住宅ローンに地震免責条項をつけよう

震災復興の大きな足かせとなっているもののひとつに、被災者のいわゆる「二重債務」(あるいは「二重ローン」)問題がある。住宅取得資金等として金融機関から借入をしている個人が、震災で家屋や財産等を失い、生活再建のためにふたたび借り入れをしなくてはならないが、それまでの債務が残ったままとなるため、返済負担が「二重」になってしまう、という問題だ。この問題への対策が進みつつある。

 

企業にも同様の問題があるが、そちらでは法整備などもあり、金融機関から被災した事業者向けの債権を買い取り、返済を一定期間猶予するなどして再建を支援するための機構の設立等の対策が進められている。一方、個人向けの対策としては、全国銀行協会の研究会が、2011年7月に、私的整理が円滑に進むよう、ガイドラインをまとめた。

 

 

「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」(個人債務者の私的整理に関するガイドライン研究会)

http://www.fsa.go.jp/news/23/20110819-1/01.pdf

一般社団法人個人版私的整理ガイドライン運営委員会

http://www.kgl.or.jp/

 

 

これは、被災して生活基盤を失い、ローン返済が難しくなった個人債務者が、破産等の法的倒産手続ではなく、私的な債務整理を通じて自助努力による生活の再建を行えるよう、ガイドラインを定めたというものだ。もともと私的整理という手法はあったわけで、とくに新たな債務整理スキームができたという話ではないが、全銀協が「一般社団法人個人版私的整理ガイドライン運営委員会」という第三者組織をつくり、書類作成等の手続きや金融機関への説明を支援することで、より利用しやすくなることが期待される。また、この流れに乗った場合には保証人に対する責任追及を制限する方針も含まれており、保証人に迷惑をかけたくないという配慮から債務整理が進まない現状にも配慮したものとなっている。もちろん、このしくみが実際にどう運営されるかという問題はあるが、一応の対策はとられたということができよう。

 

 

「事後」と「事前」

 

しかし、ここで問題にしたいのは、そのさらに先の話だ。上にあげた対応は、債務者に代わって政府が借金を返済してくれるものではないし、かつての「徳政令」のように、金融機関に無条件で借金の棒引きを命じるようなものでもない。債務整理を進めた結果、最終的に利子が安く抑えられたり、債務の一部または全部が免除されたりすることもあるかもしれないが、まずは返済できる範囲で返済を求めるかたちとなっている。

 

それでも、今回の対応は、これまでの「一線」をこえて足を踏み出したものといえる。本来、私有財産制度をとるわが国において、政府が天災に見舞われた私有財産に対する直接の補償を行うのは、政策としては「禁じ手」だ。市場メカニズムをゆがめることは、市場の「規律」を失わせてモラルハザードを引き起こし、経済全体に大きな悪影響を及ぼすと考えられているからだ。しかし、近年の政策の流れは、こうした「規律」の維持を前提としながらも、国民の暮らしを守り、経済を円滑に運営することをより重視する流れにある。

 

企業の二重債務問題については、今回新たに設立される機構が金融機関から債権を買い取って返済条件を緩和する等のかたちで、一歩踏み込んだ支援策がとられることとなった。公平の観点からみても、個人債務者が、破産のような「ハードクラッシュ」をできるだけ避けられるような対策を求めるのは、むしろ自然といえる。今回の対応は銀行業界としてのものではあるが、その背景に、昨今の政策の流れが強く影響しているであろうことは想像に難くない。

 

しかし、それでも問題は残る。今回の対策があくまで東日本大震災を受けた「事後」の対策にとどまっており、「今後」への視点に欠ける部分があるということだ。

 

そもそも、住宅ローンの二重債務問題が大きな社会問題として取り上げられ、人びとの関心を集めたのは、1995年の阪神大震災がきっかけだったように思う。それ以前にも同様の問題はあったのだろうが、住宅金融公庫が発足したのは1950年、民間金融機関が住宅ローンを本格的に取り扱い始めたのは1970年代以降である。住宅ローンの普及以降、はじめて大都市圏で発生した巨大地震が阪神大震災だったという要因が大きいのだろう。住宅ローンの利用者も、そして利用額も多い大都市圏であれば、問題がより深刻になるのは不思議ではない。

 

となれば私たちは、起きてしまった災害と同時に、今後発生するであろう「次」の大都市圏での巨大地震、たとえば、今後30年間に発生する確率が政府予測で70%、東大地震研の酒井慎一准教授らのチームの最新予測では98%ともいわれる首都直下型地震のような災害時にどうなるかについても考えておかなければならない。このとき、政府推定では85万棟の建物が全壊ないし焼失するシナリオも想定されている。これは東日本大震災における全壊棟数の約11万棟と比べてはるかに大きい。住宅ローンの利用額も推して知るべしであろう。今回の対応は、「次」の機会には前例となる。首都圏で大地震が起きた場合にも使える対策が、いまから必要なのだ。

 

もちろん、今回の対応において、被災した債務者が債務免除を受けたとしても、その前提として被災があるため、即モラルハザードにつながるとは考えにくい。また、被災地以外でも、地震リスクに対する関心は高まっている。今回の対応を見て、大地震が起きたら政府が住宅ローンを帳消しにしてくれると人びとが期待して住宅購入時に地震リスクへの配慮を行わなくなったり、建物建築時に十分な地震対策をとるインセンティブが失われたりするという状況も、少なくともここしばらくはなさそうだ。

 

しかし、人は忘れやすい。直接大きな被害を受けた被災地でなければなおさらだ。10年もたてば、大半の日本人にとって巨大地震は過去のできごとになってしまうだろう。人がつらい経験を忘れること自体は必ずしも悪いことではないが、来るべき災害に備えようという意識まで下がってしまうのは困る。組織、とくに金融機関であればなおさらだ。いまは巨大地震の「事後」であると同時に、次の巨大地震の「事前」でもあるのだ。

 

 

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