生涯学習時代と言われる現代、「ワークショップ」という活動が注目されつつある。筆者はワークショップ実践者に着眼し、その熟達と実践者育成に関する研究をつづけてきた。成果の一部は『ワークショップデザイン論:創ることで学ぶ』で紹介している。本稿では自身の研究内容について紹介しつつ、実践者育成を考える上で考えられる課題について論じる。
ワークショップの拡がり
生涯学習時代の到来とともに、日本においても「ワークショップ」という活動が注目されつつある 。図1「ワークショップ実践の分類」は「学ぶための構成」と「創るための構成」という点に着眼し、実際に行われているワークショップの領域を示している。この分類は森(2009a)において、120名のワークショップ実践家を対象に、どのようなテーマについて実践をしたことがあるかについて質問紙調査を行った際に用いられたものである。
図であげたように、ワークショップ実践が行われる具体的な領域としては、(1)ものづくり、(2)アート教育、(3)メディアと表現、(4)コミュニケーション、(5)商品開発・サービス開発、(6)まちづくり・地域づくり、(7)発想力支援・創発支援、(8)ビジネス研修・企業研修・教員研修、(9)人権教育・国際理解、(10)演劇教育・ドラマ教育、(11)ダンス・身体表現、(12)科学教育・理科教育、(13)音楽教育・音楽づくり・オーケストラ関連、(14)環境教育・自然体験・野外活動、等がある。
昨今では実践研究も多く行われるようになってきた。20世紀末には新奇な言葉だったワークショップが、21世紀に入り日常に定着した、という指摘もある。「ワークショップ」とは一体どのようなものなのであろうか。
「ワークショップ」の語源は、”workshop” である。すなわち、工房、作業場を意味する言葉から派生するものである。そのため、「ワークショップ」には、学習を促す手法であるとともに、その過程において「つくる」活動があるというニュアンスが含まれている。たとえば、中野(2001)はワークショップについて、「講義など一方的な知識伝達のスタイルではなく、参加者が自ら参加・体験して共同で何かを学びあったり、創り出したりする学びと創造のスタイル」と定義している。ここらかも、ワークショップにおいて、学習と創造とは切り離せないものとして扱われてきたことが伺える。そこで筆者は、ワークショップを「他者との相互作用のなかで創りながら学ぶ、何らかの実践を想定したノンフォーマルな学習プログラム」と定義し、議論を進める。
ワークショップ実践者の育成と熟達化
実践史をたどると、ワークショップ実践の思想的背景にはプラグマティズムの影響があると考えられる。アメリカでは1905年ジョージ・P・ベーカーによる47Workshopが、記録として古い。日本では、第二次世界大戦後の教師教育におけるワークショップの導入を皮切りに、1970年代からは演劇、まちづくり、アート教育、など各領域に移入された。実践史については新藤浩伸の論考『ワークショップの学習論』や、苅宿俊文らの著作『ワークショップと学び1』(東京大学出版会)などに詳しい。
国内で実践が盛んになるにつれ、2000年頃から、運営ノウハウや力量不足に悩む団体が多くなり、人材育成が課題であることが指摘され始めた。近年、ワークショップ実践者育成に向けた研修や講座等が多く行われ、それらが盛況である。このことからも、社会的要請の高まりを伺い知ることができる。一方、ワークショップ実践者の暗黙知に迫る実証研究は少なく、実践者育成の方法についての研究はまだ始まったばかりである。筆者は、認知心理学における熟達化研究をフレームワークとし、ワークショップ実践者の熟達について解明することを目的とし、研究を行なっている。
ワークショップ実践者の熟達 ―― ベテランと初心者の違い
筆者の研究では、発達の段階として実践歴ごとに初心者(実践歴1年以上5年未満)・中堅(実践歴5年以上10年未満)・ベテラン(実践歴10年以上)という区分を仮設し、それぞれの段階での特徴を考察し、人材育成に向けた課題を検討した。なお、この実践歴の区分には、エリクソンの10年ルールや教師や看護師といった他の専門職におけるキャリア発達の知見、現場での聞き取りや観察といった調査の結果が反映されている。
そもそも、ベテランを10年以上と仮定した場合、ベテランと初心者とではどのような違いがあるだろうか。この問いに対し、企画を立てる最初の段階に焦点を当て、実験的アプローチで検証したのが、『学習を目的としたワークショップのデザインに関する研究』(http://ci.nii.ac.jp/naid/110006794732)(森 2008) である。
