ネット中傷被害を考える ―― もし、ネット上で「殺人犯」にされてしまったら

前例ありき

 

江川 2008年にブログをはじめたら、誹謗中傷の多さに驚いたということですね。

 

キクチ もう何年も前に終わった話だと思っていたので、まだ続いていることに衝撃を受けました。疑問に思い調べてみたところ、事件を扱った一冊の本に辿りついたんです。

 

その本は「元刑事」という肩書きの人が執筆したもので、「犯人の一人は少年院を出てお笑いコンビを組んでいる」という内容が書いてありました。「Yahoo! 知恵袋」では「本に書かれていたお笑い芸人は誰ですか」という質問に、ぼくの名前が回答としてあげられていましたので、この本の影響力は大きかったと思います。

 

実際に、発売前の2005年ごろにはほとんど苦情や抗議はありませんでしたが、発売後から誹謗中傷が急激に増ました。この本にある犯人は何の根拠もないデマの情報でしたが、「元刑事」という肩書きだけで信じてしまう人が出てきてしまったんです。

 

ブログはコメントを承認制にしていたので、事件に対する書きこみは削除されるようになりました。しかし、今度はブログで交流している周囲の人達に攻撃をはじめたんです。しかも女性だけに的を絞り執拗に攻撃をしていた。2ちゃんねるのスレッドなどでは、自分のやった行為を自慢げに報告する人もいて、まるで誰が一番苦しめたのかを競うゲームのようでした。

 

このように、ぼく自身だけではなく周囲の人にまで攻撃の対象が広がってしまったため、警察に再度相談することにしました。時代的にも、これだけインターネットが普及しているなら大丈夫なのではという思いもありました。

 

江川 周りに被害が及ぶのが許せなかったということですね。今度は対策してもらえたのでしょうか。

 

キクチ まず、「ハイテク犯罪対策総合センター」という警視庁窓口に電話をしました。すると、「誹謗中傷というのはほっとけば収まる」「サイトに削除依頼をすれば消してくれる」と言われてしまいました。

 

江川 実際は簡単に削除してくれませんよね。

 

キクチ そうなんです。お互いの知識についても差がありました。8年間誹謗中傷を受けていることを言っても、「誰もキクチさんのことを犯人だと思っていませんよ」と取り合ってくれませんでした。ぼくも必死だったんで、一生懸命訴えたら上司に電話を代わられて、また一から説明しなければいけない。こんなことの繰り返しで、たらい回しにされました。所轄の警察署に行った時も「あなたが殺されたら捜査してあげる」と笑われて、悔しい思いもしましたね。

 

警察の不祥事や怠慢などのニュースを目にする度に、こういう警官も中にはいるんだなぁとしか思っていませんでした。しかし、実際に自分の身に危険を感じて相談してみたら、深刻な被害を受けてはじめて調査してくれるところだと知りました。しかし、それじゃあ遅いんですよね。

 

確かに、ストーカー被害の対策も、被害者が殺されてはじめて「ストーカー規制法」が設定されました。被害を受けないとなにも出来ないというのが今の司法の在り方なんだと思いましたね。

 

結局、「刑事告訴をしたい」と、生活安全課ではなく刑事課にいったら対応してもらうことができました。この件で勉強になったのは、警察にも様々な課があるということです。病院で例えると、今までは、鼻水が出るのに整骨院にいっていたようなものでした。

 

そこで、担当して下さった刑事さんがインターネットに詳しい方で、積極的に捜査してくださったんです。2008年に名誉棄損罪として19人を検挙することになりました。

 

 

真剣度が違う!?

 

江川 19人の検挙が明るみになると、メディアに大きく取り上げられましたね。

 

キクチ 新聞を読んで驚いたのは、ネットの書きこみを情報源にした記事になっていたことですね。それまでは、新聞ってもっと綿密に取材をして、記事を書いていると思っていました。

 

例えば、ある新聞ではぼくを「足立区の元不良」という肩書きで事務所が売りだしたのが、殺人犯と疑われた理由と記事に書いてありました。しかし、そんな事実は一切ありません。ネットにあったデマの一つです。そもそも、そんな売り出し方をしてどんな仕事が来るんだと、普通に考えればわかりますよね(笑)。

 

本当の発端は、ぼくの本名が殺人犯の一覧としてネットに書きこまれたとことが原因ですが、そのことは新聞には一切のっていませんでした。

 

江川 取材は受けられたんですか。

 

キクチ 当時は一切受けませんでした。事実無根を証明したいだけで、売名行為だと思われるのが嫌だったんです。

 

しかし、後で捜査をして下さった刑事さんに、「マスコミがもっと扱っていたら送検後の結果が違ったかもね」と言われて、世間の声って大きいんだと思いましたね。

 

江川 マスコミが取り上げているから、頑張るというのもおかしいですよね。

 

キクチ みんな普通の人間なので、やる気のある人もない人もいます。警察も検察も沢山の仕事に追われていますから、世論が注目していないと真剣度が落ちるのも、仕方のないことなのかもしれません。

 

江川 逆に、マスコミで取り上げられたり、世論が盛り上がると、法律的には無理なことでも捜査機関はやらなければいけない雰囲気になっていくこともありますよね。例えば、JR西日本の「福知山線脱線事故」。事故の原因を作った運転士は死亡しているし、今の法律体系では誰の刑事責任を問うことも難しい。けれども、それでは被害者が納得しない。マスコミは被害者の言うことは常に肯定的に伝えますから、誰かを刑事訴追しないと捜査機関に非難が集中する雰囲気が出来上がってしまう。

 

それではたまらないということで、何とかかんとか一人を起訴する。裁判では、当然、無罪になりましたが、これはこれで問題ではないか、と思います。キクチさんの場合は、マスコミに取り上げられなかったという理由もあるかもしれませんが、当時の状況では、インターネットの知識の有無で対応に差が出てしまうというところもあったでしょうね。

 

キクチ そうですね。特に、インターネットなんて年配の方はよく分かりませんから。「見なければいいじゃない」という一言ですまされてしまう。しかし、ぼくが見なくても、スタッフさんから「こんなことが書いてあるんですが」と問い合わせが来ることがあります。ぼくがいくらインターネットを拒絶していても、周囲に影響を与えてしまうんです。

 

江川 とはいえ、キクチさんがはじめて相談された時と、警察も検察もネット犯罪に対する意識は変わっていますよね。秋葉原の事件が起きて以降、殺人予告の摘発が増えています。

 

一方で4人が誤認逮捕されて2人が虚偽の自白に追い込まれたパソコン遠隔操作事件のような冤罪事件も出てきます。その後に鳴り物入りで逮捕された現在の被告人に対しては、警察は160人もの捜査員を投入しました。この件については、彼が本当に犯人なのかは捜査上の問題点もたくさんあり、今後の裁判を見ていかないと何ともいえないところがあります。ただ、サイバー犯罪に対して、警察は専門の人を置いたり、外部と提携したり、積極的に対策しようとはしています。状況はかなり変わっていますよね。

 

キクチ そうですね。被害を受け始めた1999年当時と比べれば状況は変化しているでしょう。

 

江川 検挙された人たちは処分を受けなかったんですよね。

 

キクチ 結局、検挙した犯人は、不起訴処分になり事件は一応幕を閉じる形となりました。

 

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