押しするよう、税制対応や公的資金の活用などの政策をとることが望まれる。

もちろん、いい話ばかりではない。住宅ローンに地震リスクが反映するとなれば、その影響は、金利など個々の融資の条件だけでなく、総貸出金額にも及ぶだろう。結果として住宅ローンは、これまでと比べて気軽には利用しにくいものとなるかもしれない。そうなれば、結果として民間の住宅着工が減ったり、不動産価格が下落したりすることも考えられる。これらは経済全体の足をひっぱるだろうから、あまり望ましい事態とはいえない。

しかし、だからこそ、いまから備えておく必要があるとここでは主張したい。これは新たなリスクを生むのではなく、現在すでにあるリスクを可視化するものであり、それに対して今回のような事後の泥縄的政策対応ではなく、市場メカニズムによるフィードバックを通じて事前対応しようというものだ。日本の地価は、バブル期などと比べればかなり下がってきてはいるが、もし地震リスクを明示的に織り込むことでさらに下がるのだとすれば、それは本来織り込まれているべきものが織り込まれていなかったということを示すものであり、下がる方がむしろ自然だといえる。

住宅ローンは多くの場合、期間が30年かそれより短いので、いまから対応しておけば、大地震発生までの間に一定割合の住宅ローンが地震免責条項付きに切り替わることになるのではないか。あらかじめ対策がとられていれば、政府や金融機関の「温情」やら世論の後押しやらを待つまでもなく、スムーズに復興プロセスへと移行できるようになるだろう。

「効率」と「公平」のバランス

社会の成熟や情報ネットワークの発達などさまざまな要因があるのだろうが、わたしたちの社会は最近とみに、これまでかき消されていた「弱者の声」に対して耳を傾けるようになってきているのではないかと思う。もちろんまだまだ足りないところはあるが、この方向自体は、いいことだ。

しかしこうした動きと同時に、それがもたらす影響についても考えなくてはならない。弱者への配慮は通常、市場メカニズムへの修正としてなされる。市場が資源配分の効率性を求めるしくみであり、公平性を保証するものではない以上、これは自然かつ必要なことだ。しかし問題は、そこでは終わらない。裏返しとして、公平性の追求は、しばしば効率性を犠牲にして行われる。そして、その非効率が度を越したものとなれば、分配自体が困難になる。どちらが重要かではなく、わたしたちは双方のバランスをとらなければならないのだ。

被災者に対する事後の救済は公平性、すなわち被災者とそれ以外の人びととのあいだのバランスをとろうとする動きだ。これに対し本稿で提示したのは、事前に市場メカニズムのフィードバックメカニズムを使って効率性を保とうという主張だ。また、別のいいかたをすれば、現在の被災者と将来の被災者とのあいだのバランスをとろうという考え方でもある。二重債務問題について、わたしたちはすでに、阪神大震災と東日本大震災の2回、手痛い被害とともに「学習」する経験を得た。「次」のときには、もう泥縄式の対策からは卒業していいのではないかと思う。

推薦図書

著者は社会心理学の大家として知られている。本書は1999年とやや前に刊行されたものだが、著者の主張である、日本社会を特徴づけてきた、濃いコミュニティ内でのみ成立する集団主義的な「安心社会」が崩壊しつつあること、より開放的、一般的な「信頼社会」をめざすべきことなどが、コンパクトに綴られている。本稿のテーマである二重債務問題に即していえば、事後的な救済をめざす今回の対応は、困ったときに助けあう「安心社会」的なものといえる。しかし、本書のインプリケーションは、こうした手段を可能にする社会的基盤が変容し、今後はつづけることが困難になるということだろう。市場メカニズムの活用と、事前のルール設定による制度運用は、「信頼社会」への方向性のひとつといえるのではないか。

プロフィール

山口浩ファィナンス / 経営学

1963年生まれ。駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授。専門はファイナンス、経営学。コンテンツファイナンス、予測市場、仮想世界の経済等、金融・契約・情報の技術の新たな融合の可能性が目下の研究テーマ。著書に「リスクの正体!―賢いリスクとのつきあい方」(バジリコ)がある。

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