ワークショップデザインにおける熟達と実践者の育成に関する研究

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初心者がベテランになるまで

 

人が、経験を通して実践知を獲得していく長期的な学習過程を「熟達化」という。熟達化は、スポーツ、芸術などさまざまな領域において起き、そのプロセスには共通するものがあると言われている。一般的な熟達化研究でも、一人前になり熟達者になるまでに10年にわたる練習や経験が必要であるとされている。これをエリクソンの「10年ルール」と言う。

 

これは、ベテランワークショップ実践者も最初は「ワークショップデザインの初心者」だったということを示している。初心者は、最初わからないことやうまくできないことも多いが、手続き的知識を獲得することによって、次第に状況が見えるようになり、手際よく仕事ができるようになる。ワークショップ実践者の場合この段階の目安として、おおよそ実践歴3年目があたると考えられる。ここから次の段階「一人前」になるためには、最初の壁がある。ここで実践をやめてしまう者も少なくない。

 

やめずに実践をつづけてきたワークショップ実践者は、かつてどのようなとき壁を感じ、どのような経験を経て今日に至ったのだろうか。この問いにアプローチした調査研究が、『ワークショップ実践者のデザインにおける熟達過程:デザインの方法における変容の契機に着目して』(http://ci.nii.ac.jp/naid/110007331920)(森  2009b) である。この研究ではインタビュー法を採用している。ワークショップ実践者自身にこれまでの実践史を語ってもらい、 デザインの仕方やデザインについての考え方の変容に留意しながらそのデータを分析したものである。この研究では、インタビュー協力者自身に「私のワークショップ史」の起点を決めてもらい、実践史の個人年表を作成してもらった。年表作成時間は15〜20分である。その後、下記のような質問を行った。

 

(1)ワークショップデザインの仕方が変わったと感じたのはいつ頃ですか?

  - そのときの具体的な変容の様子はどんな感じでしたか?

  - そのとき契機となったことは何でしたか?

(2)ワークショップ実践に対する考え方が変容したと感じた時期はいつ頃ですか?

  -そのときの具体的な変容の様子はどんな感じでしたか?

  - そのとき契機となったことは何ですか?

 

この研究におけるインタビュー対象は、実践歴が5年以上の実践者19名である。すべての実践者が、単独で企画立案を行なった経験を持っている。そのなかで、データが一部欠損したものを外した結果、分析対象となったのは、実践歴5年目から28年目までの男女17名である。

 

発話データを文字に起こし、ワークショップ実践者がデザインの方法の変容の契機として指摘した経験に関し、その内容を類型化した。 図5は、分析対象者の実践歴においてデザインの方法の変容があった時点を示したものである。分析対象者から指摘された変容の時期は計40ケース(1人平均2.35ケース)だった。

 

 

図5 デザインの仕方における変容の契機

図5 デザインの仕方における変容の契機

 

 

変容の契機となった経験は5つに類型化された。

 

(1)  対象の違いに応じたデザインの必要への気づき

今まで対象としてこなかった人が参加者であったことが契機となった事例

(2)自己の立場の変化に応じたデザインの必要への気づき

今までと異なった組織の一員となるなど、実践を行う際の立場が変化したことが契機となった事例

(3)  他者との協働デザインの中での気づき

文化的背景の異なる他者と協働でデザインしたことが契機となった事例

(4)  継続の必要性

継続的な実践を可能にするため人材育成や場づくりを行うことを志向し始めたことが契機となった事例

(5)  実践の内省による気づき

自身の実践を内省し、自分の理想とする実践のイメージに近づけようとしたことが契機となった事例

 

 

ワークショップ実践者育成に向けて

 

2つの実証研究(森 2008 : 森 2009)から、ワークショップ実践者は経験から多くを学び、デザインにおいて熟達していることが明らかになった。実践者は過去への省察を通じて自身の仮説を練りあげながらそれを具体化する方法を検討している。また、内省によって自分なりのデザインモデルを見つけるという経験を経つつ、ワークショップデザインの仕方を変容させていくこともある。