この研究は、ワークショップの実践歴が10年以上のベテランと、実践歴3年の初心者とで、ワークショップデザインの過程が異なるのか調べたものである。課題としたのは、実際に行われているワークショップ実施の打診をもとに作成した依頼文である。80分のなかで企画の一番始めの段階を一人で行い、「タイムスケジュール」と「コンセプト及び活動案」を作成することが依頼内容となっている。課題文には、仮想の依頼者から、ワークショップデザインに対していくつかの条件が埋め込まれている。それをいかに読み解き、整理し、ワークショップデザインを行なっていくかという思考過程を追うのがこの実験で行ったことである。
この研究では、ワークショップをデザインする実践者として広く知られるベテラン2名(X、Y)と、ベテランを中心とした実践コミュニティに属する初心者各1名(A、B)の、計4名に実験の協力を得ている。
ベテランXは、実践歴26年目(実践歴はデータ取得時のもの、以降に表現される実践歴も同様に算出するものとする)。アメリカでセサミストリートの制作現場を見たことに刺激を受け、帰国後、国内外でワークショップを実践。学習環境デザインとメディア教育に関する実験的なワークショップをこども向け・大人向けともに数多く実践している。また、ワークショップ実践専用のスペースの設計も行っている。初心者Aは、実践歴3年目。ベテランXの実践集団に参画しつつも、その他の団体でもこども向けワークショップでボランティアスタッフとして積極的に運営経験を積んでいる。しかしながら、ワークショップデザインにおいて、企画の初期段階を単独で行った経験はない。
一方、ベテランYは、 実践歴10年目。大学にて授業を担当する際、教材づくりを学生とすることで授業自体の質が変化したという経験が起点となり、人と物とのインタラクションを重視した新しい創造的な学びの場「Playshop」として、ワークショップを学内・学外にて多数実践している。比較対象となる初心者Bは、 実践歴3年目。ベテランYの実践集団に参加し、学内・学外において数々のワークショップ実践に関与して3年目になるが、ワークショップデザインにおいて、企画の初期段階を単独で行った経験はない。
この研究では、左室に実験協力者、右室に実験者がいる(図 2)。実験協力者には発話思考法という手法で、実験時の思考過程を独り言として、実験協力者の様子はビデオカメラで撮影し、別室の実験者のコンピュータに映るようにケーブルでつなぐことでモニター可能にした。独り言の発話データを採取するという方法を用いている。実際の現場では、企画について一人で行う場合と、複数で企画を行う場合とがある。しかしながら協働で企画する際も最初の段階は1人で行われることが多い。この実験では、企画の最初の段階に着眼し、思考過程の比較を行なっている。
この課題を行なっていくなかで、ベテランはワークショップをデザインする際、まずコンセプトの決定を行っているという特徴が見られた。その一方、初心者は、コンセプトを決めることができず、つくっては壊し、最後まで活動のフェーズを通して決めることができなかったのである。この実験の結果、ベテランの企画時の思考過程には、以下の5つの特徴があることが明らかになった。
(1)ベテラン実践者は、依頼内容に関して幅広く確認を行い、それらをデザインに反映させていた。
(2)ベテランはデザインの仮枠としてのデザインモデルを持っていた。
(3)ベテランは、スタッフの育成に対して、参加者の学びと切り離すことができないという意識を持っており、それをデザインに反映させていた。
(4)ベテランは、デザイン時に緻密なプランを決定することはせず、保留や選択の余地を残した「柔らかな決定」を行っていた。
(5)ベテランは、過去の実践体験の想起や経験から構築された慣習を用いてデザインを行っていた。
最初の80分の段階での思考過程が、ベテランと初心者とで違うとするならば、その差異はどこから生まれたのか。それは、ワークショップ実践者が、自身の実践経験のなかで学習したことから生まれるものである。ベテラン実践者は、まず依頼内容を把握して条件を確認した後、依頼内容を解釈する。この部分がもっとも重要で、その後、コンセプトを決定する。どんな分野のワークショップでも同様だが、この部分が丁寧に行なわれているかどうかがポイントである。コンセプトの決定後、ディテールを決定するが、その際、経験に裏打ちされたデザインモデルをそれぞれの実践者が持っている。
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