人々を自閉症とみなす社会――自閉症スペクトラム概念の拡大を考える

DSM-5における自閉症スペクトラム障害

 

標準的な理解をするために、今年改訂されたDSM-5では自閉症スペクトラムの定義をみてみよう。

 

DSM-5では、自閉症スペクトラム障害という診断名が採用されている。しかし、その意味は提唱者のウィングのものとも異なる。もちろん、本田秀夫のような考えた方ともかけ離れている。

 

DSM-5での診断の要件は「コミュニケーションの障害」と「常同性」という2つの要件であった(https://synodos.jp/society/4414)。ちなみにDSM-IVの自閉症スペクトラム障害に相当する広汎性発達障害では、2つのうちどちらか1つで診断ができていた。1つの要件のみで診断ができていたものが、2つ必要になるのだから、診断範囲は当然狭くなる。

 

問題は診断範囲だけはない。この変更が意味することは、自閉症スペクトラムである限りは、自閉症の2つの要件を満たし、同じ疾患単位でなければならないということだ。

 

 

1.自閉症と同じ要件を満たすこと

2.知的機能は高くても低くても構わない

 

 

自閉症の中でも自閉性には強弱がある。自閉性が高く、知的機能が低い場合には呼びかけても反応がないケースがあり、一方で自分から積極的にいろいろな人に声をかけていくケースもある。DSM-5は、このような自閉性の強弱を取り入れている。

 

もう一点は知的機能、つまりIQのハイ-ロウである。2つの連続帯(スペクトラム)が一つの診断名として認められたわけだ。

 

自閉症である限りは自閉症の症候(特徴)がなくてはならない。ある意味当たり前のことである。これを拡大して健常までの連続帯だと捉える、拡大された自閉症スペクトラム概念は、一部の研究者の支持を集められたのかもしれないが、世界中の研究者の合意として作られる診断基準では一切排除された。

 

話が理屈っぽいことや特定の作家の漫画に熱中することが自閉症であるというエセ科学に比較して、DSM-5の改訂は自閉症研究が科学であり続けるための矜持を示したように思える。

 

 

自閉症スペクトラムの比較

 

自閉症の研究者であるフレッド・R・ヴォルクマーがニューヨークタイムズに語ったところによると、広汎性発達障害を持つ4人に1人が新しいDSM-5で自閉症スペクトラム障害の診断から漏れるという。

 

DSM-IVの広汎性発達障害よりもDSM-5の自閉症スペクトラム障害の方が診断範囲は狭い。これは先述したように「コミュニケーションの障害」と「常同性」の2つの要件をDSM-5が要求するようになったためである。

 

自閉症スペクトラムの提唱者であるウィング「自閉症スペクトラムは広汎性発達障害オーバーラップし、かつより広いもの」(Wing 1997)と述べていたが、今回の改訂では広汎性発達障害よりも狭い基準が採用された。

 

また「奇矯さと正常性を統合し、両者の区別を曖昧にするもの」ともウィングは述べていたが、自閉症の2つの要件をDSM-5は要求するので、正常と異常の間を切断している。

 

自閉症スペクトラムの提唱者であるウィングの主張は、結果として「自閉症スペクトラム」という単語以外、診断基準にほとんど採用されなかったと言える。

 

広汎性発達障害の有病率は0.6~1.2%程度(*2)である。自閉症スペクトラム障害になると、この有病率がさらに狭まる可能性がある。本田は自閉症スペクトラムを広く取ると10人に1人と述べていた。DSM-5の自閉症スペクトラムと本田のような考え方にはかなりの乖離があることがわかる。

 

(*2)Fombonne et al. (2001)、Baird et al.(2006)において、知的障害を持たないグループは半数程度。半数程度は知的障害を持っているため、その多くは旧来から使われてきた自閉症である。従って、アスペルガー症候群と慣例的に呼ばれているグループはこの有病率のおよそ半数程度である。

 

 

自閉症で社会を区切る必然性はどこにあるのか?

