社会運動は「戸惑って」いるのか? あるいは、「失われたもの」をどのように取り戻すのか?

(7)「係争」が問題なのか?

 

最後の疑問は、2000年代におけるフェミニズムと反フェミニズムとの係争をどのように評価するかということである。著者たちは、この係争をどのようなものとして捉えているのだろうか。本書から伝わってくるのは、「バックラッシュ」はフェミニズム側の問題点のゆえに激化した、というメッセージである。

 

逆に言えば、曖昧な用語を使わず、「下から」、「意識啓発」ではない形で運動を行っていれば、「バックラッシュ」は起こらなかったと、著者たちは述べたいのではないかと思われる。別の論文において山口は、「ジェンダー・フリー」概念の曖昧さが「誤解されやすいような糸口を与えたことは、否定できないのではないか」と述べている。しかし、その前段では、「保守派は『男女平等』だろうが何だろうが攻撃したいというのが本音」だろうとも書いている(山口 2006: 272)。

 

評者としては、「ジェンダー・フリー」が「糸口」なり「きっかけ」であったとしても、原因はやはり男女共同参画基本法が制定され、男女共同参画に関する政策形成・執行体制が中央・地方の両方の政治において整備されることによって、保守派にとって反対するべき大きな争点として認識されたことに求められるのではないかと考える。そうだとすれば、やはり「係争」は不可避だったのではないだろうか。

 

と言うよりも、一般的には政治レベルでそれほど関心を持たれない男女共同参画に関わる事柄が政治的争点になったということは、そのこと自体、フェミニズムの「成果」と言い得るように思われる。「係争」は、一方だけにとって「問題」である限りにおいては発生しない。他方にとっても「問題」であるがゆえに「係争」なのである。

 

もちろん、その「係争」の中身が、「過激な」表現が飛び交う中で、お互いを「悪魔化」していくものであったこと、国法学者のカール・シュミットが言うような意味での友/敵関係に陥ったことは問題であった。しかし、それは「係争」そのものが問題だったということではなく、それがより適切な形で構造化されなかったことの問題である。

 

第三の疑問の箇所で述べたように、著者たちの調査が示しているのは、「トップダウン」ではなく地域の事情に即した独自の内容を持つ条例制定の場合にも、反対運動が生じているという事実である。そうだとすると、ここから得られる知見は、フェミニズムに関する問題が重要な争点として反対者にも認識されたがゆえの係争の不可避性ではないだろうか。

 

そして、政治とは、友/敵関係とは異なるとしても、異なる立場の人々の衝突やぶつかり合いを含むものである。そうだとすれば、フェミニズムにとっての2000年代の評価も修正可能であるように思われる。つまり、比較的大規模なレベルでの係争をもたらしたがゆえに、2000年代はフェミニズムにとって決して「失われた時代」ではなかった、と。

 

 

おわりに ―― 何が失われ、何が得られたのか?

 

本書は、評者に多くの「戸惑い」を与えるものだった。しかし、そのことこそが翻って、本書の意義を示していると言えるだろう。なぜなら、優れた著作とは、読み手に多くの問いを投げかけ、思考することを喚起するものだろうからである。

 

それにしても、「失われた時代」を取り戻すとはどういうことなのだろうか。著者たちにとっては、行政と学者主導ではないフェミニズムの社会運動を取り戻すことであろう。しかし、それはふたたび制度の外部に立つことを意味するのだろうか。すでに述べたように、政府や制度の内部か外部かという問題は、社会運動につねに付きまとう問題である。その時、外部→内部→外部……という循環を繰り返すことが、失われたものを取り戻す道だろうか。

 

評者は、フェミニズムの社会運動にこの内部/外部の二者択一を乗り越える道を期待したい。そのためには、政府について、政治について、本書の知見を踏まえつつ、フェミニズムの立場からさらに議論を深める必要があるのではないだろうか。

 

 

参考文献

伊藤修一郎(2006)『自治体初の政策革新――景観条例から景観法へ』木鐸社。

上野千鶴子・宮台真司・斎藤環・小谷真理ほか(2006)『バックラッシュ!――なぜジェンダー・フリーは叩かれたのか?』双風舎。

江原由美子(2001)『ジェンダー秩序』勁草書房。

小熊英二・湯浅誠(2012)「社会運動のつくり方――世界を自分で変えるには」『atプラス』第14号。

堀江孝司(2005)『現代政治と女性政策』勁草書房。

マーティン,ジェーン/バーバラ・ヒューストン(2006)山口智美(聞き手)「ジェンダーを考える」上野ほか(2006)所収。

山口智美(2006)「『ジェンダー・フリー』論争とフェミニズム運動の失われた10年」上野ほか(2006)所収。

山田真裕(2012)「山口・斉藤・荻上『社会運動の戸惑い』読書会における討論」関西学院大学先端社会研究所2012年度定期研究会第6回報告スライド。

  http://www.slideshare.net/MasahiroYamada1/ss-15693301

Houston, Barbara (1985) “Gender Freedom and the Subtleties of Sexist Education,” Educational Theory, Vol. 35, No. 4.

 

 

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