 

ワークショップデザインにおける熟達の構造は、図6のように整理することができる。実践者としての原点があり、他者との関係性に対する積極性などを通じて、個人の経験に裏づけられた個人レベルの実践論が構築されていく。また、領域を超えた実践者との交流など、さまざまな協同デザインの経験とそこでの葛藤を乗り越えて、新たなブレイクスルーをしていくことも個人レベルの実践論の構築に大きな役割を果たす。

 

 

図6 ワークショップ実践者のデザインにおける熟達化モデル

図6 ワークショップ実践者のデザインにおける熟達化モデル

 

 

熟達化研究から導き出された結論として、本稿の最後に、実践者育成に向けた5つの課題を提起する。

 

(1)個人レベルの実践論の構築

(2)デザインモデルの共有と伝達

(3)自己の学習経験に対する内省の促進

(4)他実践者からの学習

(5)専門家としてのアイデンティティの形成

 

実践者育成における課題を解決するための視点として、第一に実践者個人に対する学習支援、第二に実践者コミュニティに対する学習支援、が考えられる。これに対応した研究の可能性として、前者に対しては個々の内省を促すシステムの開発研究、後者に対しては実践者同士のコラボレーション過程に迫るフィールドワークなどが期待される。これらにより、(1)から(4)の課題解決を支援できるだろう。

 

しかし、ワークショップ実践者の育成に向けて、その視点だけでは十分でないと筆者は考えている。この懸念は(5)の課題と関連している。新しい「しごと」としてワークショップ実践を捉えた場合、その人材育成の検討は、既存の実践フィールドに閉じていては十分でない。実践者が自身の実践に誇りをもって活動を継続するためには、「専門家としてのアイデンティティの形成」が重要になってくる。

 

実践者の内なるアイデンティティを支えるのは、外なる者からのまなざしでもあるだろう。つまり、今後の実践者育成として重要な第3の視座は、プロジェクト評価であったり、ファンドレイジングとアカウンタビリティであったり、知的財産のシェアであったり、という「実践と実践の外との接点」で生まれうる課題だと考えられるのである。この意味において、筆者は「ワークショップ実践者の専門性」を、個と社会の狭間で反復し揺らぎつづけるものとして捉えている。

 

ワークショップ実践者が活躍できるシーンは、社会のさまざまな状況に埋め込まれている。まだない協働の橋を築くことも、ワークショップ実践者の学び育ちを外周から考えることにつながるはずである。

 

謝辞

本稿では図版作成にあたり、原田泰さん(公立はこだて未来大学)、今和泉隆行さん、中新さん(Lallasoo Poopo Lab.)、猫田耳子さん、のご協力をいただきました。また本研究ではデータ取得に際し多くのワークショップ実践者の方に支援いただきました。この場を借りて、改めて御礼申し上げます。

 

引用文献・関連文献

苅宿俊文・高村光太郎・佐伯胖(編)ワークショップと学び1学びを学ぶ. 東京大学出版会

森玲奈(2008)学習を目的としたワークショップのデザイン過程に関する研究. 日本教育工学会論文誌, Vol.31, No.4, 445-455

森玲奈(2009a)ワークショップ実践家はその専門性をどのように認識しているか:インタビュー調査と質問紙調査による検討. 日本教育工学会第25回全国大会講演論文集, 663-664

森玲奈(2009b)ワークショップ実践家のデザインにおける熟達過程 : デザインの方法における変容の契機に着目して. 日本教育工学会論文誌, Vol.33, No.1, 51-62

中野民夫(2001)ワークショップ:新しい学びと創造の場. 岩波書店

新藤浩伸(2004)ワークショップの学習論. 日本の社会教育, 48, 57-70.

山内祐平・森玲奈・安斎勇樹(2013)ワークショップデザイン論:創ることで学ぶ. 慶應義塾大学出版会

 

 

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