 

自閉症スペクトラム拡大派はウィングを含めて、10人に1人が自閉症スペクトラムだと主張する本田のような考え方などさまざまなバリエーションがたくさんある。ただ、そこに共通するのは、自閉症から健常(*3)を連続的に捉えるという考え方である。このことについてもう少し考えてみたい。

 

(*3)「健常」ではなく「定型」という呼び方がされることがある。定型は当事者側から出てきた言葉のようである。しかしこの言葉はあまり適切だとは思えない。例えば、ICD-10の診断名として「非定型自閉症」がある。この文脈で定型というといわゆる自閉症(ICD-10での小児自閉症・DSM-IVでの自閉性障害)になる。メランコリア型のうつ病に対して非定型うつ病というものがあるように、ある症候の中で中心的なものだと想定されるものが「定型」であり、そうではないものが「非定型」という用語が使われている。

 

自閉症と健常者を二分して、正常と異常を二分することに問題があるという指摘はもっともなところがある。ただ、そこから、世の中の人々を自閉症といった精神障害の診断名で表現することには大きな飛躍があることは指摘しておかなければならない。

 

この考え方には2つの問題があると思われる。

 

 

第1に、自閉症概念だけで人々を説明していくこと

第2に、自閉症のコミュニケーションの障害と多少空気が読めないことは質的にまったく別の体験だということ

 

 

第1の点は自閉症以外にもあてはめることかできる。問題があることは容易に分かる。少しばかりシミュレーションをしてみよう。

 

人は誰しも落ち込むものだ。落ち込むというのは精神医学的に表現すると抑うつになる。ほぼ一日中、二週間以上連続する抑うつはうつ病(うつ病性障害)となる(*4)。ただ、それはあくまでも精神医学的な区別の問題である。

 

(*4)大うつ病性障害の診断には下記の方法で診断される。以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている(これらの症状のうち少なくとも1つは抑うつ気分または興味・喜びの喪失である)。

1.その人自身の訴えか、家族などの他者の観察によってしめされる。ほぼ1日中の抑うつの気分。

2.ほとんど1日中またほとんど毎日のすべて、またすべての活動への興味、喜びの著しい減退。

3.食事療法をしていないのに、著しい体重減少、あるいは体重増加、または毎日の食欲の減退または増加。

4.ほとんど毎日の不眠または睡眠過多。

5.ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止。

6.ほとんど毎日の易疲労性、または気力の減退。

7.ほとんど毎日の無価値感、または過剰であるか不適切な罪責感。

8.思考力や集中力の減退、または決断困難がほぼ毎日認められる。

9.死についての反復思考、特別な計画はないが反復的な自殺念虜、自殺企図または自殺するためのはっきりとした計画。

 

その診断基準まで、抑うつは段階的に捉えられる。週に3日だけ抑うつだったり、一日に数時間の抑うつだったり、軽い抑うつだったりあらゆる段階の抑うつが想定可能だ。日常会話でも「今日ちょっとウツだわー」くらい言うこともあるだろう。人生でまったくヘコむことがなかった強靱な精神(というか異常な鈍感さ)を持っている人間はほとんど存在しないはずだ。スペクトラムを拡大した考え方を適用すれば私たちは全員うつ病かその経験者になる。

私たちは人生の中で一度くらい自分の健康に不安を持ったり、金銭面の不安を持ったことがあるだろう。であれば、私たちは不安障害となる。リモコンの置き場所が決まっていたり、清潔好きだったりすれば強迫性障害になるし、寝れない夜があれば睡眠障害になる。ストレスで風邪を引けば身体症状障害になるし、不注意でミスをすれば注意欠陥多動性障害になるし、ダイエットをしたら摂食障害になる。少し嬉しいことがあってはしゃいでしまったら躁うつ病になる。

世の中のすべての人は精神障害を持つことになる。しかもそれは1つだけではない。少し落ち込んで人生に不安を感じればうつ病で不安障害である。1人いくつもの精神障害を持っていることになるのだ。もちろんスペクトラム(濃淡)としてだが。

そうするとやはり、「なぜ自閉症なのか?」という疑問が浮かぶ。うつ病ではダメなのか、不安障害ではダメなのか、なぜ自閉症が選ばれるのか。自閉症であることの必然性がよく分からなくなる。自閉症が他に比べて特別なものという訳でもない。

 

自閉症は遺伝的リスクが高い障害であることも根拠にはならない。遺伝的リスクは躁うつ病や統合失調症で高いことは昔から知られていることであるし、他の精神障害でも近年の研究で遺伝的要因の高さが指摘されている。

 

多少落ち込んだ状態をうつ病だと診断して投薬することがおかしいように、多少空気が読めないくらいで自閉症扱いをするのは酔狂ではなかろうか。【次ページにつづく】

 

 

 

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