「体罰は許されない」では解決しない理由

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体罰を否定しない人々

 

繰り返すが、体罰がいいといっているのではない。しかし重要なことは、上で紹介した体罰肯定論者ほどはっきりはしていなくとも、体罰を必ずしも絶対悪とは見ず、スポーツ指導の手段として有効な場合がある、とする考え方には一定の支持が今でもあるということだ。おそらくは全面的容認というより、限定的容認論ないし必要悪論といったものなのだろうが、このような考えの人たちは、選手や指導者の中に、かなりの割合で存在する。

 

 

・「体罰、運動部員6割容認 3大学に朝日新聞社アンケート」(朝日新聞2013年5月12日)

http://digital.asahi.com/articles/TKY201305110382.html

 

体罰の影響(複数回答可)は「気持ちが引き締まった」(60%)「指導者が本当に自分のことを考えていると感じた」(46%)などの肯定的なものが、「指導者自身が勝ちたいという気持ちで体罰をしてきたと感じた」(20%)「指導者の目を気にして練習、試合をするようになった」(18%)などの否定的な影響を上回る傾向があった。

 

 

・「運動部活動における指導者のあり方-スポーツを通して自立する人間を育てる-」(読売新聞2013年2月12日)

http://www.yomiuri.co.jp/adv/wol/opinion/sports_130212.htm

 

漠然とした印象ではあるが、この10年間で「体罰を受けた」学生数は確実に少なくなっていた。しかし残念ながら、その数が0件であった年は一度もなかった。2012年度も調査を実施した結果、クラスの約2割の男女学生が「体罰を受けた」と回答した。その内容は、「試合中、ミスした」「ふざけていた」時に「叩か(ビンタさ)れた」、「土下座」「丸坊主に」させられた等であった。また、彼らに「その体罰をどのように受けとめましたか」と質問した結果、1名(「うざい」と思った)を除いて、ほとんどの学生が「自分が悪かった」「反省した」「次、頑張ろう!」「自分への悔しさ」等と指導者を否定するどころか、むしろ肯定的に受けとめていた。

 

 

・梅津迪子(2003)「成育過程の経験によって醸成される体罰観・暴力観の研究」(聖学院大学論叢第15巻第12号、p.31-44)

http://ci.nii.ac.jp/naid/110000506490

 

指導者による暴力行為が多い種目は、団体競技の球技(バレーボール,バスケットボール)に集中している。体育大学に入学する学生の多くは、高校時代に各種目の強豪チームに所属していたか上位入賞校であることが多い。そこでは、指導者から要求された技術が「できないこと」、試合で「ミスをしたこと」や「負けたこと」などを理由に体罰が加えられたと回答している。

 

ところが、驚くべきことに、体罰を受けるのは「できないから仕方がない」と思っている学生が8割以上、「運動部は厳しいものだから」が7割を超えるなど、「上手になるため」や「全国大会に出るため」にはむしろ「必要」でさえある、との肯定論が優位であることが窺われる。

 

 

個人的には、スポーツの指導を受ける際、体罰やそれに近い仕打ちを受ければ、嫌だと感じるのがふつうだろうと思う(私自身はスポーツの際に体罰を受けたことはないが、練習中に声出しを強いられたことはたまらなく嫌だった)。耐えられないと思う生徒もいただろうし、実際に部を辞めていった者もいただろう。しかし、そうした過酷な指導に耐えた者、あるいはそれによって自らの力が伸びたと感じる者、自分に加えられた体罰には意義があったと考える者も少なくないことが、上記の記事や論文からわかる。

 

おそらく大半がそうした選手の出身であろう指導者の中にも、体罰あるいは体罰に似た「指導」が必要な場合があると考えている人は少なからずいる。もちろん「公式には」禁じられた手法であることは承知の上で、指導への「熱心」さゆえに、「あえて」「明るみに出れば職を失うリスクに自らをさらしつつ」体罰を使って指導している人たちだ。自殺者を出した件の顧問もそうした「熱心」な指導者の1人だったのではないかと推察する。だからこそ、周囲から惜しむ声が上がっているのだろう。

