社会運動は「戸惑って」いるのか? あるいは、「失われたもの」をどのように取り戻すのか?

本書『社会運動の戸惑い ―― フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』(山口智美・斉藤正美・荻上チキ)は、2000年代前半に起こった、男女共同参画政策とフェミニズムに対する「バックラッシュ」と呼ばれた保守系反フェミニズム運動の「具体像」(341頁)を明らかにしようとするものである。

 

著者たちによれば、これまでの女性学・ジェンダー学の研究において、実際の保守運動の調査は行われておらず、そうであるがゆえに、「バックラッシュ」を担う人々について「当て推量」で論じられてきた。その結果、それらの人々は「自分たちとは著しく異なる他者」(44頁)だというイメージが形成されてきた。

 

これに対して著者たちは、「バックラッシュ」を担った様々な地方の人々に対する詳細な聞き取り調査や参与観察を通じて、「バックラッシュ」が男女共同参画やフェミニズムに対する「誤解や曲解」に基づくものでも、「懐古的」なものではないことを明らかにしようとする(83頁)。

 

ただし、著者たちの目的は、「草の根保守運動」の実態を明らかにすることにとどまるのではない。著者たちのもう一つの目的は、2000年代のフェミニズム運動のあり方を批判的に捉え直すことにある。

 

この時代を、これまでのフェミニズム・女性運動の成果の帰結としての男女共同参画社会基本法の制定とそれに基づく様々な政策の形成によって肯定的に評価する立場もあるだろう。しかし、著者たちの立場は、それとは正反対のものである。つまり、この時代に「フェミニズム言論や運動」が「豊かな変貌」を遂げたとは言えず(iii頁)、「自らの社会運動の歴史と役割を忘却しつつあ」り(v頁)、「体制保守化」しつつある(330頁)、というのが著者たちの立場である。

 

以上のことを明らかにするために、本書では次のような構成で分析と議論が行われている。まず、第1章では、「ジェンダー・フリー」という用語をめぐるフェミニズムと保守派の対立が描かれる。この章は、本書全体の導入にもなっている。続く第2章から第5章が、本書の中心的な部分であろう。

 

第2章では山口県宇部市、第3章では千葉県、そして第4章では宮崎県都城市の条例制定をめぐる、条例推進派と反対派との争いが、フィールドワークの成果に基づき、詳細に記述されている。第5章は、福井県や富山県の事例について、特に福井県の男女共同参画センター(ユー・アイ福井)の図書問題を中心に、男女共同参画の実態とその問題点を明らかにしようとする。本章も、何人かの保守運動家への聞き取りによって構成されている部分が多いが、議論の焦点は、保守運動の実態を明らかにすることともに、フェミニズム側の問題点を指摘することにも当てられている。

 

後者の問題は、第6章、第7章において、より明確に主題として取り上げられる。すなわち、第6章では、国立女性教育会館(ヌエック)を中心としたフェミニストの活動が「箱モノ設置主義」とされ、批判的な観点から記述される。第7章では、フェミニズムにおけるメディア・インターネット活用の展開が記述されているが、議論の焦点は、その不十分性に当てられている。

 

最後に、「結びにかえて」は、2000年代のフェミニズムの問題点を総括する内容となっている。そこで指摘されていることは、中央から地方への「トップダウン」の問題性、「ジェンダー・フリー」と男女共同参画における啓発事業中心性、それに由来する〈キヅカセ・オシエ・ソダテル〉の権力性の持続、各地域において「地道に問題を拾い上げるプロセス」の重要性、「実証的な分析と、実効的な活動と提言」を行うことの必要性、などである。

 

 

本書の意義

 

本書の最大の意義は、詳細なフィールドワークを通じて、保守運動の実態と男女共同参画条例制定をめぐる地方政治の政治過程を丹念に描き出していることである。著者たちが述べている通り、「バックラッシュ」の実態についてこれほど詳細に描いた研究は、これまで存在しないのではないかと思われる。

 

たしかに、政治学者の山田真裕が指摘するように、たとえば、第3章の千葉県の事例で、保守分裂と議会との関係がよく見えないといった問題点もないわけではない(山田 2012)。とはいえ、全体としては、条例制定推進派と反対派の多様な立場と言動を明らかにすることによって、条例制定をめぐる政治過程を動態的に描き出すことに成功している。

 

また、何人かの保守運動家たちの人物像を特に詳細に取り上げることによって、「バックラッシュ」政治力を、単に「敵」とし「悪魔化」(330頁)するのではない形で描き出したことも、本書の功績の一つであろう。「相容れない」と思われてきた対立が果たしてどの程度本当に「相容れない」ものなのかについて慎重に考えるべきであることを、本書の記述は教えてくれる。「敵」と見られる相手にも、「共通点」「妥結点」が見つかるかもしれないのである。

 

 

 

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