 

 

・「桜宮高校体罰自殺問題、顧問をかばう声も…保護者の本音と、橋下市長国政出馬のサイン」(Business Journal 2013年2月8日)

http://biz-journal.jp/2013/02/post_1468.html

 

一方で、この顧問教諭を「熱血漢」としてかばう、教え子、保護者もいる。ある体育系学科OBは「(顧問教諭は)手を上げることもあるけれど、ちゃんとフォローしてくれた。暴力のための暴力ではなかった。また遠くから通学している子には、奥さんに弁当を作らせ、それを配ったりもしていたと聞く。マスコミは顧問の先生のことを一方的に叩きすぎ。スポーツの世界をわかっていない」と話す。

 

 

・「『恩師の有罪判決つらい』『復帰の道を』…バスケ部OBら小村被告への“思い”語る」(産経新聞2013年9月26日)

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130926/waf13092619030033-n1.htm

 

保護者らによると、この日の判決を前にバスケ部のOB有志が小村被告の刑の減軽を求めて署名活動を行い、約4千人の署名を集めていた。だが小村被告自身が「自分はすべての罪を受け入れる」と話したため、署名簿の提出は見送られたという。

 

昨年まで小村被告の指導を受けていたバスケ部OBは判決を受け、「恩師が有罪判決を受けたのは本当につらいが執行猶予がついたのは本当に良かった」と安堵(あんど)の声。保護者の男性(43)は「有罪となったことで社会的制裁は受けた。本人が望むのであれば復帰の道を閉ざさないでほしい」と話した。

 

 

もしそうだとすれば、「体罰は悪」とどれほど叫ばれようとも、それだけで体罰がなくなることはない。

 

もちろん、少なくとも現在、こうした「本音」が表だって伝えられることはほとんどなくなった。いわゆるpolitical correctnessの問題だ。特に社会的に影響力ある立場の人がこのようなことをいえば、今ならマスメディアでもインターネットでも袋叩きになるだろう。それで当然だと思う人も多いだろうが、これを「多くの人と異なる意見は言わせない風潮」ととらえれば、それは「同調圧力」であり、構造的には「多数の暴力」と変わらない。

 

同調圧力で抑え込んでも、こうした考え方自体が消え去るわけではない。たとえ黙らせても、納得していない人が考えを変えることは期待できない。たとえいっときは収まったかに見えても、必ず問題は地下に潜り、人の目に届かないところで「必要悪」として生き続けるだろう。法律を作ってもそれは建前にとどまり、現場に浸透することはない。選挙における事実上の買収、公共工事入札における談合がどんなに禁止されても根強く生き残っている構図とまったく同じだ。実際、かつては「鬼コーチのしごき」として半ばおおっぴらに伝えられた体罰も、今や「隠すべきもの」との「知恵」がスポーツの現場に浸透しつつある。

 

 

・「佐世保実業 野球部員の暴力行為を隠蔽」(NHK2013年10月2日)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131002/t10014971561000.html

 

3年生の部員は、1年生の部員を慰留するよう野球部の清水央彦監督から指示を受けていたということで、清水監督と野球部の部長の高田洋介教諭は、学校側に「練習中の事故だった」とうその報告をしていました。

 

また、清水監督は、大けがをした部員の母親に「練習中に打球が当たり、転んだことにしてほしい」と口止めを依頼し、了承を得ていましたが、部員が先月、学校側に相談して発覚したということです。

 

 

・「【野球】中学野球部の父母会会長らが体罰隠蔽工作 「表に出ると監督に迷惑がかかる」 文科省の全国体罰調査で発覚」(毎日新聞2013年3月23日)

http://mainichi.jp/select/news/20130323k0000m040107000c.html

 

文部科学省が全国で実施している体罰調査を巡り、兵庫県高砂市の市立中学野球部の父母会会長らが、監督の体罰を報告させないよう部員の保護者にメールと電話で指示していたことが22日、同市教委への取材で分かった。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.265 

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